2022.02.10
・・・2020年コンサートツアーのドキュメントDVDを再度観たが、やはり『誕生』がハイライトだなあ、と思う。そういえば、この曲は夜会vol.6『シャングリラ』で使われた曲であった。昔 DVDで観た時は物語の方については何となく釈然としなかったので、再見しつつ、シナリオ本(角川書店)を読んでみた。写真が沢山入っている。女としての中島みゆきを全面に出しているような感じがする。シナリオの他に、舞台作りとビデオ用海外ロケの苦労話、中島みゆきによるこぼれ話も面白い。

・・・シナリオ最初の方は荒れた生活をしている女をいろんな曲で表現している。女の想いが書いてあるので、仕草の意味が判るのだが、舞台映像からはそこまでは伝わらない。最後の『南三条』が印象的である。そこから、地下鉄のホームで新聞で職探しをしている女(メイ)の場面に入る。見つけたのは彼女の母を騙して英国人の「館」の女主人に収まった憎き女(メイリン)であった。そこで彼女は復讐を胸に秘めて館の住み込み女中(ローズと名乗る)になるのである。貧民街の路地に座り込んで歌う『友情』が印象的。DVDで観た時はよく判らなかったのだが、彼女の戦略は、中国風の家具や食器や服装によって、館の女主人に昔のこと、つまり香港の貧民街やそこで苦しんでいた自分や友達である母を思い出させる、ということであった。

・・・思惑通り彼女は心臓発作を起こすが一命をとりとめる。看護婦がやってくる頃には中国風の家具類は片付けられているが、少し残っている。女中部屋に帰ったメイは赤ん坊の頃の感覚を思いだして、『誕生』を歌って、買い物に出かける。メイ(ローズ)は自分の母の写真を残していて、それを見たメイリンはローズが自分の娘メイであることに気づく。彼女は自分を恨んでいるということにも気づく。メイの母は実はメイリンであって、メイリンの友達が館に呼ばれたのは主人の奥様になるのではなく、香港における妾として呼ばれていることを知り、自らがその代役となり、メイをその友達に預けたのであった。その後、館から彼女に養育費を送っている。『生きていくお前』という歌の中でしか説明されないこの辺の成り行きについてはやはり不自然さが残る。(そもそも代役がバレなかったのだろうか?)メイリンは実の娘メイを想って『誕生』を歌う。もっとも、メイはそれを聞いていない。買い物から帰ってくる前にメイリンは亡くなってしまうのである。2つの『誕生』はそれぞれの意味を持ちつつ交わることがないまま終わる。あたかも、言葉の多義性そのものを表現したかったかのようである。

・・・メイリンもメイも中島みゆきが演じているが、歌うときに他方が必要な場合には看護婦役の香坂千晶が演じている。香坂千晶はこの夜会でオーディションを受けて採用された。演技はもちろんであるが、体型が中島みゆきに似ていて胸が小さくてお尻が大きいから、代役に都合が良い、というのも理由だったらしい。最後の処で、メイリンが『誕生』を歌いながら倒れて、メイが買い物から戻ってくる。いつのまに入れ替わったのだろうと思ったが、メイリンが戸棚の後ろを通過したときに、顔を白髪で隠した香坂千晶と入れ替わり、中島みゆきはメイリンの歌を歌いながらメイに着替えて再登場したのであろう。『生きていくお前』という歌は更に着替えた中島みゆきが最後に再演している。劇中の歌ではこのややこしい話は判りにくいから、再演したのではないか?とも思ったが、シナリオを見ると、これは館に来るときのメイリンの服装(黒い花嫁衣裳)ということである。

<目次へ>
       <一つ前へ>    <次へ>