小杉健治作品のページ No.


1947年東京生。コンピュータ会社SE勤務の傍ら執筆した「原島弁護士の処置」にてオール読物推理小説新人賞を受賞。その後、「土俵を走る殺意」にて第1回吉川英治文学新人賞、「絆」にて第41回推理作家協会賞を受賞。


1.陰の判決

2.原島弁護士の愛と悲しみ

3.死者の威嚇

4.月村弁護士 逆転法廷

5.

6.影の核心

7.疑惑

8.汚名

9.土俵を走る殺意

10.最終鑑定


検察者、裁きの扉、殺意の川、宿敵、容疑者、曳かれ者、失跡、それぞれの断崖、偽証法廷、落伍せし者

→ 小杉健治作品のページ No.2


殺人法廷、父と子の旅路、父からの手紙、公訴取消し、第三の容疑者、もう一度会いたい、家族、裁判員、決断、声なき叫び

→ 小杉健治作品のページ No.3


罪なき子、逃避行、死の扉、母子草の記憶

→ 小杉健治作品のページ No.4

   


 

1.

「陰の判決」● ★★★

 

1985年05月
双葉社刊

1989年01月
新潮文庫



1989/02/13
1993/01/12



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冤罪事件をテーマにした、如何にも小杉さんらしい作品です。
精巧なストーリィと、幾多ものドンデン返し。しかし、決してストーリィを壊してはいません。ミステリとしても、一流の作品であるのは間違いないところです。

水木弁護士の元へ、13年前の父親の冤罪を晴らして欲しいと、若い女性・村瀬ゆき子が依頼に来ます。その父親は既に獄中死していて、当時の水木と言えばまだ学生だった頃。水木弁護士は、冤罪弁護士として有名な中西弁護士の協力を得て、その岩槻事件の解明に乗り出します。ちょうど中西弁護士は“赤石事件”の再審請求を手がけていることから、実質の担当は水木ひとり。

水木は村瀬善造の無実を突き止めますが、その結果、赤石事件が暗礁に乗り上げるという、思わぬ波紋が生じます。
そして同時に、依頼人の女性が、村瀬ゆき子本人ではないことが判明します。

ストーリィは、岩槻事件と赤石事件が密接に絡み合い、予想もできない展開があるかと思えば、更に事件は深い真相を隠していた、という内容。

私が小杉作品を読んだのは、本作品が初めてだったのですが、小杉ファンとなるにはこの一冊だけで充分でした。
水木弁護士は、正義感と誠実さを兼ね備えた人間的な弁護士として、この作品以降何度も登場する、小杉作品を代表する主人公のひとりです。また、水木事務所の戸田裕子。本作品で彼女は勤めだしてまだ2年目という設定ですが、ペリィ・メイスンデラ・ストリートの関係に至るのでは?と思わせるところが、気になる存在。
水木弁護士、戸田裕子と、登場人物たちにも魅力あり。

   

2.

「原島弁護士の愛と悲しみ」● ★★☆


1986年01月
文芸春秋刊

1989年05月
文春文庫化



1991/04/13

短編集ですが、小杉さんならではの秀作が多い一冊です。
中でも「原島弁護士の愛と悲しみ」は小杉さんの出世作。娘・妻を殺した相手の一審判決は無期懲役、夫はあくまで被告に死刑を求めます。二審で弁護に立ったのは、同じ相手による交通事故で同様に娘・妻を殺された原島弁護士。そして、結果は無罪判決。その裏には、無期懲役という判決、後悔しない相手に対する原島弁護士の苦悩が隠されています。
人道者という評判をとった弁護士故の葛藤が描かれていて、忘れ難い作品です。
他の短篇も、愛情故の哀しいストーリィで、深く印象に残ります。

原島弁護士の愛と悲しみ/赤い記憶/愛の軌跡

   

3.

「死者の威嚇」● ★★

 

1986年06月
講談社刊

1989年07月
講談社文庫



1990/08/27
1993/01/23

小杉さんらしい、社会問題を掘り下げた作品です。
関東大震災時、朝鮮人が暴動を起こしたというデマが広がり、自警団が朝鮮の人たちを狩り出して大量虐殺するという事件がありました。その遺骨発掘作業を振り出しに、ストーリィは展開します。
自警団の一人だった祖父を持つ葉山亜希子は、遺骨発掘の中心者である助教授の室生浩一郎と恋仲でしたが、室生が政治家の娘と婚約したことから破局。しかし、祖父が白骨死体を発見したことから、大正12年盛岡で起きた3人組による強盗惨殺事件が浮かび上がり、次いで新たな殺人事件が発生します。そして、事件と室生との関わりから、亜希子は個人的に事件を調べることになります。
過去の事件に遡るという点で、本作品は水上勉「飢餓海峡にも似たストーリィです。犯人探しというより、主人公の亜希子が、破局に終わった愛の葛藤の下、ひとりで真実に迫っていくという点に胸打たれます。結末は心に残るものでした。

   

4.

「月村弁護士 逆転法廷」● ★★

 

1986年07月
徳間書店刊

1989年05月
文春文庫

1989年08月
徳間文庫



1997/03/22

小杉さん得意の法廷推理ものに加え、人間ドラマという性格を併せ持った作品です。
主人公となる月村は若い駆け出しの弁護士。自らの恋愛に悩み、逡巡し、ついには相手の女性共々人間的な成長を果たす、というのが本書のストーリィ。小杉作品に人道的弁護士として度々登場する、水木弁護士らの若い時の姿を見るような主人公です。

ストーリィの出だしでは、月村はイソ弁で、事務所の所長から紹介された高津麻里子と交際し始めたばかり。そして、月村は所長の代わりに死刑囚・岡野の冤罪事件を担当、再審請求弁護団に加わることになります。
再審は認められ、岡野は無罪となりますが、その結果多くの人々が傷つき、不幸を背負うことになります。
冤罪事件の被害者は、犯人とされた当人だけでなく、事件被害者の残された家族も同様である、そして、被害者家族の感情もまた救う必要がある、という小杉さんの主張は説得力があります。
事件と並行して、月村弁護士が自らの恋愛に悩むストーリィにも好印象を感じます。月村の仕事優先の姿勢に悩む麻里子は、同僚との結婚を選びます。
事件が終結したとき、冒頭から4年の歳月が経っています。結末場面は晴れやかなもので、爽やかな印象がずっと残ります。

 

5.

「 絆 」● ★★★       日本推理作家協会賞受賞

 

1987年06月
集英社刊

1990年06月
集英社文庫



1990/07/05



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本書は、弁護士は被告人の意向に逆らってまで無罪を立証しなければならないのかという問題と、精神薄弱児の問題の2つをテーマとした、感動的な作品です。
事件は、妻による夫の偽装殺人。被告人・弓丘奈緒子は、起訴事実を法廷でもすべて認めていました。しかし、弁護士・原島は、被告人の無罪を主張、被告人の意思を無視した弁護を展開します。
法廷記者として法廷に臨んだ「私」にとって、奈緒子は子供の頃の隣人で、憧れていた女性。奈緒子の自供には、隠された秘密がありました。それは、薄弱児の弟で、昔「私」の遊び仲間でもあった、寛吉に関すること。一方、ちょうど「私」は、妊娠中の妻に障害児が生まれるかもしれないという悩みをかかえていました。その為「私」は、審理の進行を見守りつつ、障害児の出生是非について考えることになります。

本書の最後に、障害児として生まれた人の熱いメッセージがあります。「私はその言葉を聞いてショックを受けた。知恵遅れだから不幸だというのは、私たち健常者のかってな見方に過ぎないのだ」と小杉さんは続けていますが、その思いは私にしても全く同じです。この作品のおかげで、障害ある人への気持ちが、私の中で変わったように思います。

   

6.

「影の核心」● 

 
1988年04月
講談社刊

1991年04月
講談社文庫


1991/04/23

高校出ながら実力でSEとして頭角を現していた桂木は、派遣先である西和銀行オンライン事故の際、部下女性と情事にふけっていたということで興信所派遣へと左遷されます。
その帝都興信所において、桂木は同僚の死、次いで元刑事の死にぶつかることになります。そして、桂木は、官庁にも及ぶ、大掛かりなプライバシー守秘義務に反するネットワーク構築計画に巻き込まれる事になります。
本書は、華麗な推理、納得いく解決がある訳はありませんが、人生の目的を再発見するストーリィのある作品です。桂木の人生目標は、左遷および事件を契機に大きく変わっていきます。
社会的面から言えば、意義ある作品と言えますが、推理小説としてはすっきりしない面が残りました。

   

7.

「疑惑」● ★☆

 

1988年06月
新潮文庫刊



1992/12/31

社会的問題を追求した作品ではなく、ミステリー中心のストーリィです。
主人公は2人の女性。一方の立花伊津子の夫は警備会社勤務。その夫の乗った現金輸送車が襲撃され、1億5千万円が強奪されます。犯人として疑われた立花は真犯人を追いますが、逆に殺されてしまう。その為、伊津子は真犯人を探すため、一人で事件解明に動きます。
もう一方の結城静代は、流産して検事である夫と離婚して、弁護士に復帰した女性。窃盗犯・北岡の国選弁護を担当することになりますが、この北岡が現金強盗事件にも絡んでいることが明らかになります。
この2人の女性が事件の謎を解いていく訳ですが、それとに並行して、伊津子の夫への想いと昔の恋人との再会、静代の前の夫への未練が描かれ、女性の生き方を問うストーリィにもなっています。

     

8.

「汚名」● ★☆

 

1988年10月
集英社刊

1992年04月
集英社文庫化



1991/04/28

障害者問題を扱った、社会派ミステリー。知的障害児を扱ったとつい比較してしまいますし、ミステリーとしても「絆」の方が上。
しかし、本作品でも、小杉さんの主張は読了後鮮明に残りました。即ち、障害者問題を取り上げる中、結局障害者ということで普通人と違う扱いをしているのではないか、ということ。障害者という肉体的ハンデ故、他人の手を借りなくてはならないというのは事実です。でも、それ以外においては普通人と何ら異なるところはない筈です。ところが、その他の面においても特別扱いをしているのではないか。本書は、その問題を強く訴える内容になっています。
事件は、阿部野が工場視察を案内中、突如動き出したロボットに頭を打たれ死亡するところから始まります。警察はロボットのプログラムミスとして事件を決着させます。しかし、果たして事故だったのか、仕組まれた殺人だったのか。
阿部野の愛人・芹沢涼子の息子・和人は、車椅子の障害者。そして、主人公となる折原は、プログラム設計の新会社に参加する過程で、涼子と和人に関わりを持つことになります。
事件の真相はかなり複雑で、「絆」のように明解でなかったことに、歯がゆさが残りました。

   

9.

「土俵を走る殺意」● ★★

 

1989年05月
新潮社刊

1994年01月
新潮文庫化

2016年08月
光文社文庫化


1991/06/29


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大関・大龍が横綱昇進を辞退するという前代未聞の出来事から、過去の殺人事件、現在の殺人事件へと、急展開していくストーリィです。
そして、殺人事件の謎を追うのと同時に、大輔=大龍の角力界における出世物語と、集団就職、それに絡むイカサマ、それに翻弄される子供達を描いて、本書は質の高いミステリーに仕上がっています。
大輔は、失踪した父親・元大龍を探すため、角力界を選びます。そして、遂に横綱にまで登っていきます。その一方で、大輔の恋人だった由子、友人・武雄は、集団就職しながら、罠にはまり込んで不幸を背負うことになります。また、大輔を昇進させることにより、昔の殺人事件の容疑者である元大龍を追おうとする刑事もいます。
ストーリィとしては、小杉さん特有の念の入ったトリックがありますが、単なるミステリーではなく、人生を勝負の世界と見立てた見事な作品です。
大龍と出世を争う富士穂鷹とのライバル競争も、興味をかき立てられるストーリィで、まさに読み応えのある一冊です。

   

10.

「最終鑑定」● ★☆

 

1990年01月
集英社刊

1994年04月
集英社文庫化



1991/06/29
1992/12/29

本書は、事件審理における「鑑定」の問題点を取り扱ったストーリィです。鑑定とは絶対的なものなのか、鑑定の結論が各々異なるというのはどういう訳なのか。そして、鑑定に権威は必要なのか、ということ。
主人公・江崎は、鑑定の絶対性に疑問をもつ者です。一方、彼に敵対する嵯峨教授は、自分の鑑定に絶対的自信を持つ者。その結果、同じ大学に所属しながら、江崎は嵯峨に睨まれることになり、スキャンダルに巻き込まれて大学を追放されます。そして今や、キャバレー・ホステスのヒモとして暮している状態。
そうした中、2人が対立するに至った事件の被告人の母親が死期間近と知らされた江崎は、その夫の源造と組んで、嵯峨の鑑定評価を覆す賭けに出ます。
鑑定というのは、どういうものなのか、深く知らない者にとっては、なかなか興味ある展開です。
しかし、本書は鑑定の真偽を問いつつ、江崎、そしてヤクザまがいの仕事から本来の弁護士の姿を取り戻す馬目の、むしろ再生のストーリィです。そしてまた、絶対的なものなど無い、真実に対する忠実な態度、謙譲の態度が重要であるということを語っている点で、本書は普遍的な問題を取り上げていると感じます。
なお、江崎を慕う源蔵の姪・玉恵の存在が、本書に爽やかな印象をもたらしています。

      

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