島村洋子作品のページ


1964年大阪市生、帝塚山学院短期大学卒。85年「独楽」にて第6回コバルト・ノベル大賞を受賞して作家デビュー。

 
1.てなもんやシェイクスピア

2.色ざんげ

3.あんたのバラード

4.ザ・ピルグリム

5.「愛されなさい」

6.野球小僧

※ 猫姫(藤水名子監修「しぐれ舟」収録)

   


 

1.

●「てなもんやシェイクスピア」● 


てなもんやシャイクスピア画像

2000年08月
東京書籍刊
(1500円+税)

 

2000/08/13

シェイクスピア戯曲6篇のパロディ。
パロディですから、肩肘張らずに、気軽に読み流すのが一番。舞台を大阪に置いているのが、このパロディには似つかわしい。各ストーリィとも、大阪は玉造の沙翁商店街での出来事という設定です。
パロディですから、当然の如く原作をもじった名の人物が登場しますし、似たようなストーリィが展開します。
しかし、最後の結末が、原作をうまくそらしたような趣きのあるところが楽しいところ。とくに「近江の商人」には笑ってしまいますし、「リヤ不動産店」はうまくまとめあげた、と感じる次第。
ただし、本書はシェイクスピアのパロディだから面白く読めるのであって、原作を知らずにこれだけ読んでも、何なんだ、これは? となってしまうことでしょう。

6篇中、比較的うまく書けているパロディは「近江の商人」「リヤ不動産店」「もんた牛乳店」の3作。
また「オセロ」は、原作を別として、微笑ましい作品。

近江の商人/リヤ不動産店 /もんた牛乳店/ハム列島/オセロ/赤い雨
(注:
ヴェニスの商人/リヤ王/ロミオとジュリエット/ハムレット/オセロ/マクベス)

   

2.

●「色ざんげ」● ★★


色ざんげ画像

2001年04月
新潮社刊

(1500円+税)

2005年03月
中公文庫化

 

2005/07/25

1936年(昭和元年)年に起きた猟奇的な殺人事件・“阿部定事件”を題材にした作品。
阿部定という女性に関わった数人の男性から証言を聞くという形で綴られる連作短篇集。

殺人を犯したそのうえに相手の男性の一物を切り取るという信じ難い犯行だっただけに有名な事件ですが、殺人事件の割りに5年という短い刑期で定は釈放されています。
相手をそれだけ好きでたまらなかったという定の思い、彼女の芸妓に売られたという経歴が世間の同情を引き、殺人事件にしては軽い刑期となったらしい。

数人の証言で定という女性を語るという構成が、お見事。
出所後の定(吉井昌子と名乗る)と6年間内縁関係にあった男性、定の処女を暴力的に奪ったとされる慶大生、定と長く関わりのあった女衒夫婦、定を妾にしていた名古屋の学校長、等々。
見る人の角度によって各々異なる姿、異なる年代の姿の定が浮かび上がり、興味はつきません。
相手への愛情を問わずアレという行為自体が好きだった女性という面と、性に対して開放的な快楽感をもつ可愛らしい女性という面の両方を併せ持った女性の姿が浮かび上がってきます。
官能的な雰囲気も多少あるものの、それよりは人間の面白さ、阿部定という女性の稀少性が感じられるところに読み応えがある一冊。

1947年・秋 山本某/1920年・春 慶大医学生/1921年・梅雨 稲葉正武/1936年・春 板前某/1936年・初夏 大宮先生/1941年・春 稲葉正武/1946年・冬 天ぷら屋某、織田作之助/1968年・春 進一/2001年・春 阿部 定

  

3.

●「あんたのバラード」● 


あんたのバラード画像

2004年02月
光文社刊
(1600円+税)

 
2004/04/01

男と女の恋愛の終わり、別れを回想的に語って切なさを描き出した8篇の短篇集。その8篇ひとつずつに、かつてのヒット曲が各々添えられています。
ちょうど石田衣良さんの恋愛短篇集1ポンドの悲しみに引き続いて読んだため、始まりと終わり、期待と哀感という対照的な違いから、ことさら哀切さを感じてしまいます。

どの作品も、比較的淡々としたストーリィですが、突然出奔した3年後に再び自分たちのアパートを訪れたナツキを描く「アイ・ラヴ・ユー、OK」、20代初めの一時期共に暮らした継子との縁を描いた「星屑のステージ」が心に残ります。
そして、最後を飾る「あんたのバラード」は、他の篇と異なり、これからどんな展開をみせるのか予想もつかないストーリィであるところが見逃せません。余韻を残す一篇。

悲しい色やね/アイ・ラヴ・ユー,OK/星屑のステージ/帰れない二人/少しは私に愛を下さい/大阪で生まれた女/いいわけ/あんたのバラード

  

4.

●「ザ・ピルグリム」● ★★☆


ザ・ピルグリム画像

2005年04月
中央公論新社

(1500円+税)

 

2005/06/17

 

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四国八十八ヵ所を巡るバスツアーに無理やり母親から放り込まれた、小学生の直人。その直人が巡礼ツアー中に海岸で見かけたものは、なんとキリンだった。
倒産した動物園からバイト学生の夏子に連れられて逃げ出した子キリンのダーニ。そして、偶然あるいはニュースを見てキリンを捜し求める人々。
本書は、四国の高知で展開されるキリンを求めての騒動記と、それに関わる人々をユーモラスに描く心温まるストーリィ。

まるでドミノのように登場人物が次々と相互に関わっていく。その展開が読み手を少しも飽きさせません。パニック小説などではよくある手法ですが、本書では、人の輪がどんどん広がっていくような楽しさを覚えます。
直人を初めとして、登場人物たちはそれぞれに鬱憤を持ち、家族に対する不満を抱いています。
本書の見事さは、それらが本人たちの思い込みであって、傍から見える姿と本人が思っている姿に乖離がある、という事実を着実に明確にしていくところにあります。
まさに人間喜劇であり、それに加えてストーリィ全体に漂うユーモラスでハートフルな雰囲気が素晴らしい。上質な喜劇を観ている気がします。

僅か 270頁程の短い長篇の中で、幾つもの人間ドラマを展開してみせ、各人が自分を見つめ直す様をあっさりとユーモラスに描いてしまう。何とも巧妙かつ楽しい作品です。
長所欠点それぞれあれど、登場する人物たち皆を好きになってしまうこと間違いなし。お薦めです!

直人の章/高橋夫妻の章/山沖夫妻の章/すべてのバスの章/すべての夫婦の章/すべてのお金の章/ストックホルム症候群の章/握り合う手の章/台風十三号の章/そっちが来ないならこっちから迎えに行くの章/フロム・ザ・ニュー・ワールド

  

5.

●「愛されなさい」● ★★


「愛されなさい」画像

2010年04月
講談社刊

(1700円+税)

 

2010/05/06

 

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信用金庫に10年勤めた江夏愛花。支店長から呼ばれると、辞めて欲しいような様子。折しもそんな時に愛花をスカウトしたのは、大口預金顧客で、銀座の高級クラブ「レジェンド」のオーナーママである小林芙美子
ホステスの才能があると熱心に口説かれて転職したものの、地味で印象の薄い愛花は、3ヶ月勤めて成績もパッとせず。そろそろ店を辞めようと思う。
そんな愛花が忘れ物を取りに閉店後に店に戻ると、待ち受けていたのは和服の本当に美しい人。寿々子と名乗るその先輩ホステスから与えられたアドバイスに従ってから、愛花のホステスぶりはガラリと変わります。
大切なことは、お客さまから愛されること、彼女はそう語った。

桂望実「Lady, GOは、自己否定的な若い女性がキャバクラ嬢になって初めて自分を開花させるという物語でした。
それと似ていますが、本書は舞台が銀座の高級クラブとあって、ハイクラスレベル、という感じ。
寿々子という先輩ホステスは「愛されること」と簡単に言いましたが、商売という中でそれを実現することは、どれだけ難しく、だからこそ大切なことかと思います。

一種の業界小説。何故か幽霊の登場するところが業界小説にしては異色ですが、銀座ホステスという稼業が長い年月にわたる女性たちの営みによって培われてきたことを物語る、象徴なのでしょう。
私には全く縁遠い世界を覗き見る興味だけでなく、仕事小説としても、十分に面白く読めました。
主人公の愛花と寿々子は勿論のこと、六本木のキャバ嬢から転身したレナ、近くでこじんまりとした店を営む香苗ママ等々、この世界で生きる女性たちの溌剌とした姿が魅力的です。

      

6.

●「野球小僧」● ★★


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2012年07月
講談社刊

(1500円+税)

  

2012/08/19

  

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ボーイズリーグで好評価を得ていた佐久間雪彦、てっきり有力高校野球部への推薦が得られるものと思い込んでいたのですが無しのつぶて。致し方なく誰でも入れるような工業高校に進学したものの、趣味的な野球部に失望して高校まで退学。ぶらぶらしていたところをバイトで働き始めたのは、甲子園グランドの整備を行う“タイガー園芸”という会社。
ふとした偶然から、自分が挫折した原因となった相手“
カリガネ”の消息を知った雪彦は、全国甲子園野球大会の直前深夜、相手を呼び出し復讐しようとする。
しかし、その甲子園のグランドでは思わぬ光景が繰り広げられる、というストーリィ。

野球の道を閉ざされたと思い込んでいる元野球少年、有力校野球部に入部したものの絶望した高校野球部員、野球をしている人が好きという訳有りの青年、元有望選手だったが挫折してブローカーとなった中年男性、怪我で選手の道を諦めその後グラウンド整備に一生を捧げてきた定年間近の整備人と、野球と様々な関わり方をしている人たちが登場します。
底を探れば皆、野球が好きだったというだけのこと。それなのに様々な経緯によって、逆に野球から苦しみを味わうこともある。
それでも結局は自分の気持ち次第。野球が好きという原点に戻れば、新たなチャンスも広がる筈という、野球を愛する人たちのためのストーリィといって過言ではありません。
最後、夢のような光景が展開されます。さほど野球好きではない私でもワクワクするような光景です。まるで「フィールド・オブ・ドリームス」の再演を観るような気がします。
なお、本書中私がとくに惹かれたのは、カリガネの息子=
健一のキャラクター。・・・でも野球が好きという彼の素直な思いには喝采を贈りたくなります。

 


 

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