佐藤賢一作品のページ No.



11.黒い悪魔

12.ジャンヌ・ダルクまたはロメ

13.剣闘士スパルタクス

14.褐色の文豪

15.女信長

16.アメリカ第二次南北戦争

17.カペー朝−フランス王朝史1−

18.象牙色の賢者

19.新徴組

20.ペリー


【作家歴】、ジャガーになった男、傭兵ピエール、赤目、双頭の鷲、王妃の離婚、カエサルを撃て、カルチェ・ラタン、二人のガスコン、ダルタニャンの生涯、オクシタニア

 → 佐藤賢一作品のページ No.1


革命のライオン、バスチーユの陥落、聖者の戦い、議会の迷走、王の逃亡
、フイヤン派の野望、ジロンド派の興亡、共和政の樹立、ジャコバン派の独裁、粛清の嵐

 → 佐藤賢一作品のページ No.3


徳の政治、革命の終焉、黒王妃、ヴァロワ朝、ラ・ミッション、ハンニバル戦争、ファイト、遺訓、ナポレオン1、ナポレオン2、ナポレオン3

 → 佐藤賢一作品のページ No.4


日蓮、最終飛行

 → 佐藤賢一作品のページ No.5

   


   

11.

●「黒い悪魔」● ★☆


黒い悪魔画像

2003年08月
文芸春秋刊

(2000円+税)

2010年08月
文春文庫化



2003/09/07



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「ダルタニャン物語」等の文豪アレクサンドル・デュマの父親を主人公にして描いた、フランス革命側面史というべき作品。

主人公トマ・アレクサンドルは、カリブ海の仏領サン・ドマング島(現ハイチ)で白人農園主と黒人奴隷の間に生まれ、コーヒー豆農園の黒人奴隷として育ちます。
その運命が一転したのは、フランスにいる父親ラ・パイユトリ侯爵が、家族のいない者の気まぐれとして彼をフランスに呼び寄せた為。その結果としてトマは貴族の子弟として育ちますが、老父がまたもや気まぐれに結婚したことから再び運命は一転、父子の縁を切られます。仕方なくトマは母親の姓を名乗り、アレクサンドル・デュマとして、軍隊に道を求めたという次第。
時代はいみじくもフランス革命が勃発期。並外れた巨体、膂力を武器にデュマは急速な昇進を遂げて将軍位にまで至り、オーストリア軍からは“黒い悪魔”と呼ばれ恐れられます。この主人公、所々にダルタニャンを彷彿させるものがあります。
以上のように紹介すると本作品は文豪デュマの父親伝と受け留められるかもしれませんが、むしろ元奴隷の眼からみたフランス革命、それに次ぐナポレオン時代の裏側、と言うべきでしょう。
デュマの心底にあるのは、奴隷に戻りたくない(心理面でも)という一念。それ故に強固な共和主義者であり、その思いからロベスピエール、ナポレオン・ボナパルトを観察します。そこに本作品の面白さ、意味があります。
なお、エピローグには、少年時代の文豪デュマが登場。

※ロシアの文豪プーシキンの曽祖父もまた黒人であり、プーシキン自ら「ピョートル大帝の黒奴」(未完)という作品を書いています。そのことを必然的に思い浮かべました。

      

12.

●「ジャンヌ・ダルクまたはロメ ★★☆


ジャンヌ・ダルクまたはロメ画像

2004年02月
講談社刊
(1700円+税)

2006年02月
講談社文庫化



2004/03/27



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著者初の歴史短篇集。
短篇といってもいずれも秀逸な作品ばかり。一作ずつとってもこれまでの長篇作品に比べて、決して引けを取りません。長篇では味わえないスパイスが効いている分、短い中で幾つもの面白さを楽しめる作品集であり、まさに見逃せない一冊です。

「ジャンヌ・ダルクまたはロメ」「ルーアン」の2作は、いずれもジャンヌ・ダルクが題材。前者は、シャルル7世の寵臣ジョルジュが、自分の地位を脅かしかねないジャンヌの出自にいろいろと推測をめぐらし、結局はシャルル7世の冷酷さに気付いて戦慄する話。後者は、異端審問を受けたジャンヌを、結局救うことのできなかった修道士ジャック・ドゥ・ラ・フォンテーヌのジレンマを描く話。ラ・ピュセルの側面史というべきこの2篇が、本書中でも特に秀逸。
「戦争契約書」は、百年戦争に参加しようという英軍側兵士2人が、事前にお互いを保険し合おうと細密な契約書を作り上げる様を描いた佳作ですが、取らぬ狸の皮算用もここまで行けば、滑稽を越えた楽しさあり。
「エッセ・エス」は、騎士カルデナスを語り手とした、カスティリーヤ王女・イサベルアラゴン王子・フェルナンドが結婚にいたる冒険譚。短篇ながら、ダルタニャンを彷彿させる要素+歴史の面白さという点から、痛快な魅力ある一篇。
「ヴェロッキオ親方」「ヴォラーレ」2作にはレオナルド・ダ・ヴィンチが登場。これもまた楽しめる秀作。

ジャンヌ・ダルクまたはロメ/戦争契約書/ルーアン/エッセ・エス/ヴェロッキオ親方/技師/ヴォラーレ

   

13.

●「剣闘士スパルタクス 


剣闘士スパルタクス画像

2004年05月
中央公論新社

(1800円+税)

2007年05月
中公文庫化



2004/06/23



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ローマ史上有名な“スパルタクスの乱”を描いた歴史長篇。佐藤さんらしく、史実を描くというより、生臭い人間ドラマという仕上がりになっています。
そのスパルタクスの乱とは、紀元前73〜71年に勃発した奴隷たちによる大規模な反乱のこと。ローマ帝国を揺るがす大事件だったことから世界史の授業にも必ず触れられているものです。首謀者のスパルタクスは、トラキア人の奴隷でグラディエーター(剣闘士)だった。
歴史小説で興奮させられるのは、それが歴史を変えるような出来事であった場合。日本なら織田信長、坂本竜馬、西欧ならカエサル、ジャンヌ・ダルクというところでしょう。
その点、スパルタクスの乱にそんな要素はあまりありません。そのため、あくまでスパルタクス個人の物語にとどまってしまった、という印象。
本作品におけるスパルタクスは、英雄という名に値するような人物ではなく、行き掛かりから首謀者に祭り上げられてしまった、という設定です。最大時8万人にも及ぶ奴隷軍の指揮者となりますが、最後まで真っ向勝負にこだわる、一介の剣闘士に過ぎなかった人物として描かれます。
そんなスパルタクスに同調させるかのように、一方のローマ軍もひどく卑小化されて描かれています。その点、塩野七生「ハンニバル戦記(ローマ人の物語)におけるハンニバル、スキピオのような、天才軍略家による戦争といったスケールの大きさはありません。
歴史上の著名な事件を背景に、スパルタクスという人間ドラマを描いた作品と言うべきでしょう。

         

14.

●「褐色の文豪 ★★


褐色の文豪画像

2006年01月
文芸春秋刊
(2000円+税)

2012年08月
文春文庫化



2006/05/05



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黒い悪魔のデュマ将軍に続く、その息子たる文豪アレクサンドル・デュマ(1802-70)の生涯をダイナミックに描いた巻。

ただし、「黒い悪魔」とは別の物語として読むことが出来ます。というのは、デュマ将軍はナポレオンと確執が在ったため、ナポレオンにより未亡人への年金支給が止められ、未亡人と息子のアレックス(アレクサンドル)は貧窮の暮らしを余儀なくされたため。
その意味で、「ハムレット」の翻訳劇に触発されて劇作家を目指し、友人を頼って単身パリに上京した後のデュマの成功は、デュマ自身の力によるものですから、それはやっぱり天才の成せる業というべきものなのでしょう。
「アンリ三世とその宮廷」で劇作家としてデビュー、成功してから「三銃士」「モンテ・クリスト伯」「王妃マルゴ」を発表する辺りまでのデュマは、躍動感に溢れ、実に魅力的です。
めげるということを全く知らないかのような前向きで明るく、気さくな人柄。
大勢の下書き共作者を使う執筆法のため“デュマ小説製造工場”という陰口を叩かれようが、デュマが手を加えてこそ初めてワクワクする物語に仕上がるというのであれば、子供の頃から「三銃士」や「巌窟王」を熱中して読んだ身としては今更何の不満もありません。
この前半で面白いのは、デュマのライヴァルとして「レ・ミゼラブル」の作者ヴィクトル・ユゴーを配した点。ユゴーは自分こそフランス文学界の第一人者を自負するものの、ことごとくデュマの後塵を配し、人気をさらわれてしまい悔しがるという様子が可笑しい。謹厳実直風なユゴーに人間味が感じられる部分として嬉しさを感じてしまう。
後半は、デュマの滅茶苦茶な行動ぶりが描かれます。文豪という名に飽き足らず、父親デュマ将軍の真似をしたくなったらしいという設定。

それだけの活力・成功欲があってこそ「ダルタニャン物語」などの傑作を生み出すことができたのでしょうし、行儀良く成功者に収まったデュマより、落差の激しい生涯を送ったという方がはるかにデュマらしい。
デュマの生涯自体、ひとつのドラマと言えるのですから。
「三銃士」「モンテ・クリスト伯」の執筆構想をデュマが繰り広げる部分、ファンとしてはとくに楽しめるところです。

          

15.

●「女信長 ★★


女信長画像

2006年06月
毎日新聞社刊
(1800円+税)

2012年10月
新潮文庫化



2006/07/23



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西洋歴史小説ばかりを書いてきた佐藤賢一さんの初めての国内もの。
折角西洋もの専門だったのに何でわざわざ国内ものをと感じたのですが、信長=実は女だった、という想定に基づき戦国絵巻を展開するというのであれば、それはそれなりに納得できるというものです。

織田信長は実は女だった、という発想は面白い。とくに斉藤道三と初めて顔を会わせた場がそのまま女としての初体験の場にもなったというのは、それから後の展開への期待を十分盛り上げてくれます。
女だからこそ、これまでの戦国大名=男にはできない発想ができる筈、だからこそ面白いというのが、父・信秀、舅・道三の2人に合い通じるところ。その点は、読み手としても結構納得できてしまうところが愉快です。
そうなると、いったい美濃から嫁入りした濃姫はどうなるのか?というと、濃姫ののんびとした性格も幸いして、信長(=御長の方)の恰好な友となる、という設定が良い。
浅井長政の裏切りに信長(=御長)が逆上し、濃姫と遠慮のない言い争いになるところは、本書における圧巻と言えます。

女だからこそ男のように既成概念に捕らわれることなく斬新で合理的な発想ができるというのが、本書における信長像の魅力ですが、後半は女姿に戻った“御長”の場面が多くなること、相応して肝心の戦(いくさ)の場面が省略されてしまうところがちと物足りない。
折角の革命的な信長像も、最後は“女”の部分が強くなってそれに左右されてしまうところが勿体無い気がします。
最後の結末は、そうかァその手で来たか、と興味もてるものですが、また天海僧正かと思わぬではない(まァ元々その説が多いのですから仕方ない)。もっとも実際の信長の最後よりは、気持ち好い結末と言えます。
男性読者よりむしろ女性読者にお薦めしたい一冊。

        

16.

●「アメリカ第二次南北戦争 ★☆


アメリカ第二次南北戦争画像

2006年08月
光文社刊

(1700円+税)

2010年04月
光文社文庫化



2006/09/06



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書店店頭で見かけた時あまり面白くはなさそうだと感じたのですが、実際に読んでみての感想もそのとおり。
ストーリィとしての面白さより、仮想現実そのものにこそ興味惹かれる作品、と言うべきでしょう。
歴史小説が中心だった佐藤さんにとって、初の現代小説、というより近未来小説。

2013年アメリカで第二次南北戦争が勃発。南西部諸州が「アメリカ連合国」として連邦離脱・独立を宣言をしたことから、それを承認しない合衆国との間で内乱状態に至ったという次第。
国連常任理事国でありかつ国連本部のある日本から休戦状況にあるアメリカの実情視察に派遣された、内閣官房政府広報室職員の森山悟が主人公。ジャーナリストという触れ込みで入国した森山の案内役となるのが義勇兵の結城鍵人。この2人に何かと騒々しいグラマーかつセックス好きの女性兵士、自称アメリカ人でなくイタリア娘のヴェロニカが加わり、内乱状態のアメリカを縦断しながら騒動に巻き込まれるといった道中記。
さてこの作品の意図は何なのか。
ストーリィとしては主人公のやたら小理屈っぽい問答が多く、歴史活劇のような面白さには出会えません。連邦主義対州権主義、国際主義対モンロー主義、さらに単一民族国家志向、有色人種排斥へと続くと、まるで現代米国と過去返りした米国の対立を見るようです。
この作品が現在の米国に対する揶揄、皮肉、警告を含んでいるものと考えれば、腑に落ちるところは沢山あります。
その中で一番大きな問題をあげれば、とかく自分の意に沿わない国に圧力をかけ、ひいては戦争を仕掛ける。その結果かえって国際情勢を不安定にさせ、平和を危うくしているという事実でしょうか。そんなに戦争がしたければアメリカの国内でやり合えば良い、そうすれば外国は被害を受けることなく戦争特需でかえって万々歳という諧謔が本作品から感じられます。
結末を読むとあながち荒唐無稽のストーリィとも思えない、そこが本作品のミソでしょう。
本書にはどんな意図が隠されているのか、それを探る宝探しのような読み方になってしまいました。
なお、所々挿入されている米国に関する論評記事、ストーリィよりむしろそちらの方に興味惹かれます。

      

17.

●「カペー朝−フランス王朝史1−」● ★★


カペー朝画像

2009年07月
講談社
現代新書刊
(740円+税)



2009/08/14



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国王列伝のようなものかと思って読んだのですが、これが予想外に面白かった。
その理由は、ひとえに初期のフランス国王というのが実は一地方領主と何ら変わりなかった、という点に尽きます。
国王という肩書きをもつと余計な苦労が増えるだけ、陰の実力者として君臨し安定した力を維持した方が良いと考えたのが、カロリング朝西フランク王国でパリ伯だった大ユーグだそうです。
なにやらかつての田中派支配政治、その手法を今も引き継ぐ政治家を彷彿させる計略ではないですか。
それにもかかわらず、差し出された王位をすんなり受けてしまったのが、その息子であるユーグ・カペー。それがカペー朝の始まりだそうです。

国王という名前は持ちながら、実力は他の領主たちと比較していささかも強固とはいえない。ふとしたことで状況が変わってしまう、そんなところが実に面白い。
しかも、不倫愛が過ぎての離婚騒ぎ、ローマ教皇と対立してまでの再婚騒ぎ。そうした騒動は、英国王ヘンリー8世の専売特許ではなかったと、初めて知りました。
仲違いしての離婚の結果、持参金として一旦入手した広大なアキテーヌ領を取りこぼし、それどころか元王妃は10歳下の若造とさっさと再婚。おかげでその若造は北スコットランドからピレネー山脈まで連なる広大な領地を手に入れてしまう。逃した魚は大きいどころか、これでは振られたようなものではないかと嘆いた、と語る佐藤さんの解説が愉快。
その仏国王がルイ7世、若造がアンジュー伯アンリ(英国王ヘンリー2世)。まるでオセロゲームのような展開、何とも人間味溢れるフランス国王史なのです、本書は。

ちなみに、その次の世代が共に十字軍遠征で知られるフィリップ2世プランタジネット家のリシャール(つまり英国王・獅子心王リチャード)という次第。
英仏百年戦争も、ここまで起源を遡ると、とても面白い。

シャルルマーニュ大帝が築いたフランク王国が分裂した後、空中分解しそうな西フランク王国を新時代のフランスとして力強く蘇らせた功労者(カペー朝・ヴァロア朝・ブルボン朝)。
その国造りの物語を追ってみれば、それこそ面白い歴史になるだろう、というのが佐藤さんの執筆動機だそうです。
その言葉どおり、面白さ、読み応えとも十分な歴史物語。

フランス王とは誰か/ユーグ・カペー(987-996)/名ばかりの王たち/肥満王ルイ6世(1108-1137)/若王ルイ7世(1137-1180)/尊厳王フィリップ2世(1180-1223)/獅子王ルイ8世(1223-1226)/聖王ルイ9世(1226-1270)/勇敢王フィリップ3世(1270-1285)/美男王フィリップ4世(1285-1314)/あいつぐ不幸/天下統一の物語

   

18.

●「象牙色の賢者」● ★★


象牙色の賢者画像

2010年02月
文芸春秋刊
(1700円+税)



2010/03/05



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黒い悪魔」「褐色の文豪に続く、デュマ家三代記の最終巻。
主人公は、「椿姫」の作者として知られるアレクサンドル・デュマ、デュマ・ペール(父)に対してデュマ・フィス(息子)と一般に言われる人物。

本巻の特徴は、デュマ・フィスが第一人称にて語る、という形式がとられていること。
この形式が本巻にはよく似合っています。
祖父デュマは軍人でしたが、父デュマと子デュマは、大衆小説と純文学という違いはあれど共に作家。しかも同時代に併存していた訳です。
必然的に本巻は、息子の目から見た、父でもあり大作家でもあるアレクサンドル・デュマと、愛し愛される子であると同時に影響を受け、その一方で対抗心を燃やす子の作家を、並べて描くという構成になっています。
そして、父デュマを語るについて時々祖父デュマについても言及し、結果的にデュマ三代の変遷を統括するという、最後を締めるにふさわしい内容。
そしてそれは、ある意味、仏貴族とカリブ界の奴隷の間に生まれたデュマ家が仏社会に定着する歴史であったとも言えます。
題名、余り気に留めていなかったのですが、「黒」「褐色」「象牙色」と並べてみると、成程なぁ、題名からして意味深長です。

さて「椿姫」、昔から頭の中にはあるものの、読んでいないままとなっている一冊。したがって、デュマ・フィスのことも詳しからず。
父デュマと子デュマの歩んだ道の、似た面と異なる面を描くことと併せ、デュマ・フィスという作家の生涯を語るこの一冊、読んでいて十分に面白い、興味尽きない一冊。
デュマ三部作、お薦めです。

   

19.

●「新徴組」● ★★


新徴組画像

2010年08月
新潮社刊
(2000円+税)

2013年04月
新潮文庫化



2010/09/23



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本書題名の「新徴組」、新撰組とどう違うの?と思ってしまいますが、母体は同じ江戸で集められ京に上った浪士組
京に残り会津藩の指揮下に京の市中見廻りの役割を担ったのが“新撰組”だったの対し、江戸に戻り庄内藩の指揮下に江戸の市中見廻りの役割を担ったのが“新徴組”だった、という次第。
さらに主人公は、新撰組で有名な沖田総司の義兄=沖田林太郎だというのですから、その点からだけでもまず興味をかき立てられます。
序章は、京都の総司と林太郎。前半の江戸は、市中見廻りを担った新徴組の様子。後半の庄内は、否応なく戦火を交わすことになった庄内藩と共に官軍と戦う様子。そして終章はエピローグ、という構成。

京で市民からも恐れられた新撰組と対照的に、新徴組は江戸市民から親しまれ頼りにされたのだとか。
幕府、薩長、新撰組、どの立場をとっても極端な側に立ってしまいがち。つい正邪、敵味方という見方になりかねないのですが、政治権力から一歩引いた江戸の市民感覚で幕末・維新騒動を眺める視点が一貫していて、ユニークです。
何しろ主人公の沖田林太郎、天下の趨勢より義弟の総司、家族、息子の芳次郎の方が余程大事、という風なのですから。

官軍への恭順が入れられず、やむなく会津と手を携え奥羽列藩同盟を組成して、官軍との戦いを開始した庄内藩。
つい会津藩と官軍の戦闘にばかり目が向いていましたが、本書におけるもう一方の主人公というべき庄内藩、庄内藩士たちの気質がこれまたユニーク。
藤沢周平さんの故郷であり、海坂藩のモデルとなった人々はこうした人たちだったのか、と知る面白さも十分味わえます。

幕末歴史ロマンを描いた作品と思いましたが、読後の印象としては、自分や自分の家族のことを普通に第一に考える、一人一人の目線から描かれているところが新鮮な魅力。
幕末・官軍側というと悲哀を感じる作品が多いのですが、本作品の読後感は貴重にも、爽快にして痛快。 お薦めです。

序章・壬生/第1部・江戸/第2部・庄内/終章・松ヶ岡

           

20.

●「ペリー Matthew Calbraith Perry」● ★★


ペリー画像

2011年07月
角川書店刊
(1700円+税)

2014年04月
角川文庫化



2011/08/17



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幕末に黒船艦隊を率いて来航し、日本に開国を迫った米国東インド艦隊司令官=ペリーを描いた歴史長篇。

ペリーという人物、日本史を習えば必ず登場する名前なので、日本にとってどういう人物だったかは今更言うまでもないこと。
でもそれは、日本側から見たペリー像に過ぎず、では米国側から見たペリーとはどんな人物だったのか。
本書はそれを知ることができる意味で、興味深い一冊。

当時の日本は、西洋列強諸国からみてどんな存在だったのか。その中で米国は、何のために日本に開国を迫ったのか。何故司令官はペリーだったのか。
そして、当時のアメリカの状況はどうだったのか。その中でペリーはどんな存在だったのか。
歴史とは、当事者の一方側からだけでなく、双方の側からみて初めてよく判る、歴史上の位置づけが判るということを、改めて感じさせてくれます。
米国政府が決して一枚岩ではなかったこと、ペリー個人の信念による結果であったと、著者は描き出しています。

それにしても黒船で脅され、いやいや開国させられたという展開は、日本人として面白いものではありません。
しかし、本書で佐藤さんは、日本は中国や琉球王朝とは違って、(1度目の来航では驚いたものの)恐れおののくことなく2度目からは堂々と交渉を繰り広げてきたと描いています。日本人としてそれは、やはり嬉しいこと。

どちらかというと地味な作品ですが、幕末の日本史を別の角度から見てみたいという方にはお薦めの一冊です。

          

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