漱石の生の人間としての姿が、良く描かれていると思います。文豪としての漱石ではなく、文豪になった夫・家庭人としての漱石です。
鏡子夫人は、とかく漱石の門下生から評判が良くなかったようです。気が強く、悪妻としてのイメージが広く伝わっています。
本書も、夫人の自己弁護とともに、漱石を精神病者に仕立て上げたとして、門下生から評判が悪かったと言います。しかし、私が読むところでは、そうした感じは受けません。むしろ、飾られることの何も無い、普通人としての姿が公正に語られていると思います。
鏡子夫人という人は、確かに気の強い人だったのかもしれません。しかし、風変わりな、そして時々“頭がオカシクなる”漱石を夫とすること、多士済々でまた口煩い門下生に対抗していく妻としては、丁度良い人だったのではないかと思います。
漱石が“頭がオカシク”なった時、出て行け類の扱いをされても、むしろ居座るかのように、そして漱石の面倒をみることを表明するあたり、それはそれで夫婦としての愛情も感じられますし、漱石にしても感謝すべき恰好の妻ではなかったでしょうか。
度々泥棒に入られても夫婦共にノンビリしている感じもあり、似合いの夫婦であったと感じる場面が幾つもありました。
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