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01.03.03

政局のゆくえ

 『三省堂国語辞典』は、新語を多く載せていますが、単なる新語辞典というわけではなく、他の辞典がうっかり洩らしているような、現代日本語の実相を映し出すことばをくみ取ることに意を用いた辞典です。そこで「まるメ」(前回参照)という不思議な語にもきちんと目配りをしているわけです。
 第5版では「携帯」で携帯電話を表すことを認めたようです。「ケータイ」という書き方も出ています。2000.02に出た『新潮現代国語辞典』第2版では、「携帯電話」は載っていますが、「携帯」には電話の意味は認めていません。
 もともと「携帯」とは「身につけて持ち運ぶこと」。これが電話の意を表すことの不思議さについては、相澤正夫氏が指摘しています(「日本語学」2000.10)。同じ省略法として、「定期」(定期乗車券)、「仮設」(仮設住宅)、「活動」(活動写真)、「新派」(新派劇)などが見つかるが、一般的ではないということです。
 ほかにも「高速」(高速道路)、「軽便」(軽便鉄道)など、探せばまだ多少はありそうです。「有線」といえば、子どものころの僕にとっては「有線電話」だったのですが、これなんかは「携帯」とごく近いことばでしょう。

 さて、このごろは政治が最悪の様相を見せていて、白けた気分に浸りつつも、成り行きを注目しているところです。ところで、ここで気になる省略法があります。「政局」です。たとえばこういうふうに使われます。

「えっ、暴力団関係者とのツーショット? 内閣を改造したばかりってのに、なんてことだ」「ここまできたら、もう森〔首相〕は辞任するしかない。また政局だ、政局になるのは間違いない」(「サンデー毎日」2000.12.24 p.20)

 「政局になる」とか「政局にする」とかいう言い方を、国会議員も新聞記者もよく使います。そこで『三省堂国語辞典』第5版を見ると

せいきょく[政局]政界・(政治)のなりゆき。

とある。「局」は、「時局」とか「戦局」とかいう「局」で、情勢ということですね。だから「政局だ」とか「政局にする」というのは、普通に考えれば「情勢だ」とか「情勢にする」ということで、誤用でなければ、一種の省略でしょう。ずいぶん変わった省略法です。「政局(における問題)だ」とか「政局(における問題)にする」ということではないかと思います。
 「政変」ということばを使ってもよさそうですが、クーデターでも起こりそうな語感があるので、それよりは弱いニュアンスのことばとして「政局にする」などと用いているのかもしれません。
 「政局にする」ということばに初めて注意が引かれたのは、以前の「金融国会」で、菅直人氏の発言をめぐる報道に接したときだったと記憶します。新聞記事では

 菅さんがもうひとつ懐の深い政治家だったら、そんなにあっさり「政局にしない」などと人のいいことは言わず、とことん小渕内閣を苦しませて自民党を揺さぶった上で、「国家国民のため」とギリギリ法案成立させることを考えただろう。〔早野透〕(「朝日新聞」1998.12.01 p.4)

などと出ています。しかし、確認してみると、菅氏は「政局にしない」とは言っていない可能性もあります。当初の報道では、

 民主党の菅直人代表は八日午前、東京都内で開かれた経済団体連合会との会合で、金融問題への対応について「政局に絡めてやるつもりはない。対案を作成して金融システムをしっかりするように対応したい」と述べ、(「朝日新聞」夕刊 1998.09.08 p.1)

とあります。「政局に絡める」ならば、何のへんてつもない言い回しですが、それが何度も引用され繰り返される中で、「政局にする」という形にもなっていったのでしょう。「政局にする」という言い方自体は、もっと前からあったのかもしれませんが。
 ともあれ、今後、ことばとしての「政局」のゆくえも注目されます。


追記 鹿児島大の梅崎光氏より、次のサイトで「政局」について触れられているとご教示いただきました。
 ・「そいとごえす」近況雑談の過去ログ17(2000-11)
 これによれば、2000.11.06のテレビ朝日「ニュースステーション」で、福岡政行氏が「政局」を解説していたようで、「永田町用語の「政局」は、総理の進退を含む大波乱・対決を指す」らしい。
 いつごろから「永田町用語」になっているのでしょうか。ちなみに、僕が「朝日新聞記事データベース」で、「政局にする」「政局にし」という検索語で調べたところ、上記「金融国会」以前の例は拾えませんでした。
 また、次のサイトに「政局色」という語が出て来るとも教えていただきました。
 ・「南日本新聞」2000.12.06社説
 「吟味すると、新省庁体制に向けた自民党の派閥の思惑が見え隠れし、来年夏の参院選をにらんだ政局色の色濃さだけが目立つ。」
 とあります。
 「政局をにらんだ政治的駆け引きの意味合いの濃さだけが目立つ」とでもパラフレーズできるでしょうか。
 梅崎氏はまた、「政局にする」というときの「政局」は、「天気」というだけで「いい天気」、つまり「《晴れ》を指すようになるのと一緒のパターンでしょうか」と言われます。
 なるほど、「天気」で《よい天気》を、また、最近では「ていたらく」で《ひどいていたらく》の意味を表すようになっているのと同じく、「政局」で《緊迫した政局》の意味を表しているのかもしれないと思います。(2001.03.09)

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