半藤一利著作のページ


1930年東京生、東京大学文学部卒。53年文芸春秋入社、「週刊文春」「文藝春秋」各編集長、出版局長、専務取締役等歴任。93年「漱石先生ぞな、もし」にて新田次郎文学賞、98年「ノモンハンの夏」にて山本七平賞を受賞。


1.
漱石先生ぞな、もし

2.続・漱石先生ぞな、もし

3.ノモンハンの夏

4.昭和史が面白い

 


 

1.

●「漱石先生ぞな、もし」● ★★    新田次郎文学賞受賞

 


1992年9月
文芸春秋刊

1996年3月
文春文庫化

  
1993/10/03

等身大の漱石が書かれていて、 楽しく、かつ面白い一冊。
また、漱石の作品を理解するのに、大いに役立つと言えます。

漱石は「猫」で自らを苦沙弥先生に投影するように、ユーモアを解する人だったようです。江戸っ子で、落語好きで、お洒落だったと言います。作品の欠点を指摘されながらも、その作品が読み継がれ、作家として愛される所以でしょう。
食べ物や、街鉄(都電の前身)の話が度々登場するのも、庶民の生活に親しみ、普通の市民を描き出そうとしていたからと思われます。
軍国主義への反対。「清」(「坊ちゃん」)という名が夫人・鏡子の本名「キヨ」かららしいこと。“銀杏返し”の髪型は比較的貧しい家の娘に多く、人妻が結うことはまず無かった、結うとすれば心の内で完全に夫から離れていることの証し。代助の元を訪ねた三千代がわざわざ銀杏返しを結っている という工夫(「それから」)。
漱石作品の種明かしを聞いているような面白さがあります。漱石作品を読み返したいという気持ちが、ムラムラと湧いてくる一冊です。

 

2.

●「続・漱石先生ぞな、もし」● ★★

  


1993年6月
文芸春秋刊

1996年12月
文春文庫化

  
1993/08/03

上記の続編。 新聞等で評判が高かった為買ったのですが、続編が出ていることを知らなかったため、 続編の方から読んでしまったという次第です。

本書は、漱石および漱石作品に対して親近感を持つのに、とても効があるエッセイ。読みながら、漱石を全面的に再読しようか、という気分にさせられます。
本書で度々取り上げられる作品は
「坊ちゃん」「猫」「三四郎」「草枕」。  
なお、著者は漱石の義理の孫にあたります。即ち、漱石の長女である筆子の娘と結婚しているとのこと。当初それを知らなかったため、途中“義母”が連発される度、 当惑してしまいました。
本書で最も印象的だったのは、漱石がモットーとしていた“守拙”と いう言葉の説明(和田利男氏)。

世渡りの下手なことを自覚しながら、それをよしとして敢えて節を曲げない愚直な生き方を言う。世渡りが下手だということは、これを裏返せば誠実に生きているということである。いわゆる巧言令色、俗世に媚びて己の利を求めるが如きを卑しとする生き方、朴直にして廉潔な生活態度である」
改めて漱石像が彷彿とされます。

 

3.

●「ノモンハンの夏」● ★★    山本七平賞受賞




1998年4月
文芸春秋刊
(1619円+税)

2001年6月
文春文庫化

 

1998/07/18

太平洋戦争勃発に遡る昭和14年5月に起きた満州国、外蒙古の国境線をめぐる関東軍とソ連軍との大規模な戦闘。
関東軍の完敗に終わったこの戦闘の経緯を調べると、如何に日本帝国陸軍という組織が何の知性も統率力も持たず、ただ自分たちの倣岸さのままに勝手に戦争を始めてしまったかが判ります。そしてこの完敗に何の反省・何の再考もすることなく、陸軍は国民を引き込んで太平洋戦争に突入してしまったのです。
この戦闘後に、ソ連軍の将は
「日本軍の下士官兵は頑強で勇敢であり、青年将校は狂信的な頑強さで戦うが、高級将校は無能である。」と語ったと言う。ノモンハンの戦闘は、現場の苦労を何も知らないエリート参謀達の、作戦とも言えない夢想だけで行われたようなもの。その中心的存在が辻政信であり、筆者は彼を「絶対悪」として糾弾しています。

あとがきで、筆者は「歴史を記述するものの心得として(中略)秀才作戦参謀を罵倒し、嘲笑し、そこに生まれる離隔感でおのれをよしとすることのないように気をつけたつもりである。しかしときに怒りが鉛筆のさきにこもるのを如何ともしがたかった。」と述べています。
実際本書を読んでいると、その言葉以上に文章のあちこちから沸沸と筆者の怒りが噴出しているのを感じます。でも、読む自分を振り返れば、その怒りの念は全く同一。「絶対悪」と評された辻政信が戦犯から逃げおおせ、戦後国会議員にまでなっていたと聞くと、許せないという思いを強くします。
本書では陸軍の暴走を抑えようとする天皇と、天皇を騙して裁可を得ようとする陸軍の対立構図が明らかです。両者の知性の差による当然の対立と言って良いかもしれません。
何故本書を今読むかというと、この陸軍の体質は、現在の政界・官界・大企業のトップの体質にあい通じるものがあるのではないか、と思うからです。一読の価値ある作品です。

 

4.

●「昭和史が面白い」● ★☆

 

1997年1月
文芸春秋刊


2000年2月
文春文庫
(590円+税)

 

2000/04/15

“統帥権”、“2・26事件”からパンダまで。本書は、 歴史の当事者たちの対談により昭和史を語る28篇の対談集です。半藤さんは対談の司会役にして編者。
「昭和史」=昭和天皇の時代なのですが、激変の時代だったと言えます。その中心になるのは、勿論太平洋戦争、そして戦後。したがって、対談テーマの多くは戦争・戦後に関わるもので、私としては昭和の昔話を聴く、という気分です。
驚いたのは、2・26事件に加わった反乱軍将校が対談者の中にいること。生存者がいるとは思いもよりませんでした。しかし、その方の
「その純粋な心情だけは忘れてほしくないと思っております」という発言を読むと、まだそんなことを言っているのかという憤りを感じます。また、元陸軍将校の、本土決戦で勝てると思っていたという言葉には、呆れ果てました。結局、太平洋戦争の責任がきちんと清算されていない、という思いを新たにします。
本書の対談の中でもそれは語られており、昭和天皇の責任を棚上げにしたこと、東京裁判が戦勝国による中途半端なものであったことが、その原因として挙げられています。
当事者たちにより昭和史が語られていることが、良いにしろ悪いにしろ、臨場感を与えてくれます。

(内容) 統帥権、2・26事件、紙芝居、近衛新体制、桃太郎、日米開戦、奇襲の日本史、海軍提督比較論、出陣学生体験、日本のいちばん長い日、昭和天皇独白録の空白部分、東京裁判、引き揚げの修羅、婦人代議士、浅草ストリップ、競泳、将棋、紅白歌合戦、数寄屋橋慕情、大相撲、美智子妃、赤線、カブキ、東京五輪マラソン、三島由紀夫、大阪万博、昭和天皇

 


 

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