◆7月23日<夜>◆
『パーティーの夜』
夏の太陽もようやく沈んで、夜の闇が辺りをが染めだすした時間。俺は康太郎さんに連れられて「シーサイドパーク2周年記念パーティ」へとやって来た。着なれないスーツとネクタイが少し暑苦しいが、そんな事も忘れるくらいに緊張していた。
会場はマリン文化会館。
運動施設、講義室、視聴覚室などを持ち、宿泊施設、プールやボート格納庫などの海洋レジャー施設も備えてる。三本松町営のレジャーセンターであるらしい。
そういう建物の一室。大きなシャンデリアが天上からぶら下がってる広い部屋に、紳士淑女が立食パーティーを楽しんでいる。
「ここだ、まこと君。あんまり緊張しなくていいからね」
「…あ、はい」
うわー。こんな場所って俺なんか場違いのような気がする。
康太郎義兄さんはいろいろな人に会釈をしながら会場内を歩いていく。さすが青年実業家、知り合いが多いなぁ。
「とりあえず、なにか腹にいれよう」
「そ、そうですね」
「ほら」
俺はワイングラスを手渡されたが、いいのだろうか?
「大丈夫だよ。アルコール入ってないから」
「はぁ」
「失礼、長谷川君。よく来てくれた。今日は大いに楽しんでいってくれたまえ」
「これは、綾部理事長。本日はお招きありがとうございます」
綾部? ってことはもしかしてこの人が美鈴の父親?
確か美鈴ン家もこのシーサイドパークにかなりの出資をしていると聞いた事あるし、たぶん間違いないだろう。
一代で莫大な財を成した実業家。悪い言い方をすれば成金だ。その資産の徹底した運用ぶりは経済界でも有名である。ただ、出世の為にはどんな犠牲もいとわないという噂もあり、評判は実績の割にはあまり良くないらしい。
たしかにかなり冷たい雰囲気はあるなぁ。長身でダンディと言えなくもないが、いかにも裏でなにかやってそうな印象も受ける。とにもかくにもやり手そうだという雰囲気は否定できない。
康太郎義兄さんとは対照的だ。
「うむ。君には期待しているよ。君のような優秀な人間が私の部下にも欲しいものだ」
「恐れ入ります」
「ところで、そちらの少年は」
「あ、紹介が遅れました。私の義理の弟、宇佐美まことです」
いきなり紹介されて、俺は慌てて会釈をした。
「ああ、あの君の元気な奥さんの…。歳はいくつだね?」
「あ、はい。18歳です」
「そうか。私にも18歳の娘がいるんだか、おてんば娘でね君のように早く落ち着きある大人になってもらいたいものだ」
その娘なら知ってるよ…。
俺は心のなかでツッコミを入れる。
「この会場にいるはずなのだが…おい、美鈴」
「はい、お父様」
げ…美鈴奴、けっこう大胆なドレス着てるぞ。
近寄って来た彼女は俺の顔を見るなり、驚いた表情をした。まぁ、当然だろうな。俺もこんなところで美鈴に会うなんて思いもしなかったし…。
「ああ! あんた、なんでこんな所にいるのよ!」
「なんだ美鈴、知り合いか? それにしても、なんだその言葉使いは。場所をわきまえなさい」
父親に言われて美鈴はあわてて口をつぐんだ。やはりこういう場所ではお嬢様を演じてるらしい。
「おや、これは知らなかった。美鈴お嬢様とまこと君が知り合いだったとはねぇ」
「ともかく、長谷川君、例の件の事について少し話をしようではないか。美鈴、彼の相手をしてあげなさい。くれぐれも失礼のないようにな」
「…はい、お父様」
その返事を聞くと美鈴の父親は康太郎義兄さんと込み入った話に入った。
それにしても…。
「な、なに笑っているのよ」
「何って、美鈴がしおらしく「はい、お父様」だもんな」
「う、うるさいわね」
「おや、美鈴のお父様は失礼のないようにって言わなかったか?」
「な! …相手にしてられないわ、まったく」
美鈴は怒って、ベランダのほうへスタスタあるいて行った。その後を俺は追っていく。
「なんで着いて来るのよ」
美鈴は振り返り、俺の鼻先に人差し指をつきだして文句を言う。
「知り合いはお前しかいないしな。俺は美鈴と違ってこんな場所には慣れていないんだ。一人でいると心細いだろ」
「こんな機会だから、知らない人と話したら? 綺麗な女性はいっぱいいるし」
「まったく、あいかわらず冷たいな」
「そうよ! 私は冷たいの。さっさと何処かにいけば」
フン! とそっぽを向いて去っていく美鈴。
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