2021.04.04
 『新型コロナウイルス感染症への対応:問題点と課題』(原田博夫)成城大学『経済研究』231号(2021.01)を読んだ。社会科学系の文献は読んだことがなかったので、結構新鮮であった。過去のパンデミックも踏まえて全体の流れが要約されている。以下僕なりにまとめておく。

・・・今回のパンデミックの特徴として、世界的な情報ネットワークと社会活動のディジタル化という背景があることが指摘されている。日本社会のディジタル化の遅れも露見した。

・・・日本は2009年のH1N1新型インフルエンザの反省から、民主党政権で「新型インフルエンザ等対策特別措置法」が作られていて、今回は付け焼刃でそれを活用したが、法整備としては不十分なままである。厚労省が、既にゲノムが解読されていたことを理由に「新規感染症」として認めなかった為に、二類指定感染症とされた。強制隔離や感染情報の報告義務などのメリットがある一方で、真面目に実行すると医療機関に負担がかかる。また、社会活動制限については強制力を持たないので、ソフト・ロックダウンしかできない。

・・・第一波に対しては緊急事態宣言を出して、「日本モデル」と呼ばれる対策を行った。つまり、PCR検査数を抑制し、感染者の前向き接触追跡(接触者が発症するかどうか)に加えて、共通に感染した場を特定する遡り追跡(スーパースプレッダー対策)に重点を置いた。これは感染が拡がる前の対策としては有効なものであるが、保健所員の負担が大きく、感染が拡大した状況では実施が難しい。感染の芽を摘み取る為には、これと平行して、感染リスクの高い集団に対する定期的な PCR検査が欠かせない筈であるが、その体制を整える努力をしたのは限られた自治体のみであった。厚労省は、自己保身の為か、むしろ広範囲のPCR検査は有害であるという宣伝を行った。最近は民間での検査が容易になってきたが、陽性者の報告義務は無い。

・・・海外からの感染者の流入防御という意味では、当初中国との外交関係に考慮した検疫の遅れ、ヨーロッパからのビジネス関係者に対する検疫の遅れ、等々経済活動に配慮した遅れが目立った。また、イベントについては、菅首相肝入りの「GO TO」事業が感染に配慮することなく行われた。都知事選挙や大阪都構想住民投票もスケジュール通り行われた。感染症の専門家達からは繰り返し警告されていたが、第2波、第3波に見舞われ、第3波では2回目の緊急事態宣言を出すことになった。

・・・感染状況の把握という意味では、保健所からの感染データの集約に混乱が見られる。HER-SYS が開発されたが、入力の煩雑さが問題となっている。(またミスから一部の発症データが紛失している。)未だに全面公開はされていなくて、研究者はそれぞれ形式も項目も異なる各自治体のホームページから手で入力してデータを集積している。(なお、保健所は都道府県所属と市町村所属に別れており、それぞれが独自の個人情報保護規定を持つ為に、オンラインでの情報交換に支障を来すようである。ファックスを使うのもそれを避ける為という話をラジオのインタビューで聞いた。東京都では特異的に発症日のデータが公開されていない。福岡市のデータは福岡県と福岡市がそれぞれ公開していて、それらは必ずしも一致しない。海外での事情は判らない。いずれにしても研究内容や感染対策は、どのようなデータが得られるか、に大きく依存している。)

・・・全世界での状況把握にはジョンズ・ホプキンズ大学のダッシュボードが有名であるが、これは一人の中国人研究者がボランティアで開発して広まったものである。(各国の状況は判らない。)

・・・COVID-19は世界的に研究対象となったために、既存の査読付き雑誌では間に合わず、bioRxiv や medRxiv といったプレプリントサーバーが大量の公開情報の手段となっている。もともと近年の日本の科学研究は低調であるが、COVID-19 については顕著に少ない。こういう機会に専門分野を飛び越えてチャレンジすべきではないだろうか?また支援もなされるべきであろう。

・・・日本の医学部は、臨床医学、基礎医学、社会医学に分類されるが、社会医学は極めて低調である。報酬も少なく、活躍の場が、厚生官僚(医官)、感染研、保健所位に限られていることもその一因だろう。こういう時には本来大学での公衆衛生分野の人達が表に出るべきなのだが、それが殆ど見当たらないのは何故なのか?

・・・自衛隊の出動は、ダイヤモンドプリンス号への衛生官の派遣や自衛隊病院での患者受け入れと旭川市への看護師派遣である。非常時での他省庁との連携を可能にする組織が必要ではないか?日本は敗戦後、安全保障を米軍に依存することに慣れてしまって、自ら考えられなくなっているのはないか?非常時に対する備え(法整備、組織)が足りない。非常時への移行に対しては、利害関係者からの抵抗があるために、決定に遅れが生じる。備えは必ずしも大げさなものである必要は無い。むしろ可能なオプションを多数準備しておいて、臨機応変に組み合わせるというのが合理的ではないだろうか?そして、それこそが「政治」の役割である。政治は何も政治家だけが行うものではない。官僚達も自ら考えて政治的決定を行うべきである。

・・・WHO や WTO のような国際機関で活躍する日本人が少ない。外交経験のある官僚に期待されることが多いが、西欧では専門知識と実務経験のある政治家が活躍している。政治家も選挙の事ばかりでなく、政治課題について勉強して政策を提言、実行することが求められる。そのような国際的人材を養成すべきである。

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