HOME主人敬白応接間ことばイラスト秘密部屋記帳所

「ひとりごと」目次へ
前へ次へ
きょうのことばメモへ三省堂国語辞典
email:
99.02.07

智を働かせても

 夏目漱石「草枕」の冒頭の文章、「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される」については、すでに2回ほどこちらこちら触れました。
 その後、特に調べてもいないのですが、先日の新聞に「智を働かせても」の形で出てきました。

 断崖(だんがい)に臨んで演説するクリントン大統領の心境を推察した。「智を働かせても白々しい。情に棹(さお)させば笑われる。とかく今度はむずかしい」
    ■ ■
 結局、「もの」だ。現物主義で攻めた。お金の配分を語った。お金でまかなう「安全と安心」だ。(朝日新聞夕刊「素粒子」1999.01.21)

 「素粒子」というコラムは毎度分からないのですが、この記事は過日の米大統領の一般教書演説について書いたものです。大統領は、研修生との不倫にかかわる偽証疑惑で弾劾裁判の被告となっているわけですが、そういう彼の演説は説得力を欠く、結局金の話で釣ったようだ、と言いたいのでしょう。
 「智を働かせても」はちょっと置くとして、「情に棹させば笑われる」はどういうことでしょう。「情に棹させば」は常識的には「感情にまかせて進めば」だと思いますが、「素粒子」ではそういう意味で書いてないようです。「(国民の)情に訴えようとすれば笑われる」とでも取らないと意味が通じない。
 で、「智を働かせても」。これは何でしょうなあ。「智に働けば」のもじりだとして、どういう意味をもじってどういう意味にしたのかがよく分からない。まあ「国民を説得しようとして自分の知恵を総動員しても白々しい」というようなことでしょうか。
 よく分からないもじりをするよりも、原文のまま使って「智に働けば白々しい」と書いてもよさそうです。「智に働けば」が、以前にも記したように「理詰めの方向へ進めば」ということでいいならば、「議論を理詰めのほうへ持って行けば、白々しくなる」だ。べつに「智を働かせれば」などという新しい言い回しを作らなくてもいいはずです。
 実は「素粒子」の筆者は、「智に働けば=智を働かせれば=知恵を働かせれば」ぐらいに考えていて、とくに意識せず書き替えたということではないでしょうかね。どうも、この人も(僕と同じく)「智に働けば」がよく分かっていないような気がします。

●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

「ひとりごと」目次へ
前へ次へ
きょうのことばメモへ ご感想をお聞かせいただければありがたく存じます。
email:

Copyright(C) Yeemar 1999. All rights reserved.