Genesis y:2.4 しなくていいこと
"What shall I do?"


午前 7 時。
朝食の用意は終った。

「さて ‥‥ 昨夜、たぶんあまり寝てないアスカを起こすかどうするか ‥‥」

起こして寝不足にしてもしょうがないし、
先に食べると、アスカの朝食が一人になってしまう。

「アスカ? 起きてる ‥‥?」

部屋をそっと覗く。‥‥ ぐっすり眠ってる。
抜き足差し足で、部屋を出る ‥‥

「コホ」

え?
僕は足を止めて振り返った。

「コホ」

アスカの咳。

「あや、アスカ、ごめん、うつしちゃったか ‥‥」

僕は一日で熱がひいた。
アスカも ‥‥ だといいんだけど ‥‥


午前 9 時。
母さんからの FAX が届いて、ため息をついていると寝室から物音。

「あ、アスカ起きたかな ‥‥?」

半身をベッドから起こしている。

「え、アスカ、咳してなかった? 風邪、大丈夫?」
「シンジに借り作る気ないもの。起きるわ」
「でも、まだちょっと顔、赤いよ」
「‥‥ これくらい大丈夫よ」
「そお? それならいいけど ‥‥」

熱を診ようとして、アスカに近付くのを、
アスカが押しとどめた。

「‥‥ あんまり、近寄らないでね。
昨日、あたしお風呂入ってないし、それに汗いっぱいだから」

ベッドから降りたって、ふらっと倒れかける。
アスカはそのままベッドに座り込んだ。
来るななんて言ってる場合じゃない!

「アスカ!」

アスカがそれでも手で押しとどめる。
でもさ ‥‥

「これは単に寝不足よ。別に熱でふらついてる訳じゃないわ ‥‥」
「ほんと?」
「別にほんとのことでなくても、本当なの。
あんたに着替え、持ってこさせるつもりはないんだから、
どっちにしてもあたしは起きなきゃいけないじゃない」
「それはそうだけど ‥‥ じゃ、あとでそっちに朝ご飯もってくから」
「ん。分かった」

それだけ返事して、おぼつかない足取りながら、 アスカは自分の家に戻っていった。

「僕ん時よりは軽そうでいいんだけど ‥‥」

アスカのご飯を簡単にまとめはじめた。

「さて ‥‥」

なにげに自分の部屋に戻って、‥‥ 僕は驚いた。

「ア、アスカ!?」

自分の部屋で寝ているかと思いきや、 いつのまにやら僕の部屋に戻って来て寝ている!

「こっちの方が寝心地いいんだもん。あたしは病人よ。なんか文句ある?」

本当に病人なんだかよく分からない迫力で睨んでいる。

「ん、まあ、いいけど。ご飯、運ぶ距離、短くてすむし」

そういう問題ではないかもしれないけど、僕はそう答えるしかなかった。


午後 1 時すぎ。
チャイムが鳴った。

「はーい? ‥‥ トウジとケンスケ?」

二人がお見舞いに来てくれた。
あ、でも。

「ごめん、ちょっと静かにしてね。いま、アスカ寝てるから」

二人が顔を見合わせている。
そういえば、アスカ昨日、なんて名目で学校を休んだんだろう。
昨日、さりげなくごまかされちゃったけど。

「おじゃましまーす ‥‥」

トウジはそのまま、そうっと入って来たけど、
ケンスケは後ろを振り返っている。

「おーい、いいんちょー、惣流、こっちだとー」

委員長が来てくれてるのか。
ケンスケは委員長と一言二言、話してから家に上がってきた。
その後ろに委員長。

「委員長も来てくれたんだ」
「うん。あたしはアスカのお見舞い ‥‥ アスカ寝込んでるんですって?」
「今朝、ちょっと無理したからね ‥‥」

ぼうっと微笑んで、‥‥ 僕の顔をじっと見つめている。
何か変かな‥‥?

「あの、委員長?」
「なに、碇君」

委員長が気を取り戻してくれた。

「あのね、アスカの着替え用意してやってくれる?
‥‥ 僕がやる訳いかないでしょ」
「それはそうだけど ‥‥
でも、あたしそこまでアスカの家の中、詳しくない ‥‥」

首を傾げている。
うーん、そうなのか。それは困った ‥‥ いや、
本当はそれくらいは困らないんだけど、‥‥ やっぱり困った。
委員長に知られる位ならいいけど、
あの二人にばれたらしばらくはそれでからかわれそう。
聞こえるかな ‥‥? 聞こえないかな。二人の場所をちょっと確かめる。

「とりあえず、二人にはリビングで待っててもらったら?」

委員長も何かあることに気がついたらしい。

「うん ‥‥ ちょっと待ってて」

居間に戻って、二人にちょっと委員長に用事頼んでくるから、
ということで座って待ってもらう。
だいたい何のことかは察したらしくって、
大人しく待っててくれることになった。
委員長のところに戻る。

「で、何?」
「うん ‥‥ えっとね、‥‥ 」

それでも少し言い辛い。

「ん、あのね ‥‥ 僕、アスカの着替えの衣類のある場所、 一応、知ってるから、案内は出来るんだ ‥‥」
「なんで知ってるのよ!」

あ、そんなに大声ださないで。

「ごめんなさい。声、大きかった ‥‥」

やましくないことだけは説明しておきたい。

「‥‥ アスカの部屋の配置がえする度に僕もつき合わされたから ‥‥」
「‥‥ じゃ、場所教えてくれる? とってくるから」

ふう。すぐ分かってくれた。‥‥‥ アスカとは大違い。

「うん、お願い」
「あと、これ、アスカから借りた鍵」

タンスの場所を簡単に説明したあと、 ポケットからアスカの家の合鍵を、そう言って渡す。
さすがに、合鍵まで持ってることを言う勇気はなかった。


委員長が戻って来る間に、僕は紅茶を煎れた。

「すまんのー、せんせ」
「そうだよ。お見舞いに来た筈だろ。それが紅茶いれてもらっちゃって」
「ちがうで、ケンスケ。わしはこれを持って来たんや」

そう言ってトウジが取り出したのは、プリントの束。

「あ、昨日の分? ありがと」
「せんせの分だけやなくて、惣流の分もや。
‥‥ まったく、いいんちょーが来るんやったら、
いいんちょーが持って来ればええのに」

ケンスケの顔つきで、どんなやりとりがあったかは想像がついた、
といっても、また、いつもの ‥‥
と思いかけたところで、僕の表情を読んでケンスケが頷く。

「やっぱり筋は通さなくっちゃね」

ぜんぜんフォローになってないかもしれないけど、
とりあえず納得したような雰囲気。
そのとき後ろに委員長が戻って来たような音。
そのまま僕の寝室に入ったようだ。
‥‥ しまった。よく考えたら、アスカ以外の女の子が僕の部屋に入るの、
初めてじゃなかろうか? ‥‥ 問題をおこしそうなもの、 見えるとこになかったよな。

「せんせ、どした?」
「ん、いや、ちょっと ‥‥」
「トウジ」
「なんや」
「お前の部屋に委員長、入れたことある?」

ケンスケは僕が何を考えたか、しっかり読んでいる。
まあ、ケンスケの位置からなら、委員長が部屋に入ったこと自体が見えてるしな。

「いや。そもそも、いいんちょーがわいの家に来たことあらへんもん」
「そうか」

ケンスケもそれ以上は追求しなかった。しても仕方ないけど。
委員長が戻って来たので、
委員長の分の紅茶をいれるべく、僕はキッチンに向かった。

紅茶を運んで、

「アスカ、よく寝てたから頭もとに置いて来たわよ」
「ありがとう」
「いまな、なんでせんせがそないに元気なんか皆で不思議がってたとこや。
風邪、だったはずやろ?」

席につく。

「うん。昨日は丸一日ねこんでたんだ」
「ふうん、じゃあ、碇君も風邪ひいてたんだ」

できれば風邪の話題からは離れたいんだけど。
この話の流れで、
アスカが実は風邪ひいてなかったことがばれるのがちょっと恐い。

「あれ? じゃあ、」

‥‥ バカシンジ! ‥‥

アスカの声。部屋に向かう。
なにかに気付いた委員長から逃げられるんなら何でもいい!

「バカ! 入って来るな!」

戸を開けたとたんに枕が飛んで来た。
‥‥ 委員長の追求の方が良かったかも。

「なんや、風邪ひいてても、惣流は惣流かい?」

そんな落ち着いて論評しないでほしいな、トウジ ‥‥
なんで怒ってるのかよく分からないし、
でも部屋に入ったら何されるか分からないし、
ここからじゃアスカの話きけないし、‥‥
もう一度、ドアを開けるべく決心を固めたところで、

「アスカ ‥‥? 入るよ」

委員長が横からさっさと部屋に入っていった。

「あ、ヒカリ?」
「うん」

和やかな会話 ‥‥ は、いいんだけど、
僕の部屋になぜに僕が入っちゃだめなんかな?
居間に戻る気もせず、中へ入る訳には多分、いかず、
仕方ないからその場にすわりこむ。
いきなりドアが開いても一応、中が見えない位置で。

‥‥ ぜんぜん音沙汰無し。
そろそろアスカも宥められたことだろう
‥‥ 委員長がそのために入ったとしてだけど、
と思ったので声をかけてみる。

「あのー、委員長 ‥‥ ?」
「まだ、だめ!」

アスカの声。まだ怒っているのとは、ちょっと違うかな。
でも入れないことには変わりない。
しばらくして、ようやく委員長だけ出て来た。

「アスカは?」
「うん、着替えて、また寝ちゃった。
‥‥ 着替えをね、碇君が持って来たと思って、それでさっき怒ってたの。
ちゃんと言っといたから」

なるほど。アスカが納得してくれたんなら、いいか。

「ありがと」
「ほっとかれた残りの二人がきっと拗ねてるわよ。戻らないと」
「そうだね」

僕は立ち上がった。アスカが寝たんなら、静かにしておいた方が良い。
忘れ去られたトウジとケンスケは、 居間で平和に紅茶を飲み続けていた。


皆が帰っていった後で、僕は部屋を覗いてみた。

「アスカ?」
「‥‥ シンジ?」

起きてた。

「シンジ。さっきはこめんね」
「‥‥ 委員長から何があったかは聞いたから」
「まったくお見舞いも善し悪しよねぇ ‥‥
ヒカリはさ、来てくれてよかったけど、残りの二人は何しにきたのよ」
「あ、声、こっちにまで聞こえた? ‥‥ 煩かった?」
「煩いってほどじゃなかったけど」
「でもトウジは昨日のプリント持って来てくれたんだし。
僕も風邪で寝込んでたと思って、僕のお見舞いに来てくれたんだしね」

アスカの顔を見ているうちに、昨日、
アスカが土曜日だとごまかしたことについて訊いてみる気がなくなった。
多分、どうでもいいことなんだと思う。


作者コメント。 3 万ヒット記念の片割れ。というわけ(何がだ)で、シンジ一人称だが、 よっぽどアスカ一人称にしようかと思った。
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