〜 BLACK MULTI 〜


ブラック理緒、頑張る!〜 中編 〜






 2月14日
 St.Valentine's Day 〜異教徒の迫害にあって殉死した聖バレンタインの祭日とある。だが、日本の場合、女性から意中の男性への愛の告白日としてバレンタインデーは親しまれている。それに使われるアイテムは殆どの場合チョコレートで、この日は菓子メーカーの年間売り上げに大きく影響してくる為、業界関係者は休み返上で売り上げ向上に躍起となる日でもあった。
 だが、そうした大人の思惑とは関係無い男子学生にとっても、この日は女の子からチョコが貰えるか貰えないかで明暗がクッキリと別れてしまう恐ろしい日でもあった。中にはこの日を悲観して、わざと休みにしてしまう男子学生も居る程だ。これだけ若者を中心とした影響力を持つ日も珍しいだろう。ダークキングダムが生き残っていれば、エナジー収集に走り回ったに違いない。
 そうした中で、ひときわ「明」のエナジーを放つ男女が、校門に向かって歩いていた。

「今日は浩之ちゃんの好きなチョコレートケーキにしようか。浩之ちゃん少し苦めなのが好きなんだよね。作り方マルチちゃんに教えてあげるね」
「嬉しいです〜。あかりさんよろしくお願いします〜」
「あかり、いつもすまねえな。こんな事頼めるのあかりしか居ねえからよ。助かるぜ」
「ううん、そんな事無いよ。私も嬉しいもの。それにしても、今日が土曜日で良かった。時間がたっぷりあるから、夕食も一緒に作ろうね」
「あかりさんありがとうございます〜。いつも本当に済みません。助かります〜」
「オレも嬉しいぜ。チョコに加えて二人の手料理かあ。こりゃ本当果報者だよなあ」

 冗談めかして言ってるが、それは浩之の本心だった。
 自分を真ん中にして両手に花のその状況は、まさに他の男子学生の羨望の的だ。それだけに、その少しニヤけた顔に一発でいいからパンチをぶち込みたいと思う「暗」のエナジーを持つ輩も多かったが、実際に実行する奴は最近では一人も出なかった。
 すべては浩之の「マルチはオレが守る!」パワーに恐れをなしての事だ。
 その実例として、ブラック智子の手先になっていたとはいえ、先日浩之に襲いかかった10人の男子学生は、その殆どが病院送りになっていた。
 そのアンタッチャブルな存在故、世が世なら、今の高校で番を張っていてもおかしくは無かっただろう。
 だが、浩之にとって、そんな事はどうでも良かった。自分の愛する者が日々笑顔で暮らせればそれでいい。それも浩之の本心だった。特にマルチとあかりが戦ってからの浩之は変った。変らざるを得なかった。ブラック集団におけるマルチへの攻撃以外にも、心を持つマルチに対する不当な扱いは社会にいくらでもある。しかし、それらに対して浩之はいつも決然とした態度を取っていた。有り難かったのは、そうした浩之の思いにあかりが全面的に賛同し、心から支持してくれた事だった。浩之にとって、この二人は掛け替えの無い存在となっていた。
 こいつらの為なら命を張る。浩之はそう決意していた。

「じゃあスーパーに寄って行こうか。今日は買い物が多いから、浩之ちゃん悪いけど付き合ってね」
「あったり前だろ。マルチとの時だって、荷物運びはオレの役目なんだぜ」
「浩之さん頼りになるんですよ〜。いつもわたしが持ちきれない程買っても『任せろ』って言って、回りのおばさんが持つ以上の大荷物を平気で抱えて行くんです。この前なんかお米を買おうとしたら『どうせなら20Kg米の方がお得だ〜』ってドカッと肩に乗せちゃうし。とっても凄いんです〜」
「ふふふ、浩之ちゃんらしい。でも腰痛にならない様に気を付けてね。あれって結構若い人でもなるんだよ。その時は大丈夫だったの?」
「あのなー。そんな事位でヘタるオレじゃねえぞ?軽々だったぜ。なあマルチ?」
「ええ、腰は大丈夫でした。でもその後『マルチ〜。疲れたから一寸肩揉んでくれ〜』って言うから揉み揉みしてあげたんですよ〜」
「マ、マルチそんな事バラすなよ。格好悪いじゃねえか!」
「うふふふ。やっぱり浩之ちゃんだ。マルチちゃんえらいわね」
「えへへ〜。誉められて嬉しいです〜」
「ちぇーっ。まったくよお」

 そんなホヤーっとした会話を続けながら校門を出た三人に対し、突如一人の女学生が行く手を阻んだ。両手を広げ、止まれの合図をする。
 敵か?!
 これまでの経験から、反射的に三人は身構える。

「...君は、理緒ちゃん?」
「藤田君、お久しぶり。相変わらず三人共仲がいいのね」
「あ、ああ、まあ相変わらずさ。理緒ちゃんの方はどう?」

 そう言いながら浩之は警戒を解いた。ブラックかと思ったが、理緒ちゃんの格好は普段と変わらない制服姿だったからだ。目の感じも操られている様子は無い。
 以前襲ってきた男子生徒は、全て透明度の無い濁った目をしていたのだ。

「わたしの方は相変わらずよ。バイトバイトの毎日だし。これからも一仕事こなさないとならないのよ」
「へえ、大変なんだな。身体の方は大丈夫?」
「ええ、おかげ様で。でもね、最近凄くいいバイトが見つかって大分楽になったわ。凄いのよ。前金だけで5万。そして成功報酬と成果報酬でそれぞれ5万づつなんだって。こんなバイト、そうそう無いでしょ?」
「そ、そりゃ凄いな。でも何のバイト?まさか危ない事とか自分が傷付く事じゃ無いよね?」
「違う違う。そんなんじゃないのよ。ただ、成功しなと全額は貰えないから、わたしも今回は必死なんだ。で、藤田君に一寸協力して欲しいんだけどな〜」
「オレに協力?」

 そう言った時、マルチが浩之の袖をツンツンと引っ張った。

「どうしたマルチ?」
「浩之さん。理緒さんの左腕に巻いてあるの何ですか?どうやら腕章の様ですが..」

そう心配そうに言うマルチに従って、浩之も理緒の左腕を見る。そこには黒一色の腕章が付けてあった。葬式先のバイトなのか?
 それとも..まさか...

「理緒ちゃん。その腕章どうしたの?バイトと何か関係があるのかな?」
「あ、ああこれ?やっぱり気が付いた?ほら、わたしの所って貧乏でしょ?コスチュームを用意出来なかったのよね。で、これでブラックを表現してるんだけど...ってどうしたの?急にみんなマジメな顔になっちゃって」
「...理緒ちゃん。そのバイト先って何て言うの?」
「え、来栖川インダストリィって言うんだけど。それがどうかしたの?」

 ジャキーン!
 それを聞いてあかりは御玉を、マルチはデッキブラシを取り出す。そんなものをいつも持ち歩いているのか?という質問はこの際無しだ。
 浩之は警戒心バリバリの表情で理緒に近づいた。

「それで?理緒ちゃんは何をしろと言われたんだい?オレか?それともマルチ?いずれにせよ、倒して来いと言われたんだろ?」
「...な、何で分かったの?」
「わからいでか!理緒ちゃん、そういう事なら容赦はしないぜ?せいぜい存分に戦わせて貰うよ。君の中から思念体が出ていくまでね」
「...そう、仕方ないわね。それじゃわたしも本気で行かせて貰うわ。変身!」

 そう言うと、理緒の頭上に潜れる大きさのリングが現れた。やがてゆっくり降りてくる。それが通過した所から、理緒の着衣が変っていく。

「わっ!」
「きゃ!」
「ほえ〜」

 思わず声が上がる。コスチュームを用意していないと言ってたので、完全に不意を突かれた形だ。まさか琴音ちゃんの時みたいにドキドキなスタイルに?実際、その予想は半分当たりだった。
 黒地一色に、サイドに白の二本線が入ったハイレグ仕様のスクール水着。「2ねん6くみ ひなやまりお」の字が踊るゼッケン。足には使い古しの上履きを素足のまま履いている。帽子は被っていない。そのスタイルには全く似合わない、配達用の新聞紙を入れた専用ショルダーバッグを、肩からたすき掛けにしている。
 典型的な新聞配達少女...な訳が無いが、比較的分かりやすいスタイルと言える。だが、どう見ても中学生にしか見えないその体形が何とも悲しい。いや、喜ぶべきだろうか?

「それにしても寒くねえのか?暖かくなったとは言え、まだ2月だってのによ」

 浩之は素直な感想を口する。それを聞いていないかの様に、理緒は少し顔を赤らめながら、嬉しそうな表情をした。

「どう?これならunziさんがわたしのCGを描く時でも困らないと思って。頭はそのままだし、スクール水着だし。新聞配達姿は元のCGを見れば分かると思うし」
「でもなあ、unziさん、理緒ちゃんシナリオクリアーしてねえって言ってたぜ。もしかすると顔知らなくて、首から下しか書いてくれねえんじゃねえか?誰のCGかはゼッケンから分かるからいいだろうとか言って」

ガーーーン!

 いきなり地面に膝を付く理緒。舞台は急に暗転し、彼女にだけスポットライトが当たる。

「..そうよ。わたしっていつもそう。どうしてこんなに不幸なの?わたしだってToHeartヒロインの一人じゃない。それなのにCGは少ないし、ストーリーも今二つだし、あのシーンなんて『真っ暗でCGが出ません。皆さんの所はどうですか?』って掲示板で質問している人が沢山居たし..でも..でも..そこ!逃げないで!!」

 これまた急に舞台が明るくなり、逃げ出そうとした三人がビクッと足を止めた。

「そう、不幸だからって逃げてちゃイケナイのよ。何事も明るく,前向きに考えなければ明るい人生なんてやって来ないんだわ!」
「理緒ちゃん、その通りさ。もう君は一人じゃないんだ」
「雛山さん。あなたなら大丈夫。これからも立派に乗り切って行けるわよ」
「理緒さん。頑張ってください〜。マルチ応援しています〜」
「ありがとう。みんなありがとう」

 理緒は涙を流しながら、その格好のままペコペコとお礼を言った。三人はパチパチと拍手する。

「てなわけで、オレたちこれから買い物に行かなきゃならねえんだ。それじゃまたな」
「駄目!まだ終わっていないの!」

 理緒のその一言で三人はガックリと肩を落とす。彼女はいきなり路上に座り込み、新聞の山を二つ作りはじめた。何をする気だ?

「これからわたしの必殺技を見せるわね。みんな、覚悟してよ」
「マルチ、あかり、構えろ!オレが正面に立つ。完全に防御だけに徹しろ。自分の身を守る事だけ考えるんだ。いいな?」
「はい!」「はい!」

 いつも通りのフォーメーションを取らせる浩之。どうやら理緒の方も準備が整った様だ。

「それでは...はっ!あたたたたたたたたたたたたたたたたたああ〜!!」
「おおお、こ、これは!」
「ふわ〜!」
「す、凄いです〜!」

 二つあった新聞の山があっという間に織り込まれ、一つの山にまとめられていく。どうやら片方の山は織り込みの新聞と広告の様だ。その手際の良さは熟練の域に達している。
 やがて、新聞は完全に一つの山となった。

「はあ、はあ、はあ、どう?これだけ短時間で、この量の配達用新聞を作る技術を持った人はそうそういないわよ?」
「うーむ確かに。とても女子高生の技とは思えんよな」

ガーーーン!

 またまた舞台が暗転し、スポットが当たる。

「そ、そうよ。女子高生がこんな技持ってるなんて特殊過ぎるんだわ。本当ならわたしだって、大好きな彼の為にセーターを編んだり、そういった女の子らしい技術を習得したいのに。何でわたしだけこんな...ってだから逃げないでってば!!」

 また舞台の明るさが戻った。三人ともいい加減ゲンナリしている。

「まだよ!まだ終わって無いんだから!」
「もういいからさあ。今日はこの辺りでお開きにしようよ。全然話が進まねえじゃねえか」
「次よ。次は本当に必殺技なの。今から見せるから!」
「はいはい、じゃあ期待しているよ」

 理緒は先程まとめた新聞の束をショルダーに持つと、おもむろに一紙をピッっと取り出した。浩之以下三人はボーっとその様子を眺めている。

「新聞ブーメラン!」

 ブンと浩之の目の前を何かが通過した。やがてパラリパラリと前髪が落ちる。ボーっとしていた表情が一気に凍り付いた。
 理緒は、戻って来た新聞をパシッと器用に回収する。

「新聞ブーメラン!」

 今度はマルチを襲った。「ひゃああ!」と情けない声でデッキブラシを繰り出すと「スパーン」と切れのいい音がした。見ると、その先端が鋭利な刃物でスパッと切られた様になっていた。三人は互いに顔を見合わせ、ゾッとした表情を理緒に向ける。

「どう?わたし自身に打撃力は無いけど、こうした飛び道具なら得意中の得意よ。配達で新聞を目的の所に飛ばすのって結構大変なんだから」
「へ、へえそうなんだ。ははは。理緒ちゃんって凄えなぁ。あーてなわけで、それじゃあやっぱりお開きという事でぇ...」
「新聞ブーメラン!」
「ちょっと待てぇ〜!!」

 新聞は今度はあかりを襲った。「キャー」と言いながらも御玉を繰り出す。キーン!かろうじて御玉は新聞の軌道を外す事に成功したが、それが当たった所にはしっかりと深いキズが付いていた。連続でこられたらとても防ぎ切れないだろう。
 クルクルと戻ってきた新聞を回収した理緒は、事も無げに言った。

「藤田君。わたし、家族や生活の為にはどうしても任務を遂行しなければならないの。お願いだから協力して。悪い様にはしないから」
「ジョーダンじゃねえぜ!その前にこっちが切り刻まれちまうじゃねえか。そうした話はお断りだ!」
「協力してくれないのね?仕方ないわ。新聞ブーメ..」
「マルチ!あかり!逃げるぞ!!」

 言ったかと思うと自分の鞄をあかりに押し付けると同時に両方の腕で二人を腰から抱え上げた。「きゃあ」「わあ」とか言いながら、驚いた顔を浩之に向ける。

「じゃな!理緒ちゃん!」
「逃がさないわよ!新聞ブーメラン!」
「ひえええ!お助け〜!」

 必殺技を繰り出そうとする理緒を横目に、浩之はその状態のまま一気に坂を駆けおりた。互いに軽いとは言え、女学生二人を抱えて遁走する浩之のパワーは大したものだ。だが理緒も負けてはいない。同速で走りながら、容赦無く新聞ブーメランを繰り出す。しかし目標が動いているので、狙いがうまく定まらない様だ。
 止まったら終りだ。浩之は本能でその事を感じていた。
 そんな状況の中、マルチとあかりは落ち着いて会話をしていた。

「ねえねえマルチちゃん。これって前にレンタルビデオで一緒に見た『未来少年コナン』みたいだね」
「本当ですね〜。あの時はジムシーさんが抱えられていたんですよねえ」
「ダイス船長だったっけ?その時ラナちゃん腕引かれてて可哀想だったよね。どうせならラナちゃんも抱えてあげればいいのにね」
「あかりさん、ラナさんに何となく似ています〜。わたしはジムシーです〜」
「そんな事無いよ〜。マルチちゃん可愛いからラナちゃん似合ってると思うな〜。私がジムシーね」
「じゃあ、浩之さんはダイス船長ですね〜」
「ふふふ、おヒゲ生やしたら結構似たりしてね〜」
「お、お前たち〜!!つまんね〜話してんじゃねーぞぉ!!」

 そんな遁走の様子を見た通行人は指を差して大笑いしたが、必死の形相で逃げる浩之にとってはどうでも良い事であった。


[ ブラック理緒、頑張る! −後編−] へ続く.....


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