"Born in the USA"という刺激的なタイトルの時ならぬ再ヒットが9.11後の米政権の政治的姿勢と結びつくことによって、ブルース・スプリングスティーンは保守的で右傾化した体制と大衆のシンボルになってしまった。元来、プア・マジョリティの立場からの異議申立てという姿勢が強かったブルース・スプリングスティーンだが、それが体制と結びついたとき、その怒りは他の弱者、よりいっそう弱いものへと向けられる危険をはらむ。
現実には新保守主義は早々に綻び、米国の対外政策は行き詰まりに入り込んでしまう。たちまち体制は信頼を失っていったが、金融マジックによる経済的成功が社会の閉塞を覆い隠し続けることができた。しかし、あの新保守主義全盛のなかで金融クラッシュが起こっていたらと想像すると、慄然とさせられる。
ブルース・スプリングスティーンの詩は常にプロテストの色濃いが、"The River"は静かな怒りの中に、それにとどまらないものを感じさせる。保守的で閉鎖的な故郷の地を若くして出奔した主人公が、過去を振り返りながら「大切だと思っていたことが、みんな霧のように消えてしまった」今を歌う。
たしかにそれは、社会の矛盾、僕たちを押しつぶそうとするものに対する告発だ。僕たちは何のために川を下ったのか。切々とした歌声はしだいに苦悩を強め、やがて「叶わなかった夢は偽りだというのか」と振り絞るにいたっては、胸を衝かれるようだ。川は、もはやあの時の川ではないけれども、僕たちは川を越えつづけなければならない。彼もまた、鋭い告発と共感を併せ持つ詩人なのだ。
I come from down in the valley
where mister when you're young
They bring you up to do like your daddy done
Me and Mary we met in high school
when she was just seventeen
We'd ride out of this valley down to where the fields were green
僕は谷間の向うから下りてきた
あの土地では、なにひとつ変わらない単調な暮らしだった
僕とメアリーが出会ったのは高校生の時
彼女は十七歳になったばかり
僕たちは約束の地を指して谷を下った
We'd go down to the river
And into the river we'd dive
Oh down to the river we'd ride
僕たちは川を下った
夢をかけていちかばちか
あの川を越えたのだ
Then I got Mary pregnant
and man that was all she wrote
And for my nineteenth birthday I got a union card and a wedding coat
We went down to the courthouse
and the judge put it all to rest
No wedding day smiles no walk down the aisle
No flowers no wedding dress
やがてメアリーは身籠もった
彼女はそれだけを書いて寄こした
十九歳の誕生日に僕は定職について、彼女と結婚した
僕たちは役場へ行った
そして判事が手続きしてくれた
参会者の微笑みも、式も無し
花束もウエディングドレスも無しだった
That night we went down to the river
And into the river we'd dive
Oh down to the river we did ride
あの夜、僕たちは川を越えた
夢をかけていちかばちか
あの川を越えたのだ
I got a job working construction for the Johnstown Company
But lately there ain't been much work on account of the economy
Now all them things that seemed so important
Well mister they vanished right into the air
Now I just act like I don't remember
Mary acts like she don't care
僕はジョンストンで建設の仕事に就いた
でも近頃は景気が悪くて仕事はあまり無い
大切だと思っていたことは
みんな霧のように消えてしまった
僕は憶えていないふりをする
メアリーは気にしていないふりをしている
But I remember us riding in my brother's car
Her body tan and wet down at the reservoir
At night on them banks I'd lie awake
And pull her close just to feel each breath she'd take
Now those memories come back to haunt me
they haunt me like a curse
Is a dream a lie if it don't come true
Or is it something worse
that sends me down to the river
though I know the river is dry
That sends me down to the river tonight
Down to the river
my baby and I
Oh down to the river we ride
でも僕は憶えている、兄貴の車を盗んで出発した時のことを
彼女は小麦色の肌をしていて、池で水浴びをした
夜は川辺で横になった
彼女の息が感じ取れるまで強く抱き寄せた
あの思い出がよみがえってきて僕につきまとう
悪夢のように僕を苦しめる
叶わなかった夢は偽りだというのか
僕に川を越えさせたものは
なにか間違ったものだったのか
今や川が涸れてしまったことはわかっている
でも、それは今夜、川を越えよと僕を呼ぶ
川を越えよと
愛する君と僕
あの川を越えよう
The River 訳詩 庄野 健
MAR/2009