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<高速増殖炉・もんじゅ>
(こうそくぞうしょくろ・もんじゅ)

<日本原子力研究開発機構・高速増殖原型炉「もんじゅ」>
原子炉型式
着工
試験運転開始
定格出力
高速増殖炉(原型炉)(FBR)
1983.01.25
1991.05.18(現在運転停止中)
28万kw


もんじゅ全景 <高速増殖炉とは>
 「高速増殖炉」とは新聞やテレビでもお馴染みの語だが、それが具体的にどのようなものなのか知っている一般人はどれほどであろう。「高速中性子による核分裂反応により、使用したプルトニウム燃料の量以上のプルトニウムを生成(増殖)できる型の原子炉」なのだがこれでもピンとこない。ともかく高速増殖炉が実用化されれば、今後1000〜2000年分の電力がまかなえるという夢の原子炉なのである。1951年にアメリカで世界初の原子力による発電が成功したが、この実験につかわれたのも高速増殖炉であった。以後、世界の先進各国や旧ソ連などで高速増殖炉の実用化に向けての研究・開発がなされたが、コスト面の問題、事故発生時の重大性、技術的な難点などの問題から次々と頓挫。日本では現在もなお茨城県大洗町の「常陽」、福井県敦賀市の「もんじゅ」で研究・開発が続けられている。資源の乏しい日本にとっては高速増殖炉はまさに夢の技術で、1950年代の原子力技術開発の草創期から達成されるべき技術の主軸として据えられたが、それから半世紀以上経って巨額の予算を使ってきても実用化の目途は立っていないといっていい。一度始めてしまった事業で、中止になる事で責任を取らされるのを嫌がり、事実上破綻しているのに止めることの出来ない、日本の官僚や経営者の典型的姿を垣間見る思いがする。


もんじゅナトリウム漏れ事故の記事 <もんじゅ開発への茨の道>
 もんじゅの建設が始まったのが1985年。まだ2度のオイルショックの記憶が生々しかった時期に、今後千年以上の電力を賄えるという夢の原子炉の開発に向けて関係者も意気軒昂だったに違いない。そして1991年には試運転開始。1994年には初臨界に達し、1995年9月には送電を開始した。この時の電気は関西電力や北陸電力に送られており、「もんじゅは30年経っても1ワットも発電していない」という俗説は誤りである。しかし送電を始めてたった3ヶ月目の1995年12月8日に、二次系ナトリウム配管に差し込まれている温度計の部分が、配管内を流れるナトリウムの振動により破損、そこからナトリウムが大量に漏れ出すという事故が発生。冷却材ナトリウムを使っている事が高速増殖炉の大きな特色であると同時に、一度事故を起こせば致命的な事態になりかねない。事故そのものも衝撃的であったが、当時の動燃が事故現場を撮影したビデオを意図的に隠していたことが発覚し、マスコミから猛バッシングを受けた。
 この事故の痛手は大きく、開発も長期間滞り「廃炉にすべき」との声も大きかったが、地元福井県の同意をとりつけて2010年5月には運転を再開。しかし今度は2010年8月に原子炉内中継装置が落下するという事故が発生。事故はなんとか収束したがまたもや運転できない状態となった。その後、2011年の東日本大震災後には安全性の見直しが要求され、さらに2012年には1万件近い点検漏れの事実が発覚して原子力規制委員会から無期限の運転停止を命じられ、運転再開には程遠い状態にある。
右は朝日新聞1995年12月9日夕刊より


<地形図で見る『高速増殖炉・もんじゅ』付近の変遷>
1968(昭和43)年3月発行の地形図より

上側5分の2ほどが敦賀市で下側5分の3ほどが美浜町。敦賀側にあるのが白木(しらき)の集落だが、この白木の集落は南側も北側もクルマの通れる道は途絶えている。交通手段は船のみという場所だったのであろう。漁業が主体で、狭い耕作地で細々と農産物を生産していた、侘しい集落であったことが伺える。
2012(平成24)年の現在の電子地形図より

道路網が整備され、美浜側の丹生(にゅう)から敦賀側の白木までは白木トンネルが完成し、クルマで簡単に行き来できるようになった。さらに白木の集落付近から北にトンネルが延び、その先が「もんじゅ」である。点在する砂浜には京阪神地方から海水浴客も訪れるようになったろう。

使用地形図・左:1/50000竹波・1968年3月国土地理院発行
右:2012年現在の電子基本地形図より

<展示館・エムシースクエア>
 もんじゅは巨額の税金を使って研究・開発がなされているので、やはり国民に「こうゆう役に立つ研究をやってます」との事をアピールする必要があったのであろう。白木の集落近くにエムシー・スクエアという展示館があったが、訪ねた印象では「高速増殖炉」の要・不要を一般の人が判断する展示内容には程遠いとの感が強かった。なお「エムシー・スクエア」は民主党のいわゆる「事業仕分け」で不要と判断され、2012年3月末をもって閉館となっている。なお、展示館としてのエムシー・スクエアは閉館したが、現在でも事前に予約すれば、係員の人の案内の元、クルマで構内に入って展望台から「もんじゅ」の全景を間近に眺める事ができる。詳しくは、日本原子力機構・敦賀本部へ電話で尋ねて下さい。。

<交通>
●JR北陸本線敦賀駅より、福井鉄道バス「白木(しらき)」行きバスで53分。終点の1つ前の「白木もんじゅ前」で下車するとエムシースクエアは目の前。なお、終点の「白木」で下車してすぐの砂浜は、海の向こう側の「もんじゅ」が良く見渡せるスポットなのでこちらも是非訪ねておきたい。砂浜からエムシースクエアへはバスで来た道を引き返して徒歩3分程度で行ける。

●「もんじゅ」から「美浜原発」へは直線距離で5km程。バス利用の場合「丹生大橋」で下車すると、すぐの所に美浜原発のPR館がある。また「もんじゅ」から「敦賀原発」までは直線距離で4km程なのだが、クルマで通行出来る道が無く、南側へ大きく迂回することになる。

●私が訪ねた時は、大雨の影響でがけ崩れが起き道路が不通になったとかでバスが迂回運転をした。原発のお膝元でこんなことがあって、非常時への備えは大丈夫なのだろうか?

日本原子力機構・敦賀本部のページへリンク(見学の案内のページがあります)
福井鉄道のページへリンク


<高速増殖炉もんじゅ「エムシースクエア」訪問記>
旅行日 2011.06.05
(注意)「エムシースクエア」は2012年3月末をもって閉館になりました

「もんじゅ」へ向かうバス
白木トンネル
↑今日の旅の出発地はJR北陸本線・敦賀駅。1日5便の「白木」行きのバスに乗る。「白木」は「しらき」と読む。「居酒屋チェーン店」ではなく「てなもんや三度笠」の方だと覚えておけば良い(←若い人には分からないか)
↑バスは敦賀半島の西側の海岸に沿って走る、はずなのだが、崖崩れがあったとかで迂回ルートを通る。日本で最も原発の集中するこの半島で、非常時の交通路の確保は大丈夫なのだろうか? 美浜原発の先、この「白木トンネル」を抜けると敦賀市白木の集落へ。
海の向こうの「もんじゅ」
エムシースクエア
↑敦賀駅から終点白木まで54分の所要時間のはずが迂回運転の影響で15分ほど余計にかかってしまった。ここ白木は漁業を営む家が十数軒ほどのごく小さな集落。砂浜に立つと、海の向こうに「もんじゅ」が姿が良く見渡せるが、イスラムのモスクの様にも見えるといったら不敬になるであろうか。この砂浜では、もんじゅに反対する人達の集会が良く開かれるそうだ。
↑バスで来た道をバス停1つ分、徒歩で約5分程戻ると、もんじゅの展示館「エムシースクエア」へ。展示館の建物の左横には「もんじゅ」の姿がチラリと見える。このエムシースクエアは民主党政権時のいわゆる「事業仕訳け」により、2012年3月末をもって閉館になりました。
プルト君
↑福島第一の事故後に激増したネットでの原発ウォッチャーの間で突如注目を浴びる事になった、原子力機構・高速増殖炉開発部門のマスコット「プルト君」。「プルトニウムは飲んでも大丈夫」という名セリフで大きなヒンシュクを買いました。プルト君は茨城県東海村でもお馴染みのキャラですが、ここ福井県敦賀市のプルト君は格好といい色合いといい微妙に違う気がします。
↑エムシースクエアのなか。やはりガランとしています。ひとり、ラフな格好をしたオジサンが。近畿地方からでも休日のドライブの途中でしょうか?「入場無料」という看板につられて入って来てしまったようです。訳の分からぬ場違いな所に来てしまったと困惑しながらも何も見ないで帰るのはもったいないと、展示物をチラチラ見ながら足早に過ぎ去って行きました。
「もんじゅ」の模型1
「もんじゅ」の模型2
↑「もんじゅ」の模型。左側が原子炉、中央が蒸気発生器、右側がタービン。基本的は仕組みは日本の一般的な軽水炉とそれほど変わりません。ホログラフィーで映し出された博士が仕組みを分かりやすく(?)教えてくれるのですが、私のカメラではうまくその姿を撮影することは出来ませんでした。
↑同じく「もんじゅ」の模型で、こちらは縮尺25分の1でスケルトンになっています。一般的な原発でも配管は複雑なのですが、高速増殖炉は3次系まであるということでさらに複雑さを極め、批判的な人からは「配管の化物」などとも揶揄されます。
もんじゅナトリウム漏れ事故
プルト君のグッズ
↑前述したとおり、1995年12月8日、もんじゅの二次系配管でナトリウムが漏れ出すという事故が発生。高速増殖炉でナトリウムが漏れるということは致命的な事態に繋がりかねず、関係者の衝撃は大きかった。さらにはマスコミの集中砲火と言うオマケまで付いた。その事故の原因に関する展示物です。
↑事前に予約して見学した人にだけもらえる記念のボールペン。なんとプルト君の絵柄が入っています。こんなもの貰って無邪気に喜んでいるようじゃ、私のオツムも幼稚ですね。
↑エムシースクエアの向かい側にはナトリウム取研修棟というのがあってこちらも見学。係員の説明を受けながら簡単な実験をしたりします。高速増殖炉は1にも2にもナトリウムの安全性が課題なのです。
↑エムシースクエアの先300mほどにゲートがあってここから先はもんじゅの構内。当然の事ながら警備は厳しい。事前に予約すれば構内の見学が出来、もんじゅの本体を間近に見られます。写真撮影はもちろん禁止です。



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