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庄和町
庄和町は埼玉県東端部のまち。江戸川をはさんだ対岸は関宿町(千葉県)です。古くから水運などで栄えてきました。
和紙と竹でできた15×11メートルの凧をあげる大凧あげは、もともとは養蚕の出来を占う行事だったということで起源は江戸時代に遡るとか。毎年5月3・5日に行われています。この大きな凧は西宝珠花にある大凧会館でも見ることができます。
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古墳名墳形規模(m)所在地立地・現況出土品備考
向之内塚山古墳円墳11.1中野字向之内台地・畑、宅地埴輪完存。方墳の可能性あり。※埼玉県最東端の古墳
松道東古墳円墳9.7新宿新田字松道東台地・宅地、神社境内
完存。
愛宕古墳円墳12.4西金野井字宮橋台地・畑
完存。

※参考文献…「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」(1994・埼玉県教育委員会)など



向之内塚山古墳


いろいろ上に載ってますが、整然とした印象。ぽかぽか日当たりのいい古墳でした南側から。中野小学校の南にある、11mの円墳。方墳の可能性ありともされる。道路地図に記載されていることもあるが、いずれも位置が誤っている。また、この近くに「南台古墳」があるように記載されている道路地図があるが、南台には集落跡はあるが古墳は無く、やはり誤りと思われる。

やや南東から。この古墳にも棕櫚が植えられている。祠を守るかのように垣根まで付いている。これが現存する中では埼玉県最東端の古墳である。埴輪が出ているようなので、そのタイトルを失うことは無さそうだ。松伏町との境に近い、町南部の江戸川寄りにあります

学校の向こう側が江戸川方向。手前側へずっと進むと、中川まで続く低地に下りていきます付近の風景。高台であることがわかる。左が中野小学校で、右側の住宅地内に古墳がある。

中野付近の風景。埼玉県の東部は平らな低地ばかりかと思いがちだが、この辺は意外に起伏がある。周辺には貝塚や集落跡などの遺跡が多く、海進時代でも陸地であったようだ。こういう地形は想像してませんでした。行田みたいに平らなところにある古墳だと思ってたので…

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