ハイドパークのシマリスくん

 ナイツブリッジ駅で降りた彼女はハイドパークの池を目指した。ここには野生のリスがいるんだよ、という声が記憶の中でした。小さな黒い影が目の前を横切った。金髪の奇麗な小さな男の子がそっちを指さして何やら言っている。父親らしい、ベビーカーを押した男性が返事をして笑った。男の子と目が合った。照れたような笑顔を浮かべた彼に、彼女はにっこり笑い掛けた。倫敦に来てはじめて笑った、と自分でもおかしくなってもう一度笑った。カメラを持っていたことを思いだしてレンズを向けると、男の子はますます照れたような顔をして少し困ったふうに父親のほうを見た。父親は笑ってみている。シャッターを切ると、ベビーカーの赤ちゃんが、うー、と英語でうなった。木立の方をみている。さっきのリスが、そろそろそろ、と木の上から降りてきた。静かにね、と仕草で合図して、彼女はカメラを構えてシャッターを切った。男の子を見ると、やったね、という顔で答えてくれた。








 エクスキューズミー、と後ろから声を掛けられた。振り向くと、背の高い英国人がマイクを構えていた。今朝は何を食べましたか? これからどこへ行くのですか? などと立て続けに英語で質問を受けて、彼女は必死に答えた。質問の中身は全部聞き取れたし、それなりに答えられた。これからの英語生活を一瞬のうちに想像したりして頭の中がぐるぐる回っていた。イギリスのテレビに出たんだ、彼に会ったら真っ先に報告しなくちゃ、と思った矢先に、それでは日本の皆さんに一言、と流暢な日本語で英国人が笑い掛けた。は? と目を丸くすると英国人は彼女のよく知っている日本のテレビ局の名前を言った。忘れかけていた彼の顔が浮かんだ。結局これしか撮れなかったんだよ。そう言って彼はピンボケの写真を見せてくれた。彼女はカメラに向かって少しどきどきしながら、リスの写真撮れたよ、と言った。






















 シャワーから出てくると、日本語の達者な白人のレポーターが登場したところだった。日本人観光客をつかまえてインタビューするコーナーのようだ。倫敦にまで行ってこんなことやってるとは、いかにもヴァラエティ好きな局らしいや、と思った。


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