2021.11.19
感染確率が人それぞれで広い分布を持つ事によって、実際の集団免疫閾値がどれくらい下がるのか、についての最近の論文を 2つ読んだ。
なお、ワクチンによる効果は感染性の分布とは関係ないので、あらかじめその分の人口を差し引いた残りについてこの考察をするべきである。
また、殆ど接触の無い人口についてもあらかじめ差し引いておくべきである。東京都の場合人口 1400万人、総陽性者数 38万人である。
ワクチン接種者は感染しなかったという仮定の元にそれを除くと、ワクチン接種率を70%として、考慮すべきは 420万人である。ちょっと過小評価かもしれない。他方、感染者総数の方は陽性者総数の3倍程度と考えられるので、110万人。これは過大評価か?そもそも、この中からワクチン接種者を引いておかねばならないのではある。
・という事で、Gomes 等の論文を見ると、集団免疫閾値が 10-30%なので、『全員マスク状態』においては、既に集団免疫が達成されたのかもしれない。
勿論、警戒を緩めれば、感染確率の分布が高い方にずれて、再度感染が拡がるということもあり得るのだが。。。

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"A mathematical model reveals the influence of population heterogeneity on herd immunity" to SARS-CoV-2
Tom Britton, Frank Ball, Pieter Trapman
Science 369, 846?849 (2020) 14 August 2020

・・・年齢層を6層に分けて、活動度を3段階に分けて、総数18の人口区分している。
年齢層別の活動度は別途調査報告を利用しているようである。
     [8] J. Wallinga, P. Teunis, M. Kretzschmar, Am. J. Epidemiol. 164, 936?944 (2006).
各年齢層での活動度分布は、1/4 が半分、1/4 が2倍、1/2 が標準、というものである。
Table.1 には Herd Immunity level が比較してある。R0=2.5 の場合、
heterogeneiy が無い場合は、0.6、年齢層別だけを入れると 0.558、活動度差だけを入れると 0.463、両方入れると 0.43 である。
年齢層の活動度は Table.2 にある。
0-5, 6-12,13-19,20-39,40-59,60以上
17.6,25.8,31.4, 27.4, 22.8, 14.6
・・・社会全体で活動度を α という比率で縮小して、その後解放する、という計算を行っている。
制限が厳しいと感染者数ピークは下がり、そのピークのタイミングが遅れる。
ただ、緩める時までに Herd Immunity に達していないと、緩めた後で第2波がやってきて、
最終的には総感染者数が増える。
最終的な総感染者数を最小にするには、
緩めるタイミングで丁度 Herd Immunity が達せられるようにするとよい。
成程!という感じであるが、「言うは易し、行うは難し」だろう。
なお、network model として下記文献があるらしい。要チェック。
  [9] R. Pastor-Satorras, A. Vespignani, Phys. Rev. Lett. 86, 3200-3203 (2001).

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"Individual variation in susceptibility or exposure to SARS-CoV-2 lowers the herd immunity threshold",
Authors: M. Gabriela M. Gomes et al.,
medRxiv preprint doi: https://doi.org/10.1101/2020.04.27.20081893
・・・式の導出については、
"HERD IMMUNITY UNDER INDIVIDUAL VARIATION AND REINFECTION",
ANTONIO MONTALBAN, RODRIGO M. CORDER, AND M. GABRIELA M. GOMES,
https://arxiv.org/abs/2008.00098v2

・・・これは Preprint であるが、かなり信頼できそうな結果である。
R0=3 においては、通例集団免疫成立の為に 67% の免疫保持者比率が必要とされているが、
ウイルスへの感受性や接触頻度の分布が広いことを考慮に入れると、10-30%程度であると推定される。
・・・一次感染者から二次感染者への感染確率は、
(1)一次感染者の感染力(排出ウイルス量等)と
(2)二次感染者の感受性(感染防御や免疫力)と
(3)両者の接触頻度や程度
という3つの要素の積となる。
・・・一次感染者の感染力については時間因子があって、感染してから感染力が生じて収まるまでである。これについては infectiousness profile とか TOSF(time from onset of symptom to transmission)の分布が調べられている。感染モデルを単純化するために、この時間因子については、しばしば指数関数的な振る舞いが仮定される。一般的な SEIR モデルにおいては、S(潜伏中)から I(感染力あり)への遷移率を δ として、その間の感染確率を exp(-δt) に比例させ、I から R(回復乃至は死)への遷移率を γ として、その間の感染確率を exp(-γt) に比例させる。1/δ、1/γ がそれぞれの平均期間ということなので、それを実測の平均期間と合わせる。発症前感染の比率も観測されているから、相対比としてここでは ρ=0.5 が使われている。
・・・SARS や COVID-19 においては、感染者の対を追跡して、一人の一次感染者が何人の二次感染者を生み出したか(infectiousness)の分布が観測されていて、そこに大きなばらつきがあり、少数の一次感染者が大部分の二次感染を引き起こす(superspreader)ことが知られている。しかし、この現象が上記の3つの因子のどれにどの程度関係しているのかは判っていない。もしも、完全に (1) の要素だけに関係しているとすれば、その感染力と二次感染者の感染し易さとの間には関係が無いので感染者分布が偏ることはなく、単純に感染係数に大きな分布があるものとして取り扱うことが出来る。平均場近似を使えばこれは単純な SEIR モデルと同じになる。確率的な計算を行えば、良く知られた superspreader の解析 になる。
・・・この論文においては、上記(2)と(3)を想定して、平均場近似を使う。(2)の場合を susceptibility の分布、(3)の場合を connectivity の分布と呼んで区別している。分布は連続としているので、因子 x で表現している。平均の場合の感染率を β とする。
    <x> = 1; CV = √<(x-1)^2>:分散係数
相対的な感染性分布値 x での各人口の比率を S(x)、I(x)、、と表現すると、SEIR 方程式は、各 x について、
    dS(x)/dt = -λxS(x); dE(x)/dt = λxS(x) - δE(x); dI(x)/dt = δE(x) - γI(x); dR(x)/dt = γI(x)
となるが、λ は接触者から感染を受ける頻度である。その表式は (2) と (3) で異なる。平均場近似を仮定して、N は総人口として、
(2)では、
    λ = (β/N) ∫{ρE(x)+I(x)}dx
(3)では、
    λ = (β/N)∫x{ρE(x)+I(x)}dx/∫xq(x)dx
となる。ここで、q(x) は、感染発生前の S(x) である。
(3)の場合は
ネットワークモデルで導いたとおりである。
出会う確率自身が出会う相手の活動度 x に比例することから、分母分子の積分の中に x という因子が追加される。
・・・基本再生産数は感染発生前での一人の侵入感染者による二次感染者発生数の期待値であるから、
発症前感染と発症後感染の和になり、平均の感染期間を考えれば導ける。
(2)では、
    R0 = <x>β(ρ/δ+1/γ)
(3)では、
    R0 = (<x^2>/<x>)β(ρ/δ+1/γ)
となる。
これも(3)の場合はネットワークモデルで導いたとおりである。
・・・ここで、S、E、I、R が感染の進行と共に時間変化することを考慮して、t という下付き文字を追加する。
その上で x についてのモーメントを定義する。
    St = ∫St(x)dx; St~ = ∫xSt(x)dx; St~~ = ∫
x^2St(x)dx
St(x) は初期値が分布 q(t) であり、x について積分すると 1 になるが、感染が進行するとそこから減少していくので、
これらは普通の意味での分布におけるモーメント(<x>、<x^2>)ではない。
・・・感染開始時と感染進行後を比較すれば、実効再生産数の表式は、
(2)の場合、
    Reff = S~β(ρ/δ+1/γ)
(3)の場合、
    Reff = S~~β(ρ/δ+1/γ)
集団免疫は Reff=1 の時であるから、
(2)の場合は St~R0 = 1、
(3)の場合は St~~R0 = <x^2> = 1 + CV^2
となった時である。
・・・q(x) がガンマ分布の場合には、St(x) もガンマ分布となり、分散係数 CV が変わらない。
ガンマ分布を仮定すると、上記の集団免疫条件(Reff=1 となるような免疫保持者比率)は
(2)の場合には、
    HIT = 1 - (1/R0)^(1/(1+CV^2))
(3)の場合には、
    HIT = 1 - (1/R0)^(1/(1+CV^2)^2)
となる。
・・・Fig.1には、R0=3、γ=δ=0.25(それぞれ平均期間4日)の場合での、ガンマ分布を仮定した時の CV に対する、最終感染規模(破線)と HIT (実線)の計算結果が示してある。CV が実際にどれくらいか、は様々な間接的データがあるので、縦線で位置を示してある。superspreader の調査からは一番右側の二つ(SARS と COVID-19)であるが、これにどの程度(2)と(3)の要素があるかについては判らない。一番左側の二つは接触パターンの分布(3)のデータ(CV=0.9 と 1.14)である。真ん中 CV=1.59 は susceptibility(2) のデータである。Fig.2 はログノーマル分布を仮定した時の計算結果である。
・・・およその判断として、COVID-19 においては HIT が 0.1 から 0.3 程度であることが判る。 (赤〇は私が付けた。)

 
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