家内の同級生の藤本直規さんが守山市で認知症のクリニックを開いていて、いろいろと本なども書いている。お薦めの本を市図書館で借りて読んでいたので、僕も読んでいる。なかなかまともな事をやっている。

        「認知症の医療とケア」(かもがわ出版)は2008年出版で、もともと県立病院勤務だった藤本さんが、守山の駅前の3階に「もの忘れクリニック」を開いて患者や家族の立場に立った医療とケアを始めた頃からの記録である。認知症というのは「記憶障害」「見当識(時刻や場所)障害」「実行機能(行動手順)障害」という症状であって、病因によって、アルツハイマー型(全般的障害)、脳血管性(特定機能の障害)、レビー小体型(幻覚等)、前頭側頭型(人格変容等)、と分かれる。これらは医療的な立場からみた分類であり、勿論それが基本的に重要なのであって、生理的なレベルで言えば、それは上記の「中核症状」を引き起こすのであるが、脳の病である以上、本人や家族の生活履歴や社会性に深く関わり、症状もその方向に発展しやすい。それらを「周辺症状」として区別することが重要である。周りの人達に多大なる迷惑となる周辺症状(暴れたり徘徊したり)というのは患者の中核症状と社会的な圧力の葛藤から生じる副次的なものであるから、治めることが可能である。そのためには、薬で一時的に抑えることもあるが、それ以上に認知症に対する理解と患者に対する愛情が不可欠であるので、家族を巻き込んだ「ケア」が重要となる。その上で、「中核症状」による生活上の不如意を出来るだけ軽減するような「ケア」を行う。このような趣旨でクリニックを立ち上げたのである。

      そこでの実践は当然試行錯誤であり、患者や家族から教えられる事が多かった。具体的には、デイケアとして、認知症患者自身がグループを作り、自主的に活動するのを控えめにサポートする、という形である。

   この本自体はクリニックでの試行錯誤や具体的な例や心構えなどが延々と書き込まれていて、あまり纏まりが良いとは言えない。多分、2011年出版の「続・認知症の医療とケア」の方が判りやすいであろう。こちらの方は少し体系化していて、それぞれの中核症状やそれぞれの病因別でのケアの注意点や効果的な方法が書いてある。個々の方法はその場で経験しないと判らないことであるが、基本的な考え方は患者の自然な意志をじゃますることなく、環境を整えてうまく誘導する、ということである。トイレの場所が判らなければ、手を取って連れて行くのではなく、「こちらがトイレです」という張り紙をする、とかである。これは患者の病態と意思を読み取らなければ出来ない。病態の読み取りにはバックグラウンドとしての医学的知識が必要である。基本的に脳機能障害であるから、現在では調べれば判る。意志の方は、認知症の患者は一般的には嘘をつくという意志は無いので患者の立場に立ってうまく問いかければ答えてくれる。その他細かな気付きが書いてある。要約できるようなことではないが、関係者には大いに参考になるであろう。

   真ん中辺には具体的に2人の患者が来院したときから、病状進行によって通院できなくなった時までの患者自身の言葉が纏められている。認知症患者は自らの病を認識していて、それ自身がストレスになっている。それを病気として確定することは多くの場合病気に対処する上で覚悟が出来て助けになる。病の進行と共に自己が失われていくことへの恐怖があり、今の自分の言葉や状況を記憶しておいてくれる他者(介護者や家族)の存在意義は大きい。それは安心ということもあるが、病が進行した後でも、あなたはこういう人だったとか、以前はこういうことを言ったとか、と言ってくれることが心の支えになる。記憶は自己意識の基盤であるから、それが失われていく以上は目の前の他者に記憶の代役を任せるしかないのである。

   最後にまとめがある。守るべき基本は1.徹底して「本人に聞く」(介護者の勝手な思い込みで指示したり誘導したりしない)、2.「自分で決める」を支える(精神の自律性を犯さない)である。もうひとつは著者の主張であるが、3.認知症を特別扱いしない(生活に困っているという点において老齢者と同じであり、本来的に各地のデイケア施設で担当できることが理想である。そのために啓蒙活動を行っている。)、ということである。人と向き合う、という意味で、河合隼雄の臨床心理学と同様であるが、ケアの場合はカウンセリングだけでなく共同行動を伴う処が違う。また、このような基本は認知症だけでなく、一般的に精神疾患や神経症にも通用することである。できることには限りがあり、介護者の生活のことも考慮しなくてはならないし、広くは社会全体として(政治的に)みれば生産性の観点もあるだろうと思うが、こういうことが常識化されるだけでも豊かな社会に近づくことは間違いない。

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