ハイドパークのシマリスくん
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新聞を取って部屋に戻ってくると、リスがどうのという声がした。画面にはハイドパークの芝生の上できょろきょろしているリスが映っていた。リスが喋るわきゃないわな、と僕はひとりごちて、まだ覚め切らない頭を振った。料理のコーナーが始まった。僕も名前を知っている昔のロックバンドのボーカルだった日本の女性が登場した。バンド解散後、英国人と結婚して倫敦に住んでいると聞いていた。画面下のテロップによると、クッキングコーディネーター、という肩書になっていた。あ、と僕は思った。美味しい料理をもっと美味しく食べてもらう仕事だ。元ボーカリストの女性に彼女の笑顔が重なって見えた。今日はインド料理です、と彼女が言って店の紹介を始めた。ピカデリーサーカスから少し奥まったところにあるその店には行ったことがあった。見覚えのあるインド人のおやじが登場した。こにちわ、こにちわ、いらしゃいませ、とたどたどしい日本語で言って元ボーカリストを笑わせた。カレーなのにヨーグルトを入れるんですか、それにトマトジュースも、と画面で元ボーカリストのクッキングコーディネーターが目を丸くしていた。 数日後、エアメールが届いた。見覚えのある優しい宛名書きの文字は、封筒を裏返すまでもなかった。中にはハイドパークのシマリスクンの写真が入っていた。(了) |