小杉健治作品のページ No.



21.殺人法廷

22.父と子の旅路

23.父からの手紙

24.検事沢木正夫−公訴取消し

25.検事沢木正夫−第三の容疑者

26.もう一度会いたい

27.家族

28.裁判員

29.決断

30.声なき叫び


【作家歴】、陰の判決、原島弁護士の愛と悲しみ、死者の威嚇、月村弁護士・逆転法廷、絆、影の核心、疑惑、汚名、土俵を走る殺意、最終鑑定

→ 小杉健治作品のページ No.1


検察者、裁きの扉、殺意の川、宿敵、容疑者、曳かれ者、失跡、それぞれの断崖、偽証法廷、落伍せし者

→ 小杉健治作品のページ No.2


罪なき子、逃避行、死の扉、母子草の記憶

→ 小杉健治作品のページ No.4

   


        

21.

「殺人法廷」● 


殺人法廷画像

2000年09月
双葉社刊
(1800円+税)

2004年01月
双葉文庫化


2001/04/16

小杉さん久々の法廷ミステリです。小杉作品の魅力は法廷ものにあるというのが私の思いですので、久々の法廷ミステリと知って読む気をそそられました。
小杉作品のもうひとつの魅力は、ミステリという形式をもって描かれる人間ドラマにあるのですが、本作品については正直言って物足りません。先般話題となった保険金殺人というトピックを、ストーリィー化してみせただけ、という印象が強い作品です。

茨城県相川町で起きた保険金殺人と疑われる事件。フリーライター・粟野がその取材中に失踪します。粟野の親友であり、不祥事から警察を退職した元刑事・夏見丈一が、粟野の行方を追って、この事件の真相を追究することになります。
事件は、老夫の資産を相続して裕福になった森崎美緒が、更に内縁の夫・竜野を毒殺し、保険金1億円を手に入れようとした、という殺人容疑。法廷にあっては、女性検事・茂木田鶴子が、昔恋人関係にあった凄腕弁護士・柳瀬と、被告人・森崎美緒の有罪無罪をめぐって対決することになります。

真相は、幾つかの愛憎劇を含んで、それなりに複雑なドラマに仕上がっていますが、本作品については、切れが悪いという印象に留まりました。

     

22.

「父と子の旅路」● ★★


父と子の旅路画像

2003年01月
双葉社刊

(1800円+税)

2005年06月
双葉文庫化


2004/10/11


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冤罪事件をめぐって、父と子の深い絆を描いた感動的はヒューマン・サスペンス。
法廷推理、冤罪事件、家族の絆は、小杉作品には多い題材です。最近では時代小説も多く、サスペンス分野において小杉さんの存在はあまり目立ちませんが、私にとっては変わらず信頼して読める作家の一人です。

末期癌で死期間近な母親に別れたままとなっている異父兄を合わせてやりたいと、娘の礼菜は行方を調べ始めます。そして判ったことは、その父親が死刑囚として収監されており、息子(礼菜の兄)の行方を一切黙秘していること。しかも、その男・柳瀬光三はどうも無実らしいこと。
兄を見つけるためには柳瀬に再審申請を決意させ、真相を語らせるほかない。そのために礼菜が選んだのは、柳瀬が罪を問われた26年前の一家惨殺事件で唯一人生き残り、成長して今は弁護士となっている浅利祐介だった。

秘められた真相は関係者にとって驚愕のもの。しかし、その重要な鍵は中盤であっさり明らかにされてしまいます。それは、本作品のテーマが事件解決にあるのではなく、父親の子に対する深い愛、絆、そして真相を知った子供たちの苦悩にあるからです。
登場人物は皆善人過ぎるし、ストーリィは平凡なものかもしれません。しかし、読み始めたら止まらず一気読み。幾度も胸熱くなり、涙がこみ上げそうになりました。

私の好きな小杉作品らしい、私好みの感動ストーリィです。

       

23.

「父からの手紙」● ★★☆


父からの手紙画像

2003年07月
NHK出版刊

(1700円+税)

2006年03月
光文社文庫


2004/01/06


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いかにも小杉さんらしい、そして小杉作品の中でもオーソドックスと言えるミステリ。
小杉作品を読むのは久々ですが、かつては愛読した作家。ヒューマンドラマ要素の高いミステリという点に惹かれていました。ヒューマンドラマ+サスペンスという帚木蓬生作品に通じるものがありますが、ミステリとしての骨格をきちんと備えているところが小杉作品の特徴です。

冒頭ふたつのストーリィが展開します。ひとつは、殺人罪の服役を終えて出所した秋山圭一が、義姉を探すとともに兄の焼身自殺の真相を追うストーリィ。もうひとつは、婚約者が殺害されるという事件に直面した麻美子が、昔失踪した父親を探すとともに、容疑者とされた弟の無実を晴らすため殺人事件の真相を追うストーリィです。

ミステリ自体は、むしろ平凡と言うべきかもしれません。それにもかかわらず、切々とした思いで読み進んでしまうのは、お互いに支え合おうとする、家族、夫婦、恋人等の姿がそこに描かれているからです。その象徴と言えるのが、麻美子と弟の誕生日に毎年届く失踪した父親からの手紙。そこには、我が子に対する強いメッセージと深い愛情がこめられています。

結末に待ち受ける、予想外の真相とメッセージに、静かな感動を覚えます。
洗われるような、爽やかな読後感が胸の中に広がる一冊。

   

24.

検事・沢木正夫 公訴取消し」● 


公訴取消し画像

2004年05月
双葉社刊
(1800円+税)

2006年12月
双葉文庫化


2004/10/31

主人公名を冠した題名は久しぶり。小杉さんならではの法廷推理と期待したのですが、割と平凡な作品に終わったという印象。
主人公である検事・沢木正夫が、結局は“公訴取消し”を狙った事件の立会い者的な存在に留まった故でしょう。
「公訴取消し」とは、起訴処分にした事件を検察が自ら取り下げること。取消し後の再起訴は、余程の証拠がない限り出来にくくなるというもの。

刈谷努は少年院出の青年。森島製作所社長の懸命な支えを受けてまともな生活を続けていた。しかし、その森島が病院側の手術ミスにより脳死状態になってしまう。森島製作所を引き取った経営者は、少年院出の努の引取りを拒む。そしてその2年後、殺人事件の容疑者として刈谷努が逮捕されます。証拠はいずれも刈谷努を犯人と示すものばかり。しかし、事件を担当した検事の沢木正夫は、事件の真相が全て明らかにされていないと感じる。

殺人事件解明というストーリィの中で、病院の医療ミスにおける被害者の無力さ、妻を失った沢木検事の喪失感、一人息子の引篭もりに戸惑う人権派弁護士の朝川、親の愛情を得られなかった息子の孤独感が描かれますが、いずれも迫力不足。中途半端に終わってしまったという印象が残ります。

   

25.

検事・沢木正夫 第三の容疑者」● 


第三の容疑者画像

2005年05月
双葉社刊
(1800円+税)

2010年08月
光文社文庫化


2005/07/04


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検事・沢木正夫シリーズの第2弾。
今回は、元甲子園のエースが強盗殺人の主犯として起訴された事件が皮切りになっています。無実を信じる2人の青年が、新田弁護士とともに弁護活動に奮闘中。
その新田事務所の近くにある公園で、もうひとつ別の殺人事件が起こります。容疑者が逮捕され、担当となったのが沢木検事
2つの事件の真相はどうか。それに沢木検事はどう関わるのか、がストーリィの主眼。

サスペンスという点では、あまり大した事件でもなく、率直にいって面白さに興奮するという程のストーリィではありません。
それより、本書の狙いは、検事・沢木正夫の懊悩を描くところにあるのではないか。
起訴された事件の容疑者について無罪ではないかと思い、自ら担当する事件の逮捕者について疑いの気持ちを持つ。
いわば、検事としての沢木正夫と、人間としての沢木正夫の間で真摯に懊悩する沢木検事の姿を描く、そこにこのシリーズのテーマがあるように感じます。
冤罪事件に尽力する新田弁護士は、ある意味で沢木検事の同朋であり、また一方で対照的な存在でもあります。

事件の真相は、思いもかけぬものですが、小杉さんの傑作陰の判決と殆ど同じ構図。したがって、驚愕するようなこともありませんでした。
人間としての沢木正夫を描いているこのシリーズ、まだまだ続きそうです。

     

26.

「もう一度会いたい」● ★☆


もう一度会いたい画像

2007年01月
日本放送出版協会刊
(1700円+税)

2010年11月
光文社文庫化



2007/02/28



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70歳過ぎてアルツハイマー病が進んでいる老人・福山源一郎が今になって忘れられないのは、一旦婚約したが上司の娘との縁談を迫られ別れることになったかつての恋人、岸野幸江のこと。
一方、男らしくない、社会人として失格だと罵られたことから自分に自信を失い、ひきこもり生活を続けている25歳の青年・白木悟史
深夜の河川敷で徘徊中の源一郎と出会った悟史は、源一郎から幸江への切実な想いを聞き、彼のために幸江を探し出そうと決意します。
それは、ひきこもりを続けていた悟史にとって、自分は社会から必要とされる人間か、自分はそれに応えられる人間か、を試すことになる大事な問題となった。
その日から悟史は、彼のことを気にかける人たちの助力を得ながら、幸江探しを始めます。そしてその結果、悟史は16年前の殺人事件に行き当たり、さらにその関係者の行方を追うことになります。

自分は社会から必要とされない人間だと絶望して引きこもっていた青年が、自分を頼りにする老人の信頼に応えようとして、少しずつ立ち直っていく様子が、本作品のミソです。
善意溢れながらも運命によって人生を歪められた人たちの物語にはいつも胸熱くさせられますが、小杉さんにはそうした作品が多い。ただ、本書はその中で割りとあっさりとした作品です。
私はそんなストーリィが好きなのですが、オーソドックスでストーリィ展開が定石どおりという観のある小杉作品は、昨今の派手なミステリ・サスペンス系小説の中では目立たず、埋もれてしまいがちになるのではと残念に思う次第です。

なお、本書には容疑者曳かれ者矢尋文吉知坂允という2人の刑事が脇役で登場し、読者は再びあの曳山祭、城端に連れ戻されることになります。予想もしていなかったことで、これは懐かしい。

夕暮れ/越中城端/もうひとりの女/曳山祭

 

27.

「家 族」● ★☆


家族画像

2009年05月
双葉社刊
(1600円+税)

2013年06月
双葉文庫化



2009/06/02



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認知症を患っていた老女を殺害した犯人として、ホームレスの男性が逮捕されます。
裁判員の一人に選ばれた谷口みな子は、被害者家族と同じように認知症が悪化した母親を抱えて苦労している中年女性。彼女は、事件の裏にもっと深い事情が隠されているのではないかと疑いつつ法廷に臨みます。
本書は、裁判員制度を前提にした法廷ミステリ。

このところ裁判員制度を前提にしたミステリ小説がいろいろと出版されているようですが、私としては乃南アサ「犯意に続いて本書が2冊目。
「犯意」が解説書的な短篇集であったのに対し、本書は本格的推理小説。さらにそこへ小杉さんらしさが加わって、冤罪事件かどうか、裁判員制度で恐らく一番気にかかるテーマをめぐるストーリィとなっています。

もちろん事件の真相は何か?が問われるのは勿論ですが、それ以上に本書で問われているのは、弁護士、あるいは裁判員の側。
それは多分法廷推理ものを数多く書いてきた小杉さんが裁判員制度に対して抱いている懸念なのだろうと思います。
即ち、裁判員制度故に審理日程が短く設定され、そのために審理が十分に尽くされないということはないのか。また、仕事があるからといった裁判員の個人事情で慎重を期すべき審理が事務的に済まされてしまうことがないか、という問題。
個人的な事情と裁判員としての公的責任、個人としてそのどちらを優先するのか、それはみな子を含め6人の裁判員が、そしていずれ私達も裁判員に選ばれれば、等しく負う問題です。

本ストーリィでは最後に、みな子が裁判員としての立場を逸脱する行動を取ることによってドラマチックに真相が明らかになりますが、それは本来あってはならないことでしょう。
同時にそれは本来、裁判官、検事、弁護士が担うべき責任でしょう。本書では、狩野川弁護士の悩む姿にその難しさが象徴されています。
裁判長が言うとおり、裁判は決して完全なものではなく、必ずしも全ての真実を明らかにするものではない、ということ。それは裁判の限界であり、そもそもの仕組みだと思うのです。
本書は、裁判員制度というもの、その責任を、改めてじっくり考えさせる好作品です。

  

28.

「裁判員−もうひとつの評議−」● ★☆


裁判員画像

2010年04月
NHK出版刊
(1600円+税)



2010/07/08



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裁判員制度を題材にした法廷ミステリ。
制度が始まって以来、それを題材にした小説等、何冊か既に読んでいますが、流石は小杉さん!と思うのは、その突っ込みの深さ故。

妻が家を出て、その悩み事を抱えつつ裁判員として法廷に臨んだ主人公、そんな悩みを抱える状態できちんと審理ができるのだろうかという疑問を抱きつつ。
しかも裁判は殺人事件で、被告人は無罪を主張。有罪か無罪かの判断を求められるという大きな責任を裁判員たちは負う、というケースです。
有罪・無罪、そのどちらとも断定できない状況の中、検察側も弁護側も見落としていた事実に裁判員たちが気づいてしまう、というのがミソ。
評議は次第に、裁判長と裁判員たちの対立、ひいては裁判員制度と裁判員たちの対立、という様相を見せます。
評議中、裁判員の一人が吐いた、ゲームのように白黒つけるのがこの裁判制度だ、という言葉。
確かに本ストーリィで、裁判員たちはそうとしか言えない状況に追い詰められます、裁判長あるいは制度によって。
要は、人間の良心と制度とどちらが優先されるのか、という問題を小杉さんは提起しているのだと思います。
何のための制度か、という問題が、制度を守るという都合から一蹴されている、そんな印象を受けます。

第一幕が裁判員制度に内在する問題点を追及するストーリィとしたら、第二幕というべき後半は、いかにも小杉さんらしい延長法廷ミステリ。
裁判員制度、「悪」と決めつけるつもりはありませんが、解決していかなければならない問題点は、いろいろありそうです。

      

29.

「決 断」 ★☆


決断画像

2014年05月
双葉社刊

(1600円+税)


2014/07/06


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久々の小杉作品、推理サスペンスもの。

銀座高級クラブのホステスが絞殺されて発見されます。
東京地検の担当検事は、
江木秀哉。父親はかつて警視庁で名刑事と謳われた江木秀蔵ですが、捜査のために母子はほったらかし。その確執のため江木はずっと父親と絶縁状態だったが、肺がんで入院し余命半年と叔母から知らされ、病院に足を運ぶことになります。
一方、足跡をまるで残していない犯人は余程の大物に違いない、捜査陣に緊張が走りますが捜査は一向に進展せず。
その過程で偶然にも江木は、名刑事と言われた父親が唯一解決できなかった20年前の事件と本事件との間に何らかの関わりがあることに気付きます。
そして捜査の進展に連れやがて江木は、何故父親が捜査の鬼となったのか、その理由を知ることになるという、推理サスペンスであると同時に父子のドラマ。

事件、捜査、親子の確執と理解、そして真相と、如何にも小杉さんらしい筋立ての作品です。しかしながら、以前の同傾向の作品に比べると、まるでパンチ不足であることをつくづく感じざるを得ません。それが少々悔しい。

  

30.

「声なき叫び ★★


声なき叫び

2017年06月
双葉社刊

(1600円+税)

2020年06月
双葉文庫



2017/08/29



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自転車に乗った青年に近づくパトカー、自転車が倒れ逃げ出そうとした青年を、追いかけた警官たちは蹴ったり殴ったりと散々な暴行を繰り返す。
その様子を偶々ファミレスの席から目撃した
広野ゆかりは、警官たちの余りの行動に警察に電話しますが、梨の礫。
一方、警察から連絡を受けて指示された病院へ駆けつけた
高尾宏は、知的障害のある息子の翔太が既に死亡したと聞かされ、愕然とします。
警察の説明は、翔太が自転車で蛇行運転し、前の自転車にぶつかり、取り押さえようとした警官に対して暴れ、取り押さえようとした結果だという、全く信じられないもの。
そして、自宅に戻された翔太の遺体には、身体中にひどい暴行を受けた痣が残っていた。
一体何があったのか。いくら警察を問い質しても、却ってくるのは警官の行動に全く問題はなかったの一点張り。

かつて冤罪事件で警察を糾弾したことから左遷された新聞記者の
八田が、広野ゆかり等の証言者を見つけ、高尾宏に水木弁護士に依頼するよう勧めます。
それに対し、警察側はあらゆる手段を使って事件を隠蔽しようとする。
目撃者たちの弱みを突いて証言を辞退させたり、あろうことか元警官に偽証させてまで、と。また、法廷の場において裁判官までが警察に有利なように審理を進めるといった偏向姿勢を露わに。
そんな孤立無援状況の中、水木弁護士はどう立ち向かうのか。

本ストーリィで描かれるのは、良心はないのかというぐらいの、徹底した身内擁護+不祥事の隠蔽。
幾ら何でもここまではという程の極端例ですが、いざという時の身内擁護・隠蔽体質があることは否めません。
しかし、何よりも恐ろしいと感じるのは、正義など何処かに放り出したような、警察組織を挙げての目撃者に対する脅迫行為。
もし自分がそんな状況に置かれたら正義を貫けるのだろうかと思うと、まるで自信がありません。そんな状態に置かれないようにと祈るばかりの気持ちになります。

本作に登場した
水木邦夫弁護士、小杉さんの傑作陰の判決以降、幾つかの作品に登場している正義派の人物ですが、本作ではもう60代半ば。時間の推移をつくづく感じます。

1.目撃者/2.告訴/3.不起訴処分/4.審判/5.偏向裁判

     

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