紅后家にも、壊し屋のいた時代がありました。その頃にはわずか一代で奥義を編み出せる程、一族の能力が高くなっていました。それは朱点打倒への兆しでもありました。


〜槌の巻〜

 刃は不思議な若者だった。
職業は壊し屋である。
決して偉丈夫というわけではない。上背はそこそこあるが、素裸にまわしを締めただけのような壊し屋の戦姿はほっそりとして、非力な印象さえ受ける。
だがよく見ると引き締まった鋼のような筋肉がつくべき所にはきちんとついていて、大槌を的確にあやつるに充分な腕力はそなえている。
「お兄ちゃん...。」
それでも、妹の兆は兄の戦う姿を見るといつもハラハラさせられる。
自分の優に3倍は目方のありそうな大鬼を前にすると、刃は子供のように小さく見えた。
(お兄ちゃん、下がっていて。あたしの弓で討ち取れるから、お願い、前へ出ないで..)
戦士として一人前の兄に対してそんな事を言うのは、兄の力を見くびっている事になるのだが、心の中でそう叫ばずにいられない兆だった。

「でぇぇいっ、食らえぇっ!」
そんな妹の心中など知らず、刃は助走をつけて勢いよく飛び上がり、大槌を振り下ろす。狙いすました一撃が、鬼の脳天を直撃する。
この一撃で、あっさりと勝負はついた。
「おぉ...すげえ...。」
さすがの岩黒王も自分の出番がないなどとぼやくのも忘れ、目の玉をひんむいて驚いている。
「ふぅ。ちょろいもんだな。」
刃が大槌を担いで引き上げてくる。
「ガンにぃちゃん、どうだい?」
「あ。..あぁ。すげえ。..お前、本当にすげえなぁ。」
「ふふっ。」
刃は妹に向かって気障にウィンクをして見せた。



 「お兄ちゃん、いくさから帰ってきた日くらいは早く寝なよ..疲れているでしょう?」
討伐から帰ったその夜だというのに、刃は奥義の書をしたためるのに余念がない。
「兆こそ先寝てろよ。俺も、あとこれだけ書いたら寝るよ。」
初代の壊し屋となり、めきめきと力をつけ、討伐のたびに新しい奥義を編み出す兄の力は素晴らしいものだった。双子の妹の兆は、兄の功績が我が事のようにうれしかった。
「お兄ちゃん..」
「なんだい?」
「ごめんね、あたし、お兄ちゃんが剣士なら良かった、壊し屋なんて格好悪くて嫌だ、なんて言って。」
「はは、馬鹿だなぁ。そんな、小さい時の事なんて誰も覚えてないよ。いいよ、今頃謝らなくても。」
「うん、..そうなんだけど..。」
「兆、ガンにぃちゃんは寝たのか?」
「うん、さっき部屋の前通ったらすごいいびきだったよ。」
「そうか。イツ花は?」
「知らない。寝てるんじゃないの。」
兄は何かたくらんでいそうだ。兆はワクワクしながら兄の顔を見た。
「兆、一緒に来い。」
「うん。」

屋敷を出てしばらく行くと、荒れ果てた寺の跡がある。
そこまで黙って来た刃は、崩れかけた寺の土台の石がゴロゴロと落ちている所で立ち止まった。
「兆、この石を弓矢で射ぬくことができるか?」
「えっ?..無理だよ。」
「じゃぁ、これで壊せるか?」
刃は懐から小さなかなづちを取り出した。
「ええっ」
兄がいくさで使う大槌の一撃でも、この大石を砕くことは叶わないだろう。術でも使うのだろうか。
「見てろよ。」
刃は大石の周りを一度ぐるりと見て回ってから、石に耳をあて、軽く数ヶ所をコン、コン、と叩いて音を聞いた。そして。
「ハッ」
気合いを込めて石の表面の一点に鋭い一撃を振り下ろした。
刃が跳び退いてすぐには何も起こらなかった。
が。
やっぱり無理じゃないの、と言いかけた兆は、はっと口をつぐんだ。
ピシピシッと小さな音がしたと思うと次の瞬間、大きな石は、どぅ、と真っ二つに割れたのだ。もうもうと土煙があがる。
「....すごい...。」
兆は言葉を失って、ただただ兄の顔を見つめるばかりだった。



 刃はあっという間に奥義を3つも編み出し、討伐隊は向かうところ敵無しに見えた。
だが。
「あぁっ、刃っ、外しやがってこの馬鹿野郎っ」
岩黒王が毒づきながら薙刀を振り回し、突進してくる鬼を食い止める。
戦いは長引いた。
兆が呪文を唱え、味方の回復あるいは敵の攻撃をかわす術に専念し、岩黒王が強力な術を次々と駆使して敵に反撃する。こうなると術の弱い壊し屋は手が出せず、防御が薄い分、他の者のお荷物になりかねない。敵味方入り乱れた戦いの中で、刃がもう一度体勢を立て直し攻撃するチャンスを得ないまま、戦闘は辛うじて勝利に終わった。

「お前なぁ..。いや、お前のせいじゃないのはわかってるんだが、..なぁ。」
「いいよ、わかってるよ、命中率が低いのを何とかしろって言いたいんだろ、にぃちゃん。」
「うぅ..まぁ、そういう事だが..。」
当主の岩黒王は、壊し屋の弱点もよくわかっている。わかってはいるが、ここ一番、と言う時に大外れで、がっくりと力の抜ける思いをさせられるのも事実だった。

と、二人の会話をあっさり無視して兆が口を開いた。
「当主さまぁ、おなかすいたぁ。」
兆が「ガンにぃちゃん」ではなく当主さま、と呼ぶ時は、本当に機嫌の悪い時だ。一族でたった一人の女の子だというので甘やかし過ぎのか、一度ヘソを曲げてしまうと兆の機嫌をとるのは容易ではない。
「あぁ、そうかそうか、もうメシにしよう、何が食べたいんだ?兄ちゃんが鳥でも取ってきてやるからそれでいいな?」
当主の威信もどこへやら、岩黒王はあたふたと森へ出かけて行った。

「..ガンにぃちゃんのばかぁ。当主だからって、お兄ちゃんをいじめたらあたしが許さないよぅーだ。」
岩黒王の姿が消えるやいなや、兆はぺろりと舌を出した。
「...兆。」
「いーよいーよ、お兄ちゃん、外したっていいからバンバンやんなよっ。あとの始末はガンにぃちゃんと私でつけるからさっ。...ねっ?」
「う、うん..。ありがとう、兆。」



 その後も刃は、大活躍か、あるいは最初の一撃を外して一族を敗退の危機に追い込むかのどちらかだった。
 結局、壊し屋は刃一代で終わったが、刃は一人で四つの奥義の全てを極め、その破壊力の凄まじさは後々語り継がれることとなった。 











 






関連のある他の巻:角の巻(岩黒王、刃、兆) 雨の巻(岩黒王、刃、兆)

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