HOME主人敬白応接間ことばイラスト秘密部屋記帳所

「ひとりごと」目次へ
前へ次へ
きょうのことばメモへ三省堂国語辞典
email:
 ことばをめぐるひとりごと  その30

ていたらくぶり

 昔からあることばの意味がだんだん理解されなくなって、さまざまな勝手な意味で使われるようになると、そのことばは〈死語となる一歩手前〉なのではないでしょうか。たとえ意味は変わっても、そのことばが生き延びてくれるならまだいいのですがね。ただ、ことばの意味が変わると、昔の文章を読むときに誤解の余地が広がって、それだけ辛くなるだろうなぁ、とも思います。
 話はずっと些末なことになりますが、「ていたらく」ということば、これも失われかけているようです。「有り様」とか「ざま」とかいう意味ですね。べつに美しいことばではないけれど、1186(文治2)年の『和泉往来』にも見える古いことばです。これが理解されなくなったようだ。
 というのは、インターネットのホームページで、次のような言い回しに接することがあるからです。

しかも、大した事はやってない (小細工の数々) 最後の方になると、内容よりも見た目で勝負に行く、"ていたらく" ぶり(http://sirius.math.chs.nihon-u.ac.jp/~a5494055/sorry.html)

最近は電脳街アキバも停滞感にどっぷりつかっいてる。面白いニュースもなければ、値段の点でも新宿や池袋にまったく太刀打ちできないというていたらくぶり(http://impress.co.jp/akibamap/ameyoko/hotline/index.html)

明日から研究室に本格的に行く予定。神山研の人とは初対面が飲み会で、ひどいていたらくぶりをさらしたのでなんとも心苦しいが自業自得である。覚悟しよう。 (http://www.ipe.tsukuba.ac.jp/~s940831/omoukoto3.html)

Nifty-serveのセキュリティ面のていたらくぶりが伺えるホームページです。(http://www.cc.rim.or.jp/~o_taro/n_rinko1.htm)

 この「ていたらくぶり」とは何であろうか。「〜ぶり」は「〜な様子」ということを表す接尾語ですから、「有り様な様子」「ざまなざま」とかいう意味になってしまう。すると、いわゆる重言のようになりますが、どうも、書き手の意図としてはそうではないようです。
 きっと、「ていたらく」を「お粗末」とか「低レベル」とか「自堕落」とかいう意味に解しているのではないかしら。そう考えないと、「セキュリティ面のていたらくぶりが伺える」(=セキュリティ面のざまがうかがえる?)というような例が解釈しにくいのです。
 上は、「〜というていたらく(ぶり)」のように、上に修飾語が付いているのでまだいいんですが、次のように単独で使われることもあります。

ていたらくなお正月でしゅ〜〜〜の巻
(http://www.sun.iacnet.or.jp/nori/diary/97/1/2.html)

そもそもこれを書いてるのだって、この日付なのであって、かなり時間差をつく事にあるのは簡単に予測できる。ああ、ていたらく…。(http://www.dtinet.or.jp/~ash/essay/index.html)

 これらはもう「ていたらくな」という形容動詞になっていますね。形容動詞というのは、「綺麗な」とか、「広大な」とか、「自堕落な」とか、ものの状態や形状を言い表すものなので、「ていたらく」を「有り様」の意味に解していないことが明らかです。
 たしかに「ていたらく」は、「(ひどい・よくない)有り様」をさしてよく使われることは事実です。でも、この(ひどい・よくない)は、あくまでカッコ内に入った意味なのですね。意味論的にいえば「喚情的特徴追記参照)で、表面の意味としては出てこない。
 ちょうど「連中」とか「しろもの」とかいうことばと一緒です。「連中」は「よくない連中」「あきれた連中」と、「(ほめられたものではない)人々」いう意味がある。(ほめられたものではない)という部分が喚情的特徴です。「しろもの」も、「ひどいしろもの」「ばか高いしろもの」というように、マイナスの喚情的特徴があります。だからといって、

*あのグループの生徒は、連中なんですよ。

というような言い方はできない。やっぱり、文にするときには「ひどい連中なんですよ」のように言わなければ通じないんですね。
 でも、「ていたらく」の場合、あまりにも頻繁に「ひどいていたらく」「ばかげたていたらく」のように、マイナスイメージの修飾語と一緒に使われることが多かったため、喚情的特徴の(ひどい・よくない)が、正式の意味(語義的特徴)に〈昇格〉してしまったのでしょう。
 だから、次に示す文で、「大学生のていたらく」は「大学生のありさま」ではなく「大学生のひどいありさま」、また、「イベントの時に撮った“ていたらく”」は「イベントの時に撮ったひどい姿」ということなのでしょう。

とすると今度は形而上学。昔は大学の必修科目だったらしい。今これを復活させたらおもしろいだろう。大学生のていたらくがあからさまになっちゃって。(http://ks001.kj.utsunomiya-u.ac.jp/~e931273/suki-1.html)

[写真館]各種イベントの時に撮った"ていたらく"…もとい,記念写真です.(http://www-ono.is.tokushima-u.ac.jp/index-jp.html)

 このような誤解が起こった要因には、「ていたらく」の「てい」を「低」と解したり、「らく」を「堕落」の「落」と解した、ということがあるのではないでしょうか。ちなみに、語源的には「体(てい)たり」のク語法(「いわく・おそらく」などと一緒)から来ています。
 考えてみれば、従来は「自堕落な」「低レベルな」「お粗末な」などをすべて含んだ表現というのはなかったわけです。「ていたらく」の新用法は、〈意味があるのにことばがない空白地帯〉を埋めることになったのかもしれません。

(1997.07.05)

追記 「喚情的特徴」は、元来、國廣哲彌氏の用語(『意味論の方法』1982など)ですが、僕はここでは國廣氏の定義とやや異なった独自の使い方をしています。一言お断りしておきます。(2000.07.13)

追記2 「政局のゆくえ」の追記に、やや関連することを記しました。(2001.03.09)

追記3 「毎日新聞」1995.08.12 p.5の読者欄では、
「しかし、ここまで体たらくの国会議員をこのまま見過ごせば、結局、国民にそのしわ寄せが及ぶことになる」
 という港区・自由業・39歳の男性の投書が載っています。「ここまでひどい体たらくの」ということでしょう。
 また、自民党の亀井静香氏はテレビ朝日「サンデープロジェクト」2001.02.11で実習船えひめ丸沈没事故に関する米海軍の対応について、
「だって同盟国の海軍でしょ、それがこんなていたらくなことやってもらったら困りますよ」
 と発言しています。「こんなひどいていたらくであっては困りますよ」ということでしょう。(2001.08.25)

●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

「ひとりごと」目次へ
前へ次へ
きょうのことばメモへ ご感想をお聞かせいただければありがたく存じます。
email:

Copyright(C) Yeemar 1997. All rights reserved.