光原百合作品のページ No.1


1964年広島県尾道市生。大阪大学及び同大学院にて英文学専攻、修士課程修了。現在尾道大学准教授。詩集や童話を執筆する一方、98年初のミステリ「時計を忘れて森へいこう」を発表。2002年「十八の夏」にて第55回日本推理作家協会賞(短篇部門)、11年「扉守−潮の道の旅人」にて第1回広島本大賞を受賞。かねてより療養中だった病気により22年08月逝去。23年04月尾道市立大学名誉教授の称号を授与される。

 
1.風の交響楽

2.時計を忘れて森へいこう

3.空にかざった おくりもの

4.ほしのおくりもの

5.遠い約束

6.十八の夏

7.星月夜の夢がたり

8.最後の願い

9.銀の犬

10.橋を渡るとき

 
イオニアの風、扉守、やさしい共犯無欲な泥棒

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1.

●「風の交響楽(シンフォニー)」● 影絵・藤城清治 ★★☆




1996年03月
女子パウロ会
(1600円+税)

2019年06月
改訂版



2000/07/08



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ちょっと幻想的な香りがあって、童話的な話やキリスト教的な話、教訓的な話が織り交ぜられた小話集。

それぞれ趣向の異なる話が、四季別に分けられた中でさまざまな旋律を奏でているという印象を受けます。そしてもうひとつ感じることは、どの話にも温かい優しさに充ちていること。光原さんの内にある信仰心が、この作品集をかなり覆っていることが感じられます。

ファンタジスティックな印象ももちろんあるのですが、そうした印象を創っているのは、藤城さんの影絵です。影絵というと黒白だけの絵と考えてしまうのですが、実際に物語りの中で目にする影絵からは、暗と陽が織り成しているようで深みがあり、とても素敵な気分をもたらしてくれます。この作品集にこの影絵がなかったとしたら、目立たない一冊になっていたかもしれません。

「朝露の石」「何もできない魔法使い」「散らない桜の木」「雪花石膏のファンデーション」が私の好み。影絵では「銀鈴砂の音」が素敵でした。
大人のためのファンタジー物語集と言えるでしょう。

春・・・序の歌−ゆるされるならば−()、朝露の石/塀/神様の言うとおり/何もできない魔法使い
夏・・・ひかりあれ()、雪の花/海を見たカシの木/悲しみは海に/銀鈴砂の音
秋・・・影()、白い翼/ベッドの裏側の国/散らない桜の木/僕のミシェルおじさん
冬・・・交響楽−「あなた」に−()、まいごの犬/預かった袋/雪花石膏のファンデーション/「俺の母さん」/風の声

  

2.

●「時計を忘れて森へいこう」● ★★★




1998年04月
東京創元社
(1600円+税)

2006年06月
創元推理文庫


1999/03/13


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主人公は16歳の高校生・若杉翠。ストーリィは、彼女の一人称で語られます。といっても、ナレーションのような平明さと、とぼけた味があって、気持ち良く読み進むことができます。

でも、高校生の女の子らしい感情が時折顔を覗かせます。それが本書の絶妙のアクセントになっていて、勿体無くて読み逃すことができません。
その所為か、知らず知らずのうちにじっくりと読んでいました。それって凄いことだと思います。じっくり大事に読ませてしまう、そんな小説が最近どれだけあることでしょうか。それだけ、文章に現れない中味がつまっているからでしょう。

本書の3つのストーリィは、いずれも愛情にまつわるものです。
ジャンル分けするなら、日常ミステリということになるかもしれません。探偵役は、自然解説指導員の深森護。しかし、ミステリというより、時々人が迷い込んでしまう苦しさを癒してくれる、そんな優しさのある作品という方が適切でしょう。

「時計を忘れて森へいこう」という題名は、この物語の始まるきっかけとなった出来事であると同時に、作者から読者への一環した誘いかけでもあります。素敵な題名ですよね。
そして、八ヶ岳南麓の清海の里に、本当に翠、護、こずえら仲間が待ってくれているような気がしてきます。
出会えたことを幸せに思う、そん
な本のひとつです。

 

3.

●「空にかざった おくりもの」● 絵・牧野鈴子 ★★☆




1998年05月
女子パウロ会
(1400円+税)



2000/06/25

児童向け作品10篇を収録(小学校中学年向きとか)。
ていねいに読んでいると、いろいろな要素を詰め込んだ一冊であることに気付きます。ただ楽しめたというだけでなく、心が豊かになったような気持ちのすることが、とても嬉しいです。

「ぬすんでも ぬすめないもの なあに」「王さまと羊かい」は、トルストイ「民話」(「人は何で生きるか」「イワンの馬鹿」)に通じる宗教的な要素をもった話で、ちょっと感銘を覚えました。
また、わらの家 レンガの家」は、お馴染みの「3びきの子ブタ」の話を現代風に書き替えたもの。わらの家を何度も建てなおす兄ブタの方が、レンガの家の弟ブタより、もしかしたら賢明なのかもしれないという結末には、思わず微笑んでしまいます。

表題作の「空にかざった おくりもの」「春のとびら」は、ファンタジー風の作品。前者は、お父さんがお母さんへ結婚を申し込んだ時の贈り物は、空でまたたく星だったという話。思い返す度に深い味わいが感じられて、素敵なお話です。

ぬすんでも ぬすめないもの なあに/空色のふうせん/お山が火をふいたとき/あしたも いい天気/世界一のたからもの/キーキ・ミーミ・ハット/わらの家 レンガの家/空にかざった おくりもの /王さまと羊かい/春のとびら

 

4.

●「ほしのおくりもの」● 絵・牧野鈴子 ★★




1999年10月
女子パウロ会
(1300円+税)


2000/07/08

クリスマス童話の絵本。
「ティムの小さなろうそく」「ほしのおくりもの」の2篇が収録されています。なお、本書は、幼稚園年長組〜小学初級向きとのこと。

前者は、貧乏な家のティムが、イエスの赤子像に小さなろうそくしか供えられないという話。イエスとティムの心の繋がりが、とても気持ちよく感じられます。
後者は、母子二人暮しでクリスマスの夜も遅くまで働いている母親を一人待っているポールの元にサンタが訪れ、プレゼント代わりにそりで空への散歩に連れて行ってくれるという話。ちょっと夢物語風。

クリスマスを題材に、幾つもの気持ちよい物語が創られていると思うと、それだけでもクリスマスって良いものだなぁ、と思います。

※ちなみに、私のもっとも気に入っているクリスマス物語は2つ、ディケンズ「クリスマス・カロル」と、ケストナー「飛ぶ教室」です。

  

5.

●「遠い約束」● ★★




2001年03月
創元推理文庫
(560円+税)



2001/03/25



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浪速大学に入学した吉野桜子の念願は、ミステリ研究会に入ること。桜子が入会した、略して“なんだいミステリ研”のメンバーは、いずれも個性的な3回生3人(黒田・清水・若尾)。
本書は、桜子が持ち込む日常ミステリを、彼等が解き明かす連作短編集です。

メンバー3人のキャラクターが余りに類型的過ぎること、事件の謎自体は、それ程驚く程のものではないことから、読み出した初めはちょっと失望を感じました。
しかし、そのうちに気付きました。本題ミステリの背後に、奥深いミステリが秘められていることを。本当のミステリは、各事件の中心人物たちの心情の中にあったのです。
それが判ると、なんだいミステリ研3人の姿は単なる説明役となり、あまり気にならなくなります。その一方、心の通い合いを描いたミステリ・ストーリィが、静かに浮かび上がってきます。

個性的な3人を中心に読むか、彼等を単なる案内役として読むかは、読む人の好み次第であろうと思います。3人を中心に読めばキャンパス・ミステリとなりますが、そうなら、私としては田中雅美“クラスメイト”シリーズの方が良かった。故に、私は後者の読み方を選びました。
本書中では、桜子と大叔父・澤村源太郎らとの繋がりを3篇に分けて書いた「遠い約束」が、何と言っても心に残ります。

消えた指環/遠い約束1/「無理」な事件−関ミス連始末記/遠い約束2/忘レナイデ・・・/遠い約束3

  

6.

●「十八の夏」● ★★




2002年08月
双葉社
(1600円+税)

2004年06月
双葉文庫
2016年08月
(新装版)

2002/09/16

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朝顔、金木犀、ヘリオトロープ、夾竹桃と、各々花をモチーフにした4篇。しかし、ストーリィの趣きは其々だいぶ異なります。
中でも図抜けているのは、やはり表題作である「十八の夏」
年上女性に憧れる予備校生の一夏の思い出話かと思いきや、後半思いもかけぬ展開が待ち受けています。それが明らかになった時、思わず戦慄を感じ、それまでのストーリィがまるで裏返るかのように様相を一変します。その仕掛けがお見事!
それまでの2人の間に漂う緊張感が、今更の如く清冽です。
※なお、本作品からツルゲーネフ「はつ恋」を思い起こしたのは、私だけでしょうか。

「ささやかな奇跡」「兄貴の純情」は、光原さんらしい優しさに包まれた2篇。奇麗事過ぎるという批評があるかもしれませんが、光原ファンとしてはこれこそ待ち望む味わいです。
2作とも、子供のなにげない一言の意味に惑わせられるというのが唯一のミステリ要素。共にラブ・ストーリィですが、前者は気持ち良く、後者はコミカルな作品。

最後の「イノセント・デイズ」は、他の3作と異なり、重たい犯罪ミステリ。ただの犯罪小説に終わらず、塾教師一家の教え子を守ろうという気持ちに、心救われるものが残ります。

十八の夏/ささやかな奇跡/兄貴の純情/イノセント・デイズ

     

7.

●「星月夜の夢がたり」● ★★  絵:鯰江光二




2004年05月
文芸春秋
(1429円+税)

2007年07月
文春文庫


2004/07/04


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ファンタスティックな物語、32編。
童話的な小話から、幻想的な物語、そして気持ちの良いラブ・ストーリィから、ちょっと切ない話までと、様々。
そして、そのどれにも彩り鮮やかな鯰江さんの挿絵が付されています。
まさに物語の宝石箱、と言いたくなるファンタジー短篇集。

光原さんというと、つい時計を忘れてのようなミステリ作品を期待してしまうのですが、本質的には風の交響楽とそれに連なる本書のような作品に持ち味があると思っています。その点で、再びこうした作品を読めたことはファンとして嬉しいこと。
蛾とマツヨイグサを語った「遥かな約束」、地球の青い輝きをみつめる「かぐや姫の憂い」、その心根を大切にしたい「隠れんぼ」「目覚めの時」等々が中でも印象的。
また、大岡越前の後日談である「大岡裁き」まであるのですから、光原さんはなかなかの話巧者です。
夢見がちな本好きにとって、本書はとても楽しい本です。

【星夜の章】春ガ キタ/塀の向こう/カエルに変身した体験、及びそれに基づいた対策/暗い淵/地上三メートルの虹/ぬらりひょんのひみつ/三枚のお札異聞/いつもの二人/もういいかい/絵姿女房その後/遥かな約束
【月夜の章】海から来るモクリコクリ/鏡の中の旅立ち/萩の原幻想/かぐや姫の憂い/赤い花白い花/チェンジ/エンゲージリング/無言のメッセージ/お天気雨/隠れんぼ/天馬の涙
【夢夜の章】ある似顔絵描きのこと/真説耳なし芳一/大岡裁き/いなくなったわたし/トライアングル/天の羽衣補遺/大食いのこたつ/目覚めの時/アシスタント・サンタ/遥か彼方、星の生まれるところ

       

8.

●「最後の願い」● ★★




2005年02月
光文社
(1800円+税)

2007年10月
光文社文庫



2005/03/02



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「新しく劇団を作ろうとしていた男がいた。度会恭平。劇団の名は、劇団Φ(ファイ)。納得するメンバーを集めるため、日々人材を探し回る。その過程で出遭う謎−。」というのが帯の紹介文。
まさにその通りの、連作短篇風日常ミステリです。

普通の人だったらそのまま見過ごしてしまうような出来事を、度会、風見という劇団Φのメンバーは至極当然に謎解きしていきます。何故?といえば、役者だから演技はすぐそれと判る、というのが2人の弁。
その役者ならではの個性の強さと、彼ら同士のやり取りの面白さが、本書の魅力です。タメ口が飛び出したりと、今までの光原さんに見られなかった味付けも楽しめるところ。
ミステリ作品としてはちともの足りないのですが、各登場人物の心の襞にストーリィがあること、光原さんらしい優しさが感じられるところに惹かれます。
・・・と思っていたら、最後の「・・・そして開幕」が圧巻! 劇団Φのメンバーが勢揃いし、最後の謎解きに挑みます。まるでこれまでの6篇はこの最後の篇のためにあった、と思わずにはいられません。

あぁ面白かった。こんな展開を最後にもってくるなんて、光原さん、結構クワセ者じゃないか、と楽しくなります。
なお、各篇では、冒頭の「花をちぎれないほど・・・」のキレがいい。また、「最後の言葉は・・・」もとても好い。「・・・そして開幕」は、もう言うまでも無し。
光原百合ファンでなくても、お薦めです。

※光原百合さんへ。
 
劇団Φの仲間たち、気に入りました!

花をちぎれないほど・・・/彼女の求めるものは・・・/最後の言葉は・・・/風船が割れたとき・・・/写真に写ったものは・・・/彼が求めたものは・・・/・・・そして開幕

       

9.

●「銀の犬」● ★☆




2006年07月
角川春樹事務所
(1900円+税)

2008年05月
ハルキ文庫



2006/08/05



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ケルト民話をベースにした、“祓いの楽人”を狂言廻しにして描く寓話的な連作短篇集。

時計を忘れてとか十八の夏のように日常ミステリ的な優しさのある作品をつい期待してしまうのですが、風の交響楽」「星月夜の夢がたりといった作品の流れからみると、むしろ本書のような作品の方こそ光原さんが書きたいと思っているものではないかと思います。
「ケルト民話に触発されて生まれた一つの異世界の物語」と光原さん自身あとがきの中で語っていますが、ケルト風である故にファンタジーというより、土着的物語という雰囲気が強い。
こうした物語は感動を求めるのではなく、語り継がれてきた物語をただそのままに楽しむべきなのでしょう。

「あるべき様から外れたものに調べを聞かせ、理を思い出させることであるべき様に戻す」、この世でさ迷っている霊を本来行くべき場所へ送ってやる、それが伝説の“祓いの楽人”の担う役割。
本書は、その祓いの楽人であるもの言わぬオシアンと、オシアンの口代わりともいえる少年ブランのコンビが、旅をしながら長い年月その土地その土地でさ迷っている霊たちを竪琴の調べで癒していくという5篇の物語です。

いずれも恋や愛情に絡むものが主体。その辺りは光原さんらしいところでしょう。表題作である「銀の犬」「三つの星」が中篇というべき読み応えを備えていますが、私としてはむしろ恋人同士を描く「声なき楽人」「恋を歌うもの」の方が好みです。
オシアンとブランの楽人コンビに加えて、最後の2篇に登場する獣使いの呪い師・ヒューと黒猫のトリヤムーアのコンビと、本書の狂言廻したちはなかなかに魅力があります。

なお、本書を楽しいと思えるかどうかは、かなり読む人の好み次第と言えそうです。

声なき楽人/恋を歌うもの/水底の街/銀の犬/三つの星

   

10.

●「橋を渡るとき」● ★☆




2007年02月
岩崎書店
(1400円+税)


2008/07/17


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岩崎書店が児童向けに編集した“現代ミステリー短篇集”の第8巻目。
3篇が収録されていますが、いずれも未刊行作品ではなく、既に他で収録済みの作品ばかりです。

「兄貴の純情」十八の夏に収録。「時計を忘れて森へいこう」は同名の単行本の第一話。
そして私が未読だった「橋を渡るとき」は、祥伝社文庫「紅迷宮」に収録されていた一篇。

「橋を渡るとき」の主人公は、遠い約束の主人公である吉野桜子の兄で、大学生の吉野美杉
たまたま日曜日に、同じ大学のサークル仲間である射場由希子と出会い、彼女が長年抱えていた謎を美杉が解き明かしてあげるというストーリィ。
美杉は友人の病院へ見舞いに行く途中、由希子はミステリファンの集まりへ行く途中で、一緒に電車に乗っている間という設定でストーリィが展開します。

謎そのものは難しいものではありませんが、それに絡む優しい想い、美杉と由希子の間にロマンスの香が僅かに感じられるところの雰囲気が瑞々しくて楽しい。 

兄貴の純情/橋を渡るとき/時計を忘れて森へいこう−第一話

 

光原百合作品のページ No.2

  


 

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