Genesis y:2.3 お見舞い
"I feel him love her."


「二人休みっと ‥‥」
「先生! アスカと碇君どうしたんですか?」

ミサト先生が出席簿から顔を上げた。

「二人とも風邪、だそうよ。今朝アスカから連絡があったわー」
「二人とも? それも惣流からシンジの分の連絡も? いやーんな感じ」

脇でつまんないことを言っている相田君をちょっと睨む。
相田君も、すぐ口を閉じた。
分かってるんだったら、言わなきゃいいと思う。

「どんな様子でした?」
「ん、だからアスカの声しか聞いてないけど、元気そうだったわよ。
‥‥ 案外、風邪ひいたのはシンジ君だけだったりして」

この先生はまったく ‥‥
生徒が風邪で寝込んでいるかもしれないというのに。
そんな気分が顔にでたみたいで、先生の顔もちょっとひきつった。

「あは、冗談よ、冗談。そんな恐い顔しないで、ね。
だから、今日、お見舞にでも行ってあげてね、」

まるでとってつけたように言葉を紡いでいる。
ついため息をついた。

「あ、だめか、今日は、でも止めときなさいよ」

なぜか突然まじめな口調になった。行っちゃだめって?

「昨日まで、あの二人、元気そうだったじゃない?
二人とも本当に病気なら、同時にかかるほど伝染性の強い、 きつい病気だってことだから、 様子、電話かなにかで聞いてからにしときなさいね。
他の人にうつす訳にはいかないでしょ?」

‥‥ ミサト先生がまともなこと言ってる ‥‥
おもいっきり失礼なことを考えてるような気がするので、
顔にはださないようにした ‥‥ つもり。
でも先生の表情がまた、悪戯っ子のような雰囲気に戻っちゃった。

「やっぱりあたしは、片方が看病のためにズル休みしてる、
って思うんだけど、そういう時はやっぱりじゃましちゃ悪いわよねー」

だから、先生がウインクしてどうするんですか!

「というわけで、今日はお見舞いに行ってはいけません。
これでホームルームは終り。洞木さん!」
「‥‥ きりー、れい、着席!」

ちょっと脱力してたと思うけど、ちゃんと言えた。
ふう ‥‥


「鈴原 ‥‥ あんた週番でしょ! 二人のところにプリントもってってあげてね!」
「いいんちょー、ミサトせんせがあいつらんとこいっちゃ駄目って」
「だーかーらー、明日、渡せばいいでしょ!」

あたしは無理矢理、ふたりの分のプリントを押し付けた。

「でね ‥‥」
「おーい、ケンスケ、お前もつきあえや!」

端末を叩いてた相田君がこっちをみる。

「俺もぉ?」
「せんせんとこの見舞いついでや」
「‥‥ そうだな」

相田君はあたしと鈴原の顔を交互に眺めてちょっと逡巡してた ‥‥
鈴原があたしの方に向く。

「で、なんや、いいんちょー、さっき言いかけてたんは」

無視されてちょっと悲しかったんだけど、実はちゃんと聞いてたの?

「ん、あのね、あたしもアスカのとこのお見舞いに行くの。
‥‥ だから、ついでに ‥‥ って ‥‥」

やっぱり最後までちゃんと言えなかった ‥‥
ちゃんと顔、見られない。

「ほなら、明日、学校前、1 時ってとこでどうや? 病人とこにあまり早くいってもしゃーないで」
「ん、分かった ‥‥」
「ケンスケもそれでいいか?」
「俺もそれでいいよ」


次の日の昼。
ぴんぽーん ‥‥ ぴんぽーん ‥‥

アスカの家のベル。誰も出ない。
まさか、アスカのお母さんまだ出張とか?
そしたらアスカ ‥‥ 一人で寝てるの?

「寝てるんなら悪いし ‥‥ でも、 一人で弱ってたら食事の用意もできないだろうし ‥‥」

あたしがアスカの家のドアの前で三度目のチャイムを鳴らそうかどうしようか、 迷っていると、

「おーい、いいんちょー、惣流、こっちだとー」

後ろから鈴原の声。鈴原と相田君は、碇君のお見舞い。

「二人揃って碇君の家で寝てる訳 ‥‥? 不潔 ‥‥」

でもあたしの声も小さい。アスカの家に一人しかいないんじゃ、
碇君の家で看病してもらうしかないもの。

「委員長? とりあえず、碇は元気そうだったよ?」

あたしの声が聞こえちゃったらしい。鈴原は ‥‥
さっさと碇君の家の中に入り込んでる。

「アスカは?」
「惣流の方が寝込んでるらしいから、静かにね、だってさ」
「先生、元気そうだって言ってたのに ‥‥」

あたし達もそろっと碇君家におじゃまさせてもらう。
あ、碇君。たしかに彼は元気そう。

「委員長も来てくれたんだ」
「うん。あたしはアスカのお見舞い ‥‥ アスカ寝込んでるんですって?」
「今朝、ちょっと無理したからね ‥‥
あの、委員長?」

心配そうな顔。いいなあ、アスカ。ぼんやり碇君の顔を眺めていて ‥‥
でなくて、

「なに、碇君」
「あのね、アスカの着替え用意してやってくれる?
‥‥ 僕がやる訳いかないでしょ」
「それはそうだけど ‥‥
でも、あたしそこまでアスカの家の中、詳しくない ‥‥」

コートとかの場所は知ってるけど。
碇君の困った顔。
うしろをちらちらっとしながら、口ごもってる。

「とりあえず、二人にはリビングで待っててもらったら?」
「うん ‥‥ ちょっと待ってて」


「で、何?」
「うん ‥‥ えっとね、‥‥ 」

なぜか真っ赤。

「ん、あのね ‥‥ 僕、アスカの着替えの衣類のある場所、
一応、知ってるから、案内は出来るんだ ‥‥」
「なんで知ってるのよ!」

ちょっと大声だったかも。

「ごめんなさい。声、大きかった ‥‥」

しばらく後ろを振り返っている碇君。

「‥‥ アスカの部屋の配置がえする度に僕もつき合わされたから ‥‥」
「‥‥ じゃ、場所教えてくれる? とってくるから」
「うん、お願い」

あれ、アスカの家、鍵しまってたような ‥‥

「あと、これ、アスカから借りた鍵」

けっこう手際の良い碇君。
あたしはアスカの家に向かった。


「ふうん、じゃあ、碇君も風邪ひいてたんだ」

あたし達は、碇君の煎れた紅茶を飲んで雑談していた。
ほんとは病み上がりの碇君に悪いような気がするけど。

「あれ? じゃあ、」

‥‥ バカシンジ! ‥‥

アスカの声が響く。どうやら起きたらしい ‥‥ と思う間もなく碇君がとんでいった。

「バカ! 入って来るな!」

戸を開けたとたんに枕をぶつけられている。

「なんや、風邪ひいてても、惣流は惣流かい?」

おちついて紅茶を飲んでいる鈴原。
それをキッと睨んで、あたしは立ち上がった。原因は、多分 ‥‥
部屋の前で右往左往している碇君の脇に立つ。

「アスカ ‥‥? 入るよ」
「あ、ヒカリ?」
「うん」

碇君の寝室 ‥‥ もとい、今はアスカが寝ている部屋に入る。

「あ、じゃ、これヒカリが?」

アスカが着替えを指す。やっぱり。

「うん。‥‥ だから、誤解しないであげてね。 あたしからも言っとくけど」
「ん ‥‥ ちょっと悪いことしちゃったな ‥‥」

なにやらずいぶん素直。

「何かあったのかなー?」
「何か、って何よっ」

これでも親友をやっていると、言葉使いがからかう時のに変わると、
つい焦ってしまう、のはお互い様なんだけどね。
でも、今はアスカが焦る番。
風邪ひいてることだし、おてやわらかにいきましょう。

「あんなこととか、こんなこととか ‥‥
いろいろあるじゃない?
だって、碇君に看病してもらってるんだもんねぇ ‥‥」

怒ったかな? アスカの表情。

「あたしが看病してたのよ。間違えないでよね。
この風邪はシンジからうつされたんだから」
「ふうーん ‥‥」

アスカ、まだ失言に気がついてないみたい。

「ということは、アスカ、昨日ズル休みして、碇君の面倒みてたんだ ‥‥
よかったね、二人っきり、かな。碇君のところも共働きだし」

真っ赤に固まっちゃった。あ、でもまずいかな。

「ごめん、アスカ、大丈夫?」

アスカの額に手をあてて、熱を診て、横に寝かす。

「ヒカリ、あんたね ‥‥ 治ったら覚えてなさいよ ‥‥」
「ごめんね。でも、よかったじゃない。 まる一日? ふたりっきりだったんでしょ?」
「うん ‥‥ すぅ ‥‥」

アスカ、気持ち良さそうに寝ちゃった。
でも ‥‥ 着替えてからにしないと ‥‥

「アスカ! まだ寝ちゃだめ! ちゃんと体拭いて、着替えてから!」

もそもそっとアスカが半身起きだして、着替え始める。
いいなあ ‥‥ このプロポーション ‥‥

「あのー、委員長 ‥‥ ?」

ドアの向こうの碇君。

「まだ、だめ!」

なんか拗ねちゃった空気がただよってきた。

「でも、ほんと何かあったんじゃない?
アスカも碇君もちょっと ‥‥ なんていうか ‥‥ いい雰囲気、
というのよりもっと良くなった、って感じ?」
「うん ‥‥ あのね ‥‥」

照れてる。

「あたしが寝てる時にね ‥‥ 寝たふりしてただけだけど」
「うん」

あたしは思わず身を乗り出しかけて、座り直した。

「‥‥‥‥ 好きって言ってくれた ‥‥‥」

うつむいてるアスカ。なんかかわいい。

「よかったじゃない!」
「‥‥ うん!」


「アスカは?」

ドアのところで、後ろを向いて座り込んでる碇君。
あたしが出て来たのを見上げて、訊いてきた。

「うん、着替えて、また寝ちゃった。
‥‥ 着替えをね、碇君が持って来たと思って、それでさっき怒ってたの。
ちゃんと言っといたから」
「ありがと」

肩の力を抜いてほっとしている碇君。
‥‥ 実は起きてたこと、やっぱり知らないんだろうなあ ‥‥

「ほっとかれた残りの二人がきっと拗ねてるわよ。戻らないと」
「そうだね」

彼も立ち上がった。
居間に戻る。そこには平和に紅茶を飲み続けている二人が居た。

「あたしもアスカ達みたいになれたらいいなあ ‥‥」

誰にも聞こえないように、そっと、つぶやいてみた。


帰り道。

「そういえば、 二人とも寝込んでた時に、碇君がどこで寝てたの聞くの忘れちゃった。
やっぱり居間のソファーの上かな。ちょっとかわいそうね」

看病してもらったんだか、 虐待されてるんだか分からない碇君の図を思い浮かべて、
あたしは微笑んだ。


作者コメント。 3 万ヒット記念の片割れ。というわけ(何がだ)で、ヒカリ一人称。 ちょっち展開に力がないなあ。
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