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 ことばをめぐるひとりごと  その31

飲みニュケーション

 言いにくい外来語というのがあります。人名で例を挙げると、かつてロシアに「ベススメルトヌイフ外相」という人がいて舌を噛んだことがあります。また、今は違うでしょうが、一時期(というのは1995年ごろ)、ドイツの女性の法務大臣は、「ザビーネ・ロイトホイサーシュナレンベルガー」という人だった。これも、覚えにくいし、言いにくい。
 一方、日本語にない音(おん)が含まれるために言いにくかったり、言い誤ったりする名前もあります。「エリツィン大統領」とかですね。
 人名から離れますが、「シミュレーション(simulation)」ということばも言いにくい。これが、往々にして「シュミレーション」の形で使われます。これは、「ミュ」という音があまり用いられないこともあって、「趣味」という語などの類推から、ついつい「シュミレー……」と言ってしまうということもあるんじゃないでしょうか。ちなみに「みゅ」という日本語は、今のところ「大豆生田(おおまみゅうだ)」という姓にしかないそうです(金田一春彦『日本語セミナー2』)
 この「シミュレーション」については、岐阜大・佐藤貴裕氏のより詳しいご論考(「気になることば」)がありますので、どうぞ参照してください。
 「コミュニケーション(communication)」が「コミニュケーション」となるのも同様のメカニズムによるのでしょう。こちらのほうは問題がフクザツでありまして、日本語形の「コミニュケーション」から、さらに〈もじり〉を加えて、「飲みニュケーション」などという新語が造られたりする。お酒を飲みながら、同僚や先輩・後輩とコミュニケーションを図ることをそういうのですね。

部下との「飲みニュケーション」もほとんどない。「アフターファイブまで同じ顔を見たくない、とお互いに思っているし、女性の場合、お酒を飲むことイコール腹を割ることにはならないんですよ。相談ごとは、お酒抜きでストレートにする方が私の性に合っているし、向こうもすっきりするみたい」(朝日新聞 1989.8.29)

 いっぺん「飲みニュケーション」の形が出来てしまうと、さあもう「ミニュ」の音連続を「ミュニ」に戻すのは難しい。「コミュニケーション」が元の形であることを知っている人でも、さすがに「飲みゅニケーション」とは言いにくいですから。
 しかも、この種の〈もじり〉は、まだほかにも生産されつつあるようです。たとえば、埼玉県川越市の月吉町自治会では、衛生委員を中心に、毎朝みんなで協力してゴミを出す「ごみニュケーション」という取り組みを行っているということです(1997.7.4 NHK「首都圏ネットワーク」)
 これも、「ごみゅニケーション」では何のことか分からない。もっとも、テレビの報道では、アナウンサーも苦しそうに「ごみニケーション」と聞こえるような発音で報告していました。まあ、これなら原語により近いですが、月吉町の人はきっと「ごみニュ……」と言っているのだろうな。
 この「ごみニュケーション」は、実は各地で行われている試みらしく、敦賀市では「ごみニュケーションinつるが集会」が、大和郡山市では「大和郡山市ごみニュケーション実行委員会」という組織が存在したようです(いずれも1991年)。
 同様にして、〈地域社会〉の意味の「コミュニティ(community)」を「コミニュティ」と言う例もままあるようです。インターネットで検索すると、ぽろぽろ出てくる。ところが、〈共産主義〉〈共産主義者〉をいうときの「コミュニズム(communism)」「コミュニスト(communist)」は、「コミニュズム」ではかえって言いにくいのはなぜでしょうね。言い間違える人もあまりいないと思います。そのことばが、日本で馴染まれているかどうかにも左右されるのでしょう。

(1997.7.20)


追記 「コミニュズム」と言わないのは、おそらく英語の接尾語「-ism」が、「メカニズム」「ヒューマニズム」という形で多く日本語になっており、「ニズム」の音連続が耳になじんでいるためでしょうね。(2001.04.20)

関連文章=「テレビ欄の校閲ミス」「飲みニュケーションその後

●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

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