ハイドパークのシマリスくん

 ユーストン駅とは方向が違ったが、彼女はレスタースクエア駅でピカデリーラインに乗り換えた。初めての不安というのは無かった。昨日ビクトリア駅近くのホテルから婚約者の勤めるレストランに電話をした時には、まだ子供のようにどきどきしていたのに、今は不思議なほど落ちついていた。地下鉄や木で出来たエスカレーターや彼女の好きなアーティストのポスターの貼られた地下道や街角の果物屋の屋台やそういう至るところに懐かしい彼の空気があった。卒業式が近付いた学食で話してくれた街の風景は、今でも変ってなかったよ。だからもう少しゆっくりして行こうと思うの。ここはゆっくり出来るから、これからの生活もきっと大丈夫だよ。AtoZをバッグに閉まったとき、つむじ風を起こして地下鉄が滑り込んできた。



















 窓が群青色に染まった。眠い目を擦って、僕はテレビをつけた。静かな部屋に、キン、とテレビをつけた時の音がした。放送開始のCGに続いて番組が始まった。おかしな扮装の日本人がなにやらおどけてみせている。カメラが引くと懐かしい風景が広がった。ここはハイドパークです、とその日本人が言った。どうやら倫敦からのレポート番組らしい。ケンジントンガーデンのピーターパンの像のことを話している。探しに行ったことを思いだした。現地に何年も住んでいるという奇妙なキャラクターのキャスターは初めてみる顔だった。しばらくぼおっと画面を眺めていたが渇いた笑いの連続に少し飽きてきた僕は眠気を覚ますためにシャワーを浴びることにした。


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