その14 韮崎付近
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塩崎駅→韮崎宿→韮崎駅

旅行日 '00年10月22日
所要 約5時間半


 甲州道中のコースからは外れますが、韮崎駅の北東側。勝手神社の鳥居である。この写真トリックではありません。鳥居の高さは172cm。天文9(1540)建という由緒のあるもの。




 サッカーの街(駅前にサッカーの像がある)韮崎の市街。道路は拡幅されかつての宿場街の面影は無いとのことだが、あれあれ、良く見ればあるものだ。この付近の商店は軒並み家屋の片方が引っ込んでおり、まるでノコギリ歯のような呈をなしています。その昔の地割が現在に引き継がれているのです(ちなみに中山道の安中宿でもこのような町割は見られる)。



 国道20号と釜無川を見る。



 小林一三(こばやしいちぞう:1873〜1957)。言わずと知れた阪急グループの総帥であり、京阪神間に鉄道を敷き、近郊住宅地を造成し、宝塚歌劇団や映画の東宝をおこした立身伝中の人物である。
 その優れた商才といい経営手腕といい、関西の出の人間かと思っていたらさにあらず。ここ韮崎の出身で慶応義塾を卒業と、関西には縁の無い人(多分)だったのですね。韮崎宿の西のはずれの方、小林一三生家跡には立派な碑が建てられ、公園としてきれいに整備されていたのでありました。




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