ブルース・スプリングスティーンのアルバム "The River"の中で、"I wanna marry you"は一風変わった曲だ。鋭い告発は影をひそめ、やさしい旋律で「君と結婚したい」と歌う。歯切れが良すぎるきらいがあるEストリートバンドの音でさえ、まるでウエディングマーチのように響く。
しかし、注意して聞くと単なるラブソングなどではないことがわかる。彼が結婚したいのは、ひとりで幼い二人の子供を育てている女性なのだ。未婚の母なのか、離婚したのか、それとも夫と死別したのかはわからない。そして子供を持つワーキングガールの暮らしは楽ではないはずだ。彼女は笑わない。誰とも口を利かない。ただ黙々とベビーカーを押して行く。
彼が彼女と結婚したい理由は語られない。もしかすると、彼女とは話したこともなく、ただ、通りすぎる姿を毎日見ているだけなのかもしれない。遠慮がちに、君が自由に飛ぶのを妨げたりはしない、君の夢を手伝いたいだけなんだと歌う声も、独り言なのかもしれない。
しかし、彼女が笑わないのはなぜか、誰とも口を利かないはなぜなのか。厳しい生活をおくるワーキングガールの仕事が、華やかなものではないことは明らかだ。笑うことも、話すことも忘れてしまった社会的弱者、押しつぶされてしまいそうな弱いものへの、ブルース・スプリングスティーンの共感のまなざしがそこにある。直接的な言葉では語ってはいないが、鋭い告発と共感の詩人の姿がここにある。
最後に唐突に父親のことがでてくるところには、いかにもアメリカの家族主義といったものを感じてしまう。こういった保守的なにおいが、9.11後に新保守主義者や体制のシンボルにまつりあげられてしまった一因なのだろう。
原詩を注意して見ると、きちんと韻を踏んでいることがわかる。叩きつけるような激しいロックンローラーの意外に優等生的な一面だ。
I see you walking, baby, down the street
Pushing that baby carriage at your feet
I see that lonely ribbon in your hair
Tell me am I the man for whom you put it there
君が通りすぎるのを、僕はいつも見ている
ベビーカーを押す君を
君の髪に揺れるリボンが寂しそうだ
答えてほしい、僕は君がそばにいてほしいと思う男だろうか
You never smile girl, you never speak
You just walk on by, darlin', week after week
Raising two kids alone in this mixed up world
Must be a lonely life for a working girl
君はちっとも笑わない、誰とも口を利かない
いつもいつも、君はそうして通りすぎるだけ
この煩雑な世界で、たったひとりで二人の子供を育てている
ワーキングガールには厳しい生活だろうね
Little girl, I wanna marry you
Oh yeah, little girl, I wanna marry you
Yes I do
Little girl, I wanna mary you
ああ君と、僕は君と結婚したい
そうさ、君と、君と一緒に暮らしたい
そうとも
君と、僕は君と結婚したい
Now, honey, I don't wanna clip your wings
But a time comes when two people should think of these things
Having a home and a family
Facing up to their responsibilities
大丈夫さ、僕は君の背中の羽を留めてしまったりはしない
そうじゃなくて、僕たちに考えるべき時が来たということさ
ひとつの家で家族になることを
なすべきことをする時が来たのさ
They say in the end true love prevails
But in the end true love can't be no fairytale
To say I'll make your dreams come true would be wrong
But maybe, darlin', I could help them along
最後には本当の愛が勝つという
でも、おとぎ話のようになるわけじゃない
僕が君の夢をかなえてあげるのだと言ったら嘘になる
でも、君の夢を手伝うことはできるだろう
Little girl, I wanna marry you
Oh yeah, little girl, I wanna marry you
Yes I do
Little girl, I wanna mary you
ああ君と、僕は君と結婚したい
そうさ、君と、君と一緒に暮らしたい
そうとも
君と、僕は君と結婚したい
My daddy said right before he died
That true, true love was just a lie
He went to his grave a broken heart
An unfulfilled life, makes a man hard
僕の父は死の間際に言った
本当の愛は、本当の愛なんてありはしなかった
父は傷ついた心のままで逝ってしまった
満たされぬ人生は人をかたくなにしてしまうものだ
Oh darlin'
There's something happy and there's something sad
'Bout wanting somebody, oh so bad,
I wear my love darlin', without shame
I'd be proud if you would wear my name
ねえ君
人生には楽しいことも、悲しいこともある
誰かを待ち続けるだけなんて、とても悲しいことだ
思い切って言うよ、僕は君を愛し続ける
君が僕と同じ苗字になってくれたら、本当にうれしいよ
[注] "But in the end true love can't be no fairytale" "can't"と"no"で二重に否定されているが、肯定の意味ではない。否定の強調、すなわち「けっして」という意味。
I wanna marry you 訳詩 庄野 健
MAY/2013