〜弓の巻(前編)〜

 「それで、どうなさるおつもりでしょう、当主様。」
おだやかに切り出されたが金晶珠はすぐに口を開かなかった。
もう夜も更けて、灯りにうら若い横顔がゆらゆらと照らされている。
その向かいに、白珠が静かに座って返答を待っていた。隣りには金晶珠の従弟、竜太が黙って控えている。
 今度、続いて交神の儀を迎える二人、薙刀遣いの金華竜、槍遣いの緑玉の二人はこの場に呼ばれていない。今、当主が白珠たちに話しているのは、この二人の交神相手の事だった。

 「私は、自分で闘った相手を朱の首輪から解放して、とっとと結婚しちゃったので、まぁ、自分勝手を通してもらったわけですが。」
おどけたように白珠が言うと、ようやく金晶珠も笑顔を見せた。

 今、一族は5人。来月は白珠と敦賀ノ真名姫との間に出来た子が来訪する。訓練に人を割いてもなお、討伐隊には充分な人数を回せる。
だが、5つの職業の家系それぞれを保っていくには、奉納点が足りなくなり始めていた。

「やはり、氏神と交神してもらわねばなりません。」
「では緑玉のお相手は氏神、黄紗さまこと冬衣ノ紅后さまでよろしいですね。」
言いながら白珠は誇らしいようなくすぐったいような気持ちになる。
黄紗は白珠の母だ。
あの弓遣いの英雄、紅鋼珠の第二子青輝珠の孫である、母。
流水珠の突然の死で失われた弓の奥義を一気に2つ復活させ、死を迎えた時、その能力の高さから氏神となって昇天した、白珠の大好きな、優しい母。

「ですが、金華竜の相手はどうします、当家の男の氏神は金水珠さまお一人ですが、薙刀士の相手としては術が今一つですが。」
「そうです。..皆さん、私が当人たちをここに呼ばなかったのは、その事なのです。」
皆に相談する形ではあったが、金晶珠はすでにきっぱりと英断を下していた。
「当家は、今あるだけの奉納点を使って、金華竜どののお相手に光無ノ刑人さまをお迎えしたいと思います。」

 薙刀士の血筋に、強力な術の能力を持つ神を迎えることで、金晶珠はここで一気に薙刀士を一族最高の術遣いにするつもりだった。術が並外れて強く、回復に専念してよし援護に回ってよし、かつ、複数の敵に攻撃ができる薙刀士は一族の守護神として不可欠な存在だ。
「しかし、それでは..。」
思わず白珠が口走る。

それではあまりに不公平だ。
緑玉と金華竜は、代々続く通り、槍と薙刀との息の合った攻撃で、二人同じく一族に貢献している。確かに、代々、槍遣いには体力の多い代りに術の強さはあまり求められず結果、薙刀遣いよりも少し格下の神と交神して来てはいる。
とはいえ、この交神相手では格が違い過ぎる。

白珠の心中を察したように、金晶珠は言葉を継いだ。
「金華竜どのの父神は鎮守ノ福郎太さまです。もう、福郎太さまを上回る術の高い男神で交神可能なのは光無ノ刑人さまだけなのです。白珠兄さん、不公平なのは明らかで心苦しいのですが、これも一族のため。わかって下さい。」
「そうですね。当主様のおっしゃる通りだと私も思います。」
白珠も金晶珠の頼みとあってはそれ以上反論できない。
「では当人たちにもありのままを話して聞かせましょう。彼らなら、不平など言わず、忠誠が揺らぐこともないでしょう。」

「良かった、決まって。では明日さっそく、二人に伝えます。遅くまで御苦労かけました、白珠兄さん、竜太ちゃん。」
大任を終えて若い娘の顔に戻った金晶珠は従弟を見てにっこりとした。
「ふふ。竜太ちゃん、私たちなんかお母さまはもっと安上がりだったものね、いいよね。剣士も大筒士も、体力も術もそこそこでいいからねぇ。その分、薙刀士にうんと術強くなってもらいたいのよ。」
そんな二人のやりとりを聞いていて、弓遣い白珠の胸にふとよぎる不安があった。
(弓遣いは、もう必要ないのかもしれない。)
白珠の予感は的中していた。




 紅后家の変化は、白珠の母の世代に始まっていた。
流水珠が不慮の事故で我が子の来訪を待たずして逝ってしまい、奥義継承が途絶えてしまったのが事の発端だ。
来訪した双子を前に、その時の決断をしたのは、流水珠がいまわの際に指名した当時の当主、白珠の母黄紗だった。
 黄紗は、双子を剣士と大筒士にした。双子といっても兄金珠は女の子と間違えられるような美貌の大人しい子供で、弟の雷太はやんちゃできかない野生児だった。
だが外見はどんなに異なっていても、能力は酷似していた。
違いが出るとしたら全て、職業による差なのだ。
こうして、紅后家は源太以来初めての剣士と、全く初めての大筒士、という2つの職業を試験的にスタートさせる事となった。
 剣士も大筒士も良い働きをしたので、そのまま2代目が望まれたのだが、ここでそれぞれが同じ交神相手、それも奉納点の節約になるそこそこの能力の氏神を選んでいる。そうして生まれたのが現在の当主、金晶珠と竜太だ。
 剣士は守備が固い。また、敵の攻撃をそっくりお返しする奥義を身につけているので、例えば常に危険にさらされながら突撃しなくてはならない槍遣いほどは、体力が高くなくても滅多に命を落とすことはない。
一方大筒士は、これは常に薙刀士はじめ援護陣が防御・回復に気を配るので、体力・術ともにあまり要求されない。大筒士はそうして皆で守るだけの価値ある働きをするのである。散弾で敵全員に攻撃できるのは、大筒士しかいない。
つまり、紅后家はここに至って初めて、ひたすら高い奉納点の神を求め、力・術共により高い能力を求める事をやめたのだ。

 同じ「飛び道具」である弓遣いが一族の攻撃の要であり、体力も術もオールマイティーに高い能力を求められた時代とは、明らかに闘い方が変わってきているのだ。




 白珠はこの夜をきっかけに密かな決意をする。
それは後になって明らかになる。

                          (後編につづく)



















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