2013.10.06

     午後からエリザベト音大でウルフ=ディーター・シャーフ公開レッスンがあったので聴講してきた。去年は会誌を見逃して公開レッスンを聴講できなかったが、「中国フルート友の会」が毎年開催している。講師はベルリン放送交響楽団の主席フルート奏者である。大代先生が来日の機会にと声をかけられたそうであるし、以前にも講師として呼ばれたそうである。通訳の細身の女性はお弟子さんらしいが、彼女も昔からの知り合いらしい。そういうことなのか、特に紹介も挨拶も無しに始まった。

      最初は初めて聴く随分難しい曲で、ロドリーゴ作曲「パストラールコンチェルト」より第3楽章である。佐藤未夢さんが演奏したが、随分勢いのある演奏で、確かに音符は正確に追っているのだが、曲想が伝わってこない。指が大きく跳ね上っているのが気になった。僕はフルートを始めた頃に自分で直したのだが、いろいろな演奏家を見ていると結構跳ね上っている人も多いので、そんなものかなあ、と思っていた。それが最初の指摘だった。指使いをこなしているのではあるが、キーを叩く音が聞こえてしまって音楽的表現を阻害しているということである。本人の弁では、勿論いろいろな先生から指摘はされていたのだが直らないので諦めているということである。鏡を見せて根気良く指導していた。ともかく、指先に力を入れないことが重要で、紙を4本の指で押さえていても紙がすっと抜けるくらいでないといけない。

      もう一つの指摘が姿勢と息の吐き方である。下腹でしっかり支えないと音が硬くなってしまう。下腹に息を入れてそこに座るような感覚と音が高くなるにつれてその重心を上げていく感覚を覚えること。お腹に手を当てて見るとその動きがよく判る。もっとも自分では出来ないので先生に触ってもらったり先生のお腹を触って確認する。下腹に重心を置く練習にはオクターブ練習が良くて、ちょうど曲の冒頭にそれが出てくる。低い音をしっかり出して高い音は力を抜いて自然に出てしまう感じである。その最後の時に息を歌口から少し反らして、更にフルート自身を外側にちょっと廻す。これをゆっくりと何回も繰り返すことで身体に覚えこませる。同じ音でもcrescendo、decrescendoも同様である。確かに音が随分良くなって、最初の難しいオクターブの高音が軽くなった。この曲はダンスなので、身体を揺するようなリズムを感じさせなくてはならない。その為には一生懸命指使いをこなしているようでは無理なのであって、力を抜いて軽やかに演奏しなくてはならない。その為には下腹に充分力を貯めてその反動を利用して吹くことが必要である。他、高音Hの換え指として、左4を押さえないというのも出てきた。ということで、殆ど曲の解釈には進まずに一時間が終わった。

      次は、バッハの「無伴奏パルティータ イ短調 BWV1013」である。これは一昨年の有田正広さんの時 も採りあげられたが、曲の解釈の講義になってしまった。今回はエリザベト音大4年生の藤井佳奈子さんである。一応吹けていたが一本調子でどういう曲なのかがよく判らない演奏であったし、ブレスが多いのも目立った。そこがやはり最初の指摘であった。今度は息の吸い方である。まずは姿勢。顎を突き出すような癖は止めて重心を後ろ気味にして反り返る感覚が良い。やはり鏡が先生である。息の吸い方の要点は息を充分吐ききって下腹を緊張させておいて、一気にその緊張を解く、ということである。このとき喉をリラックスさせていれば自然に大量の空気が吸い込まれる。丁度弓の弦を引いて離すことで弓が自然に飛んでいくのと同じである。決して積極的に息を吸いに行ってはならない。ペーター=ルーカス・グラーフの「チェックアップ」という本にも書いてある。練習としては、息をゆっくり吐ききって3秒間止めて下腹の緊張を自覚した後それを一気に解放して空気の流入を感じる、というのが良い。速くやろうとすると癖がでてしまうから、意識的にゆっくりやって身体に覚えこませる。

      さて、次が解釈であるが、バッハの解釈は演奏家によってさまざまであり、特定の解釈を教え込むことは必ずしも良いとは限らないから、彼としては最低限これだけは確かだということを教えている。それは和声の進展である。この曲についてはリズムが単調であり、ブレスの場所すらなく、もともとは弦楽器の為の曲ではなかったかと思われる。したがってそのまま演奏したのでは聴衆には曲想が伝わりにくい。曲想を捉える為には和声の分析が不可欠である。最初の方は単にAminorである。それが一区切り毎に変化していく。その移り変わりは大部分が自然なのであるが、ところどころに不協和音が入って驚かせる。これに驚くかどうかが、まずは問題である。演奏者がわかっていないと聴衆にはまず伝わらない。判っていても判らせるような変化をつけなくては伝わらない。その手段はさまざまであり、演奏者の好みに依存する。強弱の変化をつけるとか、ブレスを入れて遅れた音を聴衆に意識させるか、ともかくいろいろある。それと、バッハの特徴として、同じ音形が高さを少しづつ変えながら繰り返される、という部分がある。このようなときに、crescendoやdecrescendoを使えば判りやすくなる。

      3曲目はコンクールなどで良く使われるタファネル作曲「魔弾の射手による幻想曲」である。錦織由佳さんはきちんと吹ききっていて感心した。今度は最初に解釈の話に入った。この曲はワーグナーのオペラから採ったのだが、作曲者はフルートの名人であり、その名人芸を大げさに見せるように書いている。最初のところは恐怖の感情と叫びであるから、そういう感じがでなければならない。ここで再びオクターブの上昇音形が出てきて、下腹から理論の再演となった。特に上がりきった高音であるが、すっと抜けなくてはならない。diminuendoである。これはお腹に重心を置いてそれを上げていく感覚の応用である。ただ、息の向きを少しづつ反らして、最後はフルートを少し外に廻さないと、音程が下がる。弱音は息の速度が遅くなるのではなく、速くなるのである。速くなると音量が上がるが、それを避けるために、息を吹き込む量を減らすのである。変奏の中に宗教的な祈りの部分があって、このときにはビブラートをかけず、静謐さを意識しなくてはならない。やはり本当に祈る気持ちで吹かなくてはうまくいかない。曲中にはスタッカートによる大きな音程の跳躍が長く続いて難しいところが多いが、スタッカートの時にビブラートをかけてしまう、というのが彼女の癖である。これの矯正にはゆっくりと根気良く舌を使わないスタッカートの練習をするしかない。そして出てきた音を良く聴くことである。音がすっと抜けて気持ちよく消える感覚。とにかく、タンギングに頼ると表現が平板になってしまう。スタッカートの時には下腹がそれに合わせて振動している筈である。これを自覚すること。とか、いろいろやっていって結構よくなってきた。もっとも伴奏のピアノの方も相当な指導を受けていた。なかなか魅力的な曲である。僕には演奏は無理であるが、いろいろと聴いてみたくなった。

      終わってから質問のコーナーで一人がドイツ語で質問して答えを翻訳して教えてくれた。そういえば受講者の半分以上は広島近辺のフルート講師や音大の学生である。レッスンの内容そのものよりも、彼の教え方を見ているのである。質問は、「生徒が緊張してしまって満足に音も出せないような場合にどうすればよいか?」ということで、これには丁寧に時間をかけて答えてくれた。緊張を解くことは生徒自身の問題であるから、先生としてはそれを手助けすることしかできない。ソファーにゆたっと座って肘をついてフルートを吹いてもらう(肩の力を抜く)とか、歩きながら吹いてもらう(呼吸を意識する)とか、いろんな話をしてくれた。生徒としても自分のよいところを出そうと頑張らずに先生を信頼してありのままを見せるような気持ちで望んで欲しいということであった。

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