2013.02.20

     カレル・ウォルフレンの「日本/権力構造の謎」に電通が採りあげられていて、ちょっと認識を新たにしたので、フタバ図書で苫米地英人の「洗脳広告代理店・電通」(サイゾー)を見つけて読んで、これはまあちょっとアジテーションが過ぎる感じであったので、もうちょっと体系的な本ということで、岡田尊司の「マインド・コントロール」(文芸春秋)を見つけて読んだ。

      第1章は9.11やオーム真理教を例に出したテロにおける洗脳である。ここでは、手法として「トンネル」が説明されている。つまり、外部との接触を断ち切って閉じた人間関係の中で過ごすことが必須ということである。ヒトは集団で生きることに適応しているから、仲間はずれにされることが最も怖いのである。一旦特殊な任務を与えられた集団に入ってしまうと抜け出すことは容易でなく、死さえも厭わなくなる。太平洋戦争における多くの日本人がそうであったように。そういえば先日NHKBSで戦争終結の決断にラジオが果たした役割についての番組があった。親日派のアメリカ人と英語に堪能な日本人諜報員が短波ラジオを介して私的な終戦交渉をしていて、それを耳にした情報担当大臣が天皇に玉音放送を持ちかけたのである。日本人全体が洗脳された状況においてはそれ以外に戦争終結させる方法は無かった。しかし、それさえも、陸軍若手のクーデターによって録音盤が奪われる寸前であった。それにしても、アメリカの放送や電通に支配された日本の民放の絶望的な状況の中でNHKは貴重な役割を果たしていると思う。第2章と第3章は心理学である。騙されやすい性格(依存性が高いとか、、)、騙す側(グル)の特性(歪んだ自己愛とか、、)。

      第4章:無意識を操作する技術、からが本論という感じだろう。ローマ時代にカエサルを暗殺したブルータスも洗脳されていた。シェークスピアの戯曲はそのような例に満ちている。つまり、人の心の中に隠れている悪意を唆す、ということである。一方、マキュアベリは君主にとって振りをすることの重要性を説いたし、恐怖による支配の重要性も説いた。人の心を傾けるには、直接命令すると反発するから、暗示によって仄めかすことが効果的である、ということも昔から良く知られている。

      西洋では18世紀に新しい手法、催眠技術が発見された。メスメルは催眠中の暗示によって多くの女性を病から救ったが、器質性の病気には効果がなかったので、最終的には身を滅ぼした。しかし、19世紀には、シャルコーやその弟子ジャネによって心因性の疾患に応用されて成果を挙げた。催眠中に記憶の中に入り込み改変できることを示した。ナンシーではベルメールという内科医も催眠術を心身症に対して効果的に適用した。その弟子、クーエは催眠ではなく、暗示によって患者の気分を改善して治癒させる、という方法を採って成功した。これは今日まで繋がる自己暗示療法である。フロイトは催眠による治癒が一過性であることを問題視して、むしろその人自身の無意識下の自己の意識化によって問題を対象化する、という方法を採った。お互いに横に向き合って、時間をかけて患者に語らせて、患者自らに問題を発見させる方法である。今日でもカウンセリングの基本である。そこにはどうしても医師の誘導や解釈が入り込んでしまう点で限界があったが、それよりも実際的な問題は、患者が医師に依存してしまう、という事であった。患者にとって重要であった人物が医師に「転移」されてしまうし、しばしば医師自身も巻き込まれて患者に対して個人的な関係に陥ってしまう(「逆転移」)。ユングはしばしばそのような状況に陥って、患者と性的関係を持ったということである。逆に言えば、これはカルト宗教における現象と同じことである。人間はそれほど自律的な存在ではないので、治療と悪用は紙一重になってしまう。

      いずれにしても、催眠は治療目的には用いられなくなってしまったが、犯罪にはしばしば使われてきた。1951年にコペンハーゲンで銀行強盗殺人事件が起きて、犯人のあまりに稚拙なやり方と奇妙な動機(第3次世界大戦に備えるため)に捜査当局が疑問を抱き、マインド・コントロールを受けていたことが判明した。ナチスに加担させられていた罪で投獄されていた犯人は、牢獄で出あった男の「東洋思想」に感銘し、更に催眠術をかけられた。その秘密を解くためには医師が催眠をかけるしかないのだが、他の人に催眠をかけられそうになると拒絶する、という風に男によって「」をかけられていたために、催眠が困難であった。医師は已む無く強力な抗不安薬を使用して打ち破ることに成功した。男によって植え付けられたものは、男は「守護天使」の代弁者Xであり、Xについては誰にも喋らないことにさせられ、更に、家族を捨てなければならない、とか、結婚の相手も決められ、給与は全て男に差し出さねばならなかった。その妻もついには差し出すようになり、最終的には犯罪まで行わせたのであり、この事件は銀行強盗の2件目であった。裁判でこのことが認められるのは大変であった。そのために医師は、催眠による行為を法廷で実験して見せなくてはならなかった。催眠によって、その後の行動が長期に亘って支配され、しかも、本人が持っている道徳律や信条に反する行為も平然を行うようになる、というのは専門家にとっても衝撃的であった。

      この事件は、CIAを始めとする諜報機関の注目を集め、それまで提案はされていたもののの荒唐無稽として捨てられていたアイデア(工作員を暗示にかけて更に鍵をかけることで本人自身にも意識される事なく諜報活動をさせる)を検討することになった。CIAのブルーバード計画の責任者モース・アレンは様々な実験を行った。その中で催眠中においては人が驚くほどの記憶力を発揮することも発見した。更に、催眠中であっても、普通と変わらない行動をする人も居る。ただ、実際には使われなかったようである。

      他方、再度催眠を治療に使った医師が有名なミルトン・エリクソンである。彼は潜在意識にアプローチする様々な手法を開発した。「ダブルバインド」、という手法は、何かをやらせたいときに、やるかやらないか、ではなくて、やることを前提とした選択肢を質問する、ということである。相手はやることを問題として意識しないが、無意識にやることが前提とされるので、そこに誘導されてしまうのである。車を買わせるときに、ボディーの色はどうするか、と訊く、とか。勉強させたければ、国語と算数のどちらから始めるか?とか。言外の意味(implication)に対して人の心は抵抗しないのである。今勉強すれば東大に合格できるかもしれないな、とか、可能性を匂わせる表現も有効である。「イエス・セット」というのは、相手にイエスと言わせるような質問形式を使うことである。彼と別れたいと思っていますか?ではなくて、彼と別れたいとは思っていませんよね?と質問する。相手の抵抗を利用する方法もある。話をしたくない、と言えば、君は意思がしっかりしているねえ。昔からそうだった?と返す。相手の抵抗を否定的に捉えず、敬意を払って巧みに視点をずらすということである。

      第5章:マインド・コントロールと行動心理学、では言語を介した無意識へのアプローチではなく、行動に直接働きかける方法が説明されている。その起源はパブロフである。彼の発見した古典的条件付けは、革命後の国民の意識改革の必要性を痛感していたレーニンに感銘を与えた。通常の生理的な刺激(餌)−反応(唾液)が起きているときに、同時に別の刺激(等価刺激、ベル)を与えるようにしておくと、やがてその別の刺激(ベル)に反応する(唾液)ようになる。いわば連合学習効果である。しかし、この「等価的段階」の先には「逆説的段階」がある。刺激と等価刺激の同時性を崩してやると、次第に被験者(犬)は混乱に陥る。過剰に反応したり、反応しなかったりする。不安に陥り、極めて誘導されやすくなるのである。気紛れで支配的な人物が依存的な人物を支配する典型的なパターンである。更に、1924年レニングラードで大洪水が起きて実験用動物が溺れた時に、パブロフは動物が折角覚えた等価刺激を忘れていることに気付き、これを「超逆説的段階」とした。生存に関わるような心的外傷経験によって心がリセットされてしまう。洗脳の手法として、しばしば過酷な生存条件が課せられるのはこの発見に由来している。同様なことは宗教体験でも見られるし、修行−解脱はその典型である。

      パブロフの研究がアメリカに伝えられて行動主義心理学が生まれた。スキナーはオペラント条件付け(目的の反応・行動には褒美を与え、それ以外には罰を与える)によって、いかなる性格も作れると豪語した。もともと、それは生物が環境に適応するための方法であるから、どんな生物にも使えるのである。スキナーは子供の嗜好すら変えて見せた。アメリカの一部の刑務所や精神病院では盛んに応用されたが、罰の手段がエスカレートしていって人権侵害とされたために、次第に廃れた。

      ソ連のスターリン体制下において、洗脳が日常的に行われていたことが判ったのは1950年頃である。1948年にハンガリーのカトリック枢機卿の秘書が誘拐されて5週間後帰ってきた時、明らかに様子がおかしかった。彼は警官を教会の地下に案内して、秘密書類を押収させ、枢機卿は国家反逆罪で逮捕されることになった。更に5週間後裁判における枢機卿も様子がおかしく、ありもしない罪を自白した。1953年には朝鮮戦争で捕虜となったアメリカ兵が帰国後に別人になってしまい、中国や共産主義を賞賛し、アメリカを非難する広報活動を行った。中にはアメリカが細菌兵器を使っていると言い出したパイロットも居て大問題となった。CIAの秘密調査が行われて報告書は後に公開された。

      洗脳の方法は下記のようなものであった。まず、4〜6週間の間監禁して全くの孤立状態に置く。自然光は無く、食事時間や無意味な日課の時間も不規則にされる。時間感覚や現実感覚が混乱し、不安や恐怖が起きてくる。次の段階は、「過ち」や「罪状」を訊ねるが、答えは教えられない。内容に自己弁護や嘘があると罰を与えられる。そうすると何が真実であるかはどうでもよくなり、相手の気に入る内容の「告白」を必死で探すようになる。かっての自分の信条や尊厳も忘れる。こういったプロセスは無意識であるために、本人は自分を欺いているという意識すらもたない。同様な内容はリフトンの著作「思想改造と全体主義の心理学」として1961年に出版された。1954〜55年に中国で捉われた25人の欧米人と15人の中国人との面接調査に基づく。

・思想改造の第1の要素は「環境コントロール」で、思想改造に関係のない一切の情報を遮断し、内面的な思考にまで関与し、唯一絶対の政治的ドグマ以外は全て否定される。
・第2の要素は神秘的操作と呼ばれ、党やその指導者を神のような存在として崇めるものである。神秘性は高い目的を成し遂げる「使命」に仕えているという信念である。
・第3の要素は純粋さである。全体主義においては絶対的な善と絶対的な悪しかなく、不純であることが恥である。
・第4は告白熱であり、競うように自己の罪を告白することで連帯感を強める。
・第5は聖なる科学としての理念である。理念は神聖であるがそれ以外は厳密な科学性を要求される。
・第6は教条主義的な決まり文句の使用である。自由な言語や概念の使用が禁止される。
・第7は理念が個人よりも優位となることである。
・第8の要素は生存の免除である。理念に一致した完全に善なる存在だけが生存を許される。執行猶予とはその猶予期間の間に完全な善を達成しないと死刑になる、という意味で使われる。

これらの要素はカルト教団においてそのまま使われているし、連合赤軍事件においても見られた。

      これらの調査に基づいてCIAは1950年に洗脳技術の開発、ブルーバード計画、1953年にMKウルトラ計画を実行した。カナダのマギール大学にCIAが資金を出して、基礎的研究を支援した。その教授、ドナルド・W・ヘブはパブロフに並ぶ貢献をした。彼は、仔犬を一定期間孤立させると異常になることを発見した。匂いを嗅ごうとして炎に鼻を突っ込んだのである。CIAの資金を得て、彼はチャンバーと呼ばれる防音カプセルを多数作り、日給を払って雇った被験者を閉じ込めたのである。24時間以上チャンバーに居る事の出来た者は半数に過ぎなかった。彼等は帰宅途中に車をぶっつけたり、トイレの位置が判らなくなったりした。纏まった思考が損なわれ、幻覚が現れた。しかし、これだけでは役に立たない。それに引き続いて超常現象に関する録音を流したところ、彼等はそれを信じて図書館で調べたり、実際に幽霊を見るようになった。3年で終わった後、ジャック・ヴァーノンが引継ぎ、キリスト教やイスラム教への改宗を実験して見せた。人間の脳が正常に機能するためには、適度な量の情報が必要であり、それが不足してくると、脳はどんな情報でも吸収して自らの信念すら変えるのである。逆に情報が過多となっても、脳は正常な判断力を失い、受動的になってしまう。

      過去の忌まわしい記憶を消し去る方法は、催眠による方法から、精神分析(カウンセリング)へと発展したが、それらは多大な努力を要する。カナダの精神科医ヨーアン・キャメロンは物理的な方法を探索した。患者の脳に電気痙攣を与えて記憶をリセットするのである。麻酔をかけて癲癇閾値よりも低電圧で行えば不快感は無くなるが、麻酔をかけないで行えば、火に包まれたような激しい苦痛と恐怖を味わう。これは後に痕跡を残さない拷問としても使われた。記憶を消し去る作用も持つから、なおさら好都合であった。キャメロンは消し去った記憶の替りに新たな記憶を埋め込む方法を模索し、マックス・シェローバーによって開発された睡眠学習装置に着目した。効果的に記憶を埋め込むには患者を受動的にする必要があり、LSDなどの薬物を使った。埋め込みは最初は自己否定の言葉であり、次の段階が自己肯定の言葉である。2年間で100例以上の「治療」を行った。しかし、副作用もあって、やがて患者から訴訟を起こされて一旦研究が出来なくなった後、本人は知らなかったらしいが、CIAの資金が提供されるようになって研究が続けられた。ロンドンのウィリアム・サーガントも同様な研究を行い、彼は患者をほぼ一日中眠らせておいてその間に通電を行った。効果は上ったが、副作用もあった。眠ったままにしておくと血栓が血流で運ばれて、肺塞栓や脳梗塞を起こしたのである。また記憶障害もかなり残った。

      冷戦が次第に融和へと変化して、1964年にはMKウルトラ計画は終わり、その後継計画も予算規模が縮小された。1972年のウォーターゲート事件を切っ掛けにCIAの活動に批判の目が向けられ始めて、洗脳技術についての文書が破棄されたが、残った文書が1975年に公開されて、政府によるマインド・コントロールの研究が終わった。その舞台は民間での応用に移る。サブリミナル効果(知覚できないほど短い時間の映像による無意識への介入)の発見と実用化が進んだ。ジェームズ・マクドナルド・ヴィカリという市場コンサルタントが公開実験を行い、ポップコーンの売り上げを伸ばしたのである。その後これは規制の対象となるが、もっと穏やかな暗示による方法は現在の広告における基本技術となっている。

      サブリミナル効果のような方法は国家間で使うことは不可能(他国のテレビにはなかなか介入できない)であり、またインターネットは国家権力ではなかなか制御できなくなっている。そこで、ブッシュ政権が立ち上げたのがHAARP(High Frequency Active Aurroral Research Program)である。電磁場により地球上の一定の地域の人々の精神活動や行動に影響を及ぼすということである。ヴェトナム戦争において、ヴェトナム軍が捕虜への訊問で用いていたLIDA(電磁波により脳波を同期させる装置)を押収したのが契機であった。医療においてもそれは応用されていて、経頭蓋磁気刺激法(TMS)と呼ばれている。ホセ・デルガードは脳に埋め込むチップを開発し、パーキンソン病で実際に使われている。ドーパミンの分泌量を調節できるという。彼はチップを埋め込むことなしに脳を制御する方法として、電磁パルスを使うようになり、CIAに注目されたのである。

      第6章:マインド・コントロールの原理と応用、は要点の纏めになっている。

第1原理:情報入力を制限する、または過剰にする。
第2原理:脳を慢性的疲労状態に置き、考える余力を奪う。
第3原理:確信をもって救済や不朽の意味を約束する。
第4原理:人は自分を認めてくれた存在を裏切れない。
第5原理:自己判断を許さず、依存状態に置き続ける。

      第7章:マインド・コントロールを解く技術、は著者の仕事の話になる。

      初期には、マインド・コントロールからの「脱洗脳」が中心だった。日米において1970年代、学生運動が下火になると、新左翼に替ってカルト教団が活発になり、アメリカでは、デ・プログラマーという脱洗脳の職業が登場した。対象者をまずは強制的に奪還して閉じ込める。当然ここには法的問題が発生するが、それはともかく、その中でデ・プログラマーは徹底的にカルト教団の罪状を暴き立てる。これは一気にやらないと、逆効果になる。カルト教団側でも、対抗策として、デ・プログラマーを無視する方法を教え込むようになるが、論戦を仕掛けて相手を乗らせるようにする。北朝鮮から一時帰国した蓮池薫さんの場合は、兄の説得が一晩中続いて、ついに洗脳が解けた。脱洗脳といってもやっていることは洗脳と同じことであるから、これは社会的価値観の問題という見方も出来る。親達の関心がやや薄れてくると、むしろデ・プログラマーが基本的人権を無視している、という目で見られるようになった。救済が法的に認められるのは、自傷他害行為やその危険、違法行為やその危険、本人の基本的人権侵害、未成年者や児童の場合、精神障害により保護が必要な場合、である。本人の自由意志を尊重すべきである、という事が強調されるようになって、「脱会カウンセリング」が盛んになってきた。これは脱洗脳のような対決的なやり方とは逆に、共感的で中立的な姿勢で本人と面談し、事実を語らせて自らに気付くように誘導する、ということである。この段階で、患者には相反的な気持で不安を覚えるようになるから、重要なことは、それを言葉にして口に出させる、ということである。そうすることで客観的な立場に立つことができるからである。カルト教団に引かれる根底には、愛情や繋がりを求める気持(社会性)と自分の存在や価値を認めて欲しいという気持(自己実現性)がある。そこで鍵になるのは一つは家族の関わり方ということになる。気持の行き先がない限り、カルト教団に戻ってしまうからである。また、社会の中で生きていく自信を与えるようなアドバイスが有効である。

      結局のところ、マインド・コントロールというのは人が社会的適応をして生きていくことそのものとも言える。学習や適応というのはそういうことなのであるし、人生において有用な方法ともなりうる。ただ、問題とされる場合は、その社会的環境が極端に多様性に乏しいか、あるいは他者によって意図的に整えられている、ということである。むしろ、そういうことが無いかどうか、身の回りを点検してみるべきであろうし、その疑いがあれば用心すべきである。それと、とりわけ近隣諸国との関係で言えば、草の根レベルでの人的交流がもっとも効果的なのである。

  <一つ前へ> <目次へ> <次へ>