桔梗 ききょう(ききやう/きちかう) Balloon flower

桔梗の花 鎌倉海蔵寺にて

秋の七草の一つに数えられる桔梗だが、実際には夏の早い時期から咲き始めている。秋の半ばまで、非常に長いあいだ目を楽しませてくれる花である。ほそい茎の先、俯きがちに咲く青紫の花は、どこか気品があり、可憐な風情も感じさせる。一枚につながったような花びらの形は独特だが、蕾の時はまるで紙風船、ほんとに「咲くときぽんと言ひさう」(千代女)だ。写真は鎌倉扇ガ谷の海蔵寺の庭園にて。

桔梗が秋の七草の一つとされることが多いのは、万葉集の山上憶良の「七種(ななくさ)の花」の歌、

萩の花 尾花葛花(くずばな) 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝顔の花

の「朝顔の花」を桔梗と見てのことである。平安時代の漢和字書『新撰字鏡』に「桔梗、阿佐加保」云々とあることなどから、「万葉集の朝顔=桔梗」説は有力視されている。

平安時代の和歌では、桔梗は当時の漢字の発音から「きちかう」と呼ばれた。古今集の紀友則の物名歌、

秋ちかう野はなりにけり白露のおける草葉も色かはりゆく

は、初二句に「きちかうのはな」を隠した、手の込んだ言葉遊びである。「涼しさの増した晩夏の野では、毎朝白露に濡れる草の葉も色が衰えてゆく」というのは表面の歌意であって、永く咲き続けた桔梗の花がついに萎れてゆくことを愛惜したのがこの歌の真意であろう。「草葉も」の「も」にも「花」が隠されているのである。友則は物名歌の名手であったが、中でもこれは秀逸。

白桔梗の花 鎌倉東慶寺にて

憶良の歌にせよ友則の歌にせよ、桔梗を野の花として詠んでいることに変りはない。野原で薄などに混じって普通に咲いていたのはそう遠くない昔の話だそうであるが、今ではめったに野生を見かけなくなってしまった。

**************

  『拾遺集』 (きちかう) よみ人しらず
あだ人のまがきちかうな花うゑそにほひもあへず折りつくしけり

  『元真集』 (桔梗) 藤原元真
白露のおける草葉に風すずしあかつきちかうなりやしぬらむ

  『うけらが花』 (きちかう) 橘千蔭
七くさにもれし恨やはれやらぬ霧の籬のきちかうの花

  『草径集』 (きちかう) *大隈言道
わらはどちわろびたはぶれ一つだに咲けば摘みとるきちかうの花

  「鍼の如く」 (目をつぶりてみれば秋既に近し) 長塚節
白埴の瓶に桔梗を活けしかば冴えたる秋は既にふふめり

  『海の声』 若山牧水
白桔梗君とあゆみし初秋の林の雲の静けさに似て

  『赤光』 斎藤茂吉
きちかうのむらさきの花萎(しぼ)む時わが身は愛(は)しとおもふかなしみ

  『歴年』 斎藤史
ひれ伏せし我に向ひて桔梗(きちかう)の生きてよしといふ日の美しさ

  『群鶏』 宮柊二
桔梗(きちかう)の涼しき花に集まりて水のごとくに照る日は燃えぬ


公開日:平成17年12月4日
最終更新日:平成18年8月2日

thanks!