一族で、みなさん、これも出てきますね? 思わずあとずさった「怖い顔」。紅后家にも、訪れました。うちではどうやら、..。


〜角の巻〜

 誰もが、その赤ん坊は剣士になるものだとばかり思っていたし、そのつもりで名前も決めておきながら、何を思ったか当主白竜は、赤ん坊を前に思いあぐんだ挙げ句、一族を集めて会議にかけると言い出した。

「お呼びですか、当主様。」
すっ、と嵐が現われ、膝をつく。もとは母親ゆずりの透き通るような肌をした若者だったのだが、度重なる出陣に鍛えられすっかり火薬やけして、浅黒い精悍な顔立ちになった。
「なんだい、親父。」
うっそりと、鴨居に頭をぶつけないよう背をかがめながら、のっしのっしと岩黒王が部屋に入ってくる。こちらは名前の通り、地黒のいかつい顔だ。この巨体が部屋の真ん中にどっかとあぐらをかくと、途端に圧迫感で部屋が狭くなったように感じる。
「赤ん坊の職業のことだが..」
「なんだよ、弓遣いじゃねぇのか。もう一人、男の方は剣士だろうが。」
「まぁまぁ、ガンよ、話を聞けよ。」
「兄貴だって他に考えようがないだろうが..」
父には反抗的な岩黒王だが、兄貴分の嵐にたしなめられて、渋々引き下がる。

 その様子を障子の陰からのぞきながら、イツ花はため息をついた。
「..どうしてこんな子に育っちゃったのかしら..。」



 「剣士じゃなくて壊し屋だなんて、この家に必要ねえんじゃねぇのか?」
薙刀の手入れをしながら、岩黒王は嵐に言う。これでも、一族のためを思って心配しているのだ。
「まぁ、当主様のなさることだし..」
「兄貴は親父の言いなりになり過ぎだぜ、当主当主って、そん時の当主がおっ死んじまって、他になり手がなかったから当主になったんだろう」
「またそんな...。白竜さまの事を悪く言ってはいけないよ、お前の父さまだろうが。」
「ちぇっ、..なんだよ、全然弱いくせによ、当主だからっていばりやがって。 」
「...ガン...。」

 岩黒王は、自身の出生について悩んでいた。
(俺は、本当にあの父の子なのだろうか)
それは物心ついてからずっと、岩黒王の心について回る疑問だった。
岩黒王の額には、2本の角が生えている。
人間と神との間に生まれて、角が生えるはずがない。
(俺は、戦力を失った紅后家が、手っ取り早く戦力を補充するために拾って来た鬼の仔なのかもしれない。)
それはまだ幼い頃に岩黒王が想像力の中で疑い始め、今や唯一の真実とさえ思えるほどに実感を帯びた妄想だった。
子供心に岩黒王は、自分を見る父の目に畏れともおびえとも取れる何かを感じていた。みるみるうちに大きく成長し、常人の背丈をゆうに越え、目方も成人の倍ほどにがっちりと育った我が子を訓練するには、白竜はあまりに非力だった。もともとが小柄な者が多い薙刀士の家系の典型のような白竜と岩黒王が並ぶと、どちらが大人か子供か、わからなくなるくらいだった。
 時々訳もなく暴れ回りたくなる衝動に駆られもする。岩黒王は、己の肉体の力を持て余していた。
(俺は、鬼だ。..俺は、同胞を殺すためこの家に飼われているのかもしれない)

ぶつぶつと、自らのもの思いに浸りながら厠に行く。歩くとのっしのっし、という感じになるのはどうにもならない。
侍女の中でも下っぱの女なのだろう、厠をせっせと掃除していた女が、岩黒王の姿を見るなり、ひっ、と小さな悲鳴をあげる。
「なんだ..?」
厠を使ってよいか、と問いたかったのだが、女は岩黒王の言う事などまるで聞こえず、お助け、お助け..とつぶやきながら転がるように逃げてしまった。
「なんだと...。こら、待て..畜生っ」
岩黒王の怒りにみるみる火がつく。
「イツ花、イツ花ーっ」
「はいはいはいはいっ、只今参りますよぅっ」
イツ花が転がるようにしてやってくる。
「イツ花ぁっ」
「ハ、ハイッ」
「お前、侍女長だろうがぁっ、今、厠を掃除していた女は、俺の顔を見て逃げたぞ、なぜ一族の顔ぶれを教育しておかんっ」
「あっ..あの者は今日から屋敷に入った者で、その、まだ研修期間なので..」
「言い訳するなーっ。お助け、と抜かしやがった、この俺がそんなに怖いのかっ」
「そ、そりゃもう、その...あわわ...いえ、いえいえその、怖いだなんて」
「侍女全員を再教育しろーっ、今度俺の顔を見て逃げるやつがいたらその場で斬るっ」
「そんな、岩黒王さま、ご無体な..」
「ダメだダメだぁっ、斬るといったら斬るっ」
「お斬りになったりしたら、それこそ侍女たちが恐ろしがってしまいますよ。」
「恐ろしがったやつはみんな斬るーっ」
「それでは紅后の家に奉公に来ようという女がいなくなってしまいますよ、誰が岩黒王さまのお食事を作ったりおふんどしを洗ってさしあげたりするんです?イツ花一人ではとうていまかない切れませんよ?」
「うるさいうるさいっ、俺は斬ると言ったら斬るんだっ」
どなっているうちに、岩黒王の怒りも収まってきたらしい。そろそろ引っ込みがつかなくなっているようだ。
「岩黒王さま、侍女はあとで油をしぼっておきますから、ねっ、どうです?新しくいらっしゃった、岩黒王さまのご弟妹をご覧になりません?イツ花も一緒に参りますから。」
「..う..うぅ、..一緒に来てくれるか?」
「ハイ、イツ花は一緒におりますよ。」
「赤ん坊なんて..俺、..」
「おや、お庭の大石を軽々持ち上げるほどお強い岩黒王さまが、生まれたての赤子が怖いんですか?膝の上でおしっこでもされるとお思いで?」
「い、いや、しょんべんくらい仕方ないが..なんだと?」
「アハハ、大丈夫ですよ、ほら、ほら、ご自分がまだご用を足してないんでしょう?」
「あっ、そうだった..」
「早くいってらっしゃいまし。」



「なぁ、イツ花..」
「ハイ、坊っちゃま?」
「こいつらは親父に似てるなぁ。」
「そうですねぇ..でも兆さまの髪の色はお父さまと違いますよ」
「いや、そんなんじゃなくて、なんて言うのか..こいつら2人とも、角なんてないしよ。」
あっ、とイツ花は思う。岩黒王はその事で悩んでいたのか。
「なぁ...。俺がここに来た時のこと、イツ花は覚えているか?」
「ええ、覚えていますとも、そりゃもう、イツ花はうれしゅうございましたよ」
自分の最初の子だもの、とイツ花は心の中で思った。
「誰が生まれたってうれしいだろうが?」
「いえいえ、イツ花は岩黒王坊っちゃまの時がダントツにうれしかったんですよ、そのう、..なんと言ったってあの昼子さまとの最初のお子ですからね。」
「ふぅん、おふくろったって神様だしな。顔も見たことないからなぁ。」
イツ花は汗をかきながら、続ける。
「あの、あの、お母さまのお顔はどんなだと思います?」
「えっ、そりゃべっぴんだろうよ、神様だろう、まともに見たら天罰が下る、って言われてるぜ、昼子さま、ってのはよ。まぁ俺は物心ついた時には嵐兄貴の母上は死んじまってて、一族は男ばっかだからよ、どういうのがべっぴんなのかよく知らねぇけどよ。..まっ、一度くれぇはかぁちゃんの顔見てみたいと思うよなぁ」
「かっ..かぁちゃん..。」
「おっと、そういう下品な言い方するといけないんだったっけな。」
「いえ、まっまぁ、そうですが...。」
「なぁ、イツ花。」
我が子にじっと見つめられ、イツ花こと昼子はドギマギする。
「俺は、鬼の子だろう」
「へっ?」
「俺は..イツ花、本当の事を言ってくれ、俺は、本当は親父の子じゃないんだろう?」
「どうしてそんな事をおっしゃるんです?」
「俺には角があるじゃないか。なんで一族の中で俺にだけ角が生えてるんだ。」
「...岩黒王さま。」
腹を決めたように、イツ花は話し始めた。
「岩黒王さま、まず最初に、2つのことをよく心に刻んで下さいませ。」
「あ、..あぁ。」
「一つ、岩黒王さまは、確かに、白竜さまのお子様です。交神の儀に白竜さまがおみえになり、そして岩黒王さまが産まれるのを、イツ花はこの目でしかと見ました。」
「もう一つは、岩黒王さま、あなた様は、一族の誰とも違う、ということです。」
「えっ。」
「そうです、確かに白竜さまのお子でありながら岩黒王さま、あなた様は、厳密には人と神との子ではないのです。」
昼子は今、己の子に、秘密の一部を明かすつもりでいた。
「額の角、それは、白竜さまの血ではありません。..では神たる昼子さまの子にどうして角が、とお思いになるでしょう。」
ごくり、と岩黒王が唾を呑む。
「昼子さまは..太照天昼子は、鬼です。」
「ええっ。」
「そう、鬼。朱点という鬼を倒すために、あらゆる手を尽くす、鬼...。」
「...イツ花...」
「いいですか、この秘密を誰にも言ってはいけません。鬼にも良い鬼がいて、神と人に力を貸しているとお考え下さい。」
「...あ、あぁ。」
話がとんでもない秘密に及んで岩黒王はすっかり毒気を抜かれてしまっている。

「....なーんて話は、冗談でぇ〜」
「....え。」
「二つ目の話は、冗談ですよッ。」
「..??」
「昼子さまのお子は普通は、双子がお産まれになるそうです、それが何かの拍子に一人っ子で産まれたのが、坊っちゃまなんですよぉ、やだなぁ、当主様からまーだ聞いてないんですかぁ?」
「う..うん。」
「だからぁ、お二人分の栄養が一人に行っちゃったんだから、どうなるかお解りでしょう?体もごっつく大きく育つし、能力だってめっちゃくちゃ高く産まれてくるんですよぅ。お顔がもとは父上に似てたって、そんなにごつくなったら、誰に似てるのかわからなくなっちゃいますよぅ。岩黒王さまの体は二人前なんです、角だと思ってらっしゃるそれだって、骨が余っちゃってる分なんですよ。..ご理解されましたか?」
「....そうなのか...。」
ゆっくりと、今聞いた話を反芻するうち、岩黒王をとらえていた懸念が解けていった。
「そうか、..そうか俺は、...こいつらみたいな双子を合わせた分なのか..」
「岩黒王さま、他の方の2倍の働きをなさいませ。それでちょうど良いくらいなんですから、遠慮する事はありませんよ。あんな汚らわしい鬼の子供だなんてどうして思う事がありましょう、鬼を斬って斬って、斬りまくって下さいましね。」
「そうか。うぉぉぉっ俺は..」
「あッ、シーッシーッ」
岩黒王が大きい声を出したので、赤ん坊が目を覚まし、むずがりだした。
「す、すまん..」
「おぉよしよし...坊っちゃま、もう戻られますか?ここはイツ花があやしておきますから。」
「う、うん、そうだな。」
「あ、それから坊っちゃま。」
「なんだい?」
「父上の白竜さまですが、ご自身がいくさに出て強くなる事をあきらめて、いちばん重要な時期を全て、岩黒王さまの訓練にあてられたせいでお弱いのですよ。本当なら、今のあなた様などまだまだあっさりひねられるくらいお強いはずの方なんですよ。」
「えっ。親父が...。」
「さぁさ、お行きなさい、岩黒王さま。あなた様はもっともっと、信じられないほど強くなるお方ですよ。鍛錬をなさい。」
「...わかった。」

力強くうなずく岩黒王の瞳は澄んで、そのまなざしは真っ直ぐに未来を見据えていた。











 「いやぁ、一瞬冷や汗が出たけど、とっさに思いついたでまかせの方を信じてくれて、助かった..まさか、角が生えてくるとは思ってなかったしなぁ。やっぱりアタシの子って鬼なんだなぁ..」と、天界に帰ってイツ花、こっそり独り言を言ったとか。(おいおい..)






関連のある他の巻:嵐の巻(嵐、白竜) 槌の巻(岩黒王、刃、兆)

【オレシカメニューへ戻る】



野うさぎ茶房のメニューへ