「髪」との戦いも残すところ3本となり、勝ちに行った三ツ髪との戦いで、紅后一族はまさかの敗残を喫します。攻撃回避率を充分上げていたつもりでしたが、三ツ髪の力溜めの一撃が当主を含む前列2人の命を一瞬にして奪いました。残されたのはたった二人..一歩間違えば一族滅亡の危機でした。



〜嵐の巻〜

 まさかの敗退だった。
後列で援護に回っていた若い白竜は、目の前で前列の二人が一撃で倒されるのを目の当たりにした。
「紫竜ねえさん..」
傍らを見やると、女丈夫の紫竜は大筒を置き、倒れた二人に駆け寄って行くところだった。
白竜も薙刀を置き、後を追う。

「しっかりしなさいッ、月光珠ッ、金羅ーッ」
二人はどう見ても助からなかった。巨大竜の爪の一撃をまともに食らった、当主月光珠は鎧ごと胴をほとんど真っ二つに割かれ、虫の息だった。
その傍らには、筋骨たくましい巨漢、金羅の小山のような体がぴくりとも動かず横たわっている。
巨大な竜の硫黄臭い息遣いがすぐそこまで迫っている。
どこをどう走ったのかわからない。紫竜と白竜は怪我人を背負い、ただ一族を導く神々の神通力にすがって夢中で戦いの場を逃れた。



「当主様がお戻りに..あ..あぁッ当主様ッ」
月光珠の命の灯をつなぎ止めていたのはただ、当主としての最後の責務を果たす、その一念であったのだろう。死の床で次の当主を指名すると、月光珠はそのまま火の消えるように息絶えた。

その夜。
白竜は庭を見渡す縁側に座っていた。
「今夜はいい月夜だねぇ。」
衣擦れの音をさせ、紫竜も自分の部屋から出てきた。
「姉さん..」
「お前も眠れないんだろう。」
「うん..」
紫竜と白竜は実の姉弟である。
紫竜は大筒士の家系に養女となっている。白竜は第二子ではあっても、薙刀士の正当な跡継ぎだ。父神も白竜の方が遥かに格上の神だということもあり、白竜が生まれた当初は、弟を疎んじていた紫竜だったが、すぐに母を亡くし、無心に姉を慕う白竜の邪気の無さに、紫竜もこの育ちの良い弟を可愛がるようになっていた。

「初陣で目の前で二人も死ぬんじゃ、お前もひどい目にあったものだね。」
「..姉さん、当主指名のこと..」
「なんだ、そんな事を思い悩んでいたのかぃ。..あたしとお前と、二人しかいないんだから、お前がなって当然じゃないか。」
「..うん...。」
「あたしはどうせあと3ヶ月したら死ぬ。お前が、一族を束ねていくんだ。
今月あたしが交神に行くだろ、その子が来るのが2ヶ月後だ。..あたしは、実の母さまに訓練してもらっていない。自分の子供は訓練してやりたいと思う。そうしたらあとは..頼むよ白竜。」

白竜はただうなずくしかなかった。
「姉さん、..」

 まだ初陣を終えたばかりの若者なのだ。通常ならば初いくさというだけで皆帰ってもなお膝が震え、次のいくさへの闘志をかき立たすことができず気弱にも泣き出す者もいる位なのだ。
 白竜の場合、それどころではなかった。目の前で一族が殺されるという前代未聞の負け戦から戻るなり、その日のうちに新当主の指名を受けたのだ。

 白竜、弱冠3ヶ月。敗戦も一族初めてならば、これほど若い当主も前代未聞であった。



 その月は紫竜が、続いて翌月は白竜が、交神の儀に赴いた。
そして、紫竜の子が来訪した。男の子だった。
「姉さんの子だ、好きな名前をつけるといいよ。」
交神のためすれ違い続きだったので、姉弟が屋敷で顔を合わせるのも久しぶりだ。
「ありがとう白竜。..ひどい負け戦だったね。紅后の家を襲った嵐のようだった。この子は「嵐」と名付けるよ。この厄渦を忘れないように。」
紫竜の養親である大筒士の家系には「雷」の字を持つ者がいるので、それもあるのだろう。
「白竜、大筒士の子が始めに初陣を迎えるから、これからの戦は少しは楽かもしれないね。」
紫竜の言う通りだった。一度に敵全体に攻撃でき、一撃で全滅させることもできる大筒士が活躍し、これから生まれて来る他の者たちの初陣を助けることだろう。
「嵐をお前の戦略の駒として、どう使っても構わないよ。嵐の初陣は一人で行かせ、お前はお前自身の子供の訓練を優先させなさい。私より遥かに優秀なお前と昼子様との子だ、一族最強に育てあげなさい。」
「えっ、姉さんそんな..。」
白竜は、姉の、一族の将来を考えた思慮の深さと、我が子をそのように託すと言ってのける、一族への忠誠に深く胸を打たれた。
「姉さん。」
「良い当主におなり。子供たちは誰も、月光珠の事も金羅の事も、いくさの恐ろしさも、何も知らないんだから。私が死んだらもう、頼れるのはお前だけなんだよ。」
「はい、姉さん。」



 一人の若武者が足音をひそめ、洞窟を歩いていた。
戦のいでたちに身を包み、母の形見の大筒を肩にした、それは嵐の初陣姿だった。
前列を守り固めてくれる先輩戦士はいない。
頼りになるのは己の力ひとつ、励ますのは母の残してくれた教えの数々だけだ。
岩影の向こうからヒタヒタと何者かが近づく音がする。

(母さん、見ていて。)
 心でそう念じ、嵐は、大筒を構えた。







 嵐は、無事初陣を果たし、多くの経験値を得て凱旋してきます。一人なので勝てば全て自分の点になるので、無理をしなければ初陣としては、仕方ないとはいえ良い方法だったかもしれません。ただし嵐が大筒士だったからできた荒行で、弓遣いや剣士はこうはいかないと思います。










関連のある他の巻:角の巻(白竜、嵐)

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