環境.資源.未来工学環境・生態系(高杉・海洋研究所)海洋表層・海の森

<2003年新春対談> 生態系監視衛星“ガイア・21”  <高度600km/地球極軌道 >

            海洋表層・海の森     wpe74.jpg (13742 バイト)             

      生物ポンプ ” によるCOの循環”   wpe67.jpg (57083 バイト)    index.1102.1.jpg (3137 バイト)  

 トップページHot SpotMenu最新のアップロード                担当 : 堀内 秀雄 ・ 白石 夏美  

  wpe67.jpg (57083 バイト)  INDEX       “スターライト・シャワー”/サテライト放送 

 プロローグ  (1) ハイパーリンク “ガイア・21回線” 始動  2003.01.24
   (2)2003年・新春対談/生態系監視衛星“ガイア・21”より 2003.01.24
 No.1          <2003年・新春対談>  2003.01.24
 No.2  〔1〕 水深100Mまでの、植物プランクトンの森 2003.01.24
 No.3  〔2〕 “海の森”のCO吸収量、最大推計値の2倍! 2003.02.02
 No.4     ≪ポン助のワンポイント解説・・・No.1≫ /有機物と無機物  2003.02.02
 No.5  〔3〕“生物ポンプ”と炭素の固定 2003.03.12
 No.6     ≪準備作業中.....堀内/夏美/ポン助≫ 2003.03.12
 No.7  〔4〕 大気中のCO2濃度の上昇/地球温暖化 2003.03.12
 No.8  〔5〕 人工的な海洋肥沃化と、生物ポンプの促進 2003.04.20
 No.9    ≪生物ポンプの強化/カギになる栄養素≫ 2003.04.20
 No.10    ≪氷河期には、COの量は低下≫ 2003.04.20
 No.11  〔6〕海洋肥沃化の不確定要素と、生態系への影響 2003.04. 2 

 

 

  (1) ハイパーリンク ガイア・21回線” 始動 

          <支援/地球監視ネットワーク>                       

            wpeC.jpg (50407 バイト) 軍事衛星1号/高度400km/地球極軌道/担当:大川慶三郎>room9.1292.jpg (1837 バイト) 

           通信衛星1号/高度36000km/太平洋上・静止軌道/無人  wpe1.jpg (29062 バイト)

   

   **************************************************************************************************

    航空宇宙基地 “赤い稲妻”     

    <ヘリコ君>                                     <ブラッキー>

   house5.114.2.jpg (1340 バイト)   house5.114.2.jpg (1340 バイト)   

        house5.114.2.jpg (1340 バイト) wpeA.jpg (42909 バイト) wpe8B.jpg (16795 バイト)            wpe4F.jpg (12230 バイト)  house5.114.2.jpg (1340 バイト)

   

  ブラッキーは、タバコを吹かしながら、航空宇宙基地“赤い稲妻”の上空を、大きく

旋回していた。天空は、宇宙へ抜けるような深い青空がのぞいている。

「よく晴れ上った、いい天気だぜ!基地周辺は、異常なしだ...ヘリコの野郎は、墜

落かな...?」

「私は!...」ヘリコ君の声が、スピーカーから飛び出した。「高度2000メートルの

上空にいます!」

「こちら管制塔、星野支折。ええ...ヘリコ君、ブラッキー、了解。引き続き空域の監

視をお願いします。ヘリコ君、民間機の進入には気をつけてください」

「任せてください!」ヘリコ君が言った。

「フッフッフッ...」ブラッキーの低い声が、スピーカーから響いた。

「こちら、軍事衛星1号、大川慶三郎。通信衛星1号とも、チェック完了。異常なし。

スタンバイ、OK、どうぞ」

「こちら管制塔、星野支折。軍事衛星1号、了解。管制塔、最終チェックに入りま

す。ノイズなし。非常にクリアーな状況を確保。気象、流星深度クリアー。太陽

風...クリアー。地球圏磁場...ほぼ安定。ミッション、スタートしてください!」

「こちら夏美、了解!緊急離脱バンド、1/100秒でセット!」

「管制塔、了解いつものように、各自、出発してください!」

「了解!ミッションスペシャリストのポンちゃんから、3名、順次電送を開始します!ポ

ンちゃん、行くわよ!」

「おう!」

「ポンちゃん...通過。つぎ、堀内さん...通過。ええ、私も入ります........」

  ピピピピピーッ...ピピピピピーッ...ピピピピピーーーーッ               

                                         lobby4.1119.1.jpg (2391 バイト)    

 

  (2)2003年・新春対談 

         生態系監視衛生“ガイア・21” より        

                                   

 

「こちら、支折!こちら、支折!ーーーピピピッーーポンちゃん、状況はどうでしょう

か?ーーピピピッーーピピピッーーー」

                         

「こちら、支折!こちら、支折!転送は正常に完了しました。生態系監視衛星“ガイ

ア・21”...状況はどうでしょうか?」

「こちら、ポン助...宇宙へ出たよな...観測窓から、地球が見えるぞ!」

「了解...ええと...夏美...観測室に入ったでしょうか?」支折は、堀内がポン

助と一緒に、カメラに入ったのを確認した。観測室の中はほの暗く、無数の発光ダイ

オードが光っている。その向こうの光の渦は、地球をのぞく観測窓のようだ...

「ええ...夏美...聞こえますか?」支折は、重ねて言った。

「あ、はい...」夏美は、無重力空間で、ポニーテイルの髪をつかみ、首筋の方へ

絞った。そして、ゆっくりと、光の渦の観測窓の方へ流れた。「こちら、夏美...これ

から、“ガイア・21”の定期チェックに入ります。事前チェックが済んでいるので、予定

通りだと、30分で完了します」

「支折、了解。スーパーコンピューターも、30分後に“2003年・新春対談”をセット、

通信衛星1号で、ブロードバンドで流す体制に入ります」

「夏美。了解...」

 

  夏美は、慣れた手つきで、3本のマジックハンドを起動した。その1本に自分が取

り付き、先端の誘導チェアーに体を固定した。それから、ターンテーブルを前面に回

した。そして、そこのキーボードから、コンピューター回線のターミナル・スクリーンの

電源を回復した。

  大容量データ回線は、すでに航空宇宙基地“赤い稲妻”のスーパーコンピュータ

ーとリンクさせてある。スクリーンの状況で、支折が“新春対談”をセットしている様子

が分る。夏美は、画像を“ガイア・21”の定期チェックに切り替え、すぐにプログラム・

スタートのボタンを押した。

  夏美は、前回と同じように、観測窓とコンピューターのスクリーンを俯瞰(ふかん)する

形で、自分のマジックハンドの先端を調整した。地球の強い反射光が、1m四方の観

測窓から入り、観測室の中をほの明るく照らしている...

  観測窓と並んだスクリーンでは、メビウス環のゲージから、猛烈なスピードで定期

チェックが突き進んでいるのが分る...

 

 

 

         <2003年・新春対談> 

 

  海洋表層の“海の森                                          

       “生物ポンプ” によるCOの循環

 

                     参考文献                                  

                             日経サイエンス 2002/11月号

                                  海の森/植物プランクトン   

                                    P.G.ファルコウスキー  (ラトガーズ大学)

 

 

 〔1〕 水深100Mまでの、植物プランクトンの森     lobby4.1119.1.jpg (2391 バイト)

 

  夏美は、極軌道上を周回する生態監視衛星が、夜の闇から太陽光の反射する夕

暮れに入っていくのを見つめていた。黒体の中に、真空中の裸の太陽が見えてきた。

それが、滑らかに、光の洪水が反射する青い海へ、白い雲の世界へと登ってい

く...

 

「こちら、“赤い稲妻”...支折です。時間になりました。夏美、準備はできたでしょう

か?」

「はい。こちら生態系監視衛星“ガイア・21”、白石夏美。準備は、完了しています」

「それでは、定刻でスタートしてください」

「了解!」夏美は、マジックハンドで観測窓の上に浮いている、堀内に目をやった。そ

して、肩から覗き込んでいる、ポン助にうなづいた。

                      index.1102.1.jpg (3137 バイト)     

「ええ...

  あけましておめでとうございます...白石夏美です... 

  高度600km、地球極軌道、生態系監視衛星“ガイア・21”から、

  <2003年・新春対談>をお送りします」

 

  “環境・資源・未来工学”担当の堀内秀雄...そして、宇宙空間のミッションスペ

シャリストのポンちゃん...それから、“ガイア・21”担当の白石夏美の、3名で対談

を行います。どうぞ、よろしく...

 

  さて、今年のテーマは、“海洋表層の海の森/生物ポンプ”によるCOの循環”

す。ええと、堀内さん...まず、“海の森”と呼ぶ“海洋表層”とは、どのような範囲を

指すのでしょうか?」

「はい...」堀内は、観測窓を通して、地球表層を超高速で流れながら言った。「海

面から、太陽光線の届く、100mほどの表層の領域を“海の森”と呼んでいます。こ

こらあたりには、膨大な量の植物プランクトンが存在します。浮遊性で、微小なもので

あり、わずか一滴の海水中に、数千個も含まれます」

「あの...これは、海水浴をする、海の水ということでいいのでしょうか?」

「はい。表層の海水には、こうした植物性プランクトンを餌にする動物性プランクトン

もいますし、細菌などもいるわけです。しかし、“海の森”と呼ぶこの領域は、植物性

プランクトンが、濃密な光合成をしていることから、そう呼ばれています。この“海の

森”は、地球の全生態系にとっても、非常に重要な役割を持っています...」

「水深、100mですか、」

「そうです。まさに、水深約100mまでの海洋は、“海の森”と呼ぶにふさわしい、大

きな仕事をしています。特に最近、この“海の森”が、地球の気候に与える影響が、

予想以上に大きなものであることが分ってきました...」

「うーん、なるほど。ええ...では、そのあたりの、もう少し詳しい話をお願いします」

               wpe74.jpg (13742 バイト)    wpeC.jpg (50407 バイト)

「分りました。

  この“海の森”を形成する植物プランクトンというのは、単細胞の生物です。珪藻類

(けいそうるい)藍藻類(らんそうるい)緑藻類(りょくそうるい)などの、微小な“藻類”です。動物性プ

ランクトンなどと共に、魚類の餌となる重要なものです。しかし、大発生すると赤潮

原因ともなるわけです。

  さて、この藻類は、およそ地球表面の3/4の領域に生息しています。光合成バイ

オマス(光合成を行う全生物)が含んでいる炭素量は、約6000億トンと言われます。そし

て、その1%弱が、海洋表層の“海の森”に存在します。まあ、炭素を固定している絶

対量から見れば、大きな数字ではありません。しかし、先ほども言いましたように、

近年、温室効果ガス二酸化炭素( COとの関係から、その気候へ及ぼす影響

が、非常に大きいことが分ってきたのです。ここが、1つのポイントですね...

「はい...」夏美は、観測窓から、まぶしく反射する雲海を見下ろした。一面の雲の

隙間から、青い海洋がのぞいている。「この、宇宙空間から大気圏に入る太陽光線

が、光合成バイオマスを育んでいるのですね...この光のエネルギーが、陸上の植

物も、海洋の“海の森”も...」

「主に、植物だよな...」ポン助が、夏美の肩越しに言った。「ミドリ虫のように、動物

系でもよう、葉緑素を持つヤツがいるよな、」

「うん...」夏美は、2本の指で、ポン助の頭を撫でた。「ミドリ虫は、植物と動物の、

両方に分類されるわね」

「うむ...」堀内が、地球の反射光を顔に受けながら、うなづいた。「その植物系

物系が餌にし、食物連鎖が形成され、膨大な地球の生態系が作り出されている。そ

の全生態系が、地球という巨大生命圏となっているわけだ...ここに、生命体とい

う、“命の全体風景”が見えてくるだろう...高杉・塾長が、“36億年の彼”というニュ

ーパラダイム仮設を主張するのも、こうした時空間全体に広がったリアリティーを考

察してのものだ...」

「はい...」

「およそ、36億年前に、最初に太陽光エネルギーを利用したのが、いわゆるシアノ

バクテリアだ。その炭酸同化作用で、大量の酸素が放出され、地球表層に蓄積され

たわけだな。そして、大気中の酸素濃度が1%(パスツール・ポイント)に達した時、

地球には酸素呼吸型の生物進化が爆発した...先カンブリア紀のことだ...」

パスツール・ポイントですか、」夏美が言った。「“生物進化の多様性”の時だったか

しら...確かその時に出てきた言葉ですね、」

「うーむ...放送大学は、あれっきりになってしまったが、確か、その時に一度説明

したことがあったな、」

「はい。今、検索してみます...」夏美は、キーボードを叩いた。それが、すぐに、モ

ニタースクリーンに表示された...

    <詳しくは、こちらへ/ジャンプ> 

 

「ええと...次に、堀内さん...最近“海の森”が、特に注目されるようになったとい

うのは、どういうことでしょうか?このあたりの事情を、もう少し詳しく説明していただ

けるでしょうか、」

「はい...

  まず、この方面の研究が進み、その実態が少しづつ分って来たという、時代的な

背景があると思います。これまでは、海洋微生物全体が、大気から二酸化炭素

COをどのくらい取り入れ、それを深海へと蓄えているのか、正しく計測されてい

ませんでした。まあ、そんな地球規模のことは、実際上、計測不可能だったわけで

す」

「あの、海洋微生物が、COを深海へ蓄えるのでしょうか?」

「そうです。プランクトンが死ねば、それは深海まで沈んでいきます。マリンスノーと呼

ばれるやつですね。大量のプランクトンが深海へ沈んで行く風景が、まるで海の中で

雪が降っているように見えるので、マリンスノーと呼ばれているのです。

  これらは、つまり、炭素を含む有機物の死骸です。それはやがて、海底に有機物

の層となって、雪のように堆積して行くわけです。そして、それが、地質年代的な長

い時間の中で、化石燃料のような形になったり、あるいはメタンハイドレートになっ

て、海底で長い眠りにつくわけです。これが、いわゆる、深海底での炭素の固定であ

り、“生物ポンプ”と呼ばれるわけです。これは、後で詳しく説明します」

「はい...あの、それで、大気中のCOを...大気中の大量のCOを、深い海底

に沈めて、固定すると考えていいわけでしょうか?」

「そういうことです...まあ、さらに長い目で見れば、こうした炭素も、さらに循環して

いるわけですがね、」

「はい、」

「ええと...

  つまり、これまでは、このような全地球規模での計測というものは、実際上不可能

だったわけです。しかし、最近になって、人工衛星からの観測と、大規模な海洋調査

プロジェクトによって、それらが数値化され、その全貌が見え始めてきたということで

す。

  地球規模での温度分布や、海洋の循環、エルニーニョなどの風景...それから、

海水が含む栄養素などの変化、“海の森”を形成する植物プランクトンが、これらの

要因にどれほど影響を受けやすいかも、その数値化された実態が見えてきたわけ

です」

「うーん...これが21世紀の地球科学の風景ですね」夏美が、観測窓を見ながら、

腕組みをした。

「そう...そうした意味では、いよいよ全地球を扱う“地球生命圏モデル”に、数値デ

ータが集まり始めたということでしょう。バイオインフォマティックス(生物情報科学)担当の

外山陽一郎さんは、“人体のコンピューター空間モデル”を考察して行きますが、私

は“地球生命圏モデル”を見ていくことになります...

  まあ、私の方が、スケールは各段に大きくなりますが、だからそれだけ複雑だと

いうことではありません。むしろ、当面大変なのは、人体モデルの方でしょう。しかし、

この生命圏全体もまた、あまりにも未知です。そうした意味では、結局は同じだと思

います」

「ボスが、『小説・人間原理空間』の中で描いていた、“ブラフマンモデル・G70”のよ

うなものでしょうか?」

「ああ...あれは、さらに1世紀も後の世界のことでしょう。ホログラフィー・ブレイン

工学が創出した“精神生体マシン”が描く世界です。当面、参考にはなりませんね」

「うーん...」

「21世紀初頭の現在、どういうことになっているかというと、

  この“海の森”の植物プランクトンを人工的に増やし、地球温暖化を抑止しようとい

う動きがあります...

  つまり、“海の森”の植物プランクトンの量を人工的に増やし、“生物ポンプ”によっ

て、温室効果ガスのCO、深海底に固定しようというものです」

「うーん...うまくいくのでしょうか?」

「2002年に、南極海で2ヶ月間かけ、ある実験を行っています」

「あ、はい。そんな話を、聞いたことがあります」

「うむ...あの実験では、海洋の表層水に微量の鉄分を注入し、植物プランクトンの

成長が増進することを確認しています。ここでは研究チームの他に、企業家なども参

加し、具体化に向けた動きもあったようです。

  しかし、海洋を大規模に肥沃化(富栄養化)する計画の実施については、まだ未

知の部分が多すぎます。軽々に行うには、地球の全生態系に与える危険が、非常に

大きいと思いますね」

「...」

「まあ、その効果や影響については、現在、ホットな議論が続いている状況です。し

かし、地球というこの巨大生態系は、人類が思いつきで改造できるほど、単純でもな

ければ、底の浅いものでもないというのが、私の感想です。生態系というものは、非

常に脆くもありますが、その復元力というものも、実にたいしたものです」

「つまり、“しなやか”なのでしょうか?」

「そうですね。それが、生命体の強さです」

  夏美は、観測窓から地球を見下ろしながら、コクリとうなづいた。

「まあ、なんにしても、生命というのは、途方もない神秘です...」

「はい...」

    

                     

 

                                                                                                            

  〔2〕 海の森CO吸収量、最大推計値の2倍          (2003.02.02)

                                                                                                                                                     

「ええ、堀内さん...36億年前に、シアノバクテリアが光合成を始めたといいます

が、これは植物プランクトンのラン藻/(藍藻)ということでいいのでしょうか...ええ

と、ランという字は、漢字よりもカタカナの方がいいかしら?」

「うーむ、そうだねえ...参考文献に倣(なら)って、カタカナにするかね、」堀内は笑っ

て、南太平洋上空を、極軌道で昇っていった。

「さ、ポンちゃん、始めるわよ」夏美が、誘導チェアーのキーボードを操作しているポ

ン助に言った。

「おう!いつでも、いいぞ!」ポン助が、顔を上げずに言った。

「それじゃ、堀内さん、お願いします」夏美が言った。

「うむ!ええと、何だったかな...

  そうそう...ラン藻とは、そう、シアノバクテリアのことです。現在も、地球上に最も

豊富に存在する植物プランクトンです。ああ、それから、何度か聞いたことがあると

思いますが、西オーストラリアやグリーンランドに見られる“ストロマトライト”という微

化石は、数ミクロンほどのシアノバクテリアの集団塊ですね。約35億年前の、太古

地球の浅い海の遺物です。この地球上で観測される、最古の生物化石です...」

「はい。すると、最初の生物体ですね?」

「最初かどうかは分らない。が、化石という客観的観測にかかるのは、このシアノバ

クテリアの微化石が、最古のものです」

「はい...」

「さて、これは、シアノバクテリアというように、バクテリアであり、細菌なのです。大き

さも数ミクロン程度でしょうか。それの集団塊です。日本語では、ラン藻というから少

々混乱します」

「はい...これは、細菌ということですね...それが、今も最も豊富に存在する、植

物プランクトンなのですね?」

「そういうことです...まあ、私もあまり細かいことを言う立場にはありませんが、い

ちおう頭の隅に入れておいて下さい」

「はい」

「さて、これらの微化石のラン藻が大繁殖していた当時、西オーストラリアとグリーン

ランドは、同じ浅い海の隣どうしだったと考えられています...」

「それがいわゆる、プレート・テクトニクスでいう、大陸の離合集散で散り散りになった

わけですね」

「そういうことです。そして、やがてこのシアノバクテリアは、植物の中に入って共生

し、“葉緑体”という植物特有の細胞器官に変貌します。そして、光合成能力を獲得

した植物は、やがて陸に進出します。そして、強力に進化分裂し、惑星表面の荒々

しい無機質の大地を、緑のジュウタンで押し包んでいきました。地球生命圏の、次な

る進化のステージです。

  そして、その植物の大繁茂の中で、あのジュラ紀白亜紀、大恐竜時代がやっ

てくるわけです...最近分ってきたことですが、鳥類も、この恐竜が祖先といわれま

す」

「うーん、それが、納得いかないのよね」夏美は、首をひねった。「もちろん、逆らうつ

もりはありませんけど、」

「はっはっはっ...まあ、進化というものを、直感的に納得するのは難しいでしょう。

  しかし、これは、ナノテクノロジーの観点から見れば、まさに驚愕的なことを、あの

原始の海、先カンブリア時代の太古の海でやっていたわけです。そして、まさにその

海から生まれた我々は、今、ようやくそのことを理解し始めたわけです。

 

  その驚愕的なテクノロジーの背後には、いったい何があったのか...

 

  塾長が、“36億年の彼”という概念を描き出したのも、こうした疑問があったから

ではないでしょうか...この眼前する生態系を、ナノテクノロジーの観点から見つめ

なおした時、そこにあるのはまさに、神のなせる業としか思えない世界が広がってい

ます。1個の植物プランクトン、1個の昆虫、その生理作用と食物連鎖...全てが驚

異的なナノテクノロジーの奔流です...地球表面全体が、ナノテクノロジーの洪水

のようです。私達の理解の超えたテクノロジーが、春から夏へ、夏から秋へと、その

風景を無心に変貌させていきます...」

「うーん...生命進化の大きな謎ですね」夏美は言った。「この生命進化の複雑さ

は、いったい何処から来るのでしょうか?」

「難しいですねえ...」堀内は、無心に、青い海洋の四方を見渡した。黒体の宇宙

空間に浮かぶ、この水の惑星こそが、自らの存在の証だった...

「さて...」堀内は、つぶやくように言った。「植物は、やがて海から陸へ進出していく

わけです...原始惑星の陸地を、海岸線から緑のジュウタンで覆い尽くしていきま

す。太陽エネルギーを得て、ますます植物が繁茂し、それを動物が食べる。そして、

さらに膨大な食物連鎖の網の中で、さらなる生命進化が爆発しました...

  古生代・カンブリア紀から数億年...地球表層の生命進化の風景の中で、やが

原人が出現しました。そして、ついにホモ・サピエンス(現代人)の出現に至り、最初

文明の発祥を見ることになります。これが、36億年の生命進化の流れの中で、つ

い1万年ほど前の出来事です」

「はい...」

「そして、まさに今、その科学技術文明の最先端で、私たちがこうして極軌道で周

回する生態系監視衛星“ガイア・21”に乗っているわけです...」

「はい...」夏美は、青い太平洋を見渡しながら、コクリとうなづいた。「本当に、巨大

な質量ですね。地球というのは...」

「うむ。この地球という生命圏にとって、シアノバクテリアは、まさに決定的に重要な

バクテリアだったわけです。しかし、思えば、この惑星を緑で征服し、自分の思う風

景に変貌させたわけです。これは、まさに、究極的な凶暴性ともいえるわけです」

「凶暴といえば、そうですね...エイズや、エボラ出血熱などは、足元にも及ばない

凶暴性です」

「まあ、凶暴性というよりは、生命進化の巨大な流れなのだろうね。ハビタブルゾー

にあるということ自体も、奇跡的なことだ

「はい。“ハビタブルゾーン”というのは、恒星系や銀河系で、生命体が存在できると

推定される領のことだったかしら?」

「そうです。太陽系で言えば、地球と火星が、このゾーンに入ります。太陽からの輻射

熱が、あまりにも強ければ、水星や金星のように、灼熱の惑星になります。また遠す

ぎれば、氷の惑星になります。いずれも、私達のようなDNA型生命体が存続するに

は、物理的に不可能な場です。

  惑星表層の水が、“固体”と“液体”と“気体”という3つの相をとるような条件は、

実は奇跡のような条件なのです。しかも、銀河中心部から外れていて、近くの天体の

影響もほとんど受けていないというような条件も必要です。銀河中心部などは、星が

激しく衝突していますからね。

  それから、もし太陽の質量が今の2倍あったとしたら、これもまた別の道をたどる

ことになります。星の質量が大きければ、それだけ内部の核融合反応で、星は早く

燃え尽きてしまうからです。そうなれば、輻射熱も当然違ってきますし、のどかに生命

の育まれる時間的余裕も、吹き飛んでしまいます...」

「難しいですね...」

「しかし...こうした奇跡的な環境の地球に、たまたまシアノバクテリアが発現し、

緑の巨大生命圏が成立し、さらにたまたま、そこに高度な知的生命体が出現した。

しかも、たまたま、太陽も地球も、他の天体と衝突することもなく、無事だったと...

これが、私たちの今の姿です。こうした確率計算を積み重ねていくと、今の私たちの

存在というのは、途方もない奇跡の存在のように思えてくるわけです...」

「うーん...神が存在すると...?」

「さて...」堀内は、顎にコブシを押し当てた。「神かどうかは知りません。しかし、何

らかの超越的存在が介在している可能性が高いのではないでしょうか...」

「うーん...」

「また、だいぶ脱線したようだね」

「あ、はい...」

                               index.1102.1.jpg (3137 バイト)            

 

≪無機炭素のCOを、有機物へ変換.../“基礎生産(一次生産)”≫ lobby4.1119.1.jpg (2391 バイト)

 

「ええ、それじゃ、堀内さん、話を先へ進めたいと思います」

「うむ... .ええ、それじゃ、少し別の角度から検証して行きましょう」

「はい」

「シアノバクテリアは、太陽エネルギーを使って、“水分子”“水素原子”“酸素原

子”に分離します。そして、酸素を、廃棄物として放出します。この酸素が、地球の大

気組成を変え、酸素呼吸型の全ての動物の命を支えているわけです。これが、先ほ

どから説明してきた、シアノバクテリアの功績です。そして、後にシアノバクテリアは、

植物の中に入って大成功し、陸地をも緑で埋め尽くすことができたわけです」

「はい、」

「一方、シアノバクテリアは、肝心の水素の方はどう使っているのかというと、二酸化

炭素(COとして取り込んだ無機炭素を、“糖”“アミノ酸”などの有機物に変換す

るために用いたわけです。まあ、太古の大気組成がどうだったかは、厳密に言えば、

難しい問題ですがね。

  ともかく、こうして作られた有機物は、自らの細胞の“増殖”のために使うわけです

ね。この無機炭素のCOが有機物に変換されることを、“基礎生産/一次生産”とい

います。植物にとっては、酸素を放出するよりも、むろん、こっちの方が大事な仕事な

のです」

「ええ、」夏美は、口を引き結んでうなづいた。

「まあ、動物の方は、光合成生物が放出した酸素を呼吸し、こうして生産された植物

という有機物を食べるわけです。もっとも、動物は、植物を餌とするだけでなく、動物

そのものを餌とするものが出現し、その両方を餌とする雑食性のものもいるわけで

す。また、虫を食べる、食虫植物なども存在します」

「はい。食虫植物というのは聞いたことがあります。モウセンゴケや、ウツボカズラ

どですね」

「うむ...

  さて、古生代のカンブリア紀以降、数億年にわたって、こうして地球の生態系が形

成されてきたわけですが、この“生態系”というのは、“恒常性(ホメオスタシス)

持っています...本来、このホメオスタシスという概念は、生物体の外界に対する

体内環境の統一性や、精神内部のバランスについて言うわけですが、生態系もま

た、強力な復元力、恒常性をもっているのではないかということです。現在、私たちが

地球環境を考える上で、非常に重要なポイントになります」

「うーん...そうすると、高杉・塾長の言うように、ますますこの地球の全生態系が、

ひとつの生命体のように見えてきますね」

「そう...“生命体”、あるいは“進化”というものを、単純な固定観念で語るのが、難

しくなってきているのは確かです。時間座標をも加えて、その“プロセス性”でとらえ

なければ、真の意味が見えてこないような気がします」

「そもそも、“生命体”や“進化”は、時間軸上にありますものね、」夏美は、ポン助の

方を見た。そして、コクリとうなづいた。

「はい。ええ...それでは、ポンちゃんから...ええと、“無機物”と“有機物”、“カ

ーボンナノチューブ”について、ワンポイント解説があります。ポンちゃん、お願いし

ます」

「おう!」ポン助は、首を上げて上の方を見た。

 

  ≪ポン助のワンポイント解説・・・No.1≫ lobby4.1119.1.jpg (2391 バイト)  

  <“無機物”と“有機物”、“カーボンナノチューブ”>  wpeC.jpg (18013 バイト)h4.log1.825.jpg (1314 バイト) 

 

「ええと...

  生物の話をする時はよう、よく“有機物”という言葉が出てくるよな...

この“有機物”というのはよう、生物に由来する、炭素原子を含む物質の

総称だよな。“有機化合物”とも言うぞ。

  この“有機物”の反対が、“無機物”だよな。これは、水や空気や鉱物類

なんかでよう、こうしたものを原料しとて作った物質の総称だぞ。“無機化

合物”とも言うよな...

 

  炭素(C)はよう、無機物と有機物の両方あるよな。無機物としてはよう、

(炭素)CO(一酸化炭素炭素)CO(二酸化炭素炭素)、CH(メタン)などがあるぞ。

  これが、有機物(生物に由来する炭素原子を含む物質)となると、“糖”“アミノ酸”

がそうだよな。そして、糖には“多糖類”や複雑な“糖鎖”があるぞ。

  それから、DNAの設計図で、アミノ酸を合成して作られる膨大な種類の

“タンパク質”が、全て有機物だよな。だからよう、植物も動物も、生物体

は全部有機物だしよ、その死骸も有機物だぞ。ただ、その死骸が燃えてし

まえば、黒い炭になって、無機物の炭素になるぞ...

 

  この炭素には、いろんな分子の形があるぞ。炭素原子が6角形の網目

状につながった、“黒鉛構造のシート”があるぞ。普通の煤(すす)なんかが、

これだよな。他にも、色々な煤の中に、色々な形のものが混じってるぞ。

  炭素原子60個からなる、サッカーボールのような立体的な炭素分子構

造、を“フラーレン”というぞ。これには、C60 C70 C84 C102といったよう

にさまざまなタイプがあるよな。こうしたものの中に、560個の炭素原子

からなる C560 があってよう、この大きなボール状の網カゴの中をのぞい

てみると、中に C240 があり、さらにその中にC80 が入っていたぞ...

  そして、“黒鉛構造のシート”が、円筒形に丸まったものが、いまナノテ

クノロジーで話題になってる“カーボンナノチューブ”“カーボンナノホー

ン”だよな。これは、分子レベルでできた、ものすごく細くて丈夫なチューブ

だぞ... こうした研究は、今もどんどん進んでいるよな」 

 

       lobby4.1119.1.jpg (2391 バイト)                        

 

「はい...ポンちゃん、どうもご苦労様」夏美は、ターミナル・スクリーンをチェックし

た。「たいへん詳しい説明でした」

「ポンちゃん、ご苦労様。よくまとめたね」堀内も言った。「さて...何処だったかな、」

「はい。ええと、“基礎生産”の所です

「うむ...この無機物のCOが有機物に変換される“基礎生産”だが、これを全地

球規模で計測することは、実は容易ではなかった、」

「はい」

「実際こうした計測の動きが出てきたのは、20世紀後半のことになる。当時、数千

件もの測定が行われたようだ。しかし、測定地点や時間的な偏りもあり、数理モデル

も粗く、ごく大雑把なものだった。むろん、第一線の科学者が、精密に測定したもの

だが、地球の方があまりにも大きかったわけだ。分るだろう?」

「はい、分ります」

「状況が変わったのは、1997年、NASA(米航空宇宙局)がSeaWiFSという海洋

観測衛星を打ち上げてからだ。この海洋型広視野センサーは、1週ごとに全地球の

植物プランクトンをカウントし、ようやく地球の全貌が見えてきたわけだ」

「ふーん...この生態系監視衛星“ガイア・21”のような衛星かしら?」

「まあ、これのように、有人衛星ではないがね...

  このSeaWiFS(Sea Wide Field Sensor)の植物プランクトン観測は、光合成

クロロフィルa という葉緑素が必要なことを利用していた。クロロフィルa は、太陽

光のうち、青色と緑色の波長域を吸収するが、水分子はこれを散乱する。つまり、植

物プランクトンが、太陽光を多く吸収している所ほど、人工衛星からは暗く見えるわ

けだな。これを精密に測定し、クロロフィルの量を求める。そして、これによって、植物

プランクトンの量も、高い精度の推定値が出せるわけだ」

「はい、」

「...幾つもの研究グループが、様々な分析手法で、このデータと、過去に蓄積さ

れてきたデータを解析した。そして、みな同じ結論に到達した。これは、こうした研究

の成果としては、驚くべき一致というべきだろう...

  その結論は、植物プランクトンが無機炭素を吸収している量は、年間450億〜

500億トンというものだった。これは、これまでの最大推定値の、実に2倍に相当す

る量だった。“海の森”の植物プランクトンは、予想していたよりも2倍のCOを吸収し

ていたということだ。つまり、それだけ、“海の森”は、地球生態系にとって重要だと

いうことになる。

  一方、これまで陸生植物は、年間1000億トンの無機炭素を吸収しているとされ

ていた。ところが、衛星データを解析した結果、多くの生態系学者の予想を大きく裏

切り、約520億トンだと分った。これは、つまり、全陸生植物と、海の森の植物プラン

クトンは、ほぼ同量のCOを吸収しているということだ...」

「うーん...そうなんですか...やっぱり、地球は水の惑星なんですね、」

「うむ...二酸化炭素や酸素は、大気中にあるわけだが、それは海面の境界面を

通って、海水中にも溶け込んでいる。まあ、詳しい数値モデルはともかく、植物プラン

クトンは大気海洋の表層域からCOを吸収している。むろん、炭酸同化作用によっ

て、自己増殖しているわけだが、こうした植物プランクトンの寿命は短い。

  したがって、COは植物プランクトンの死と共に深海へ沈む。そして、深海底に蓄

積していく。まあ、数百年後に、湧昇流によって再び海面に戻ってくるわけだが、一

部はメタンハイドレート化石燃料のような形で、何億年も海底の地層の中に留まる

ことになる

「はい...この数値モデルも、難しそうですね」

「うむ、」

     wpeC.jpg (50407 バイト)                                               

 

 

 〔3〕 “生物ポンプ”と炭素の固定          wpe74.jpg (13742 バイト)       (2003.3.12)

 

≪準備作業≫ ......... 堀内 秀雄/ 白石 夏美/ ポン助

                     wpe1.jpg (29062 バイト)         

船外作業・・・/ポン助

    ビデオカメラで衛星本体、太陽電池パネル等を詳しく撮影...地上へ転送

                         

 

     house5.114.2.jpg (1340 バイト)  

地上・・・/航空宇宙基地・赤い稲妻

   スーパーコンピューターが、ポン助とデータ交信...

   衛星の破損状況を解析...

    同時に、“スターライト・シャワー”/サテライト放送/の準備作業を支援...

 

「ええ、ポンちゃん...」支折が、大型液晶スクリーンを見ながら、コーヒ

ーカップを脇に置いた。「補助パラボラアンテナの画像に、かすかにゆがみ

があるわね...ええと、No.5のアンテナ...あ、いえ、No.5よ。そう、

それ...うーん...ねえ、ポンちゃん、もう一度詳しく撮影してみて...

再チェックしてみるから...

  あっと、その前に、コード1155、1178、いくわよ!」

「おう、」ポン助は、宇宙服のヘルメットの中で、支折の声に答えた。

「うーん...ポンちゃん、大丈夫?元気が無いわねえ、」

「大丈夫だよな...太陽の位置が、だいぶ動いたぞ」

「そう...じゃ、いくわよ、ポンちゃん!」

「おう!」

  支折はコンソールのキーボードを叩き、スーパーコンピューターから試

験データを送り込んだ。それから、コーヒーカップを取り、液晶スクリーンの

モザイク表示データをじっと見つめた。コーヒーカップを持ったまま、数秒待

つと、注目していたグラフが、静かに動き始めた。

  ポン助は、地球大気表層を、無重力で流れていた。太陽を背に、下から

地球の強烈な反射光を受けている。ポン助は、命綱をたどり、白く眩(まぶ)

しく光る小さな5番アンテナに接近した。そして、裏側までゆっくりと撮影

し、自動的に支折のスーパーコンピューターに転送した。

「うーん...」と、支折が言った。「うまくいかないわねえ...ソレ、次のミッ

ションで、交換しようか...あ、いいわよ、ポンちゃん。それじゃ、エアロッ

クから中に入ってちょうだい」

「コード1155は、いいのかよ?」ポン助が言った。

「大丈夫。これはそれほど重要じゃないし、別の方からバックアップするか

ら。OKよ!」

「おう...」

  ポン助は、青い海洋と陸地との海岸線を、超高速で昇っていた。その無

重力移動の状態で、少しづつ命綱をたどった。地球の反射光で光る円筒

形のエアロックは、緑のランプが点灯していた。生態系監視衛星“ガイア・

21”は、再び地球の夜の側に入ろうとしていた。

「よう、」ポン助が言った。「支折も、一度、宇宙へ出てみるといいぞ」

「うん。そのうちにね。エアロックはOKよ。中に入っていいわ」

「おう、」

                               wpe1.jpg (29062 バイト)              

 

≪ 植物プランクトンは、1週間で、全て新しい個体と入れ替わる... ≫

          wpe74.jpg (13742 バイト)

「ええ...ポンちゃん...船外活動、ご苦労様!」夏美が、ポニーテイルの髪をつ

かみ、観測モジュールに入ってきたポン助に言った。

「船外活動は、疲れるよな、」ポン助は、自分のマジックハンドの方に漂った。そして、

先端の誘導チェアーに体を寄せ、マジックテープで固定した。「船外活動は、久しぶ

りだったよな、」

「そうね」

「さあ...では、始めるかね」堀内が言った。堀内は、今度は頭にヘアバンドを付け

ていた。「ええ...いいかな、ポン助君?」

「いいよな、」ポン助は、誘導チェアーから、自分のパソコンを引き出しながら言った。

「はい...」夏美も答え、観測窓に目をやった。「暗くなってきましたね。本当に一日

が早いこと...」

  観測窓から見える地球表面が、暗い夜の領域に入っていく。窓が薄暗くなった分、

観測モジュール内の発光ダイオードの光が強さを増して行く。発光ダイオードの色は

何色もあり、航空宇宙基地の支折の画像も、くっきりとしていた。

  その、支折の画像が、後ろに引いて振り向くと、向こうからマチコがやって来るの

がチラリと見えた。

「さて...」堀内が言った。「先ほども言ったように、“海の森”の植物プランクトンは、

予想していたよりも多いCOを吸収していました。しかもそれは、年間450億〜500

億トンに達し、これまでの最大推定値の、2倍近いものだったわけです」

「はい、」

「このことにより、研究者は、植物プランクトンの死骸の行方について、再検討を余儀

なくされました。何故かと言えば、この数値は、地球規模での炭素(C)や二酸化炭

素(CO)の循環にとって、無視できない量だからです。いや、無視できないどころで

はない。モデル全体を左右しかねないほどの量だったわけです」

「はい...でも、海洋性の植物プランクトンと、陸生の植物全体が、ほぼ同量のCO

吸収量だったというのは、驚きですわ。“海の森”というのは、本当に、そんなにすご

いのでしょうか?」

「うーむ...私も、深く考察したわけではないが、意外だったね。が...ともかく、そ

ういう結論に達したわけだ...これからも、こうしたことは、色々と出てくるだろうね」

「何故、」夏美は、首を深く傾げた。「こんなに予測が違ったのでしょうか?」

「うーむ...」堀内は、またうなった。髪を止めているヘアバンドに両手をやった。「鬱

蒼とした陸地の森林と、植物プランクトン...これらの生物の形態の違いだろうね

え...増殖のサイクルの違いというものが、私たちの直感とはマッチしていなかった

のかも知れない...」

「と言うと?」

「植物プランクトンというのは、太陽から得たエネルギーのほとんどを、光合成に振り

向けて増殖する。しかも、寿命は非常に短い。したがって、海洋全体でも、1週間もす

ば、全てそっくり新しい個体と入れ替わるという...

  これに対し、陸生植物は、幹、葉、根という基本構造を作るのに、非常に多くのエ

ルギーや材料を消費するわけだ。これは、重力や自然環境、生態系という食物連

鎖の中で生きていくための、構造化であり、進化だがね...

  しかし、ことCOの吸収量という点においては、植物プランクトンほどの効率性は

無かったということだな。陸生植物の場合、固体が入れ替わるのは、平均20年と推

定されている...」

「はい...あの、植物プランクトンが、色々なものの餌になっているのは、どうなので

しょうか?」

「うむ...植物プランクトンというのは、平均6日ごとに細胞分裂して増殖する。しか

し、この半数は、死滅するか、動物プランクトンに食べられるという。その動物プラン

クトンは、魚などの餌になり、それがさらに大きな魚に食べられ、食物連鎖に入って

いく。

  こう考えると、海洋性の植物プランクトンも、陸生の植物も、それ程単純なサイク

ルではないのが分かる。しかし、地球の全生態系の中に、しっかりと組み込まれてい

るわけだ」

「うーん...」

「そして、この生態系というのは、有機物だけで構成されているわけではない...

  有機物と無機物が、まさに布の縦糸と横糸のような世界線(4次元世界線)で織り合わ

され、そのプロセス性の中に、“命”を見ることができるわけだ。しかも、エントロピー

増大(熱力学の第2法則)宇宙の中で、その逆推進力である“進化”という強力な構造化・

複雑化の流れを内包している...」

「はい...」

「私が、いつも不思議に思っているのは、この“生物体”“命”“進化”の正体なの

だ...が、まあ、それはいい...

  ともかくだ...植物プランクトンのライフサイクルは、非常に短いわけだ。したがっ

て、この世代交代のスピード次第では、地球表層のCやCOの循環を大きく左右す

ることが分ってきたわけだ。

  こうしたことから、“全球海洋フラックス合同研究計画(JGOFS)”という国際研究

プログラムがスタートした...」

「はい。JGOFSですね」

「うむ」

 

≪全球海洋フラックス合同研究計画(JGOFS)≫   lobby4.1119.1.jpg (2391 バイト)          

 

「ええと...

  まず、この国際研究プログラムは、1988年にスタートした。むろん、現在も活動

中だ」

  夏美は、黙ってうなづいた。

「この研究では...ええと、まず、“海洋炭素循環の定量化”を始めたと言われる」

「炭素循環の定量化ですか?」

「うむ...

  これは、植物プランクトンがCOを吸収し、それが死滅して深海底へ沈んでいった

り...あるいは動物プランクトンに食べられて、複雑な食物連鎖の過程を経て、そ

の有機物が微生物によって分解され、再びCOになって、大気へ還元してくる...

その、全過程の定量化だね」

「うーん、難しい仕事ですわ。それを、全て解明するのでしょうか?」

「うーむ...まあ、そうだね...

  そこで、この全循環過程の解明で、まず大きな比重を占めているのが、“海洋表

層の海の森”というわけだ。太陽エネルギーが届くこの海洋表層部は、ナノテクノロジ

ーの巨大な工場といってもいい。

  大気や海水に溶け込んでいるCOが、光合成に使われ、Oを吐き出す...そし

て、こうしたガスのやりとりが、海水面を通して、海洋と大気との間で活発に行われ

ているわけだ...液体と気体という意味においては、海水面というはっきりとした境

界がある。しかし、その相互作用においては、境界というのはきわめて亡羊としたも

のだ」

「うーん...」

「海洋表層域に溶け込んでいるガスは、およそ6年で、大気圏のものとそっくり入れ

替わると言うね」

「“炭素循環”の定量化というのは、本当に、大変な話ですね」夏美は、誘導チェアー

のスティックに、細い腕をからませた。

「まあ、前にも言ったように、NASA(米航空宇宙局)がSeaWiFSという海洋観測衛

を打ち上げてから状況が変った。これは、1997年に打ち上げられたわけだ...

  ええ...したがって、“JGOFS”がスタートして...10年目頃になるかな...こ

のあたりから、ようやく地球全体が、数値モデルとして動き始めたようだ...」

「あの、堀内さん、それで“生物ポンプ”というのは、どういうものなのでしょうか?」

「おっと、」堀内は、パンと手を打った。「そうそう、その話をしよう」

「じゃ、お願いします」

「うむ!

  “生物ポンプ”というのはだね、簡単に言えば、植物プランクトンなどが死骸となっ

て深海底へ沈み、そこにCを蓄えることを言う。海面や海水中の植物プランクトン

は、大気や海水中から、Cを取り込み、短いライフサイクルで死骸となり、マリンス

ノーとなって、深海底へ沈んで行く。

  これは、1方向へのみ流れていくだろう。つまり、を深海底へ送り込んでいく

“ポンプ”なのだ。意味は分かるだろう?」

「はい」夏美は、しっかりとうなづいた。

「つまり、植物プランクトンというのは、温室効果ガスであるCを、大気中から大

量に吸収し、早いサイクルで死骸となって、深海底に降り積もりっていく。

  しかも、深海底の海水は、冷たく重く、表層部の温かい海水とは混ざらない。つま

り、非常に長い時間、CO海底に貯蔵されている、というわけだ」

「長い時間というと、どのぐらいでしょうか?」

「そう...“数百年”といわれている。そのぐらいたつと、深海で放出されたほとんど

全ての栄養素は、“湧昇流(ゆうしょうりゅう)などの海流にのって、再び海洋表層へと戻

って来るのだそうです。そして、こうした栄養素が、再び植物プランクトンの繁殖を促

進する原動力になると考えられています。つまり、これで1循環するということです

ね」

「ふーん...」

  夏美は、暗い観測モジュールの中で、ポン助の誘導チェアーを見た。誘導チェアー

を載せたマジックハンドが、発光ダイオードの光で、白っぽく浮かび上がっている。

  観測窓の地球は暗かった。が、夜光虫のように地表の光の群れが見える。それ

が、急速に流れていく。夏美は、その様子を見ながら、ふと襲った宇宙空間の孤独に

肩を震わせた。そして、それに反発するように、誰へともなく言った。

「あそこには、大勢の人たちが住んでいるのね、」

「みんな、いろんなことを、やってるよな、」ポン助が言った。「支折もいるしよ、」

「ええ、」

  堀内も、下界の地球の闇を見つめた。その大気圏に包まれた闇は、宇宙空間の

煤墨(すすずみ)のような真空の闇とは違っていた。

  人は、この地球という惑星の中で生まれ、死んで再び、この惑星を構成する素粒

子に還元される。そしてまた、それ等の素粒子は、再び別の生命体の中を通過し、

命が繰り返されていく。それが地球生命圏の姿...では、この膨大なナノテクノロジ

ーのシステムは、一体何処から来たのか...命とは何か...“進化”のベクトル

は、何処からやってくるのか...

                                       wpe74.jpg (13742 バイト)      

 

「さて...参考文献によれば...」と、堀内は言った。「こう言っている...

 

“この循環によって、生物ポンプは本来の均衡状態を保ち、大気中の

CO濃度を、約200ppm下げる。現在のCO濃度が約365ppm

あるのを考えれば、この数字は大きい”

 

  ...と、」

「ふーん...」夏美が、腕組みをした。「現在は、約365ppmですか...私の資

料では、370ppmです」

「まあ、同じようなものだ。

  前にも話たことがあるが...人間活動の結果、19世紀と20世紀の過去200年

間で、大気中のCO濃度は、31パーセント増加したと言われる。

  また、このまま放置すれば、22世紀までの100年間で、COはあの18世紀の

産業革命以前に比べ、2倍になると言われ

  それは、大気中濃度にして550ppm...つまり、このあたりで、安定させようと

いう基準値です」

「それが、“京都議定書”の目標なのかしら?」

「さて、詳しい数字はもう忘れてしまったな。しかし、これは目標値としては、最も厳

しい数値と言われていたものだ」

「あ、それは、後で調べておきます」

「うむ...

  ちなみに、現在は、365ppm...したがって、生物ポンプによって、大気中

濃度を約200ppm下げるというのは、非常に大きな数値だということは、分る

わけだ

「はい...

  ええ、これも以前、堀内さんと対談した時のデータですが、」夏美は、観測窓と並

んでいるメイン・スクリーンに、データを表示した。

 

《 地球温暖化の原因 》  /再掲載/経済成長可能な温室効果ガス・コントロールより

  過去200年の間に、大気中のCO濃度は、280ppm(1ppmは100万分の1

のこと)から370ppmへと約30%あまり増加しています。1990年代では、毎年平均

1.5 ppmづつ増加しているといわれ、増加率は年々上昇しています。人

類文明は、CO以外の温暖化ガスも排出していますが、地球温暖化の約

3分の2は、COが原因だと考えられています。

        

「...ええ、と言うことですね」夏美は、スクリーンのデータを読み上げてから言った。

  堀内は、ゆっくりとうなづいた。

「...生物ポンプによって、深海に蓄えられる炭素の量は、“年間約70億トンから

80億トン”と言われます。これは、植物プランクトンが1年間に吸収する炭素量の、

約15に当ります...

  それから、数百年・1循環の時間スケールで見ると、この生物ポンプにも、“漏れ”

が出ているのが見えてきます。つまり、これは、海洋表層部へ還流していかない有

機物のことです。この量は、全体の約0.5%と推定されます。こうした炭素の一部

は、黒色頁(けつ)などの堆積岩の構成物質になります」

「ふーん、黒色頁岩ですか?あまり聞いたことがないのですが、」

「うーむ、そうかね?この黒色頁岩というのは、地球上で最大の有機物の貯蔵庫

なのだがね...

  この、頁岩というのは、そもそも堆積岩の一種です。泥が固結した岩石のうち、薄

くはげる性質のあるものです。まあ、石灰岩、砂岩などと重なり合って、中生層・第三

紀層などの地層を形成しています。そうそう、泥板岩とも言いますね」

「あ、泥板岩というのは、聞いたことがあります」

「ふむ...まあ、こうしたもののさらにごく一部が、石油天然ガスなどの鉱床を形

成するわけです。つまり、現在私たちが使っている化石燃料というのは、こうした植

物プランクトンが化石化したものです。それが、長い年月の間に、深い海底の地層に

入り、営々と眠っていたものです」

「はい...」

 〔4〕 大気中のCO濃度の上昇地球温暖化へ  index.1102.1.jpg (3137 バイト)    

              lobby4.1119.1.jpg (2391 バイト)         

 

「さて...次に、黒色頁(けつ)などの堆積岩に取り込まれた炭素はどうなるかとい

うと、プレートの沈み込み帯で、それがマントルの中に沈み込んだ時のみ、動きま

す。その時は、高温高圧下で岩石が溶解し、中からCOが吹き出すと考えられます。

それが、やがて、火山の吹き上げと一緒に、大気の中へ循環してくるわけです」

「ふーん...それが、たまたま噴火したものだけ、大気へ戻って来るわけですね?」

「あ、いや、少し違う...」堀内は、無重力空間で、片腕を立てた。「高温高圧下のマ

ントルの中では、堆積岩とCOは、完全に分離するのではないかな...そして、超

高圧のマントルの中で、ガスは行き場を失い、上へ登って来るのではないかな...

ゆっくりとね...そして、火山の噴火で大気圏へ帰る...」

「そうかあ...」夏美は、コクリとうなづいた。「ガスだけ、上へ昇ってくるわけね?」

「最近、高杉・塾長の講義に、“最新・マントル対流の風景”というのがあっただろう。

その中で、プレートの沈み込みで、大量の海水がマントルへ入るという話があったと

思う」

「あ、はい!ありました!地球規模の、マントル対流の話でしたね?」

「そうそう。その話の中でも、海水は沈み込むプレートの隙間から、ドッとマントルの

内部に流れ込むわけではないと言っていたはずだ。そもそも高温高圧下のマントル

の中に、海水が流れ込む隙間などは、全くないのです。

  実際には、プレートが大量の海水を含み、“含水鉱物”として、マントル深部にまで

ゆっくりと沈んでいくのです。つまり、海水が、大量にマントル内部に入り込むという

のは、このような風景だと言うことですね」

「はい、」

「つまり、何が言いたいのかといえば...溶解した岩石から放出されたCOは、超

高温高圧下では、居場所がないというわけです。むろん、水の中を、気泡が真っ直ぐ

上に昇ってくるような、単純な風景ではないでしょう。しかし、粘性とマントル対流運

動の中で、時間をかけてゆっくりと上昇してくるのではないかな、」

「あの、水やガスは、そうした高圧下では、つぶされて、消えてしまうんじゃないかし

ら?」

「うむ!しかし、消えて無くなってしまうわけではない。しかも、大量となったら、話は

別だ」

「あ、はい...」

「それにしても、こうしたモデルというのは、実際に見ることのできない世界だけに、

何が本当かということは、なかなか分らないわけです。しかも、地球という巨大な惑

星サイズの話だしね、」

「はい...ええ...ともかく、COは、こうした火山活動において、つねに大気中に

放出されているということですね。これは、地球大気の組成にとって、重要な要素だ

と思うのですが、」

「そういうことです!巨大な火山が1つ噴火すれば、私たちの多少の努力など、すぐ

に消し飛んでしまいます。しかし、人類全体では、火山活動の100万倍ものスピード

で、化石燃料の炭素を大気中に放出しているのです。ここが、大問題なのです」

「...」夏美は、黙ってうなづいた。

「先ほども言ったように、この化石燃料の炭素は、植物プランクトンが、大気中から

COとして取り込んだものです。それが、長い眠りについていたものを、人類文明

が、一気に大気圏に戻しているわけです。しかも、このCOは、温室効果ガスだとい

うことですね。ここが問題なのです」

「うーん...」

「まあ、それにしても、こうした“海洋炭素循環の定量化”などというのは、途方もな

いスケールの話です。まあ...いつか、誰かが、始めなければならなかったわけで

すがね...」

「はい。でも、その地道な努力が、やがて、地球生命圏の電子空間・モデルとして成

長していくわけですよね」

「確かに、近々、そんな時代がやってくるのでしょう...

  しかし、それが、夢の時代なのか...それとも、何も知らずにいる、アダムとイブ

の楽園の時代がいいのかは分りません。しかし、いずれにしても、もう“エデンの園”

は無いのでしょう...」

「はい、」

「それよりも、当面問題なのは...

  人類の化石燃料使用によるCOの増加が、植物プランクトンや陸生植物の吸収

で、相殺できないということです。そのために、大気中のCO濃度が急速に上昇し

続けているという事実です。そしてこれが、過去50年間の、地球温暖化の主要な原

因だと考えられているということです...」

「うーん...このCOを、どうするかということですね、」

「生物ポンプで、人為的にCO深海へ送り込むという研究が進んでいます。しか

し、生態系全体へ及ぼす影響は未知数です。それに、その効果そのものも、まだ検

証されたわけではありません」

「はい...」

 

 〔5〕 人工的な海洋肥沃化と、生物ポンプの促進  index.1102.1.jpg (3137 バイト)    

                                                      (2003. 4.20)

「お久しぶりです。白石夏美です...

  今年は、日本国内、世界情勢とも、歴史的な大変動が起こっています。そのため、

私たちの生態系監視衛星“ガイカ・21”からの、“2003年・新春対談”も、4月に入

ってしまいました。今回が、最終回になります。どうぞ、よろしく...」

                        lobby4.1119.1.jpg (2391 バイト)     

 

  夏美は、マジックハンドの誘導チェアーをスイングし、観測窓へ接近した。地球は、

夜の闇から、かすかに朝の光が感じられた。やがて、小さなダイヤモンドのような光

が発し、それがグングン拡大し、雲海を照らしてくる。衛星自体が超高速で飛行して

いるため、まるで早送りの映画を見ているようだった。

 

「ええ、堀内さん...」夏美は、もう一本のマジックハンドにいる、堀内の方に顔を向

けた。「今回は、具体的なCOの深海底への貯蔵の話になりますね。よろしくお願い

します」

「はい...

  ええ、およそ10年ほど前になりますか...1990年代の初頭ですが...大気中

のCO増加が大問題になりました。原因は、車や発電所や工場などの、化石燃

による増加です。そして、この定量的に大気圏に蓄積し続ける莫大な量のCO

を、どうするかということになったわけです。

  よく知られているように、COは、温室効果ガスです。いずれにしても人類文明の

排出するエントロピーが、地球環境を変動させるほどになるということは、いいことで

はありません。これは、 COばかりでなく、南極上空のオゾンホールの原因となる

ロンガスなど、他のあらゆる化学物質について言えることです」

「はい。地球環境全体ですね」

「まさに、その通りです...

  さて、COの話に戻りますが、当時まず注目されたのが、“海洋への貯蔵”でし

た。それも、深海に貯蔵することです。そこは、化石燃料から放出される全COを、

吸十分に収する力を持っています。広い海洋の深層部は、表層水と混ざり合うこと

がありませんから、そこに貯える事が可能なのです。

  そうした折、一部の研究者や民間企業が、“生物ポンプ”の作用を加速すれば、

大気中のCOを、人為的に深海に送り込めるのではないかと提案したわけです。

それが、始まりになりますね...」

「はい。それで、実際には、どうなのでしょうか?現状は?」

「そうですねえ...

  すでに、その実験は始まっています。しかし、効果は分りません。生物ポンプの作

用は理解されても、COの海洋循環全体が描ききれていません。つまり、実際に、

そこにCOが貯蔵できるかは、まだ実証されているわけではないのです。

  いずれにしても、地球規模の生態系への関与になりますから、非常に慎重にやら

なければならないわけです。下手をすれば、地球の生態系を危険にさらしますから」

「はい、」

「まあ、これから、深海や深海底、それから海洋循環全体が研究されていきますか

ら、そうした全貌も次第に見えてくると思います。何が危険で、何がどの程度許され

るのか、そして、実際に可能なのかどうか...」

「はい。でも、生物ポンプの実験は、すでに始まっていると言うことですよね?」

「はい。まあ、研究は進めるべきだと思います。植物プランクトンや、COの海洋循環

全体を、より深く理解することは大事なことです。それが、この地球環境全体をより深

く知り、この地球の全生態系を守っていく力になるのです。

  むろん、他の動物たちのように、こんな地球の生態系のことなどは、知らないのな

ら、知らないでいいのです。しかし、人類は、何故かは知りませんが、高い知能を与

えられ、文明の形成を許され、この宇宙や生命や生態系というものを、深く探求する

立場を与えられています。したがって、生命進化が、それを望んでいるのであれば

まさに我々は、それを探求する道を歩むべきでしょう...まあ、そうした文明の排出

するエントロピーが、こうした事態を招いたということもあるわけですがね...」

「はい。こうした研究は、複雑な海洋の実態を理解することにも、大いに役立つわけ

ですね?」

「そういうことです」

≪生物ポンプの強化/カギになる栄養素は、“鉄”        

 

「さて、生物ポンプを促進するには、2つの方法があると考えられています...」

  堀内は、朝焼けの射し込むサテライト(衛星)の中で、両手でヘアバンドをおさえた。

観測窓は、黄金色に光る雲海の上を、超高速で進んでいく。彼等の顔に、窓から入

る反射光が照り返った。

「1つは、」と、堀内は、片手を上げた。「海洋表層部に、栄養素を補給する方法です。

そして、もう1つは、十分に活用されていない栄養素を、効率的に利用する方法で

す」

「うーん...はい、」夏美は、額に雲海の反射光を受けながら答えた。

「そうですねえ...」堀内は、腕組みをした。「実は、最近になるまで、植物プランクト

ンにどのような海洋肥料が有効なのか、あまり明確ではなかったのです。それが分っ

てきたのは、ここ10年ほどの成果でしょう」

「すると、“全球海洋フラックス合同研究計画(JGOFS)”が動き出してからというこ

とでしょうか?」

「そうですね... JGOFS がスタートしたのが1988年。NASA(米航空宇宙局)が、

SeaWiFS・海洋観測衛星を打ち上げたのが、1997年。いずれも、竹の節目にあ

たるものです。その節目から、グンと成長するものがあるわけです」

「はい...それでは、この10年で、どのようなことが分かったのでしょうか?」

「全ての植物プランクトンにとって、不可欠な主要栄養素というのは、2つあります。

それは、“窒素”“リン”です。“リン”の方は、核酸の合成に不可欠な物質です。した

がって、これがないと、DNAが出来ないわけです。DNAが出来なければ、細胞もで

きないし、タンパク質も合成できないというわけですね。

  最初のうち、海洋で手に入りにくい栄養素は、この“リン”の方だと考えられていま

した。“リン”は、自然界には大陸部の岩石に、“リン酸塩”として存在するだけです。

したがって、植物プランクトンが、これを外部から大量に手に入れるには、淡水の河

川に頼るしかないのです。

  一方、“窒素”の方は、空気の主成分であり、海水にも容易に溶け込んでいるわ

けです」

  夏美は、ポニーテイルを片手で絞り、コクリとうなづいた。

「ところが...1980年代と言われていますが...海洋生物学者たちは、“窒素”

の供給量を、これまでずっと過大評価していたことに気付き始めたといいます」

「“窒素”の方を、ですか?」

「そうです。それは、どういうことかと言うと、植物プランクトンの多くは“固定化され

た窒素”からでなければ、タンパク質を作れないことが分ってきたのです。つまり、

“窒素”が酸素や水素と結びついた、“アンモニウムイオン”“亜硝酸イオン”“硝

酸イオン”いう形態になっていないと、うまく活用できないことが分ってきたのです」

「ふーん...そうした窒素化合物でないと、うまくタンパク質を作れないということで

すね?」

「そういうことです...

  そもそも、こうした窒素というのは、大部分が一部のバクテリアラン藻によって、

アンモニウムとして固定されているのです。そして、これらが死んで腐敗し、アンモニ

ウムが流れ出していくわけです」

「はい。ともかく、不足しているのは、“リン”ではなく、“窒素”の方なのですね?」

「現在は、そう考えられています...

  つまり、植物プランクトンの繁殖を促進するカギは、“利用可能な形態の、窒素の

量”です。そして、この“利用可能な窒素”を詳細に調べてみると、“窒素固定反応”

において、“鉄”が重要な働きをしていることが分ってきたわけです」

「うーん...それで、海洋肥料に、“鉄”という話が出てくるわけですか、」

「そういうことです。そのあたりを、もう少し詳しく説明しましょう」

「はい」

「窒素を固定するバクテリアもラン藻も、実は“ニトロゲナーゼ”という酵素を触媒とし

て、“窒素固定反応”を進めています。そして、この酵素は“鉄”を含んでいて、この

“鉄”が電子を伝達することで、化学反応が進むようですね...」

「ともかく、鉄イオンが、電子を運ぶわけですね。それで、化学反応が進むと...ふ

ーん、そういうものなんですか、」

「そうです...それから、ラン藻の方は、この“窒素固定反応”を進めるエネルギー

作り出すためにも、鉄が必要だといいます。これは、ATP(アデノシン三リン酸)を生産する

のに、鉄が不可欠だからです。

  ATP については、これまでにも何度か説明していますが、地球上のあらゆる生

物に共通の“エネルギー通貨”です。車でいえば、ガソリンのようなものですね。この

エネルギーで、生物体の中のナノマシンが駆動しているわけです」

「すると...カギは、鉄ということですね?」

「はい。鉄ということです。バクテリアやラン藻が、どれだけ窒素を固定できるかは、

鉄の量によると考えられます。ただし、多ければいいというものでもありません。適量

の鉄ということです。したがって、鉄の塊を、ドボン、と海に放り込めばいいというも

のではありません」

「うーん...」

「つまり、単純に、図式化して言えば、こういうことです。

  植物プランクトンの繁殖に必要なのは、固定化された窒素です。その“固定化

された窒素”の大部分は、バクテリアとラン藻によって、アンモニウムとして固定され

ています。しかし、その固定化反応には、適量の鉄が必要だということです」

「あの、堀内さん...海水には、色々な金属が溶け込んでいると聞いています。鉄

は、溶け込んではいないのでしょうか?」

「そう...かっては、」堀内は、方向のない無重力空間で、観測窓から誘導チェアー

を遠ざけた。「海水中には、鉄は豊富に存在すると考えられていました...なんと言

っても、地球内部は巨大な鉄の塊ですからねえ。地球には、それこそ膨大な量の鉄

が存在します。

  しかし、実際に精密に測定してみると、海洋表層には、鉄の濃度は非常に低いこ

とが分ったのです。しかも外洋で、リンや固定無機窒素の濃度と比較すると、1/15

から1/100しかなかったそうです...」

「ふーん...1/100ですか、」

「この惑星...この地球生命圏は、解明していけば行くほど、我々の想像をはるか

に越えるものであることを、しばしば思い知らされます。これを、想像を絶すると言う

のでしょう。1つとして、私たちの経験で、単純に乗り越えられるものはありません。

解明していけば行くほど、その神秘の深さに圧倒されます...」

「はい...」夏美は、コクリとうなづき、頭に手をやった。そして、朝の明るい海洋を

見下ろした。

    ≪氷河期は、植物プランクトンが繁栄し、COの量は低下した

 

「ところで、ロシア(旧ソ連)のボストーク基地の下を掘削した、約4kmの“氷柱”があ

ります。ここには、過去42万年の地球の歴史が記録されています...年々降り積

もった雪の中に、その時代の砂塵や大気組成や地球規模の火山灰などが入ってい

るわけです」

「はい、」

「ええと...ボストーク基地というのは、高杉・塾長が木星の第2衛星/エウロパの

“内部海”を説明した時に、紹介していたはずですが...」

「あ、はい...覚えています。<My Work Station>太陽系/木星圏/エウロパ

ですね...」

  夏美が、素早くキーボードを叩いた。観測窓の横のメインスクリーンに、南極大陸

の画像を呼び出された。その地図の中央よりやや東の位置に、ボストーク湖が青い

シミのように表示されていた。ボストーク基地は、その湖の上にあった。夏美は、そ

の概略を見ながら言った。

「ええ...旧ソ連のボストーク基地というのは、このボストーク湖の真上にあります。

したがって、ボストーク湖というのは、南極大陸の氷の下の湖です...このあたりの

氷床の厚さは約4km...ボストーク湖は、この膨大な量の氷で密封された湖です。

これが、木星の衛星エウロパの、“内部海”と似た環境だと...あります...」

「はい。エウロパは、表面がツルツルの氷の衛星としてよく知られていますね。そし

て、その氷の下には、液体の“内部海”があると言われています。近い将来、人類に

よって初めて、この“内部海”の生命探査が試みられる予定です。“海”があれば、そ

こに生命が存在する可能性が高いということです」

「ふーん...実際には、どうなのでしょうか?」

「そうですねえ...

  まだ、超えなければならない壁も多いと思います。しかし、今はもう、あの“鉄腕ア

トムの時代”ですからねえ。いずれ大型探査船が、木星へ向かってスタートを切ると

思います。最近の“ガリレオ”などとは比較にならないほど、大掛かりな探査船にな

るでしょう。まあ、私は詳しい情報は知りませんが、実現するには、予算も莫大なも

のになるはずです」

「はい。ええ、話を戻したいと思います...

  ちなみに、このボストーク湖の広さは、アメリカの五大湖のひとつ、オンタリオ湖

匹敵します...日本の琵琶湖の30倍に相当しますね...水深は百数十メートル。

深いわねえ...この湖が、厚さ4kmの氷で押し潰されているわけですねうーん、

相当の水圧だと思いますが、」

「南極大陸には、こうした氷の下の湖“氷下湖”がいくつも観測されています。この

ボストーク湖は、それらの中でも桁外れの大きさです」

「こんな、氷の下の湖を、どうやって見つけたのかしら?」

「ああ、それは、ダイナマイトで人工地震を起こし、地震波を観測すれば分ります。そ

れから、航空機からレーダー観測しても分りますね。レーダーで観測すれば、その

形状も分ります」

「はい...でも、何故、厚い氷の下に、こんな巨大な湖が出来たのかしら?」

「それは、火山や温泉などの、熱源が考えられますね」

「ああ...だから、液体の湖なのですね、」

「そういうことです。本題に戻りましょう...

  さて...この厚さ約4kmの氷から取った“氷柱”は、過去42万年の地球の歴史

を記録しています...

  この“氷柱”の記録によると、氷河期には間氷期よりも鉄の量がずっと多いのが分

ります。しかも、砂塵粒子の平均サイズも、だいぶ大きくなっています。これは、氷河

期には、大陸は乾燥していて、風が強かったからでしょう。それに比べ、間氷期は湿

度が高く、砂塵や砂鉄が大気中に舞い上がる量が少なかった...ということです」

「ふーん...“氷柱”から、色々分るんですね」

「それと同時に...

  砂塵、すなわち砂鉄の飛散の多い氷河期には、COの量が少ないことも分りま

す。逆に、砂塵の飛散が少ない間氷期には、COの量が多くなっているのです...

  これは、どういうことかと言うと、氷河期には大陸は乾燥していて、風が強く、大量

の砂塵が舞い上がった。そして、その砂塵は海洋へも運ばれた。つまり、氷河期に

は、海洋では、ずっと多くの“鉄”の供給を受けていたということです。それにより、

“固定化された窒素”も増え、植物プランクトンもより活発に繁殖したということです」

「はい、」

「したがって...いいですか...

  氷河期には、海洋は“鉄”の供給を受け、より多くの植物プランクトンが繁殖しまし

た。そして、生物ポンプの働きを強め、大気中から多量のCOを吸収し、それを深海

底へ沈めたと考えられるわけです。つまり、生物ポンプを推進する論拠は、ここにあ

るのです」

「はい...寒い氷河期には、海洋の植物プランクトンは、むしろ繁栄していたわけで

すね。それで、より多くのCOを深海底へ運んでいたということですね、」

「そういうことです」

「氷河期といっても、地球全部が“雪ダルマ”のように凍ってしまう、“全球凍結”では

ないわけですね?」

「もちろんです。“全球凍結”のように、海洋まで全て凍ってしまった時の話ではあり

ません。氷河期といっても、雪ダルマのような“全球凍結”は、最近分ってきたことで

す。例外中の例外と考えて下さい」

「それじゃ、普通の氷河期というのは?」

「一般的な氷河期の概念は、極地方や山岳部の氷河が成長し、地球全体が寒冷化

した時期のことです。そうした時代には、今説明したように、大地が乾燥していて、砂

塵が飛び、植物プランクトンが繁栄し、その結果として、大気中のCOは低下したと

記録されているわけです」

「うーん...氷河期に、温室効果ガスのCOが低下すれば、より寒冷化が進みます

よね?」

「そういうことです...」

「氷河期で...いえ、“全球凍結”で、地球が完全に凍っても、生物体は生きて行け

たのかしら?」

「確かに、夏美さんの言うように、“全球凍結”になって、地球が雪ダルマのような氷

の世界になってしまうと、太陽光線は“鏡”のように反射し、外へ出てしまいます。し

たがって、膨大な太陽熱を吸収できない地球は、益々冷え込んだと考えられていま

す。

  しかし、地球内部の核やマントルの熱は、重力による内部圧から来るものです。こ

の熱は、外部が冷えたからと言って、消えてしまうものではありません。地球がもし

太陽ほどの質量があったとしたら、その自らの重力の内部圧で、核融合反応が起こ

るわけです。つまり、その類の熱ですから、なくなることはないわけです」

「はい」

「まあ、地球には、こうした地球内部から来る地熱と、太陽から来る放射熱の2つの

熱源があるわけですね」

「うーん...はい、」

“鉄”を海洋肥料にする試み...≫               

 

  夏美は、ボンヤリと、観測窓から地球を見下ろしていた。白い雲海の裂け目から、

青い海洋が見える。ポン助は、誘導チェアーのパソコンで、支折と何か複雑なデータ

交換をしていた。

  堀内も、地球の誰かと交信しながら、“ガイア・21”の観測機材を総動員してい

る。極軌道の上空通過の関係で、その作業の方を優先したのだ。

「ポンちゃん...手伝うことはある?」夏美が言った。

「無いよな。大丈夫だ」

「そ、」夏美は、チューブからジュースを少し飲み、また目を細めて地球を眺めた。“ガ

イア・21”は、南極大陸をかすめ、極軌道で、インド洋上空に入って行く...

  

「ええ、それでは、話を進めたいと思います...」夏美は、堀内の誘導チェアーが、

観測窓の方にスイングしてくるのを見ながら言った。「...いいかしら?」

「ああ...」

それでは、堀内さん...“鉄”で植物プランクトンを増やす試みとは、実際には、ど

のようなものなのでしょうか?」

「そうですね...

  その前に、先ほど話した、氷河期と間氷期の植物プランクトンの増減について、ひ

とこと断わっておきます。つまり、その増減は、数千年という時間スケールの現象だ

ということです。それに対し、“鉄”を海洋肥料にする話は、非常に短期間の話になり

ます。

  あと、他にも色々と問題点はありますが、とりあえず、それがどのようなものかを

話しておきましょう...

         ******************** 実験の経緯 ***********************

  最初の実験は、1993年、カリフォルニア州のモス・ランディング海洋研究所のマ

ーティンらがやったものです。この時は、赤道付近の太平洋で、数百kgの鉄を希硫

酸に溶かしたものを、海に流し込んでいます。範囲は、50ku。この範囲をきっちりと

往復しながら、ゆっくりと放出しました。しかし、この実験は、1週間ほどの予定という

こともあり、決定的な結果は得られていません。

 

  この同じグループが、1995年に、4週間かけて同様の実験をしました。そして、こ

の時は、明確な結果が出ました。植物プランクトンの大発生によって、海水は緑色に

染まったといいます。

 

  その後、ニュージーランド、ドイツ、アメリカの3つのグループが、それぞれ南極海

少量の“鉄”を投入する実験を行っています。これらは、いずれも成果が出ていま

す。

 

  それから、2003年の1月から2月にかけて、これまでで最大規模の実験が、南

極海で行われました。南極海鉄実験(SOFeX)と呼ばれたプロジェクトです。これは、

ニュースでも大きく報道され、一般的にも広く知られた実験です。

  76人の科学者が参加し、約300kuの海域に、1トンの鉄溶液を放出しました。

そして、8週間で、光合成生物の生産性が10倍に増えたという、暫定的な分析結果

を出しています...

               ******************************************

 

  こうした実験の結果から、“鉄”高緯度海域での植物プランクトンの繁殖を、促

進するのは、間違いないと考えられています...」

「うーん...高緯度海域だけなのでしょうか?」

「参考文献では、高緯度海域と、あえて言葉を入れています。まあ、慎重な表現な

のでしょう。これから研究が進んでいくわけですが、現段階で、全部分っているわけ

ではないですから、」

「あ、はい...」夏美は、小さくうなづいた。「暫定的な分析結果と言うのも、慎重な

表現ですものね」

「そうです...

  それから、これは重要なことですが、この植物プランクトンの繁殖を促進すること

が、生物ポンプの働きを強化したり、COの深海での貯蔵の増加に結びつくかどう

かは、実際の所、まだ分ってはいないのです。非常にスケールの大きな話なので、

その効果も含めて、まだ全体が見えないのです」

「つまり、まだ、部分的な理解だと言うことでしょうか?」

「そういうことです。また、最新の数理モデルを用いた予測では、こうも言われていま

す...

  今後100年間、南極海の植物プランクトンを増殖し、表層水の“リン”と“窒素”を

全て取り込んだとしても...つまり、“鉄”を海洋肥料として使い、それらの植物栄

養素を100%利用しても、」

「はい、」

「それでも、その間に人類が化石燃料から放出するCOの、15%程度しか補足で

きないということです」

「うーん...今後100年間に放出される化石燃料のCOを、15%補足できる、とい

うことですね?」

「そういうことです。理想的な上限で、そのぐらいということですね。化石燃料が放出

するCOが、いかに膨大なものか、多少は理解できるのではないでしょうか」

「それなら、化石燃料の使用を、抑制する方がいいんじゃないかしら?」

「もちろんです。しかし、すでに、大々的に消費してきているわけですからねえ...」

「すでに、深刻な状態にあるというわけですね?」

「はい。化石燃料自体、主成分は海底に沈んだ植物プランクトンです。これを、元の

化石燃料に戻せるなら、それが一番いいのです。しかし、そんなことは、不可能で

しょう。何千万年、何億年とかかって形成されてきたものですから」

「うーん...メタンハイドレートの様な貯蔵は、はどうかしら?世界中の深海底に、相

当な量があるようですけど、」

「まあ、そうしたものも含めて、深海や深海底というものを、さらに詳しく知る必要が

あります。そうした調査は、まだ始まったばかりですから」

                                     wpe1.jpg (29062 バイト)         

「あの、堀内さん...そもそも、地球表層を循環する“炭素原子の総量”というの

は、多すぎるのでしょうか?」

「さて、どうでしょうか...それは、非常に難しい質問です...」

「...」夏美は、首を傾げた。

「そもそも、有機物とは、炭素が重要なカギになります。つまり、生命体は、炭素がカ

ギになるわけです。したがって、地球表層域、つまり大気圏と地殻に、どのぐらいの

炭素があるかということは、地球生命圏の“サイズの限界”をも示すわけです」

「はい、」

「仮に、開放系システムである地球生命圏が、太陽系空間へ拡大していくにしても、

とりあえずは、地球表層域の生態系にある炭素がカギになります。どのぐらいの規模

が許されるのか...こうなると、神秘的な要素さえ入ってくる話になります」

「神秘的ですか?」

「まあ、私は立場上、あまり“神秘性”には言及しません。しかし、物事を深く考えれ

ば、“神秘性”というものは、常につきまとうものです...」

「はい、」

「何度も言いますが、生態系というのはそもそも、無機物と有機物とが、織物の縦糸

と横糸のように、濃密に織り込まれています。生命体というのは、その生態系という

“織物の上に現れた花模様”のようなものです。

  この“花模様”を、虫眼鏡で拡大してみると、生命体というものは、有機物だけで

構成されているのではないという事実が見えてきます。まず、無機物の水を、私たち

は大量に飲みます。水は、私たちの体に必要不可欠のものであり、存分の働きをし

て、体外に排出されます。また、私たちは、他にも、や、や、酸素など、様々な無

機物を体内に取り入れているでしょう。このような多様な無機物や有機物が、私たち

の体内を通り抜けていくのです...」

「はい」

「つまり...これは、“命の風景とは何か”、を象徴しています。生命体、あるいは生

物体は、地球の大地の上を、独立した1コの“閉鎖系システム”として動いているの

ではないということです。生態系の中の、様々な無機物や有機物と相互作用をしな

がら、“解放系システム”として、布の上に“命の幻影”を映し出しているのです」

「命は...幻影なのでしょうか?」

「そもそも、“命”というのは、生態系という布に織り込まれた“花模様”のようだと、

私は思っています。水や酸素や微量元素などの無機物と、有機物系の食糧などで、

“花”はしっかりと布に織り込まれていているのです。したがって、“命”と生態系と

は、不可分であり、一体のものであり、布全体が“命”であるとも言えるのです...

  それに、これは平面的織物の花模様というよりも、立体的であり、その時間的プロ

セス性の中に織り込まれています。つまり、生命体の本質は、そのようなプロセス性

であり、そこに知覚の形式があり、認識の場があり、ヒトのそうした高度な知能の進

化から、“言語的亜空間”に文明が発祥したのでしょう...

  その“言語的亜空間”とリアリティーとの摩擦が、多くの不思議や、恐れや、信仰

を育んできたのではないかな...“言語的亜空間”に科学が入り込んできても、

私に言わせれば、“神秘性”は依然として高いランクにあります...」

「はい」

「まあ、私はそのスジの学者ではないし、責任のある立場にもありませんがね」

「はい、」

「高杉・塾長なら、さらにこう言うでしょう。命は生態系と不可分であり、さらに地球生

命圏と不可分であり、それは“36億年の彼”という、“唯一不可分の命”だと...

  まあ、ややこしい話は、これぐらいにしておきますか...」

「あ、はい!ええと...それでは、話を戻します...

  あの、堀内さん、率直に言って、生物ポンプは、どうなのでしょう...有効なので

しょうか?」

“いいアイデア”だと思います...しかし、大規模にやるというのであれば、まだま

だ研究が必要でしょう

「というと、」

「生物ポンプでCOを深海底へ沈めても、そのほとんどは、数百年で大気圏へ循環

して来ます。これが、そもそも有効と言えるのか、という問題もあるわけです。

  しかし、一方、地球温暖化は、いよいよ“深刻なゾーン”に入りつつあります。南太

平洋の島々では、海水面の上昇によって、島が沈みかけているわけです...」

「あの、堀内さん...先ほども言ったのですが、深海底で、メタンハイドレートのよう

な形では、固定できないのでしょうか?」

「さあ、本格的にそういうプロジェクトが動き出しているという話は、マスコミなどから

は聞こえてきませんねえ...しかし、深海底に工場を作り、大気中のCOをパイプ

でそこへ送り込むようなシステムは、緊急に必要かも知れません。

  “COを安全な形で保存”するには、安定した高い水圧と低い水温の“深海底”

が、やはり最適なのです。そして貯蔵するのは、メタンハイドレートではなく、CO

直接固体化して、“ドライアイス”にすることでしょう。

 

  かって、アフリカの湖の底に大量のCOを貯蔵し、大事故になった例があります。

その時は、COが大量に吹きだし、大勢の死者が出ました。しかし、安定した深海

底で、ドライアイスという形でしっかりと保存するなら、有望だと思います」

「あの、そういう研究も、あるのでしょうか?」

「あります。研究がどの程度の段階なのか、詳しい状況は目にしていませんが、」

「ふーん...色々な研究が、実際にあるわけですね」

「まあ、ともかく、すでに色々なことが始まっています」

「はい」

  〔6〕 海洋肥沃化の不確定要素と、生態系への影響  wpe74.jpg (13742 バイト)  

 

「さて、夏美さん...これで、最終章になりますか?」

「はい、そうです...

  海洋肥沃化の不確定要素や、生態系への影響などについて、全体的なまとめを

お願いします

「はい...

  ええ、すでに、幾つかの民間企業公共機関が、大規模な海洋肥沃化で動き出

しています。例えば、南太平洋を定期的に航行する商業船で、海洋肥料を少しづつ

投入する計画があります。また、“鉄”や“アンモニア”などの栄養素を、パイプで沿岸

水域に流し込む計画もあります。

  また、すでに、現時点で、7件の特許が取得されています。そして、1件が出願中

です」

「特許ですか?」

「はい。米国特許です...

  しかし、くり返しますが、この生物ポンプは、まだ効果はよく分らないというのが実

態です。実際に効果を確認するには、相当な規模なもので、数十年間の連続運転

が必要だということです。しかも、数百年後には、いずれCOは湧昇流によって海洋

表層に還流し、さらに大気圏へと循環して行きます...

  つまり、数百年で元に戻るわけです。この程度のことのために、地球規模で生態

系に介入していいものかどうか。効果の割に、リスクが大きすぎるのではないか。そ

のリスクを覚悟するまで、事態は深刻な状況に陥っているのかどうか...それか

ら、他に手段は無いのか、ということです」

「はい、」

「まあ、この地球は、我々人類文明だけの所有物ではないですからねえ...本来

は、文明の方を抑制すべきなのです」

「うーん...他に、問題点は?」

「海洋では、肥沃化の範囲を制御しにくいという問題点があります。失敗した場合

は、取り返しがつかなくなる危険があります。

  また、深層水にも地球規模の海流があるという話は、聞いたことがあるでしょう。

膨大な時間をかけて、深海でも海水が還流しているのです。そうした領域で、もし変

動やダメージが発生した場合、修復は非常に難しくなります。それが、大自然のサ

イクルで変動していくものなら、それは受け入れざるを得ません。しかし、人為的に

介入すると、人の智慧では、どうしようもなくなる公算が大きいですね...」

「うーん...ダメージというのは、どんなことが考えられるのでしょうか?」

「まあ、それが分るようであれば、物事はずっと単純なのです。しかし、この種の予

は大概外れます。ごく簡単な推理でも、何故か外れることが多い...と私は思って

います」

「何故でしょうか?」

「うーむ...人間の“常識や感性”と、“リアリティー”との間には、相当に大きな“ギ

ャップ”があるのでしょう。人類文明が形成する“言語的空間”“リアリティー”との

間に...

  かって、ニュートン力学から相対性理論へ、パラダイム・シフトがあったでしょう。そ

して現在も、相対性理論と量子論を超える、新たなパラダイムが模索されています。

つまり、パラダイムというものは、“完璧”ではないのです」

「では、“リアリティー”と“パラダイム”のギャップから、予想が外れると?」

「要因の一つとして、考えられます...人類にとっては、この眼前する世界というも

のは、まだまだ未知のことが多いのです。それから、もう一つ考えられるのは、“複

雑系の奥の深さ”ですね...“確率”“カオス”が支配している領域があるのでしょ

う...」

「うーん...予想というのは、それほど難しいのでしょうか?」

「まあ...予想が簡単なら、誰が何をやっても大成功するでしょう。ギャンブルだっ

て、大概は当ってしまう...」

「はい、」

「予想し、創造するということが、最も難しいのです...

  そうそう、これは最近のことですが、日本の国産ロケットが失敗続きだった折、そ

の落ちたロケットを、3000mほどの深海から回収したことがあったでしょう。NHKの

“プロジェクト・X”でやっていました。夏美さんは、見ましたか?」

「あ、はい。見ました!」

「あの時、ロケットの故障の原因は、別の所だと推理していたようですね。ところが、

深海の底から回収してみると、まるで予想もしていない所が、非常に大きな破壊を

受けていた。しかも、墜落前には、今度こそは万全だと思っていたわけです」

「ええ、」

「技術大国・日本が、威信をかけている超エリートの技術陣でも、そうしたものなので

す」

「はい」

「むろん、それは日本ばかりでなく、NASAのスペースシャトルでもそうです。発射時

のチャレンジャーに続き、今度は大気圏再突入時の、コロンビアが分解しました。常

にそうした、予想外の事態というものは、生起するものなのです。ゼロにはできない

のです。ただ、その被害を、極力小さく抑えなければならないということです...

  スペースシャトルの事故は、残念でした。宇宙技術においては、特に有人飛行に

おいては、ほんの小さな“予想外”が、あのような大事故を招いたのです...」

「はい...」

        チャレンジャーとコロンビアの搭乗員の、ご冥福を祈ります 

        2人は、観測窓から地球大気圏を見下ろし、御霊に黙祷した。

 

「ともかく、予想通りには行かないというわけですね、」夏美が、誘導チェアーを微動

させて言った。

「と言うより、大概は予想通りには行かないのです...予想を越えたことが起こるの

です。予想というものを、“除けて行く”と言ってもいい...

  そこで、失敗を重ね、実際に動く技術を切り開いていくわけです。すると、少しづつ

見えてくるようになるわけです。その過程を、如何にコントロールするかが、技術開発

仕事になるわけです。しかし、そうした中でも、チャレンジャーやコロンビアのよう

な事故が起こる...」

「この世には、“完全”ということはないわけですね、」

「まさに、その通りです...極限を尽くした技術の底に横たわっているのは、“不確

定性原理”であり、“確率的風景”なのです。

  しかも、それが地球規模の大海洋が相手となると、そこはカオス(混沌)の様相が入

り込む世界です。予想や予測どころか、何が出てくるか分からない」

「でも、可能性や、確率としては、分るわけですよね。海洋肥沃化が、どのようなリス

クを持つのか、」

「まあ...考え得る可能性というのは、当然あります。それが、科学者や技術開発

者の仕事ですから、」

「それは、どのようなものでしょうか?」

「はい...

  まず、最初に懸念されるのは、大規模に海洋食物連鎖に介入するわけですから、

その全領域の大混乱が考えられます。コンピューター・シミュレーションや、これまで

の植物プランクトンの異常発生のデータ等から、海洋に局所的な酸素欠乏が生じる

ことが懸念されます。

  あの、赤潮のような現象です。その海域から逃げ出せない生物は、窒息死するこ

とになります。こうした現象が、大規模に起こった場合、船や港など、人間にも被害

が及ぶかも知れません。こうしたことが連鎖していくと、自然のものでないだけに、恐

いものを感じます。しかも、複合的に、予想外のものが、突然やってくることも考えら

れるわけです」

「予想外のもの、ですか、」

「そうです。生態系というのは、膨大な複雑系ですから、何が出てくるか分かりませ

ん」

「じゃ、分ることは?」

「まあ...酸素欠乏状態が起こると、“メタン”“亜酸化窒素”を生産する微生物の

が促進されます。ところが、この“メタン”や“亜酸化窒素”というのは、COより

強力な温室効果ガスなのです。つまり、海洋肥料も、ちょっと風向きが変わると、

全く逆の効果になる場合も有りうるわけです」

「うーん...それでは、かえって事態を悪化させますね」

「そういうことになります...

  米海洋大気局(NOAA)によると、アメリカの沿岸水域の半分以上で、栄養素の

流入が引き金となって、深刻な酸欠状態が発生しています。もちろん、こうした現象

は、日本でも起こっています。また、世界の多くの沿岸地域でも見られます...」

「それで、反対意見も多いということでしょうか?」

「そうですね。ともかく、非常に複雑だということです。この地球の全生態系というの

は、巨大なものですが、非常にデリケートな“複雑系”という側面もあるのです。何か

のきっかけで、大きな気候変動期が訪れるというようなことも、当然有り得るわけで

す」

「氷河期と間氷期のような変動でしょうか?」

「それもあります...

  しかし、この惑星は、何かのきっかけで、現在あるような“謎の巨大生命圏”が出

現し場なのです。我々人類の生半可な理解では、この生態系は引っ掻き回さない方

が賢明だということですね」

「はい。それは、分る気がします...」

「現在、地球の植物プランクトンの状況は、最新鋭の観測衛星から、しっかりと監視

されています。海洋の変動は、全生態系にとっても、非常に影響が大きいことが分

ってきたわけですから、」

「はい...“海洋表層・海の森”の植物プランクトンは、陸の森林に匹敵するくらいの

COを取り込んでいるわけですね。以前にも増して、海は地球にとって非常に重要

な存在だということが分りました」

「まさに、その通りです」

 

  夏美は、無重力空間の観測窓から、地球を見上げた。極軌道衛星/“ガイア・

21”は、青い海洋から、土色の大陸の方へ、急速に流れていく。

「いずれにしても、」と、堀内が言った。「海洋の生態系に、大規模に介入するという

のは、私は賛成できません。それなら、さらに徹底して、化石燃料の消費を抑えるべ

きでしょう」

「はい!」

「それでも足りないのなら、“脱・グローバル化”、“脱・車社会”、“人口の抑制”をもっ

と強く推し進めるべきです。そして、究極的には、“人類文明の、巨大地下都市への

シフト”など、根本的な対策も急ぐべきです。人類文明全体を、“アリの巣”のように地

下へ移行し、エネルギー消費の少ない穏やかな文明にシフトすべきです」

「はい。人類文明の方を、コントロールするということですね?」

「そういうことです!」

                                                

 

「ええ、堀内さん...これで、“2003年・新春対談”を終りたいと思います。最後に

一言、お願いします」

「はい。そもそも、化石燃料を使いすぎて、CO問題が起こって来ているわけです。

それなら、海洋の生態系を変えるのではなく、人類文明の方を変えるべきだというこ

とです。

  また、人口爆発で、生態系が沈没するというのなら、当然、あらゆる手を尽くし、世

界の人口を抑制していかなければなりません。あるいは、グローバル化が、文明の

衝突等、様々な危機を生み出すというのなら、それも人類文明自身が是正していか

なければならない課題です」

「はい」

「これは、当然のことでしょう。そのためには、それ相応のことを我慢し、新しいシス

テムを、取り入れていかなければならないということです」

「はい。日本の社会も、今まさにこうした問題で、大混乱に陥っていますね」

「そうですねえ...

  ま、日本のことはともかく、人類社会はすでに、“脱・化石燃料”の方向へ、大きく

舵が切られています。しかし、まだまだ、対応が甘いということですね。

  それから、最終的には、人類文明全体を、コンパクトな地下都市にシフトすべきだ

と思います。これは、“アリの巣”に学ぶべきなのです。自然界では、生き物は皆その

ように暮らしているわけです。したがって、人類文明も、文明の力によってそれができ

るなら、できる限り大自然の摂理に順ずるべきです。

  土の中は、夏は涼しく、冬は暖く、冷暖房は最小限ですみます。また、地上は、農

業と大自然の原野に返すことができます。そして、脱グローバル化し、地球連邦政

府を作り、世界全体としては農業型社会がいいですね。こうした自給自足社会が、最

も地球の大自然とマッチした姿です。

  今、イラク戦争問題で、国連の結束が乱れていますが、私たちは今こそ、国連を

改革発展させ、人類文明の未来を切り開いていく時です。今、この瞬間、私たちに

は、100年後の人類社会の姿が託されているのです...」

 

                   <詳しくは、こちらへ“人類文明の新しい形態”

 

「はい堀内さん、どうもありがとうございました

  ええ、ポンちゃん...“赤い稲妻”への帰還準備を開始してください

「おう

  ポン助は、誘導チェアーのパソコンから、航空宇宙基地“赤い稲妻”を呼び出した。

「はい...こちら、航空宇宙基地“赤い稲妻”...支折...あら、ポンちゃん、何か

用?」

「おう帰還準備を頼むぞ

「あら、そう...」

  支折が、メインスクリーンに姿を現した。彼女の横で、マチコがミケを肩に乗せ、コ

ーヒーを飲んでいた。

「こちら、夏美...現在どのあたりでしょうか?」

「ええ...“ガイア・21”の現在位置...ヒマラヤ山脈を通過した所です...チベッ

ト高原上空にさしかかっています...」

「了解。こちら、任務完了。今回の“ガイア・21”でのミッションは、全て任務が完了し

ました。ただ今より、航空宇宙基地/“赤い稲妻”へ、帰還準備に入ります」

「“赤い稲妻”、了解。こちらも、電送ゲートの準備を開始します」

「どのくらいかかるでしょうか?」

「推定、4時間です。次の極軌道コースで、アクセスが可能です」

「了解」

「ポンちゃん」マチコが、支折の横から言った。「しっかりね“剣菱(日本酒の銘柄/辛

口)を1本用意しておくわよ

「おうまず、ビールが飲みたいよな

「OKよもちろん、 ビールもあるわよ

「おう

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「夏美です...どうもお疲れ様でした。今年は、いよいよ大変な年になりそうです。

 

  ええ、これ以降のことになりますが、今後、書き込みが、だいぶスローダウンする

と思います。ボスが再び社会に出て、何がしかの職に付く事を考えているからです。

  ボスは前の仕事を辞して、およそ11ヶ月になります...隠居して、晴耕雨読に入

るにはまだ早いし、その準備もあらためて必要になったと、ボスは言っていました。

  失業率が非常に高い時期なので、適当な仕事があるか、私たちも心配していま

す...それにしても、これから日本はどうなっていくのでしょうか...」