■美鈴編■
5日目【7月25日】


 
 

◆7月25日<夕方>◆
『夜の雨の中で1』




 さてと…夕食まで、ぶらっと海にでも行きますか。

 せっかく天気がいいんだし、明後日には帰る予定だから、楽しまないとね。
 姉貴の家を出た所で黒いシビックが俺の横に停まった。
 乗っているのは美鈴の世話役、優紀さんだった。いつもは美鈴の家のベンツを運転してるのだが、彼女自身の車だろうか?

「まこと君! 探したわ。ちょっと君に話があるの。少しいい?」

 そう言うと彼女は車から降りると、俺の前に来た。

「優紀さん。どうしたのですか?」
「今、大野宮友憲が別荘に来ているの。知ってるでしょ? お嬢様の婚約者。何でも旦那様…父親が二人の仲を進展させたくて、今夜、二人だけで別荘に…。わたしも追い出されちゃったわ」
「な…! そんな、それじゃ、ほとんど自分の娘を男にくれてやるようなもんじゃないか!?」
「まぁ、こういっちゃぁなんだけど、お嬢様の父親は成り上がってここまで来た男よ。自分の地位の為なら娘でも利用するわ。実業家としては優秀かもしれないけど父親としては最低ね」

 優紀さんは嫌悪感に顔をしかめた。

「でも、美鈴の事だから、そう易々と男に身体を触れさせないとは思うけど…」
「何言ってるのよ。女なんてね男が本気になれば腕力ではかなわないものよ。それに、美鈴お嬢様が友憲様を受け入れる可能性だってあるだろうし…」
「まさか、それはないでしょう。美鈴はあまりあの男の事をいいように思ってなさそうでしたよ」

 俺はその可能性を否定した。あんなに利用されるのを嫌ってる彼女がヤツに心を許すわけがない。でも優紀さんは首を横に振って言葉を続けた。

「相手はプレイボーイとして有名な男よ。顔だってその辺のアイドルには負けないほどのルックス。それに対する美鈴お嬢様はろくに恋いもしたことのない子供よ。コロっていってもおかしくないわ」
「……」

 認めたくないが、奴は俺なんかより数倍ハンサムだ。外見の面から言ったら奴と美鈴はお似合いかもしれない。
 そして、口も上手そうだった。確かに美鈴が心惹かれても不思議はないのかもしれない。

「美鈴お嬢様はまこと君、あなたにだけ心を開いている。美鈴お嬢様を救えるのはあなたしかいないと思うわ。あんな男と一緒になったらまた利用されて傷つくだけよ。まこと君、美鈴お嬢様を救ってあげて」

 優紀さんはなんだかんだ言いながら、やっぱり美鈴の事が心配なんだ。
 彼女も美鈴の心の奥にある苦しみを理解しているのだろう。でも…。

「…どうすればいいんですか。今回ばかりは俺に出来ることなんてなにもない。だってそうでしょう?彼女と奴が一緒になることをみんなが望んでいる。美鈴の親も、周りの人間も、大野宮本人やその家族も…敵があまりにも強くて多すぎる…」
「それじゃぁ、美鈴お嬢様の気持ちはどうなるの? 一番大切な本人の気持ちは? 周りに利用され傷ついてきたお嬢様は、これからもずっと周囲の身勝手な人間の幸せのために自分を捨てて生きなきゃならないのよ」
「わかってるけど、俺にはどうにもできないですよ」
「まこと君…。わかったわ。私自身、なんにも出来ないんだもの。あなたを責める事はできないわね。それに、これは君自身が納得して決断しなければ意味がないわ。…とりあえず、これをあなたに貸しておくから」

 優紀さんは俺に何かを手渡した。

「これは…鍵?」
「別荘の裏口の鍵よ。これを貸してあげるわ。もし美鈴お嬢様を救いたいのなら使って。私にはこれくらいしか出来ないけど」
「優紀さん…こんなことをしたら優紀さんが」
「そのことは心配しないで。わたしも君の事信じてるから」

 優紀さんは俺に鍵を渡すと何も言わずに車に乗り込みそのまま去っていった。俺は鍵を持ったまま呆然と立ちつくす。

 行くべきか、放っておきべきか…。
 行くとしてもあまりにも危険が大きすぎる。そのリスクを侵してまで行く必要があるのか?