戦いのローテーションの中でネックとなるのは「子育て」です。歳の近い者が2人いる場合、先の一人の寿命がまだあれば自分の子育てが終わった後の一ヶ月はもう一人の子を育て、産みの親は奥義を伝えるために次の一ヶ月だけ拘束されるように出来るのですが、予想よりも先の一人が短命だったりすると大変です。後がつかえている関係で早めに子供を作ってしまった働き盛りのキャラクターが子育てのために屋敷に残ることもあります。今頃は訓練も終わり親子水入らずでいるのかな..などと想像しています。


〜白の巻〜

 日が暮れようとしていた。
「父さま、父さま」
少女の声が廊下の向こうからぱたぱたと駆けてくる。
 白珠は、口をつけようとした今日最初の晩酌の杯を置くと、柔和な笑顔を振り向けた。

 「父さまぁ、私、あの術が出来るようになったのっ」
はぁ、はぁ、と息を弾ませ、髪を乱し、うれしさに頬を紅潮させた愛娘の顔を見て、白珠は、本当にかわいらしいと思う。
「そうかそうか。流名はすごいな。」
 老境、と云うにはまだかなり早いが、おっとりした性格と目尻の下がったなんとも柔和な笑顔が、若い頃から好々爺然とした雰囲気を彼に与えていた。
「わかったよ流名、明日の朝いちばんに見せておくれ。さ、着替えておいで。稽古着のままでこんな所にいるのを見つかると、またイツ花に叱られるぞ。」



「父さま、ねぇ、また聞かせて、あのお話」
父娘水いらずの夕げの膳だ。ほろ酔いでご機嫌の白珠は、娘にせがまれていつもの話を始める。
「流名は母さまの話が本当に好きだなぁ。もう何度も聞いたろうに。」
「いいのっ、聞きたいのぉ。聞かせてよ父さま、恐ろしい地下水道を通ってたどり着いた滝で、父さまは母さまを助けたのでしょう?」
「助けた、と言っても、なぁ..。父さまは母さまに矢を射かけなくちゃならなかった。許しておくれ、と心で念じながら、渾身の力を込めて弓を射ったんだ」
「だって、そうしなかったら母さまはいつまでも怪物の姿のままでいなくちゃいけなかったんでしょう」
「あぁ..そうだがな。...人魚さま、と、父さまは呼んでいたよ、その頃は名前を知らなかったのでな。」
「その人魚さまに最初に出会って、父さまは一目ぼれしちゃったんでしょう?」
「いや..まぁ..そうだが。」
「父さまって純情だったのネ」
「いやいや..こらこら親をからかうもんじゃないぞ」

 楽しそうな笑い声が、今日もまだまだ続く、紅后家の宵であった。



 討伐を一ヶ月延長、の知らせが届いたのはその翌日のことだった。
「やれやれ..。」
イツ花から書状を受け取った白珠は、ため息をついた。
「ここに働き盛りの男がいるのを忘れたようだな..無理もないか、一度引き上げたら、今度またあそこまで行くのはかなり先になる。」
「流名の初陣につき合ってやりたかったのだが..いやいや、流名の相手がもう一ヶ月出来るのはうれしいものだな。」
イツ花はだが、白珠の胸中を思うと何と慰めてよいのかわからなかった。
今や一族でも最強の部類に入る程の戦士である白珠が、我が子の訓練のためとはいえ丸2ヶ月も出陣出来ずにいたのだ。それをもう一ヶ月など..男盛りの充実した時期を棒に振るも同然ではないか。
「さぁ、流名の稽古をしてやらねば。」
白珠は、いつものおっとりした笑顔で歩み去った。



「さぁ流名、やっと初陣だ。皆の足手まといになるな。」
「はい、父さま」
「凛々しい戦姿だ。母さまによく似て美人だな。鬼が一目ぼれするかもしれないぞ」
「やだぁ、父さまってばぁ。」
白珠は、娘の花のような笑顔をまぶしいと思う。すっかり成長し強くもなった、だが白珠は、娘をあの壮絶な戦いの渦中に、本当は行かせたくなかった。代りにいくらでも俺が行ってやる、と言いたい言葉をぐっとこらえると、はからずも涙が出た。
「父さま、..泣いてるの?」
「馬鹿、二日酔いで目がショボショボしてるだけだ、早く行け。」
「父さま..」
「流名、..流名姫、いいか、よく聞いておけ、父さまはお前と過ごした3ヶ月を決して悔いてはいない。だが、父さまは、まだ戦い足りないんだ。お前の大切な初陣に、すまん、俺は、お前を差し置いてでも出陣したいと思う気持ちをどうすることも出来ないんだ..だから、早く行け、行って戦え、俺が教えた全ての技を出し切って、お前は戦え。..俺は戦場で死にたいと思っていたが、どうやら叶わぬらしい、だからお前は、戦って、戦い抜いてから死ねよ、..俺の代りに。」
「父さま..」
流名姫も泣いていた。この討伐を終えて帰る時には父は生きてはいまい。

 父娘の尽きせぬ別れを思いやって、誰も出陣を急かしになど来ない。
どこかでうぐいすののどかな声がする、うららかな春のことであった。










関連のある他の巻:華の巻(白珠、流名姫)  弓の巻(前編・後編)(白珠、流名姫) 
黄鶴楼の巻(白珠)  人魚の巻(白珠)            

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