Genesis y:2.1 風邪
"... and thank you, Asuka."


「父さんも母さんも酷いや ‥‥」

今、僕は朝っぱらから独り、布団の中。


2 時間前。
アスカが叩き起こしに来る 2 時間前でもある。

「うん? あれ?」

体がだるい。これは、風邪?

「コホ
コホ
コホン」

自分の咳で起きてしまったらしい。

「あらあら、シンジ、風邪?」

母さんが顔を出した。母さんも起きるのが、いつもより早い。
なぜか、すでに出かける格好。

「うん ‥‥」
「丁度いいわね。じゃ、シンジお留守番お願いね」
「え、留守番って?」
「母さんと父さんは明日までお出かけ」
「え ‥‥」
「大丈夫、大丈夫。となりのアスカちゃんにちゃんとお願いしとくから」
「アスカのぉ ‥‥?」

ちょっと不安。

「ぼけた頭でアスカちゃん襲っちゃだめよ?
押し倒すなら、ちゃんと正気の時にしときなさいね」

すでに反論する気力もない ‥‥

「あら? ほんとうに具合悪そうね ‥‥ 顔も赤くしないなんて」

そんなことで具合を確かめないで欲しい ‥‥

「ああ、初めから風邪で真っ赤だから分かんなかっただけね」
「ユイ。早くしろ」

父さんに至っては、僕を完全無視。怨むよ ‥‥ いつものことだけど。

「はあい。
それじゃ、よろしくね。アスカちゃんにはちゃんと頼んでおくからね」
「いってらっしゃい ‥‥」

もう、諦めた。僕は再び、部屋に戻って布団にもぐり込んだ。


「ばーかシンジ」
「あ、アスカ ‥‥」

大音量とともに、アスカがやってきた。
そうだよなぁ ‥‥ アスカなら ‥‥
うう、頭が痛い ‥‥

「バカは風邪ひかない、って聞いてたけど、ひくバカも居るのねぇ ‥‥」
「‥‥」

お願いだからこれ以上、安眠の妨害だけは止めて。

「シンジ、朝食べた?」

そういえば、食べずにまた布団に入った。

「ううん」
「あんた、バカ?
‥‥ ちょっと? 食欲もない位なの?」

アスカの声がやっと小さくなった。助かった。
そこで何故か僕のお腹が元気に鳴る。なんで?

「あんた ‥‥ ちょっと、待ってなさいよ」

アスカの料理? 風邪、悪くならなければいいけど ‥‥


目を開けると、ちょうどアスカがおぼんを持って入って来るところだった。

「あ、起こしちゃった?」
「ん、ちょうど目覚ましただけだから ‥‥
あれ、そういえば、アスカ学校は?」
「あんた、まだおかしいようね。今日は土曜で学校はお休みよ」
「そうか ‥‥ それで母さん達 ‥‥」
「ほら、あんたの昼ご飯。ちゃんとおかゆにしといたわよ」
「お昼?」
「あんた、あたしが朝ご飯作るの待たずに熟睡しちゃったでしょうが」
「ごめん ‥‥」
「いいわよ。病人は寝てる方が治りが早い、ってのは真実なんだから。
起きたんなら、そのシャツ脱ぎなさいよ」
「え」

ちょっと、アスカ何を。

「なに勘違いしてんのよ!」

アスカの怒鳴り声。小さい声(しか出ない)で僕は抗議を上げた。

「静かにして ‥‥」
「ごめん」

アスカが素直に謝ってる。まあ、僕が病人だからだろうけど、
普段からこれくらいならなぁ ‥‥ でも、たまに病人やるのも悪くないか。
僕がそんなことを考えながら、 ぼけっとしているうちに、アスカもあっという間にもとの調子に戻った。

「でも、あんたそのままだと風邪、悪くするわよ。そんなに汗べったりじゃ」
「あ、そうか ‥‥」
「あんたの着替えとタオルは持って来たげるから、さっさと脱いどきなさいよ」
「うん ‥‥」

大股で出て行くアスカ、乱暴に戸を閉める。
だから、もう少し静かにしてくれないかな ‥‥
でも、おかゆは美味しかった。けっこう意外。

「そういえば、アスカの家、一人で居ることが多いもんな ‥‥」

今もちょうど出張中だったと思う。


僕はどうやら、シャツを脱ぐのも忘れてまた眠ってしまったらしい。
枕もとにあるシャツに着替えていると、

「きゃ」

ん? アスカの声。

「あんたねえ、‥‥ 起きてるならそういいなさいよ ‥‥」

? ああ、そうか。着替え中に入って来たから、か。
でも、戸を開けるの全然気がつかなかった。

「もう、いいよ」
「ほら、夕飯よ」

僕が着替えている間に、おぼんを取りに戻ったらしい。

「あんた、ほんとに寝てばかりね。いいけど ‥‥
ちょうど、ご飯時だけ起きるし」


「やっぱり、まだ熱あんのねぇ。食欲はあったくせに」

アスカの手が僕の額に触れた。
あ、冷たくていい気持ち。

「じゃ、あたしは帰るからね。おとなしく寝てんのよ」

そうか ‥‥ もうそんな時間か ‥‥
あれ?

「シンジ?」

僕は何やってんだ?
アスカの腕をとって引き留めてるぞ。
ほら、アスカも戸惑ってるじゃないか。
何か用事を思いつかなきゃ。

「え、えーと」

帰っても一人なんだったら、泊まってってよ ‥‥ じゃなくて、
(二人っきりってのはまずいじゃないか)

ここにいてよ、‥‥ でもなくて、
(アスカに風邪うつしちゃうじゃないか)

ついに、間が持たなくなって手を離した。
しまった、手のひら、汗でびっしょりだ ‥‥

「ご、ごめん」
「‥‥ ここにいてあげるね。シンジ」

僕はとびあがった。

「だめだよ、そんなの!」
「病人に拒否する権利は無いわ」

むりやり僕を押えつけて、布団をかぶせて来た。口を封じられた ‥‥
だいたい、「病人に拒否する権利は無い」って何だそれは?

布団から首をだして横を見ると、
いつのまにやら毛布を引張り出してきている。

「‥‥ 本気?」
「だから、病人に拒否する権利は無いの」

さっき、僕が何を考えていたか、だいたいばれてるらしい。
そんなに情けない顔だったかな ‥‥ そうかも。
妥協案を出してみる。

「そうか ‥‥ そうだね。ごめん。アスカ。僕が眠るまででいいから、
居てくれる? そのかわり、眠るまでだけでいいから」

そう言う僕の顔をアスカはしばらくじっと眺めていたけど、

「うん」

返事は一言だった。


翌朝、午前 5 時。
目がさめた。外はまだ暗かった。
やはり、昨日しつこく寝すぎたらしい。
きぶんはすっきり。風邪は完璧に治ったようだ。

「ふぁーあ」

脇を見ると、アスカがベッドに持たれかかって眠っている。
静かに起き出して、アスカを抱えあげた。けっこう軽い。

「やっぱり女の子なんだなぁ。それにしても ‥‥」

体が冷えきっている。これでは僕の風邪をうつしてしまう。
そっとベッドに横たえ、毛布を掛ける。
ベッド脇に座り込んで、ベッドに頭をのせ、寝ているアスカに語りかけた。

「アスカ ‥‥ ごめんね。
女の子にこんなところで寝させちゃって ‥‥
もう大丈夫だから。
‥‥ ありがとう ‥‥ アスカ ‥‥‥ 大好きだよ ‥‥」

そっと立ち上がって、部屋の外に出、後ろ手にドアをしめた。
台所に入ってカレンダーを見あげると、今日は土曜日。
じゃ、アスカは起こさなくてもいい訳だ。
僕は朝食の用意を始めた。


ドアが閉まった、直後のシンジの部屋のベッドの上。

「バカ ‥‥」


作者コメント。 2 万ヒット記念。というわけ(何がだ)で、シンジ一人称。 ありがちな話なのは勘弁しておくれ
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