塩野七生著作のページ No.1


1937年東京都生、学習院大学文学部哲学科卒。63〜68年イタリアに遊学。68年から執筆活動を開始し「ルネサンスの女たち」を中央公論誌に発表。70年「チェザーレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」にて毎日出版文化賞、「海の都の物語」にて82年サントリー学芸賞および83年菊池寛賞を受賞。
92年よりローマ帝国一千年の興亡を描く長大な「ローマ人の物語」を執筆開始。「ローマ人の物語1」にて93年新潮学芸賞および99年司馬遼太郎賞、2002年イタリア政府より国家功労賞、07年文化功労章を受賞。2001年「塩野七生ルネサンス著作集」(全7巻)を刊行。1970年以降イタリア在住。

1.海の都の物語・続海の都の物語

2.マキアヴェッリ語録

3.ローマは一日にして成らず−ローマ人の物語(文庫版) 1〜2−

4.ハンニバル戦記−ローマ人の物語(文庫版) 3〜5−

5.勝者の混迷−ローマ人の物語(文庫版) 6〜7−

6.ユリウス・カエサル ルビコン以前−ローマ人の物語(文庫版)  8〜10−

7.ユリウス・カエサル ルビコン以後−ローマ人の物語(文庫版) 11〜13−

8.パクス・ロマーナ−ローマ人の物語(文庫版) 14〜16−

9.悪名高き皇帝たち−ローマ人の物語(文庫版) 17〜20−

10.危機と克服−ローマ人の物語(文庫版)21〜23−

 ※ 「ローマ人の物語」刊行概要


賢帝の世紀、すべての道はローマに通ず、終わりの始まり、迷走する帝国、最後の努力、ローマ世界の終焉、「ローマ人の物語」スペシャル・ガイドブック、ローマ亡き後の地中海世界

 → 塩野七生著作のページ No.2


絵で見る十字軍物語、十字軍物語1、十字軍物語2、十字軍物語3、想いの軌跡、皇帝フリードリッヒ二世の生涯、ギリシア人の物語1、ギリシア人の物語2、ギリシア人の物語3

 → 塩野七生著作のページ No.3


小説イタリア・ルネサンス(1〜4)

 → 塩野七生著作のページ No.4

 


   

1.

●「海の都の物語・続海の都の物語−ヴェネツィア共和国の一千年−」● ★★☆
             
       サントリー学芸賞・菊池寛賞


海の都の物語画像

続海の都の物語画像

1975年10月
1976年11月
中央公論社刊

正続2巻
(1800・2200円)

1989年08月
中公文庫化

2009年6・7月
新潮文庫化
全6巻


1983/10/30


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読了するのに、1ヵ月程を要しました。読み終えた時は、あぁ面白かったというより、やっと読み終わったか、という思いでした。
それは面白くなかった、ということでは決してありません。むしろ面白かったのです。近年稀に見る面白さにすっかり魅了されたと言えます。ただ、面白くて一気呵成に読み上げるというのには、余りに物語が長かった、ということなのです。
しかし、それは当然のことなのです。ローマの古代から、フランス革命の近代まで、一気に1200年余りの歴史を旅してきたのですから。

この1200年というのは、これまでの歴史において、比べるべきも無い長い年月です。この間を、ひとつの都市型国家として存続してきたというヴェネツィアの歴史は、まさに魅力に充ちています。
その間には、たくさんの歴史が登場します。
ゲルマン民族の大移動、ピサ・ジェノヴァ・フィレンツェというヴェネツィアと同じ都市型国家の盛衰、ローマ帝国最後のコンスタンティノープルの陥落、トルコ帝国の勃興、十字軍遠征、巡礼の一般化、コロンブス・マゼランらの大航海時代、そしてヴェネツィアの終焉たるナポレオンの登場。

一国の歴史において、これだけ興味深い歴史事件と関わって来た国は、他にあるまいと思います。これは、ヴェネツィアが、地中海に面した単なる一都市国家というだけに留まらず、“地中海の女王”と称された、注目すべき海洋国家であったからに、ほかなりません。

塩野さんは、ヴェネツィアの歴史を、詳細かつ冷静に綴っています。
本書は、海洋国家として地中海に覇権を有したヴェネツィアの歴史を、雄大な視点から楽しませてくる歴史著作です。

ヴェネツィア誕生/海へ!/第四次十字軍/ヴェニスの商人/政治の技術/ライヴァル、ジェノヴァ/ヴェネツィアの女
宿敵トルコ/聖地巡礼パック旅行/大航海時代の挑戦/ニ大帝国の谷間で/地中海最後の砦/ヴィヴァルディの世紀/ヴェネツィアの死

   

2.

●「マキアヴェッリ語録」● ★★

 
マキアヴェッリ語録画像

1988年07月
新潮社刊
 
1992年11月
新潮文庫化


2003年07月
新潮社・再刊

(1900円+税)

 

2003/08/23

序文によると、本書はマキアヴェッリ「君主論」「政略論」からの抜粋が中心。「戦略論」はその時代性故に省いている由。

読んでいて、マキアヴェッリの考え方に違和感をもつことは殆どありません。至極もっとも、ということが多い。明快にズバッと言われるので、目の覚めるような思いがすること、度々。
読み進むに連れ、自然といろいろなリーダーの姿が目に浮かびます。歴史上の人物から、まず織田信長、武田信玄、現在では小泉首相という具合に。それらの人物にあてはめてみると、如何にマキアヴェッリの意見が至当なものであるか、また彼等に足りなかったもの(足りないもの)が何であったのか、良く判るような気がします。
本書から最も感じたことは、指導者は自らリスクに挑み、その一方でリスクを最小限に留めるための策略をめぐらし、部下および大衆を操る技量を持っていなくてはならない、ということ。

中世思想家の語録といっても、難しくなく、すんなり読める本です。指導者の力量を測る目を養うのに、格好の書と思います。

第一部・君主篇/第二部・国家篇/第三部・人間篇

※マキアヴェッリ Niccolo Machiavelli:1469〜1527 ルネサンス期のイタリア、フィレンツェで活躍した政治家・思想家。著書「君主論」およびその名からとられた“マキアヴェリズム”(国家の利益のためならなんでも許される、という考え方)という言葉にて有名

     

3.

●「ローマは一日にして成らず(上下)」● ★★★
 −ローマ人の物語(文庫版) 1〜2−     新潮学芸賞・司馬遼太郎賞

 
ローマは一日にしてならず画像

1992年07月
新潮社刊


2002年06月
新潮文庫

(400・438円+税)

 

2002/07/05

紀元前753年〜前270年:ローマ建国からイタリア半島統一までの500年間を語る巻。

とても面白いです。
何が面白いかというと、ローマ誕生、そしてその成長過程が、具体的かつ塩野さんの的確な意見を加えて語られている故です。
ローマの歴史というと、ギボン「ローマ帝国衰亡史が有名ですが、同書は衰亡史だけに興隆過程はあまり描かれていないのです。それだけに興味津々。
そして実際に塩野さんの論述を読んでいると、いかに学校で習ったローマの歴史が通り一辺でつまらないものだったか、いかに歴史は面白いか、ということを改めて感じさせられます。
塩野さんの語る、ローマならではの特徴の、何と秀逸なことか! その慧眼には全く魅せられてしまう、と言う他ありません。
また、本書で塩野さんが描こうとしているのは、ローマ帝国の歴史ではなく、“ローマ人”の歴史である、ということも面白い理由のひとつ。だからこそ、本シリーズの題名は、「ローマ人の物語」なのです。それを実感したのは、まさに本書を読んだからこそのこと。
なお、下巻に、塩野さんの語る象徴的な言葉があります。
「後世から見れば歴史的必然と見えることのほとんどは、当時では偶然にすぎなかったのだ。その偶然を必然に変えたのは、多くの場合人間である。ゆえに、歴史の主人公は、あくまでも人間なのである。」

今まで読まずにいて、何と勿体無いことをしていたことか。
また、今回の文庫化により、読み逃さずにすんで良かった、というのが正直な気持ちです。

序章/ローマ誕生/共和政ローマ/ひとまずの結び

  

4.

●「ハンニバル戦記(上中下)」● ★★★
 
−ローマ人の物語(文庫版) 3〜5−

 
ハンニバル戦記画像

1993年08月
新潮社刊


2002年07月
新潮文庫

(362・438・400
円+税)

 

2002/07/19

 

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紀元前264年〜前146年:計3回にわたるカルタゴとのポエニ戦役を語る巻。
歴史の観点からみると、ローマとカルタゴ間の戦い、およびローマの勝利は、歴史的必然性によるものと思っていましたが、本書を読むとそんな単純なものではないことが判ります。
そして何より注目すべきことは、知力・経済力・軍事力+ハンニバルという名将までもっていたカルタゴが、何故ローマに敗れたのか。それを知ることは、興奮つきることのない面白さです。
歴史は何と面白いものか! 本書はそれをまさしく実感させてくれる書です。
上巻の最初で、歴史の著述には2通りの方法がある、と塩野さんは語ります。例証として歴史を扱う方法と、歴史はプロセスにあるとしてプロセスを追っていく方法と。前者の例として文明が衰亡するとき、後者の例にとして本書およびローマ帝国衰亡史があげられています。そして、その後者の面白さを知った以上、読者としてはひたすら塩野さんに従って、読んでいくのみです。
「ローマ人の物語」は、まだ3巻しか読んでいませんので、結論づけてしまうことは不適当かもしれません。しかし、国家として起こり、地中海世界の覇権国家になるまでという、ローマ興隆の過程を描いたローマは一日にして成らず」、本書「ハンニバル戦記」は、シリーズの中でも最も面白い巻ではあるまいか。
とくに、ローマとカルタゴが覇権を争う皮切りとなった第一次ポエニ戦役、さらにハンニバルスキピオという古代を代表する名将が登場する第二次ポエニ戦役は、群を抜いた面白さです。
「ローマ人の物語」を最終巻まで読むかどうかは別として、第1巻、本書第2巻は、是非読んでみることをお勧めします。

上巻:序章/第一次ポエニ戦役(紀元前264〜241年)/第一次ポエニ戦役後(紀元前241〜219年)
中巻:第二次ポエニ戦役前期(紀元前219〜216年)/第ニ次ポエニ戦役中期(紀元前215〜211年)/第ニ次ポエニ戦役後期(紀元前210〜206年)
下巻:第ニ次ポエニ戦役終期(紀元前205〜201年)/ポエニ戦役その後(紀元前200〜183年)/マケドニア滅亡(紀元前179〜167年)/カルタゴ滅亡(紀元前149〜146年)

            

5.

●「勝者の混迷(上下)」● ★★
 
−ローマ人の物語(文庫版) 6〜7−

  
勝者の混迷画像

1994年08月
新潮社刊


2002年09月
新潮文庫

(各400円+税)

 

2002/09/13

ポエニ戦争の勝利により地中海の覇権国家となったローマでしたが、いつの間にか軍は弱体化が進んでいた。その原因は、貧富の差が広がり、結果的に軍の中核をになってきた市民階級が減少したため。
その危機を正しく把握し改革に乗り出したのが、名将スキピオの孫であるティベリウス・グラックスガイウス・グラックスの兄弟。しかし2人の護民官の立場からの農地改革等は、自分たちの特権確保に固執した元老院の強かな抵抗に遭い、2人とも相次いで惨殺され、改革は挫折して終わる。
その後に登場するのが、ローマ初の無期限独裁者に就任したスッラ。しかし、スッラのとった対応策は、元老院の強化という所詮旧来の延長線上に留まるもの。その施策はスッラの死後僅かな期間で破綻し、ポンペイウスという軍事力を兼ね備えた人物の登場を招くことになります。

社会変革の必要に迫られながら、時代にふさわしい人物の選出ができなかったこと、旧勢力の抵抗にあって変革が挫折したこと、この辺りは現代の日本の政治構図とよく似ています。
グラックス兄弟vs元老院の対立構図は、そのまま小泉首相vs自民党族議員の対立構図にあてはまるようです。といっても、小泉首相に、グラックス兄弟のような率先力・実行力があるかどうかはちと疑問ですが。
いずれにせよ、真のリーダーの登場がいかに難しいものかということを、つくづく感じる巻。その意味でも、本書に描かれているのはローマ帝国、あるいは特定のローマ人ではなく、やはり全体としてのローマ人なのです。

グラックス兄弟の時代(紀元前133〜120年)/マリウスのスッラの時代(紀元前120〜78年)/ポインペイウスの時代(紀元前78〜63年)

           

6.

●「ユリウス・カエサル ルビコン以前(上中下)」● ★★★
 −ローマ人の物語(文庫版) 8〜10−

  
ユリウス・カエサル ルビコン以前画像

1995年09月
新潮社刊


2004年09月
新潮文庫

(400円+税)
(438円+税)
(476円+税)

 

2004/09/20

 

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「ローマ人の物語」の中でも、展開の面白さという点で格別というべき巻。
ストーリィの面白さでならハンニバル戦記も類稀なものがありましたが、本巻の魅力はユリウス・カエサルという歴史上傑出した人物の魅力にあります。
実のところ、これまでカエサルという人物については、授業での西洋史とシェイクスピア「ジュリアス・シーザー」以上の知識はありませんでした。
そんな私が魅了されたのは、上巻での若きカエサル。上流夫人が列を作って順番がくるのを待っていたかのようと評されたプレイボーイ、そして天文学的な借金を抱え込んだ男という。
しかし、そんなカエサルが中巻では元老院派に対抗する民衆派として着々と布石を打って基盤を固めていく。その変身振り、見事な周到さには恐れ入るばかりです。
中巻・下巻では、指揮官としても政治家としても傑出した存在感を示す「ガリア戦記」部分。
そして、ローマの法を破ってルビコン川越えを決意する場面。それまでのカエサルの生き方を集約してみせるかのようで、まさに圧巻。

ただし、本書の面白さは単にカエサルという人物の見事さにだけあるのではありません。所々で付される塩野さんの寸評にもあるのです。「女が何よりも傷つくのは、男に無下にされた場合である」、「先見性は必ずしも、知識や教養とはイコールにならないのである」、「カエサルのおかげで、フランス人が心底では大嫌いなドイツ化しないですんだことだけは、認めざるを得ないという感じだ」等々。
こんな現代的な舌鋒鋭い寸評が所々に散りばめられているからこそ、本書には堪えられない面白さ、魅力があるのです。

幼年期(紀元前100〜94年:カエサル誕生-6歳)/少年期(紀元前93〜84年:カエサル7-16歳)/青年前期(紀元前83〜70年:カエサル17-30歳)/青年後期(紀元前69〜61年:カエサル31-39歳)/
壮年前期(紀元前60〜49年1月:カエサル40-50歳)/
 ガリア戦役1年目〜5年目(紀元前58〜54年)、ルビコン以前

※下巻でガリアの諸部族を統率したヴェルチンジェトリックスとの戦いについては、佐藤賢一「カエサルを撃てを読むのも一興です。

     

7.

●「ユリウス・カエサル ルビコン以後(上中下)」● ★★★
 −ローマ人の物語(文庫版) 11〜13−

  
ユリウス・カエサル ルビコン以後画像

1996年03月
新潮社刊


2004年09月
新潮文庫

(476円+税)
(400円+税)
(438円+税)

 

2004/10/14

 

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ルビコン以前はカエサルその人の物語でしたが、本書は転換期を迎えたローマ、そしてその時代を彩った人物たちの物語ということができます。
上巻および中巻では、引続きカエサルが主人公。上巻はポンペイウスとの覇権争い。ルビコン川を越えた勢いで一気にカエサルが覇権をとったものと思い込んでいたのですが、実際は軍事・経済両面においてむしろポンペイウスの方が優勢だったようです。2人の闘いはローマを二分するスケールの大きいもので、「ガリア戦記」に続くカエサル著「内乱記」を土台にしており、戦記として充分な読み応えがあります。

中巻後半は一転して、独裁官カエサルによる国政改革。
頁数としては少ないのですけれど、これこそカエサルの白眉と言える部分です。軍事的才能だけでなく、為政者としての高い才能を備えていたことを如実に語っています。都市国家から国際国家へ変貌したローマに対する正確な認識、それに応じた改革・国家体制整備の実施。カエサルをして歴史上傑出した人物となさしめているのは、有識者キケロさえも理解できなかったその卓越した国家観にあると言って間違いないでしょう。

下巻は、カエサルの暗殺、その後の国内動乱が描かれます。
要は、カエサルを含め、ローマ変革の必然性を認識し得たかどうか、カエサルの意図を理解できたかどうか、という違いによる対立だったと総括できるのではないでしょうか。可の代表はカエサルであり、後継者オクタヴィアヌス。一方、不可の代表はキケロブルータスであったと言えます。
その点中途半端だったのは、第2期三頭政治の一人となるアントニウス。どうもカエサルはアントニウスの内政・統治能力を見限っていたようだ、という塩野さんの指摘は凄い。この一言でその後の展開もすべて明瞭になった気がします。

本書はローマの歴史を綴った書ですが、重要な登場人物ひとりひとりに対する塩野さんの洞察力に圧倒されます。見惚れると言って良いくらい。それがある故に本書は生き生きとした、明瞭な物語になり得ているのです。それこそ、本書の魅力!
なお、シェイクスピア「ジュリアス・シーザー」「アントニーとクレオパトラ」について長年疑問に感じていた点も、塩野さんの説明ですべてがすっきりと納得できた気分です。
カエサル、キケロ、ブルータス、アントニー、オクタヴィアヌス、クレオパトラ等々、歴史上名だたる人物を的確に洞察したという点において、本書は「ローマ人の物語」の中でも傑出した巻と言えるでしょう。お薦め。

壮年後期(紀元前49〜44年:カエサル50-55歳)/「三月十五日」(紀元前44〜42年/アントニウスとクレオパトラ対オクタヴィアヌス(紀元前42〜30年)

        

8.

●「パクス・ロマーナ(上中下)」● ★★★
 −ローマ人の物語(文庫版) 14〜16−

  
パクス・ロマーナ画像

1997年07月
新潮社刊


2004年10月
新潮文庫

(400円+税)
(400円+税)
(362円+税)

 

2005/02/11

本書を読み始めるまでに随分と時間がかかってしまいましたが、読み始めればその冒頭からとにかく面白い。カエサルのような英雄譚的な面白さではありませんが、都市国家ローマから帝国ローマへと変貌を遂げる時代の躍動する国家史、それを成し遂げる卓越した人物の軌跡として面白いのです。

ローマ帝国の初代皇帝となったアウグストゥスことオクタヴィアヌススキピオカエサルらのような軍事的天才ではないばかりかむしろ正反対、胃腸も弱い虚弱体質と一般的な英雄像とはかけ離れた人物ですが、その政治手腕の周到さ、虚を捨て着実に実を取るやり方には目を見張るものがあります。こんな人物がもし悪人であったらと思うと、スリリングでさえあります。
アウグストゥスの場合、それがそうならなかったのは、彼が自己の利益、権力を得ようとしたからではなく、ひとえにローマ繁栄の礎を築き上げることを第一の目的としていた人物であった、ということに尽きます。
都市国家ローマならば機能した共和政体も、版図が拡大したローマ帝国にあっては卓越した最高権力者の存在が求められた、ということでしょう。そしてそのような時期に、天の与えた適材ともいうべき人物が敢然と現われるのですから、ローマという国家は凄い!
ローマが直面している問題点を解決するため、民衆を納得させつつ先見性をもって体制を再構築していくアウグストゥスの軌跡は、爽快ですらあります。現代日本のまるで改革の進まない衆遇政治というべき現状に比較すれば、わくわくしながら読んでしまう巻です。
ただひとつ、アウグストゥスの妄執とでも言える部分が惜しまれます。
また、アウグストゥスの補佐役に徹した、軍事面でのアグリッパ、外交および文化面でのマエケナスの存在も忘れ難い。

統治前期(紀元前29〜19年:アウグストゥス34-44歳)/統治中期(紀元前18〜6年:アウグストゥス45-57歳)/統治後期(紀元前5年〜紀元後14年:アウグストゥス58-77歳)

         

9.

●「悪名高き皇帝たち(1〜4)」● ★★☆
 −ローマ人の物語(文庫版) 17〜20−

  
悪名高き皇帝たち画像

1998年09月
新潮社刊


2005年09月
新潮文庫

(438円+税)
(400円+税)
(400円+税)
(438円+税)

 

2005/10/04

本書において塩野さんは、アウグストゥスの構築したローマ帝政を「デリケートなフィクション」と表現していますが、まさに本書を象徴する一言。
つまり、アウグストゥス以後のローマにおいて“皇帝”という政治的地位はなく、あるのは“市民の第一人者”という称号だけ。しかし、その第一人者に軍事司令官(軍事力)、護民官特権(拒否権)、最高神祇官(祭祀主宰)、さらに“国家の父”という尊称が一人の人間に集中したことによって、形式的には元老院主体の共和政でありながら実質は独裁制というユニークなローマ帝政の形ができあがっているのだと塩野さんは説明するのです(※皇帝という称号は軍隊内部の呼称に過ぎないとのこと)。

本書は、上記ローマ帝政の良い面・悪い面を鮮明に描いた巻と言えます。それだけに極めて政治色の強い巻。
一人の人間に権力を集中させたが故に、政治が適確かつ迅速・効率的に行われる反面、その逆もありうることになる。
前者の例が実直で経験抱負な2代皇帝ティベリウス(アウグストゥスの後妻の連れ子、在位22年余)、4代皇帝で歴史家皇帝と言われたクラウディウス(ティベリウスの甥、在位13年余)であるのに対し、後者の例は若年24歳で3代皇帝となったカリグラ(本名:ガイウス・カエサル、アウグストゥスの曾孫、在位4年弱)であり、16歳で5代皇帝となったネロ(カリグラの甥かつアントニウスの曾孫、14年弱)です。
3代皇帝ティベリウスは、カエサル、アウグストゥスの後を受けてローマ興隆の基盤作り、ローマ防衛の基盤固めに見事な力量を発揮した第一級の人物と思うのですが、如何せん地味な仕事であるとともに、人間嫌いの性格があって人気を博することができなかったのが惜しまれるところ。私としてはこのティベリウスという人物、好きであるとともに同情も多いに感じるのです。人間付き合いの面で不器用というところに親近感があります。
そもそもカエサル、アウグストゥスの2人が天才過ぎたのです。天才がそう何人も出現する筈はなく、2人に比べられることになったティベリウスはたまったものではない、と言うべきでしょう。天才ではない人物の中で、ティベリウスは極めて傑出した人物だったと思うのです。
ティベリウスほどではないにしろ、クラウディウスという人物も面白い。カリグラ暗殺により歴史研究者だったのにいきなり帝位に引っ張り出された人物。長年の歴史研究に基づき適切な政治を行ったものの、市民や女性に権威を抱かれず、むしろ蔑視を受けることも多かった点が致命傷。でも、この2人の人物のおかげで、カリグラというお調子ものが帝位にあってもローマの基盤は揺るがなかったのですから、賢明で誠実な独裁的統治者というのは有り難いものです。

アウグストゥスが作り上げたローマ帝政の仕組は実に巧妙なものであり、読者は本書中で繰り返しその内容を知ることができます。それと同時に知ることができるのは、アウグストゥスが帝位に自分の血統を残そうと固執したことによる問題点。そして、アウグストゥスの血統に連なる女性の権力欲によって帝位自体が脅かされたことは、もう皮肉としか思えません。アウグストゥスであっても女性を御するのは至難の業ということでしょうか。
それにしても面白いのは、ネロがアウグストゥスに敗れたアントニウスの血統でもあること(アウグストゥスの姉とアントニウスが結婚していたため生じた皮肉)。

皇帝ティベリウス(在位:紀元14.9.17〜37.3.16)/皇帝カリグラ−本名ガイウス・カエサル(在位:37.3.18〜41.1.24)/皇帝クラウディウス(在位:41.1.24〜54.10.13)/皇帝ネロ(在位:54.10.13〜68.6.9)/付記

 

10.

●「危機と克服(上中下)」● ★★☆
 −ローマ人の物語(文庫版) 21〜23−


危機と克服画像

1999年09月
新潮社刊


2005年10月
新潮文庫

(400円+税)
(438円+税)
(438円+税)

 

2005/11/07

本書を読み終え、改めて「ローマ人の物語」は力作だと心の底から思います。
どの点に照らしてかというと、ローマ帝国の社会的な仕組み、社会基盤整備にかかる重要性の認識や富めるものの責務、他民族に対する包容力といったローマ人の特色を余すところなく語っているところです。
その意味で、何故ローマ帝国が滅びたかを考えるより、何故あれだけ長くローマ帝国は存続し得たのかと考えるべきであるという塩野さんの意見は至当と思います。
本書は、アウグストゥス、ティベリウス、クラウディウスに代表されるユリウス・クラウディウス朝ネロ暗殺をもって閉じた後の混迷期を描いた巻。後継者不在だったことから、勝手に名乗りあげたガルバ、オトー、ヴィテリウスという3皇帝が1年の間に次々と登場するといった、まさにローマの危機。
その危機を収拾するがごとく登場したのがヴェスパシアヌスで、その後は2人の息子ティトゥスドミティアヌスへ帝位は継承され、フラヴィウス朝といわれる安定期がもたらされる。

この時代への興味は、カエサル、アウグストゥスという天才が築いた帝位継承路線が破綻し、広く凡人から皇帝が選ばれたことに尽きます(ヴェスパシアヌスを凡人というのは語弊があるとは思いますが、天才と対比する意味で)。そしてまた、ヴェスパシアヌスの皇帝即位を支えたムキアヌス(名将コルブロ門下のシリア属州総督)とアレクサンドロス(エジプト長官、ユダヤ人)という2人の人物を無視することはできません。
ネロ暗殺後も帝政という仕組を機能面・効果面から肯定し、継承者をもつという点からヴェスパシアヌスに助力したこの2人の存在は、ローマという国の健全性を象徴するものと感じるのです。
ヴェスパシアヌスは偉人ではなかったものの、バランス感覚に優れた健全なる常識者であった。
こうした優れた人物が次々とリレーするように登場するところがローマ帝国の偉大さですけれど、我々がそれと知ることができるのは本書「ローマ人の物語」があってこそ。だからこそ本書の素晴らしさがあり、それを読める喜び、楽しみがあるというものです(ギボン「ローマ帝国衰亡史に優る名著かもしれない)。

※なお、僅か2年の在位で終わった皇帝ティトゥスの時代に、ヴェスビオ火山の噴火、古代都市ポンペイの火山灰による埋没があったとのこと。このポンペイの遺跡を20代の頃に訪ねたことがありますが、半日この遺跡の中に居るとまるでローマ時代に戻ったような感覚にとらわれます。その時に本書を読んでいれば、もっといろいろな面を見ることができたに違いないと、残念な気持ちになります。

皇帝ガルバ(在位:68.6.18〜69.1.15)/皇帝オトー(在位:69.1.15〜4.15)/皇帝ヴィテリウス(在位:69.4.16〜12.20)/帝国の辺境では/皇帝ヴェスパシアヌス(在位:69.12.21〜79.6.24)/皇帝ティトゥス(在位:79.6.24〜81.9.13)/皇帝ドミティアヌス(在位:81.9.14〜96.9.18)/皇帝ネルヴァ(在位:96.9.19〜98.1.27)/付記

 

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