〜弓の巻(後編)〜

 紅后家は今や年頃の娘たちで華やいでいた。
娘たちの関心事はやはり、交神の相手だった。

「ねぇねぇ、顔で選んじゃ駄目なの?」
「私、やだぁ、いくら能力が高くても、人間の顔でなくちゃ。」
今日も光華と水焔緋のコンビが神々の絵姿を引っ張り出して大騒ぎしながら品定めをしている。
「いいなぁ、ミッちゃんのパパは格好良くて。」
流名姫もついつられて覗き込む。
「あらぁ、流名姉さまのパパだって優しくて素敵だったんじゃないのぉ。」
「そうよ、氏神になってからの絵姿を見ると、とってもやさしそう。」
「あぁ、この絵ね。..これはちょっと良く描き過ぎてるんだけど。」
本当の父さまは、もっと目が垂れてたんだけどなぁ、と流名姫はひそかに思う。あまりカッコ良くないけど優しい、本当に優しい父だった。

「ねぇ、スーちゃんのお母さんって氏神だったんだぁ。優しそうなお顔だね。」
「ミッちゃん知ってる?私のお母さまって、流名姉さまのおばあさまなんだよ。」
「そう。冬衣ノ紅后さまは私の父さまのお母さまなのよ。」
「へぇぇ..。そうか、じゃぁ、私たちも氏神になったご先祖さまを選んでもいいんだ。」
「..と言ったって金水珠さまと流名姉さまのパパしかいないじゃない。まさか流名姉さまのパパとは結婚出来ないヨー。」
「えっ、私平気だよ、スーちゃんやミッちゃんが父さまと結婚してもいいよ。」
「えっ、なんか悪いよぉ。流名姉さまが大好きなパパなのに。」
「それに照れちゃうよ、きっと。」
「あっそれに、生まれてくる子は流名姉さまの異母兄弟になるんだよ、私はそしたら、流名姉さまの継母って事になっちゃう..きゃぁっやだぁアハハ」



 「流名姉さま。」
当主を襲名したばかりの年下の金鋼珠が、流名姫の部屋を訪れた。
「はい、当主様。」
「いいの、いつものようにキンちゃんって呼んで下さい。あのね、姉さまの交神の儀の事なんだけれど。」
竜太の娘が訓練を終え、来月初陣だ。入れ換わりに流名姫は交神の儀のため、討伐隊には加わらない予定になっている。
「母さまから当主の役目を継ぐ時に、これを預かったの。本当は..すぐ流名姉さまに見せなきゃ、と思ったんだけど..。」
「なぁに?」
「その前に、姉さま、聞いていただきたいの。紅后一族が、どうしたらより強くなって朱点打倒を果たせるか、そのために、私たちは考えなくちゃいけないんです。」
まだまだ幼く、いつもボーッとしていると思っていたが、さすがに当主だ。流名姫は少女を見直した。
「キンちゃん..もういつまでも私がおねえさんぶって面倒みてあげるのもおかしいね。」
「ううん姉さまに構ってもらって私本当にうれしかったの。母さまも、流名姉さまに力になってもらいなさい、って言ってた...本当にありがとう、姉さま。」
ニコニコっと笑うとあどけない顔になる。が、すぐに金鋼珠はそのおもてを引き締めた。
「だからこそ、こんな事、姉さまに伝えるのは忍びなかったの..。でもお伝えします。そのあとで流名姉さま、ご自分で決めてください。ご自分の将来を。」
そう言うと、持っていた書状を手渡した。
「ゆっくり、何日でも考えて下さいね。」
金鋼珠は部屋を出て行った。

流名姫は受け取ったそれを、読み始めた。
それは、父が自分に書き残した手紙だった。

「可愛い流名へ。
 この手紙を読んでいる頃には流名は年頃になって、そろそろ交神の相手を決めようという頃だと思います。
 どんな神様がお前は好みかな。だけど父さまは、お前に辛い決断を迫ろうとしています。じっくりと読んで、それから、決めて下さい。全ては、お前の思う通りに行動して下さい。

 弓遣いとして戦いに参加して来て、どうですか。きっと当主の金晶珠か竜太が隊長だと思います。いや、そろそろ世代交代して、その子供たちが育っているかな。それから、金華月の子供と緑玉の子供が、強くなっている事でしょう。流名はその子たちよりお姉さんなので、きっと良く面倒をみてあげている事でしょう。
 でも、そうやって5種類の武器がそろった時、流名、お前の弓は皆の役に充分立っていますか。お前の弓の腕前は、父さまは疑っていません、3ヶ月もみっちり鍛えたのだから。ただそうでなくて、弓の出番があるかどうか、という事なのです。
 それから、奉納点の事です。一族が常に5人もいて、次々交神の順番が来て、果たして奉納点が足りるでしょうか。

 流名、弓遣いはもう時代遅れかもしれない。一族から一人減るなら弓遣いがいなくなるべきだ。
父さまはそれに気付いた時はもう、お前の母さまと結婚した後だったので、お前が生まれて来ました。もしそれが母さまと出会う前だったら、父さまは一生結婚せず、自分の代で弓遣いを終わらせる決心をしていたでしょう。
それを今度はお前の代になって強制するなんて、ひどい父親だと思います。父さまは、お前がいて本当に幸せだった。子供ってこんなに可愛いものかと思いました。幸せをくれてありがとう。流名、お前は結婚してみたい神様を見つけたかい。そうしたら、迷わずその神様を選びなさい。そして、この手紙はその時の当主に返して、忘れてしまっておくれ。
だが、誰も好きな相手がいなくて、一族に血を残す為だけに好きでもない相手と結婚するくらいなら、流名、お前の代で弓遣いの家系を終わらせて欲しい。

 実は父さまは、お前にお嫁に行って欲しくないんだ。お前が、好きでもない神様のところに、それもおっかない顔だったり人間じゃなかったりするような神様の元へ交神の儀に赴くなんて、考えただけでぞっとする。そういう父親って変だろうか。

 お前が一番いいようにしなさい。交神や子供の訓練のために何カ月も戦えないより、死ぬ直前まで存分に戦う人生もいいかもしれないよ。」

「父さま...。」
流名姫は手紙を何度も読み返した。行間に、父の優しさがにじみ出ていた。これを書いている時の白珠の苦悩が、流名姫にはよくわかった。
「好きな神様なんて、いるわけないじゃないの、馬鹿ね父さま。父さまだけよ、会いたいのは。..好きな神様はいるのかだなんて、もうっ...。」
手紙を胸に抱きしめて、流名姫は泣き笑いした。

「父さまの馬鹿、交神の相手に実の父親を選ぶわけにいかないじゃないのよぉ..」
父に会いたくてたまらなかった。
氏神になった父を交神の相手に望めば、会って言葉を交わす事が出来るのだろうか。
「馬鹿、馬鹿ぁ。父さまの馬鹿..。」
流名姫は幼い頃のように泣いた。
(流名、流名や、泣くな泣くな、ほらほらどうしたんだい)
あの頃はいつも、父がすぐ駆けつけてくれた。泣きじゃくる流名姫を抱き上げてくれた。だがもう今は、一人ぼっちだ。もう二度と、父に会えない。
父が亡くなって久しいのに、今さらながら流名姫はさみしくなって、一人、いつまでも泣いていた。



 流名姫は、交神の儀に行かず、皆が出陣した後一人屋敷に残り、残る余生を弓の手入れや書物の整理に明け暮れて過ごした。
父の予測した通り、竜太の娘竜子が初陣を迎えた後は、弓遣いの出番は無くなってしまったのだ。
もしかしたらいつか弓を遣う者が再び現れるかもしれない時に備えてしっかりと手入れをする。こまごまと注意を書き添えた弓遣いの手引書を作り、奥義の書も改めてわかりやすく筆を入れて、来たるべき日にそなえる。
 その顔はおだやかで、満ち足りた笑みをいつも浮かべていた。

死にゆく時の最後の瞬間、流名姫は「父さま..」とつぶやいて逝った。そのまぶたから一筋、涙が流れていたという。









 さてその後白珠は、光華と水焔緋の両方の交神相手に選ばれます。能力が高い割に奉納点が低い、ちょうど良い唯一の氏神なので重宝がられたのですが、それによってこれまでの当主・弓遣いの血筋が薙刀士の血に加えられ最後まで生き延びたわけです。










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