ゲームについて考えることは喜びである

連載『ザ・ゲームパワー』
第一章=社会の中のゲーム<第6回>


 ブンブン丸氏はカリスマである。
 今さら私があらためて言うことでもない。なにしろ強い。そして強いだけ
ではない。観客を常に意識して戦っている。プレイを“魅せる”ことを心が
けているのだ。
 きょうびは、どんなゲームでも、ひとたび「有利な戦い方」が発見される
や、みんながみんなその戦い方で戦うようになる。格闘ゲームに限っていえ
ば、何人ものキャラクターが用意されているにもかかわらず、みんな、「有
利な戦い方」の発見されたキャラを使ってしまうのである。
 だいたい今の世の中では、人間がみな均質化してしまっている。手っ取り
早く言うと、個性がない。
 ブンブン丸氏は、そんな現状に反発するかのごとく、一度決めたキャラを
変えることなく大事に使う。そして必ず大技で相手を仕留めるのだ。
 いつの時代も、ヒーローはみな個性的である。野球界を見れば一目瞭然だ。
トルネード投法の野茂選手。振り子打法のイチロー選手。古くは、マサカリ
投法の村田選手に、一本足打法の王選手。
 同じキャラが同じ戦法で次から次へと戦いを挑む。まるでショッカーやゴ
レンジャーの戦闘員、時代劇の斬られ役。あるいはRPGのザコキャラ、ゼ
ビウスのトーロイド。
 そういった面々をブンブン丸氏は、当たるを幸いなぎ倒す。そのさまは実
に痛快である。
 なんといっても、その顔つきが素晴らしい。常人離れした恐さ、鋭さがあ
る。かつてのゲーム界のカリスマ、高橋名人とは全然違うタイプ。だが、あ
る意味、もう高橋名人すら超えてしまったかもしれない。
 ただし、それだけの人物だからこそ、最近少々気になることがある。
 ファミ通の新コーナー、「ゲー道無限」。ブンブン丸氏による、ゲーム攻
略法のページ。今までなかったのが不思議なくらいのコーナーだが、私が気
になったのはそのタイトルCGである。
 ブンブン丸氏が全裸でタイトル看板を掲げているのだ。
 以前にも氏はテレカで脱いだことがあり、このときも私は悲しくなったも
のだが、今回はそれ以上に悲しくなった。
 上を脱ぐのはいい。かえって凄みが出る。だが下も脱いでしまうと、途端
にギャグでしかなくなってしまう。それも売れないお笑い芸人のギャグだ。
 江頭2:50氏のように、それがキャラクターとなっているのなら良い。ブン
ブン丸氏のキャラクターはそうではないはずだ。彼はカリスマなのだ。しか
も硬派なキャラクターなのだ。その彼が全裸になってしまうと、それは見る
者に、「落ちぶれた」印象を与えてしまうのではないだろうか。
 毛利名人がいくらお笑いをやっても、そうした印象を受けないことから考
えると、やはり「脱ぐ」ことが問題なのだろう。芸能界に例えればわかりや
すい。高橋英樹氏は最近バラエティーによく出るが、これはむしろ視聴者に
好印象を与えている。橋幸夫氏にしても然りである。
 8月16日号の「ゲー道無限」は、さらに悲しいことになっていた。「鉄
拳2」対決に敗れた罰ゲームとして、パンクラス所属のプロレスラー5人が、
ブンブン丸氏に代わって、全裸でタイトルを掲げていたのだ。
 何だあれは。
 とくに鈴木みのる選手である。去年まではチャンピオン(キングオブパン
クラシスト)としてパンクラスに君臨。船木誠勝選手とともに、パンクラス
の二枚看板といわれていたが、バス・ルッテン選手に敗れて王座から転落し
て以降、連敗街道に突入。デビューしたての近藤有己選手にも判定負けを喫
し、まさにドツボ状態に陥っている。
 そんな鈴木選手の「落ちぶれた」姿には、悲しみを通り越して怒りさえこ
みあげてきた。彼もまた眼光鋭く、“恐さ”のあるキャラクターだったのだ
が・・・。(続く)

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