広島市中央図書館で借りてきた「本当は恐ろしいアメリカの真実」(講談社)をザーッと読んだ。著者エリコ・ロウはアメリカとカナダに居住するジャーナリストである。早稲田大学を出てアメリカのジャーナリズムに憧れて留学しアメリカ人と結婚している。2009年オバマが大統領になって3ヶ月程度経過した頃の著作である。カレル・ヴァン・ウォルフレンとほぼ同じような事を書いているが、こちらは居住者であり、知人を例にして語るので具体的である。ただ、ウォルフレンと違ってオバマに期待を繋いでいる。

    オバマの経済刺激策は共和党の頑強な抵抗で妥協の産物になったが、彼は前政権の方向を180度転換しようとしている。グリーン・ディール政策、教育改革、国民健康保険制度導入。

    多民族国家アメリカがやっていられるのは国土が広くてお互いに無視しても生活できるからである。その前提が破れるのは大統領選挙であり、その度にアメリカは分裂の度合いを深めていく。赤と青、黄色に塗り別けられる。個人的には複雑である。

    アメリカは世界一のキリスト教国である。80%がキリスト教徒であり、進化論よりも天地創造説を信じる人の方が多い。信教の自由はキリスト教内の分派の範囲である。教会は地域コミュニティーの中心であるから、その点ではかってのヨーロッパ中世と変わらない。「異教徒達」はそれぞれのコミュニティーを形成して共存している。中絶は戦争や警察官の黒人射殺等の正当な理由付けのある殺人よりも重い罪とされる。

    学資の無い優秀な青年にとって軍隊は魅力的である。とりわけ戦争が無ければ。ただし、米軍士官学校に一年以上在籍すれば、退学は許されないし、8年間は兵役拒否すれば刑務所送りとなる。イラクやアフガニスタンからの帰還兵が直面するのは、戦場と平和なアメリカという2つの現実を生きることで心が破綻していくことである。

    アメリカではラジオを付けっぱなしで仕事をする人が多く、トークショーの影響が大きい。ラッシュ・リンボーは数百万人の聴取者を持つ右派の代表格である。愛国者かどうか、というのは最後の切り札であり、非愛国者というレッテルを貼られると政治生命は終わる。些細な失言を拡大解釈されて攻撃されることが多く、その対応には神経を使う。

    黒人と白人の住み分けは徹底していてお互いに相手を警戒している。親しい友人であっても、人種差別の意識は言葉の端々に見られる。アメリカでは警察官に誤って射殺される黒人が多い。それは通常の事故として処理され、警察官も責任を問われない。時々は抗議運動が起きて問題になる。著者の友人は異人種間カップルであるが、ブッシュ政権に失望してドイツに移住した。しかし、そこで経験したのはアメリカ以上の差別だった。とりわけ、アメリカの黒人兵と見なされると徹底して差別される。そこでアメリカの中でもリベラルなベイエリアに帰ってきた。日常的にはアメリカ人は陽気でフレンドリーであり、ドイツ人のようにいつも不機嫌な顔ということもない。

    共和党と民主党の一番の相違は富裕層重視か貧困層重視か、である。数から言うと貧困層重視が圧勝なのであるが、共和党はその対立軸を庶民とエリートという風に切り替える。政見を理路整然と説明するような人はエリートであるから信用できない、というわけである。多くのアメリカ人は最終的には「一緒にビールを飲める相手か否か」で大統領を選ぶ。知的な女性も嫌われる。家庭を守って夫を支える女性が多くのアメリカ人の理想である。クリントンはそのイメージを作り出すのに苦労した。夫のビル・クリントンの浮気をじっと我慢した姿を見せることでやっとオバマと戦えるようになったし、国務長官になるときも誰も反対しなかった。

    医療については製薬会社の利益誘導的な弊害が非常に大きい。例は抗鬱剤のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)である。肉体的な副作用の他に、アカシジアという、イライラや怒り、自分の身体が1つでないという感覚が起こり、自殺や他殺願望に取り付かれる、という副作用が知られているにも関わらず、多くの医師は気軽に処方する。製薬会社はそれを知りながら医師に伝えていない。安全な薬として宣伝している。FDAは1991年に副作用を懸念して調査を命じていたが、製薬会社からは報告もなく、再検討されたのは2001年になってからで、その間に製薬会社から利益を得ている医師がFDAの審査員になっていた。FDAが希死念慮の副作用が出やすいと警告したのは2004年であった。ここ15年くらいの間に精神科医のやり方が変わった。従来ならば丁寧なカウンセリングでの心理療法を行っていたのだが、現在では手っ取り早く効果の見込める抗鬱剤処方が一般的である。保険が患者の頭数計算で医師に診療費を払うようになって、4〜5人/時間で患者を診ないと採算が採れなくなったからである。また、心理療法は事前に認可されないと自己負担になってしまうようになった。1997年からは消費者向けの処方薬のコマーシャルが出来るように法律が改定され、自己診断して医師に要求する患者が増えてきた。製薬会社は医師を抱きこむために多額の販促費用を使っている。1996年に114億ドル、2005年には299億ドルである。精神疾患の診断基準も改定されてきて、2000年からは鬱病や躁鬱病は気分障害と総称されるようになり、社交性の無さや取り越し苦労なども病気として考えて気軽に鬱病の薬を処方される。地域での鬱病テストも盛んで、これらは製薬会社の援助による。1999年から2003年で鬱病薬処方者は5倍になった。18歳以上のアメリカ人の1/4以上(5800万人)が精神疾患ということになっていて、内訳は、大鬱障害が1500万人、慢性の軽い鬱病が330万人、570万人が躁鬱病である。特定対象物恐怖症は1920万人、社交不安障害が1500万人、PTSDが770万人、全般性不安障害が680万人、パニック障害が600万人、アルツハイマー病が450万人、強迫神経症が220万人、統合失調症が240万人、閉所恐怖症が180万人。

    日本は鬱病のターゲットとされていて、1999年に「鬱病は心の風邪」キャンペーンが成功したのを見て、アメリカのパキシルが乗り出した。1998年から2003年の間に日本でも鬱病薬の売り上げは5倍になった。「日本の精神科は今バブル経済です」と医師がコメントした。重度の鬱病には前世代の薬の方が良く効くし、軽いものであればその効果は心理的なものである。実際に効くのは1/10、残りは逆に副作用で不安になる。1/2は性機能障害を起こす。1/3は依存症になる。イギリスでは薬よりも認知行動療法の方が推奨されている。

    ウォルマートはアメリカの縮図である。徹底したコスト削減で安く商品を提供することで大成功を収めた。2008年では年間3750億ドルの売り上げ、4100店舗(海外には3650店舗)、140万人の従業員(海外では200万人)。アメリカ人の消費意欲は旺盛であって、感謝祭の翌日のバーゲンには客が殺到し、迎えにでた黒人店員が文字通り踏み潰されて死亡した。(白人や子供であれば大問題になったであろう。)ウォルマートは消費者に貢献する側面とその地域の小規模商店を駆逐して不安定な臨時雇用の比率を増やし、余計な物を買わせて貧困を助長した、という側面を持つ。また商品の調達が殆ど海外であるために、アメリカの製造業にも打撃を与えた。52歳の女性従業員が労災で脳障害を起こし寝たきりになったとき、契約に従って支払われた医療費の返還を求めて問題となった。確かに衝突した相手のトラック会社から示談金を貰ったから返還請求は妥当なのであるが、良識には反する。その他ウォルマートの労働条件を巡る訴訟は多い。それがアメリカの地方における草の根運動を育てたのは皮肉である。ウォルマート側でも消費者の反感は怖いから、グリーン戦略や国内からの調達優先などを始めている。ジキル博士とハイド氏みたいな状況になっている。

    アメリカのジャーナリズムはかってウォーターゲート事件とかベトナム戦争に見られたように社会の番犬として機能していた。しかし、レーガン政権下の規制緩和で、放送の公共性と政治的中立の原則が撤廃され、社会的義務として報道番組を放映する義務も撤廃されて、大企業によるメディア買収が可能となってから、変わってしまった。真面目な報道番組は無くなり、スキャンダルや娯楽番組ばかりになった。多くの報道番組は「偏向」のレッテルを貼られて消えていった。報道記者達も左遷された。国境近くで隣のカナダと比較するとアメリカの放送がいかに酷いかがよく判る。アメリカ人全体では1/100が囚人であり、黒人男性に限ると1/4が囚人である。刑務所に行くことはアメリカ人にとって不利ではない。事件に関わり、スキャンダルとして報道されれば知名度が上がり、トークショーのゲストとして引っ張りだこになる。悪事を働いた人ほどセレブになりやすい。

    アメリカの人気ドラマ「24」というのはテロと戦うジャック・バウアーが主人公である。主役が飲酒運転で実刑判決を受けてしばらく中断していたが、再開された。テロ対策特別部隊がテロリストからアメリカを守るために、拷問も駆使して活躍する。人権擁護を重視する新しい女性大統領が拷問を禁止し、関わった者を裁こうとしたが、FBIが彼を連れ出してテロ計画を阻止させる。ジャックは自ら信じる正義のためには手段を選ばない。アメリカ人のヒーローになっている。かって、アメリカのテレビ番組といえば心温まるホームドラマであったが、現在ではアメリカ人に犯罪術を教えるような番組ばかりになっている。「セックスと暴力」が視聴率を上げる以上は、営利団体であるテレビ局にとって他の選択肢は無い。日本でも放映された「デスパレートな妻達」は、家族のためなら、自分の幸福な生活を守るためなら、多少の犯罪は仕方ないし、許される、という歪んだ価値観を啓蒙しているのである。

    オバマは大統領当選後もインターネットを使った支持者とのやり取りを継続しているし、ソーシャルメディアも活用している。タウンホールミーティングも精力的に行って反対派の人達の意見に耳を傾けている。こういった大統領と個人との草の根ネットワークが徐々にアメリカを変えるであろう。逆境こそが社会を変えるチャンスであると考えている。

    とまあ、こんな内容であった。副題が「反面教師・アメリカから何を学ぶか」とあり、著者の意図は明らかである。

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