2021.04.04
 『新型コロナウイルス感染症への対応』 (原田博夫)の引用文献の中に、小林慶一郎、奴田原健吾『感染症拡大モデルにおける行動制限政策と検査隔離政策の比較』キャノングローバル戦略研究所、ワーキングペーパー(20-0051)2020.08.20、があったので探し出して読んでみた。SEIR モデルがベースになっていて、検査隔離、入院、死亡が取り入れられている。また経済活動として Solow モデルというのが取り入れられている。これは初耳だったので、まずまとめておく。

● Solow モデル

・・集計生産関数 Y(t)=A(t)K(t)^α N(t)^(1-α)

A は全要素生産性で成長率 γA=0.005 で成長する・・A(t)=A(t-1) (1-γA)^(1/360)
K は資本投入量、N は労働投入量、α=0.36 は資本のコストシェア(これは?)。
感染に関わるのは N(t) のみである。つまり、感染は労働人口の減少を介して経済活動に影響を与える。

・・N(t)=λ(Pop(t)-H(t)) :

つまり、全人口Pop から 入院者数 H を差し引いて、労働比率 λ=0.545 を掛ける。
他、消費 C(t) は生産から貯蓄を差し引く。貯蓄率 γK=0.21。
資本ストック K(t) も資本減耗率 δ=0.035 による減少分と貯蓄によって時間変化する。

● 感染モデル
・・・感染モデルの方は一般的な区画モデルである。記号は
・S:未感染者、I:有症状感染者、X:無症状感染者、H:入院患者、R:回復者、D:死者。
・・・I=ξ(I+X) で ξ=1/8。これは随分と小さい。。。

これらの区画間の推移は全て速度論的に扱っている。
区画構成員数の変化速度(rate) が一つ前(あるいは現在)の時刻での状態だけに依存する(その時刻での量に比例する)ので解きやすくなるからである。
(しかし、これは大きな近似である。)
その係数は、
・感染率 β は基本再生産数が 2.3となるように設定。(I と X に区別無し)。
・感染能獲得率 σI=1/5.2 (待機期間=5.2日)
・脱感染能率 γI=1/2.3 (感染可能期間=2.3日)
(槇注)論文では待機期間の処が潜伏期間と書かれてあるが、これは感染能力獲得までの期間であるので潜伏期間よりも2~3日短い筈である。しかし、このモデルでは感染能力の分布が、平均すると、発症日に始まる減衰指数関数になるので、結果的にはそれほど実態とかけ離れてはいない。

・有症状者の入院率 γH=1/7
・入院者の治癒率 δH=1/17.5
・入院者の死亡率 μ(t)=μ~ +bμ(H(t-1)/Pop(t-1))^2
    つまり、死亡率は入院患者数の自乗に比例する(治療環境悪化を想定している)。
これらのパラメータは中国でのデータと先行研究(Holetemoeller)を参考にしているようである。

● 感染対策
感染対策として、行動制限と検査隔離を導入する。
行動制限 ν(t) はその割合だけ活動自粛するということで、β が (1-ν)^2 倍になる。
また、労働人口 N(t) が (1-ν) 倍になる。
検査隔離についても、検査率 θ(t) によって導入する(S(E)IQRモデルでの q に相当する)。
感染可能となった感染者 I(t)、X(t) はそれぞれ 検査率 θ(t) で検査されて、検査済みの区画 I~、X~ に移動する。
検査済みの感染者は隔離される。それらの和を U(t) とする。脱感染能率 も γI ではなく、γU とする。
(槇注)γU と書いてあるがそのパラメータ値が書いていないので、おそらく同じなのだろうと思う。
経済効果への影響としては、労働人口の減少であるから、それを式で書き直す。

・・N(t)=λ(1-ν)(Pop(t)-H(t)-U(t))

・・・(槇注)Holtemoeller の論文は読んでいないのではっきりとは言えないが、おそらく殆ど中身は同じだろうと思う。しかし、序文の記述によると、Holtemoeller は経済厚生を最大化する政策として、行動制限と検査隔離の併用が最適であることを見出したのだが、総死者数が増大してしまうらしい。この経済厚生というのは経済損失とは違うようで、消費者効用を考慮したものらしい。今回の論文ではそのような経済厚生を考えることなく、経済損失と総死者数上限を考慮するだけで、行動制限と検査隔離の併用が最適であることを見出している。行動制限のやり方についてもいろいろと計算して最適なやり方を提案している。ただ、結果そのものはあまり丁寧に説明していない。そもそもそれぞれのパラメータが現実とどう対応しているのかが、良く判らない。仮想的なモデルの範囲内で定性的な結論を出しているだけで、わざわざ計算しなくても判っていることではないか、という気もする。さすがに検査率 θ については 0~1 の範囲では非現実的ということなので、上限を 0.1 とした計算も行っているようであるが、これは観測される発症日のデータから見積もることが可能である。(神奈川・埼玉・千葉において、2020年3月10日~6月3日では 0.039/日、6月4日~7月13日では 0.0795/日 と見積もることが出来る。)

・もう一つ感じたことは、ここでは社会成員の自発的判断を考慮に入れていないことである。政策なのだから当然ということで良いのであろうか?例えば検査の効用は感染者の隔離によって感染拡大を抑えたり、重症者数を減らしたりする、というところだけにあるのではない。検査データの公表によって社会成員は感染の危険性を感じ取って行動抑制を行うであろうし、保健所の担当者は感染者の接触歴を調査してクラスターを発見するだろう。このような効果の評価は難しいのだが、実際上はもっとも重要な検査の効用である。Google AI のモデル にはこの効果がパラメータの学習によって組み込まれている。

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