幸福の奴隷

 どうしてそういうことになったのかは覚えていない。昨日は今年一番の暑さで、暑気払いと称して二人で酒盛りをし、多分かなり過ごしてしまったのだろう。とにかく目を醒ました時にはもうそういう事になっていたのだ。
「えっと…」
「今日一日私が奴隷になるんだったな」
「いや聞仲…、でもよく覚えてねぇし……」
「しかし賭けに負けたのは私だったろう」
「いや……」
 聞仲はひどくまじめな顔をしているが、その辺の記憶はやはり曖昧なようだった。だが、お互い妙にはっきりと「聞仲は飛虎との賭けに負け、今日一日飛虎の奴隷になる」という部分だけは覚えていて、それが余計に気まずさに拍車をかけている。
「どうせ酒の上のことだしさぁ」
「しかし私は賭けに負けたのだぞ」
「いや、だから……」
 何の賭けだと問えば、どうせ二人とも覚えていないというのに、聞仲はひどく頑固に賭けの負けを払うときかなかった。
「まずは顔を洗う用意をさせねばな。……いや、私は奴隷なの だ。私が湯を汲んでこよう」
「おい! いいってば!」
 引き留めようと伸ばした飛虎の手も虚しく、聞仲はさっさと水差しを片手に部屋を後にした。


「それで、聞仲はずっと飛虎に傅いているという訳か」
「はい陛下。ですから今日、私はいないものと思っていただきたい」
「おい聞仲>」
 聞仲の堂々とした奴隷―――と言うよりは執事とでも呼びたい風情だが―――っぷりと、飛虎の慌てている様子が面白いのだろう、紂王はニヤニヤと笑いながら、聞仲に一日の暇を与えた。
「で、武成王。今日は一日ずっと聞仲につきまとわれてるのだ な?」
「もう何とかして下さい陛下」
 これではどちらが負けたのか分からないと飛虎は訴えた。名門黄家の跡取りとして、又、自身も武成王という武門の重鎮にいる身として、人に傅かれていることに馴れていそうなものだが、だが飛虎は平生からそういったことを嫌い、彼の屋敷には驚くほど家人が少なかった。使用人にすら身の回りのことをさせるのを嫌う飛虎が、殷の太師であり、三百年の年長である聞仲を奴隷になど使える筈もない。それを重々承知していながら、敢えて紂王は飛虎に尋ねた。
「で、聞仲の給仕っぷりはどうだ?」
「どうもこうもありませんよ!」
 洗顔の為に湯を汲んできた聞仲は、飛虎がやめろと言っても飛虎の顔を洗い、歯まで磨いて、顔をタオルで清めた。その後も朝食を取りに行き、いちいち飛虎のために食事を取り分け、茶を注ぎ、飛虎が食べ終わるまで自身では一切食事に手をつけようともしなかった。
「何だその位。余などいつもさせているぞ」
「陛下と比べられては堪りませんよ! 第一陛下、こいつ着替えまで俺にさせないんですよ!」
「奴隷なんだからその位当然だろう」
「陛下! 面白がってますね!?」
 これが面白くなくて何が面白いというのか。あの聞仲が一体どんな顔で黄飛虎の前に膝をつき、着替えをさせているのかと思うと、紂王は笑いを止めることが出来なかった。
「笑うのはやめて下さい、陛下! 俺困ってるんですから!!」
「聞仲、奴隷が主を困らせるものではないぞ」
「お言葉ですが陛下、私は奴隷が取るべき行動をとっているつもりです。飛虎は武成王であるのに、こういうことに馴れていなさ過ぎるのではありませんか?」
 その意見には紂王も同意したが、軽く片手を挙げて聞仲を諫めることも忘れなかった。
「聞仲、奴隷が主人を呼ぶときは、ご主人様と言うべきだろう」


 それからはもう散々だった。聞仲は一日飛虎の後ろについて回ったぎり決して離れようとしなかった。ただでさえそれは異様な光景だったというのに、紂王が余計なことを言い出したばかりに、聞仲はその後ずっと、さも当然そうな顔で飛虎を「ご主人様」などと呼ぶようになったのだ。城内の人間の驚愕がいかばかりであったか。誰も彼もが振り返っては二人の姿を盗み見たとしても、それは仕方のないことと言えよう。
 ましてや武成王府の人間ともなると、飛虎が棒を握れば汗を拭き、筆を取れば墨を摺る聞仲の献身ぶりに、何ごとが起こったのかと声が高いのも構わずにそこかしこで内緒話をする始末だった。
「だから〜! 聞仲は俺との賭けに負けて、それでこんな事をしてるだけなんだって!」
 その度に飛虎が周り中に言い訳をするのが逆にみんなの興をそそることに、飛虎一人が気付いていなかった。
「ご主人様、そろそろ仕事の終わる時間ですが、お帰りはどうしますか?」
「……今日は帰らねぇ……」
 飛虎が嫌そうに言うと、聞仲は仮面で覆われていない方の目を微かに見開いた。
「ほう。何故だ?」
「お前うちまでついて来て奴隷ごっこの続きをやる気だろう!家の奴らに何て言えってんだよ!」
「賭けに勝ったと言えば良いだろう」
「あのなぁ…」
 あの忠義一点張りのオヤジが、太師を賭けで釣って奴隷にしているなどと聞けば(いや、多分もう耳には入っているのだろうが)、何と言われるか分かったものではないし、第一賈氏や子供の前でこんな事をされては叶わないではないか。
「とにかく! 今日はここに泊まる!」
「では私もお供せねばな」
「もういいからお前、とっとと帰れって!!」
「賭けは一日の約束だった筈だ」
 このことに関しては譲らない聞仲に、飛虎は半ば腹を立てながら「覚えてねぇよ」と口の中で呟いた。


 結局黄飛虎は太師府に泊まることになった。武成王府では人目が気になるし、いつも聞仲が寝泊まりをしている太師府の方が何かと便が良いのだ。
「ご主人様、何かご用は?」
「ねぇよ」
 もうこうなると、飛虎もすっかりふてくされている。長椅子に座ると、ただ聞仲と目を合わさぬよう、遠くを見たぎりだった。
「興をおこすために、舞いでもお見せしましょうか?」
「誰が舞うんだ?」
 この男ばかりのむさ苦しい太師府で、と言いかけた時、ひょっとして舞うのは聞仲かと思い当たった。それなら少し見てみたいような気もするが、だが主人面して見せろというのも何だし、第一それを機に又聞仲の過剰な接待が始まっては堪らないので、手を振って「いらねーいらねー」と断った。
「もう風呂入って寝るから、お前もさっさと寝ちまえよ、聞仲」
「風呂か。風呂ならば用意してある」
 聞仲は頷くと、飛虎を急かして立ち上がった。
 太師府の風呂には何度か浸かった事がある。機能のみに重点を置いた太師府にあって、この浴場ばかりは広さといい趣向といい、申し分のない物だ。
 聞仲は又タオルやら着替えやらを片手に風呂場へついて来た。ついて来るのは良い。何度も二人で同じ風呂に浸かった仲なのだから。だが今日一日の聞仲の行動から察するに、どうにもそれだけでは済まされない向きがある。
「聞仲、背中とか、流してくれなくてもいいんだからな」
 すでに飛虎の抜いた袖を脱がしにかかっている聞仲に注意を促すが、聞仲はまるで聞こえてなどいないように、飛虎が脱いだ物を丁寧に畳んでいた。
「おい聞仲」
「言っておくが、飛虎」
「何だよ」
 聞仲は「奴隷ごっこ」をこちらに置いて、普段通りの落ち着いた声で飛虎に向き直った。
「お前は主で私は奴隷だ。飛虎よ、奴隷というのは使用人よりももっと下にあるものなのだ。陛下を見ろ。奴隷にしろ宦官にしろ、奴らを人とも思っていないではないか。人ではないからどんな事でも命じられるのだ。奴らは閨房の用事すらこなすが、人ではないから夫人方でさえそれを恥ずかしいとは思わんのだ。それを何だ、風呂で背を流すくらいでガタガタと。情けないとは思わんのか」
 大上段に構えて聞仲は理屈をこね回した。飛虎とてこの時代の人間である。その辺の理屈は一応分かって入るつもりだ。だが頭で分かっていることと心で分かっていることは別だし、第一飛虎は奴隷を「人ではない」などと、実際に思ったことはない。
「俺は奴隷云々の考えにゃ反対だ。それはお前だってよく知ってるだろう。それにだぜ? 仮に奴隷を人でないとしたところで、今相手にしてんのはお前じゃねぇか」
「だから私は今奴隷なのだ」
「お前は聞仲だ。奴隷が人だろうと人でなかろうと、お前は人だ」
「私は仙道だ。もう人はやめている」
 聞仲の意外な切り返しに、飛虎は一瞬言葉に詰まった。そう言われてしまえば、三百年も生きている男をつらまえて「人」というのもおかしなものだ。
「……でも聞仲、仙道ってのは人より上にいるもんだろう?」
「人でないことに変わりはない。さぁ飛虎、観念して私を奴隷と扱うが良い」
 さすがの飛虎もこう堂々とされては気勢が殺がれた。
「あぁもう好きにしてくれ……」
「うむ」
 残りの服を手早くやっつけると、飛虎はそれらを畳んでいる聞仲を残して浴室に消えた。
 しばらくすると、聞仲は単だけを纏った姿で風呂場に現れた。どうやら食事と同じく、風呂も主と共にするつもりはないようだ。
「おい聞仲、入んないのか」
「うむ。私は奴隷だからな」
 奴隷の何が面白いんだか知らないが、とりあえずもう飛虎は聞仲を放っておくことにして湯船に足を伸ばした。
「あー、良い湯だ」
「うむ」
 湯をざばざばと顔にかけていると、後ろで聞仲が居ずまいを正している気配がした。「奴隷は人ではない」と言われても、やはりそこにいるのは聞仲だ。気にするなと言ったって、気にしない方がどうかしている。
 もう少し浸かっていたいところを我慢して、飛虎は洗い場へ出た。待ち構えていた聞仲が飛虎を腰掛けに座らせ、桶に湯を張る。何だか飛虎の方が気忙しくて、膝にタオルをかけてみたり、その端を折ってみたりと手すさびにした。
「痛いようだったり、緩いようだったりしたら言って下さい、ご主人様」
 聞仲は飛虎の背後に膝をつくと、背に湯をかけてから、泡の立ったさらしで飛虎の背を丹念に洗い始めた。普段子供達の手でくすぐったいように洗われ馴れている飛虎には少し痛いくらいだったが、しばらく経つと段々快いように思えてくる。
「どうですか、ご主人様」
「あぁ丁度だ、聞仲。気持ち良い……」
 飛虎の返事に満足したのか、聞仲は黙々と飛虎の体を洗った。背を洗い、うなじをこすり、耳の裏まで丁寧に洗い終えると、今度は腕を取ってごしごしと磨き上げる。飛虎がすっかりその心地良さに馴れてしまった時、聞仲はいきなり腕を止めた。
「飛虎、こんな所に傷があったのか……」
「ん? あぁ……。まぁ、いろんな所にな」
 聞仲の口調がきつい。飛虎はそっと首をすくめた。
「お前の戦い方は無駄が多いのだ。周りの物を全て破壊し、跳ね飛ばすからそうして無駄な返りを受けるのだぞ。どうせ敵につけられた傷ではあるまい」
「あーうるせーうるせー」
 傷痕に目をつけられたときからどうせ始まるだろうとは思っていたが、いざ始まるとやはりことその事に関する説教というのは煩わしいものだ。自分には自分の戦闘スタイルがあるし、傷に強い天然道士なのだから、少しくらいの傷など考えにも入れたことがないというのに。
「だが飛虎よ、そうして体に頼った戦い方ばかりをしていては」
「うるせーよ。奴隷はおとなしく体を洗ってな」
「うむ…、そうだったな……」
 聞仲は「奴隷」の一言で面白いくらいにおとなしくなってしまった。全く本当に、何が楽しくてそうまで奴隷に徹するのだろうか。
 呪文にかけられた人形のように、聞仲はただ飛虎の体を洗った。両腕がすっかり綺麗になると、今度は立ち上がって飛虎の脇に身を屈める。
「おい聞仲…、もう洗うとこねぇだろ?」
「何を言う。まだ脚や腹や頭が残っているだろう」
 聞仲の顔は至ってまじめである。だがまじめなら良いという物ではない。頭は良い。頭は。だが、脚? ましてや腹だと?
「何考えてやがる。頭はともかく、脚や腹なんて他人が洗うんじゃねぇだろう」
「私は今奴隷なのだぞ」
「奴隷でも嫌なもんは嫌だ! 主人を不快にさせないのも奴隷の務めだぞ!!」
「初めから奴隷に接せられるのを嫌っているくせに、何を言う!」
「嫌だって分かってんならやめやがれ!!」
 実力行使でやめさせようにも、聞仲と飛虎では実力が伯仲している。力でいえば天然道士である飛虎に利があるが、技巧に長けた聞仲にはそこに百日の長がある。
「やめろってんだろ、聞仲!」
「賭けは賭けだ、飛虎! おとなしくしていろ!」
 こうなると二人とも引くに引けず、ただ意地のぶつかり合いである。
「賭けってのは勝った方が儲かるように出来てんじゃねーのかよ!」
「約束を違えるのは卑怯者のすることだぞ!」
 素肌に単だけを纏っている聞仲は、すでにそれすら着ているのかいないのかも分からぬような有様である。飛虎はもとより裸だ。端で見ていてみっともないことこの上もない。
「いい加減に観念しろ、飛虎!」
「他は譲れてもこれだけは譲れねぇ!!」
「では仕方がない、私も本気を出すぞ!」
 今まで本気でなかったとでも言うのか。第一、それが奴隷のすることだろうか。言いたいことは山程あるが、頭より先に体が動いてしまうのだから、この時二人は本当に終わっていた……。

「それで昨日は結局どうしたのだ」
「いえ…それに関しては……」
「どうやら二人とも良い化粧を施したと見える」
 顔やら腕やらにみっともない痣をつけた、およそ一国の大任を占めるにあるまじき姿の二人を、紂王は楽しげに見つめた。
「聞仲、奴隷は何があっても主に手を上げるものではないぞ」
「…はっ…」
「武成王も武成王だ。気にくわない奴隷は主が自ら折檻するのではなく、命じて斬らせるものだ」
「でも相手は聞仲ですよ!」
「だからそこだ」
 紂王は昨夜の二人を想像して、又意地悪くニヤニヤと笑った。
「互いに遊びでしたことならば、遊びの範疇に留めておくものだ。みっともなく本気になるのなら、それは不粋というものだぞ。お前達はまじめが過ぎて遊びが足りぬ。そこが良くない」
「…はっ…」
 このころまだ妲己を知らぬ紂王は、国を治めることと同じように、遊びをよくする風流人であった。さすがに仕事一徹、武門一徹で来た二人が、この点において叶うものではない。
「で、その地位を穢がす痣だがな。本来なら痣が消えるまで謹慎を申しつけるところだが、由来を教えるなら許さぬでもないぞ」
 飛虎は元より、あの聞仲が何故ああまで取り乱したのか。紂王は興味津々の態を隠そうともしなかった。
 二人は即座に頭の中で算盤を弾いた。溜まっている仕事と一両日中にやっつけてしまわねばならない仕事の量を測り、この痣が引く迄の謹慎というのが何日に当たるのかを考え、そして痣の由来としてどこまで紂王に話したものかを比べてみると、これは謹慎を喰らった方が良さそうである。急ぎの仕事は自分の屋敷でやったとしても構わないはずだし……。
「要職を賜りながら、かかる不始末を行った責めは負わなければなりません。どうかご裁断下さいますよう」
 二人は膝をついて叉手の礼を取った。紂王はあからさまに不興げである。
「お前達、その身の不名誉よりも昨夜の秘密が大切か。これはますます何があったか聞きたいものだ」
「龍耳を穢がす程のものではございません」
 二人の硬い態度にこれ以上口を割らせるのは無理と悟った紂王は、つまらなそうに手を振った。
「では太師聞仲、武成王黄飛虎の両名には、三日の謹慎を申しつける。以後よく身を慎み、職務に努めるように」
「はっ。ご高恩を賜りましたことに謝し、以後は身を清くして政務に仕えることを誓います」

 紂王の元を去ると、二人は互いに目を見交わした。
 まさか紂王の前で、飛虎の体を洗うの洗わないのでみっともなく争い、取っ組み合いをしたとはとても言えまい。ましてや、最後には石鹸に滑って転んだ飛虎の上に馬乗りになった聞仲が、暴れる飛虎を抑えつけてその体を磨きまくったなどと……。


 飛虎が屋敷に戻ると、こんな時間に帰ってくるはずのない夫の姿を認めた賈氏が、何ごとがあったのかと駆け寄ってきた。
 聞仲よりも紂王よりも賈氏に弱い飛虎は苦り切ったが、事情を説明しないわけにもいかないので、肝心の所をすっ飛ばし、謹慎を喰らった事実だけを告げた。
「……まぁあなた、それで聞太師と喧嘩だなんて、何があったのですか?」
「いや、まぁその……」
「あっ! お父さんだ!」
 目敏く父親の姿を見つけた子供達を天の助けと、飛虎は言葉を濁してそそくさとその場を後にした。
 それにしても、賭け賭けと言われても、一体何で賭けをしたのか、それが思い出せない。いずれ大したことではなかろうが、それもあるから事情の説明がしにくい、ということもあった。賭け…。何だったろうか……。
「お父さん、何考えてるの?」
 天爵が飛虎の肩に絡みつくように、背後からおんぶをねだる。胸にはもう天禄が貼りついていた。
「んー? いや、別に大したことじゃねーんだけど……」
「お父さん、その顔どーしたのー? 赤くなったり青くなったりしてるよー?」
「いや、ちょっと聞仲とな……」
 子供をあやしている間にも、一昨日の夜、果たして何をして聞仲に勝ったのかということばかりに気がいった。自分が聞仲と争って勝てることというのが、すぐには浮かばない。酒の席だということもあるし、呑み較べでもしたのだろうか? いや、ああ見えて聞仲は意外なことにウワバミだ。生臭を口にしない変わりに、酒は浴びるほど呑んでやっと酔うという聞仲に、やはり自分が勝ったとも思えない。
「あなた、何を考えていますの?」
「いや、一昨日のことをことをちょっとな……」
「まぁ、反省しておいでなのね?」
 全くそうではないことにとうから気づいている賈氏が、わざとのように笑って見せた。
「さ、あなた。反省するのは後にして、この暑さですもの、氷でも召し上がりませんか?」
「わーい、かき氷ー!」
 子供達が騒ぎ回る中、飛虎も一緒に匙を受け取った。白い氷に真っ赤なシロップが目に鮮やかだ。上の空で氷を崩し、口に放り込んだ飛虎は、頭に絞り込むような痛みを覚えて眉をしかめ、それと同時に小さな叫び声を上げた。
「思い出した!」
「まぁあなた、どうなさいましたの?」
 周りの驚く顔も意に介さず、飛虎はそのあまりの賭けの内容に、一人こみ上げるように笑った。
 
 聞仲との賭け。
 
 それはバケツいっぱいに削った、氷の食べくらべであった。



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