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ようこそおいでいただきました。このページでは、私が旅行の道程で見つけた、芭蕉の像を一挙に公開いたします。ただし当方、コンピュータについても写真についてもシロウトなので、「画質」の面で難があるかも知れませんが、ガマンして見て下さいね。
江戸・深川(えど・ふかがわ) 東京都江東区
芭蕉が「奥の細道」の旅に出たのは、元禄二年三月二十七日(1689年5月16日)。出発地となったのは、彼の門人、杉風(さんぷう)の別宅「採荼庵(さいとあん)」でした。
地下鉄東西線「門前仲町」の駅から歩いて十分ほどの採荼庵跡に、私は「芭蕉像」を目当てに赴いたのですが、どういう訳か無い!まえ来たときはあったのに!近くの交番で尋ねると、地下鉄工事の邪魔になるので1キロばかり離れた「芭蕉記念館」へ強制疎開させられたとのこと。
そしてやっとの思いで翁と出会えたのでありました。杖をつき、濡れ縁に腰かけておいでですが「準備は万端、あとは出発のときを待つだけ」というお姿でしょうか。いまにもどこかへいっちゃいそう。

さらに南へ200m、万年橋のすぐ近くの隅田川に面した小公園(芭蕉記念館別館)にも芭蕉像。平成七年四月の建立で、出来立てのホヤホヤ。ゆったりと座すこの像は、門人杉風の描いた絵をもとにして造られたそうです。
旅先「奥の細道」で知る芭蕉さんは精悍で厳しい印象をうけますが、こちら住み慣れた地では、こころ穏やかにしてらっしゃるのでしょう。(97/1)
千住(せんじゅ) 東京都足立区
芭蕉と曽良は見送りの人々と共に船で隅田川を上り、千住に上陸。見送りの人々を背に、ここからは奥州街道をテクテク歩いてはるかなる陸奥(みちのく)の地を目指します。京成電車の千住大橋から歩いて5分ほどの所。平成14(2002)年に新たに芭蕉の像が建ちました。ちょっとユーモラスな顔の芭蕉さん。矢立を手にこれから何か書こうとしている様子。今は往来の激しい眼前の国道4号を通行する人々の安全を願っているようでもあります。(04/3)
草加(そうか) 埼玉県草加市
江戸を離れて最初にお目にかかったのはわりと近く、せんべいの町「草加」でした。ただし芭蕉は「早加」と表記しています。
写真の像があるのは、松並木が復元された日光街道沿いの小さな公園。すぐ脇を流れるのは悪い方で有名になってしまった綾瀬川。さて、芭蕉さんは「荷物がおもく肩にのしかかり、煩わしい」とおっしゃっていましたが、お見受けしたところ荷物はズタ袋(?)ひとつ。身軽そうじゃない?
(97/1)
黒羽(くろばね) 栃木県黒羽町
芭蕉は江戸から7日かけて、下野の国は北東部の町「黒羽」までたどり着きました。そしてここでなんと13泊もしています。これから日本を半周もしようという人がゆっくりし過ぎでは?
泊数の多さに敬意を表してか、町内には「奥の細道」関連の句碑やら記念スタンプやらがそちこちに。お供の曽良(そら)を従えた芭蕉像は「芭蕉の館」前に。ここでは、奥の細道の行程や芭蕉の文学についていろいろと学べますから、興味のある方は是非どうぞ!(95/11)
白河の関(しらかわのせき) 福島県白河市
白河の関は、陸奥(みちのく)の入口にあたり、有名な歌枕の地。古の歌人はこの遙かなる地に思いを寄せ、多くの歌を残しました。
関址(場所については異説もあるそうだが)へはJR白河駅からバスで30分ほど。鬱蒼とした森のなかに土塁空濠などの遺跡があり、その昔を偲ばせてくれます。
私が訪ねたのは暑い夏の盛り。閑かな森のなかでゆっくりし過ぎて、帰りのバスに乗り遅れそうになり、あわてて撮った写真がこれ(→)。ボケも大ボケ、ボケまくりの写真でごめんなさい。(96/7)
新白河駅(しんしらかわえき) 福島県白河市
夏休みのある日、青春18きっぷ(別名・ビンボー切符)で福島を旅行した帰路の鈍行電車でのこと。4人掛けのボックス席に座っていると、郡山から買い物帰りと思われる3人の女子高生が座り合わせた。3人は白河市の方々に住み白河の町のことについていろいろ話をしていた。私は車窓の景色を眺めるふりをしながら3人の話を聞いていた。1人が「新白河の駅に松尾芭蕉の像があるよね」。他の1人が「数年前にできたよ」
芭蕉と芭蕉の像を追っかけ回している私の前でなんたる偶然! さっそく次の福島訪問時に新白河の駅で途中下車し、駅前に建つ芭蕉の像の写真を撮りまくったのでありました。あの日乗り合わせた女子高生に感謝しながら(感謝されたくも無いだろうが)。(09/08)
須賀川(すかがわ) 福島県須賀川市
現在、須賀川市の人口は7万8千人ほど。東北で一番治安の悪い街と言われる郡山より電車でたった2駅ですが、「町の規模というのはこの程度がいいなぁ」とつくづく思わせる良い町で、私は何度もこの須賀川の町を訪ねています。芭蕉が須賀川の町に到着したのは4月22日、今の暦で6月9日のこと。ここ須賀川で7泊もします。芭蕉さんの移動のスピードは概して速いのですが、なぜか長逗留することも間々あるのです。最近、町のメインストリート(といっても広くない)の一角の小さな公園(軒の栗庭園)に高さ70cmほどの芭蕉さんと曽良さんの石像が建立されました。適度にデフォルメされた像は、何やら現代的に見え、かつ古風な石仏を見ているようでもあります。(09/10)
乙字ヶ滝(おつじがたき) 福島県須賀川市・石川郡玉川村
「乙字ヶ滝」といっても地元以外でご存じの方は少ないでしょう。阿武隈川にある幅100m、高低差数mほどの滝です。ニホンジンは滝というと縦方向にスッと延びる滝を連想しますが、この滝は横方向にだだっ広く延びる滝で「ナイアガラの滝」を思いっきり小規模にしたような感じ。芭蕉は須賀川に7泊したのち、郡山へ向かう途中でこの地に立ち寄っています。須賀川の市街地から5kmほど南方にあり、国道118号(石川街道)をずっと下った先。須賀川駅から1日に数便のバスがあります。ここの芭蕉さんと曽良さんの像が建てられたのは2005年と最近のこと。上記の須賀川市街地に建つ像と良く似ており、同じ作者が作ったものと思われます。(09/10)
文知摺観音(もじずりかんのん) 福島県福島市
「もじずり」とは聞き慣れぬ言葉ですが、模様のある石の上に布をあて、忍ぶ草をすり込んで緑色に染めることだそう。小倉百人一首の名高い歌「みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにしわれならなくに」(河原左大臣)のそれです。
境内には、高さ1m、幅2mほどの苔むした巨石がありまして、これが文知摺石。ならば昔の「もじずり」を試してみたくなりますが、やめておいた方が無難でしょう。
芭蕉像は境内入口に。私はカメラを忘れ、門前の土産物屋で買った「うつルンです」でこれを撮影。光線の関係でヘンな角度から撮っています。(95/10)
福島駅前(ふくしまえきまえ) 福島県福島市
文知摺観音(↑)からの帰り、バスを降りた目の前で、日だまりで暖かそうにしている芭蕉さん、曽良さんと出くわしました。
ここの芭蕉さんは頭がデカイのでお顔立ちもはっきりわかりますね。「ハイ!チーズ」とでも掛け声がかかったのでしょうか、ちゃんとポーズを取られています。
『奥の細道』のなかでの記述は「福嶋へ宿る」と、これだけなので、私としてもコメントのしようがないのですが、曽良さんの日記によればお二人の宿はキレイだったそうです。世の宿泊業関係の皆さん。一見の客だからとサービスをおろそかにすると、あとで手痛い目にあいますよ。(95/10)
飯坂温泉(いいざかおんせん) 福島県福島市
飯坂温泉といえば東北を代表する大温泉地。趣味のわるいTVのCMですっかり有名に。芭蕉は「飯塚」と記しています。
彼もここで温泉に浸かり、一泊したのですが、「土間にムシロを敷いただけの粗末な宿で、雨漏りするし、ノミや蚊に刺されるし、翌朝までオチオチ眠ることもできなかった」と記しています。もっともこれは旅の苦労を誇張するための文飾のようで、だとしたら飯坂温泉はとんだとばっちりを受けましたね。
もちろん現在「宿」は立派になったものの、私のような個人旅行者が泊まるところじゃありません。気軽なお楽しみとして、温泉街には共同浴場がたくさんありますので、手ぬぐい一本ぶらさげてはしご湯してみたらいかが?(94/11)
松島(まつしま) 宮城県松島町
ふたりが江戸を発って一月半、やっと天下の景勝地、松島を訪れることができました。芭蕉は松島の自然の造形に最大級の賛辞を贈っています。しかし現代、こんなちっぽけな島々に人々の興味の目は向きません。丘にはでっかいホテルやらビルやらがボカスカ建っているのですから。
国道沿いには観光地俗化のバロメータ、「オルゴール博物館」や「たっちゃんの漬物屋」ももちろんあります! 芭蕉さんもみやげ物屋のマスコットとして活躍中!!
まだまだ続きます。
お暇な方は次のページへどうぞ!
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