静岡県御前崎市佐倉5561 |
1976年3月 |
中部電力 |
---|
沸騰水型軽水炉(BWR) |
1976.03.17 |
54万kw |
2009.1.30運転終了 |
|
---|---|---|---|---|
沸騰水型軽水炉(BWR) |
1978.11.29 |
84万kw |
2009.1.30運転終了 |
|
沸騰水型軽水炉(BWR) |
1987.08.28 |
110万kw |
||
沸騰水型軽水炉(BWR) |
1993.09.03 |
113.7万kw |
||
改良型沸騰水型軽水炉(ABWR) |
2005.01.18 |
138万kw |
||
沸騰水型軽水炉(BWR) |
未定 |
138万kw |
計画中 |
![]() |
![]() |
---|---|
まだ原発は影も形もない。現在原発建屋の建つ箇所を赤線で示した。海岸沿いは高さ10mから20mほどの「浜岡砂丘」が発達し、さらに標高60mほどの丘陵地があり、その内陸側に集落や農耕地がある。海と陸の幸に恵まれたいかにも人が住みやすそうな場所に見える。地図の上側で東西に延びるのは「静岡鉄道駿遠(すんえん)線」。軽便鉄道で線路の幅は762mmと新幹線の半分くらい。駿遠線は御前崎を頂点に三角形型に走り、駿河側の藤枝市と遠江側の袋井市の間64.6kmを結んでいた。地図上に示されたのは最後に開通した区間で1948(昭和23)年に開通。しかし1964(昭和39)年にはこの区間は廃止。鉄道が走ったのはたった13年間のことであった。 |
砂丘に面した丘陵地の端部に原発建屋は造られ、海岸とは200mほどの距離がある。原発建屋より陸側の丘陵上部も削られ、原発に付随する施設が建てられた。この原発の特徴は、港湾設備が併設されていない事である。海上輸送された核燃料や大型物品等は、御前崎の港湾に積み上げられ、陸路この原発構内まで輸送される。他に目をひくのは、東西に延びる国道150号線。国道1号を大きく南側へ迂回する経路を取るが整備は進んでおり、この地図で示された区間も4車線化されていて大型車の通行も多い。廃止された鉄道の跡の一部は拡幅された上で道路に転用されている。 |
![]() |
![]() |
---|---|
↑浜岡原発を訪れたのは3.11の半年ほど前だった。私が全国の原発巡りをはじめる、きっかけとなった。写真は原発のPR館に行く前に立ち寄った(というかこちらの方がメインだった)「御前崎灯台」。 |
↑バスに揺られて20分程。「原子力発電所入口」バス停で下車。木造・吹きさらしの待合室は前時代を思わせる。原発という巨大科学の最先端の足元にあるクラシカルさというアンバランスが妙に可笑しい。 |
![]() |
![]() |
↑浜岡原発へはバス通りと直交する道を下って行けばよいのだが、ちょっと寄り道して、1964(昭和39)年まで「静岡鉄道・駿遠線」の走っていた跡を歩いてみる。目を凝らせば走る列車が見えるかも(幻覚?)
| ↑バス停から真っ直ぐ行けは10分強でゆけるはずなのだが遠回りをしてしまったので30分程もかかってしまった。「浜岡原子力館」の看板が見えてきた。黄色い何やらは、このPR館のキャラクター「ユウユウ」。
|
![]() |
![]() |
↑これが「浜岡原子力館」。上方に2本のびる塔が印象的です。 |
↑まずは高い所へ昇りたがる私。海抜62メートルの展望台へ。1号機から5号機までがよく見渡せます。 |
![]() |
![]() |
↑中央制御室の模型。夏休みということで子供たちがたくさん、訳もわからず興じていました。 |
↑このPR館の目玉は「実物大の原子炉模型」。あまりに大きいので写真に納まりません。 |
![]() |
![]() |
↑浜岡原発の1〜4号機で採用されている「沸騰水型軽水炉」の模型。。 |
↑コメントなし |
![]() |
![]() |
↑売店にあった、「浜岡原子力館」のオリジナル・グッズで「ユウユウ」のメモ帳。 |
↑家に帰ってアメダスのページを見ると、今日の御前崎の最高気温は30.4度でした。ちなみにこの日の東京の最高気温は34.5度。 |