ヨーク鉄道の旅

2 日目

 North Yorkshire Moors Railway (NYMR) の起点は、ヨークからバスで 1 時間ほど行った、Pickering というところである。まずはここまで、バスで 向かうことにする。駅のインフォメーション・カウンタでもらった バスの時刻表によると、日曜日のバスの本数は少なく、帰りのバスは午後 2 時の後、午後 6 時までない。仕方なく(うそ)、一日 NYMR で費やすことにした。本日は、3 編成の列車が 1 時間おきに運行するダイヤなので、 飽きることもあるまい。終点の Grosmont までに、二つの駅と一つの停留場が あるので、これらにも降りてみようと思う。

 久しぶりのイングリッシュ・ブレックファストの食事を食べ、宿を出る。まずは 駅に向かい、午前 9 時 10 分に York 駅前を出るバスを待つ。待っていたら、 他国からの観光客とおぼしき人に「○○へ行きたいのだが、バスは来るのだろうか」 と尋ねられる。うーむ、こちらも初めてなんだけどなあ、と思いつつも、 時刻表に載っているので、たぶん大丈夫でしょう、などと答える。さらに 待っていると、おお、聞き慣れた言語が。日本からの観光とおぼしき おばさん二人連れである。やはり、バスが来るのか心配そうな様子なので、 「たぶん大丈夫でしょう」と話しかける。そしたら、こちらが日本人であることに、 たいそう驚かれてしまった。うーむ、自分では典型的な日本人顔だと 思っているのだけど。彼女らは、Castle Howard というところに行くのだそうだ。 僕よりも手前の目的地である。いろいろ話しているうちに、なぜか夕食に いっしょにパブに行く、ということになった。午後 7 時 30 分には York 駅前に帰ってきているはずだし、夕食は連れがいた方が楽しいし、ま、 よかろう。

 Castle Howard でおばさん方とわかれ、バスはさらに走る。Pickering に到着する少し前になって、突如、交通渋滞に巻き込まれる。なにかの イヴェントがあるようだ。列車の発車時刻の関係もあり、少々焦るものの、 なんとか駅に到着。切符を買っているうちに列車が入線してきた。大型の 蒸気機関車が牽引している。元 London and North Eastern Railway の、Class A2 の機関車 60532「Blue Peter」である。機回し(折り返しのため、機関車を列車の 反対側に付け換えること)の様子などをビデオカメラで録る。

 そうこうしているうちに、発車時刻となる。ターンテーブルがないので、 機関車は、炭水車側を前にして走ることになる。安全確認がしづらそうで、 大変だろうと思う。もっとも蒸気機関車の場合、ふつうの方向でも前方視界は 悪いのだろうが。車掌が車内改札をしに来たときに、流線形の機関車「Sir Nigel Gresley」は本日見られるかどうか聞いてみる。すると、次の駅 Levisham で右手に見えるはず、とのこと。Levisham には車庫はないと思われるから、 とすると、「Sir Nigel Gresley」は駅ですれ違う営業列車を牽引している、 ということになる。これはありがたい。1 本待てば、「Sir Nigel Gresley」 の牽引する列車に乗れるであろう。駅が近づき、右側の窓を見張っていると、 果たして流線形の機関車が見えてきた。まごうかたなき Class A4 の機関車だ。 ちゃんと、旅客列車の先頭に立っている。とりあえず、終点の Grosmont まで今の列車に乗り続け、そこでこれを待ち受けることにする。

 列車は、急なカーブをつぎつぎに抜け、谷沿いを走る。けっこうな勾配もあり、 速度はそんなには出ていないようだ。しかしその分、美しい沿線風景を ゆっくり楽しめる。さすがは国立公園、といった風情だ。単線であり、次の駅 Goathlandでも列車とすれ違う。今度の対向列車の牽引機は、炭水車をもたない タンク機関車であった。それにしても、単線で、各駅で列車交換を行いつつ、3 編成の列車を運行するのは、運転保安の面を考えると、そうとう大変であろう。 これを保存鉄道でやってしまうのだから、イギリス恐るべしである。

 列車は 1 時間 15 分ほどかかって走り、終点の Grosmont に到着。ここで しばらく過ごし、「Sir Nigel Gresley」の牽引する列車がやってくるのを 待つことにする。今乗ってきた車両を眺めていたら、なぜか後部に入れ換え用の ディーゼル機関車が連結された。近くでカメラを持っている、いかにも鉄道趣味者、 といった風体の人に理由を聞いてみると、次に出る列車は、今入ってきた車両が 直接折り返すのではなく、別の客車で仕立てられた特別列車なのだそうだ。 そういえば時刻表に、Lunch Train とあったな、と思い出す。今乗ってきた客車は、 ディーゼルに押されて留置線に入り、食堂車ばかりで編成された客車を、 今度は蒸気機関車「Blue Peter」がプラットフォームに据えつける。 この入れ換え風景は、見応えがあった。Lunch Train の発車風景は、 しっかりビデオに録った。片側三つの巨大な動輪が、ときどき空転しつつも、 線路を踏みしめて列車を加速させていく姿は、圧巻である。僕は、日本では 「SL 列車」とういものには乗ったことはなく、「どうせ観光用だろう」 などとちょっと馬鹿にしてすらいたのだが、こちらに来て蒸気機関車に対する 認識が変わった。

 列車を見送ったら、今度は次の列車を迎え撃つ準備をせねばならない。あと 20 分ほどで来てしまうので、大急ぎでサンドイッチを買い込み、昼食として食べる。 我ながら何をやっているんだろう、などと思わなくもない。再び位置に付き (苦笑)、列車を待つ。先ほどディーゼルのことを尋ねた趣味人氏も、 まだ同じ場所にいる。うーむ、かなり「鉄分が濃い」人のようだ (人のことは全然言えないが)。そうこうしているうちに、流線形の 機関車「Sir Nigel Gresley」の牽引する列車が入ってきた。先ほどの列車と同様、 炭水車側を前にしており、特徴的な顔は見えない。機回しのときに、その顔を 間近に見ることが出来たときには、かなり嬉しかった。

LNER 60532 Blue Peter LNER 60007 Sir Nigel Gresley
「Blue Peter」と、「Sir Nigel Gresley」。

 「Sir Nigel Gresley」の牽引する列車に乗り込む。けっこう混雑している。 席を求めて通路を歩いていると、「Hi!」と声をかけられる。先ほどの 趣味人氏であった。デッキのドアのところから、走行風景を録ろうとして いるようだ。つい、同じ場所の反対側のドアのところに陣取ってしまう。 どこの駅で降りたら面白いかを尋ねると、次の駅 Goathland だと列車交換の風景が 跨線橋の上から見られたりしてよかろう、とのこと。うーむ、さすがに詳しい。 この意見に従うことにした。発車直後に、趣味人氏の側からは、機関庫が 見えるとのことで、良かったらこちらの側でビデオを録らないか、とありがたい 申し出を受けるが、往路で実は録ってしまったので、丁重にお断りする。 日本からはるばるやってきた鉄道ファンに、ここの鉄道の魅力を紹介しよう、 という心意気、さすがは紳士の国である。彼のビデオ撮影の様子を見ていると、 なんと、ゴーグルをかぶっている。確かに、窓から顔を出していると、「すす」 が目に入り、痛い思いをするのだが、しかし、ゴーグル持参とは気合いが 入っている。彼とは Goathland で別れた。対向列車に乗り、また、Grosmont に戻るのだそうだ。僕はここで 1 時間後の、次の列車を待つことにする。 列車の交換シーンと、「Sir Nigel Gresley」の発車の様子は、しっかりビデオに 録ることが出来た。

 この駅、周りに何かあるわけでもなく、次の列車は両方面とも 1 時間後まで ないのにもかかわらず、やけに賑わっている。手元のパンフレットによると、 イギリスで人気だったテレビドラマ「Heartbeat」に使われたロケ地らしい。 こういうのが観光資源になるのは、どこの国もいっしょなのだなあ、と思う。 売店や、ティールームもあった。

 1 時間後の列車に乗り、次の駅 Levisham に向かう。今度の列車の牽引機関車は、 先ほどすれ違った、タンク機関車である。Levisham は、Goathland とは うってかわって、人がほとんどいない駅であった。留置線の片隅では、保存車両を 整備しているボランティアの姿が見える。若い女性が待合室のペンキ塗りを しているが、彼女もボランティアなのであろう。British Rail のマークの付いた、 蛍光オレンジ色のベストを着て、なんだか嬉しそうに仕事をしているのが 印象的であった。ここでの 1 時間待ちは、正直言って、少々暇を持て余した。

Goathland station Levisham station
Goathland 駅と、Levisham 駅。

 次の列車で、Pickering に戻る。牽引機は、最初に乗ったのと同じ、「Blue Peter」である。再び機回しの様子をひとしきり見物してから、ヨーク行きのバスに 乗る。また渋滞していたらどうしよう、などと思ったが、バスは渋滞している 場所には踏み込むことなく、無事、定刻にヨークに到着した。

 ヨークでは、朝方会ったおばさん二人連れと再会し、パブに行く。パブに入るのは 初めてだそうで、今までは入りたかったけど勝手が分からず、躊躇していたそうだ。 その気持ち、よくわかる。そこに僕が現れたので、これ幸いと、パブに行こう、 ということになったというわけだ。こちらも、久しぶりに日本語でいろいろ 話すことができ、楽しかった。


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