<江戸・深川>
(えど・ふかがわ)東京都江東区

旅行日 '97/1

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 芭蕉が江戸に出てきたのは寛文十二年(1672)。数えで二十九歳のとき。
 数年間、日本橋小田原町にすんだのち、延宝八年(1680)には深川へ転居。以後ここを拠点に、蕉風俳諧の普及につとめました。
 芭蕉の住まい「芭蕉庵」があったとされる(確証はない)場所に建つのが芭蕉稲荷
 狭い地にありながら、祠のほかに句碑やら記念碑やらが並び賑やか。記念スタンプなんていうのもドーゾ。

 隅田川(当時は「大川」)のほとりに安座する芭蕉さん。芭蕉稲荷のすぐ向かいの小公園(芭蕉記念館別館)の芭蕉像。平成七年四月の建立で、出来立てのホヤホヤ。ヒゲをたくわえ蓄え、ゆったり座するこの像は、門人杉風の描いた絵をもとにして造られたそうです。
 住み慣れた地で、こころ穏やかにしてらっしゃるのでしょうか。
 芭蕉がいっぱいの方もご覧ください。

 芭蕉の句でなんといっても有名なのが次の句ですね。翁がこの地に居していた当時に詠んだ句です。

 古池や 蛙飛びこむ 水の音

 念のため言っておくけれど、これは『奥の細道』の句じゃないよー。
 「芭蕉記念館別館」には、小さな池が。蛙は飛び込んできそうにないけれど、ちょっとした風情あり。

続いて、芭蕉の句(↓)へ。



<芭蕉の句>

 芭蕉は『奥の細道』の旅に出るのに先立ち、それまで住んでいた家を売り払い、以後しばらく門人、杉風(さんぷう)の別宅にご厄介になります。
 家を引き払うときに詠んだ句。

 草の戸も 住替る代ぞ 雛の家
(くさのとも すみかわるよぞ ひなのいえ)

<句意>
(世捨て人として一人で住んでいたこの)草庵にも住み人の替わるべきときは来るものだ。(おりから雛祭りのこととて、今までの侘びしさとはひき替えに)雛を飾った家になることであろう。

三省堂・新明解シリーズ「奥の細道」(桑原博史監修)より



 芭蕉稲荷から北へ300メートル。芭蕉記念館内に「草の戸も・・」の句碑があります。
 昭和56年(1981)に開館したこの記念館では、芭蕉関係の資料がいろいろと展示されていますので、興味がある方はどうぞ。
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江東区芭蕉記念館
 入館料100円 月曜日休み
 地下鉄新宿線「森下」駅下車 歩7分
 



<お役立ちリンク集>

芭蕉記念館(江東区)


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