第72題 (続)「参政権要求運動」考
参政権要求―納税は根拠となるか
「在日は税金を納めているのだから参政権を与えるべきだ」という主張は、いつごろから出てきたのだろうか。在日も日本社会を構成する一員なのだから選挙権・被選挙権を持たせるべきではないか、という考えは1980年代に聞いたことがあったが、この権利要求の根拠に税金を納めているのだからというのは、最近出てきたもののように思う。
この主張は一見もっとものように見えるようだが、よく考えてみると、それは民主主義に反する考え方である。納税と参政権をセットにする考えは、かつて明治・大正時代の大日本帝国憲法下の衆議院選挙がそうであった。当初は15円以上、後には3円以上の税金を納めている者のみに参政権があった。そして民主主義先覚者たちの大正デモクラシーなどの運動により、1925年に治安維持法と抱き合わせで、男子のみという不完全なものではあるが、納税とは関係なしに参政権を与える普通選挙法が成立した。これによって当時の在日朝鮮人も日本人同様に、それまで税金を納めた資産家のみの参政権であったのが、いわゆる無産階級の人々にまで参政権を広げたのである。
このような歴史を思うと、在日の参政権要求の根拠に納税を持ち出してくるのは明治・大正の時代に逆戻りさせるもので、従って民主主義に反するとんでもない考えであることは明らかであろう。
なお全世界各国では、内国民であろうと外国人であろうと、何人もその居住地で税金を納める義務があり、在日朝鮮人も日本に居住するからには日本に納税の義務がある。それは彼らの祖国である韓国でも同様である。しかし納税している理由でもって外国人にも参政権を与えているという国は、寡聞にして知らない。
参政権は民族性を目覚めさせるか
参政権の獲得が在日の民族性を目覚めさせるという主張があるのにはビックリした。日本での参政権を得ることは、どう考えても日本国民の一員であることの自覚を促すものであって、従って「民族性」とは相反する「同化」でしかない。もし民族性の自覚のために参政権がほしいというのなら、韓国の大統領選挙や国会議員選挙に参加する権利を要求すべきではないか。在日が韓国・朝鮮を祖国とする外国人であることを肯定するなら、日本ではなく本国の参政権要求こそが筋の通った考えであろう。
過去の歴史をひもといてみると、朴春琴は戦前・戦中の衆議院議員選挙にその民族名で4回立候補し、うち2回当選している。当選は日本人からの支持も大きかったことを示す。そして彼は創氏改名でも名前を変えることなく終戦を迎えた。しかし戦後(=解放後)になって、彼は祖国や同胞から親日派の巨頭、民族の裏切り者として指弾された。この歴史事実から考えても、参政権が民族性の覚醒につながるという主張は極めて疑問と言わざるを得ない。
(追記)
10年程前にミニコミ誌で書いたものの再録。一部加筆。
関連論考:第69題 「参政権要求運動」考 第71題 戦前の在日の参政権