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98.09.08

おどろおどろ

 「おどろおどろしい」というのは、平安時代ぐらいからあることばで、「驚く」と関係がある、つまり、「驚ろ驚ろしい」が語源かといわれます。もともとは「仰々しい、ぎょうさんだ」というような意味でした。
 江戸時代になると、「おどろおどろと」ということばが出てきて、「おどろおどろと鳴る雷(かみ)に」などと使われています。おそらく「どろどろ」「ごろごろ」などから類推して、「おどろおどろしい」の語幹を擬声語と考えたのではないでしょうか。
 今もたぶん、そう考えられているのでしょう。だからこそ、今日買った週刊誌にも、次のようにわざわざカタカナで書いてあったのに違いない。

 事件の映像を“再放送”した番組を見てみた。日本テレビの昼のワイドショー。転落映像の前後に、オドロオドロしい音楽と、こんなナレーションが流れる。
 「信じられない光景がその瞬間テレビに映し出された」(「週刊朝日」1998.09.18 p.28)

 「おどろおどろ」だけで擬声語・擬態語のように使われているなあ、と思い始めたのは、以前に、やはり週刊誌を見ていたときでした。

 そして、その小さな記事が目に入った。
 「三角関係のもつれか。男に硫酸をかける」
 多少オドロオドロした見出しがついている。(佐藤道夫・法談余談「週刊朝日」1994.01.21 p.118)

 「オドロオドロした」という言い方はないよな、と思いつつ辞書を調べてみると、案の定、たいていの辞書にはありませんでした。でも『新明解国語辞典』(初版から)、『三省堂国語辞典』にはそれぞれ「おどろおどろした物音」という例文を添えて出ていた。恐れ入りました。
 その後、深夜テレビでは大槻ケンヂが

「たとえば猟奇、おどろおどろなものが好きな」
おどろおどろのパンクの」
(TBS「イトイ式」1995.08.26 深夜1:25)

と、2度も言っていたので、これはもう、「おどろおどろ」だけでひとまとまりになっているらしいと思ったのでした。
 ついでに、江戸川乱歩にも

 小さな蔵の窓から、ネズミ色の空が見えていた。電車の響きであろうか、遠くのほうから雷鳴のようなものが、わたし自身の耳鳴りにまじって、オドロオドロと聞こえてきた。(江戸川乱歩『陰獣』春陽文庫 p.108・1928.08〜10発表)

という例がありました。

 今日はもう一つ話題を。以前の「物を見物しぃの、おめぇにも土産を買いぃの」という言い方について、「じつは古くからあるのかもしれないけれど、僕は知らない」と書きましたが、ちょっと古い例を落語で見つけました。

ねじ兵衛はいけすかねえ奴だけども、あの嬶ァてえなあ、いい女だねェ、え。あんな野郎に持たしておくのはもってえねェやな。まあだいたい何だってな、あれ、聞いてみたところが、もとはいいお屋敷へご奉公して、奥様にたいへん可愛がられて、え、もうお下がりなんざあのべつにいただき、お給金はたんまりもらい、え、これでまあ生涯奉公しようと思っているところで、屋敷がなんかでこのつぶれちゃったんだ。(三遊亭圓生「樟脳玉」=NHK落語名人選48カセットテープ 1961.03.16 東京落語会での録音)

 圓生は大阪生まれですが、ほぼ江戸っ子といってもいい育ちです。江戸語かもしれません。ただ、「徳川慶喜」の江戸っ子辰五郎のせりふでは「見物しぃの」のように動詞を延ばして言っていましたが、圓生は延ばして言ってはいません。


追記 佐藤貴裕氏から、さらに古く、洒落本の「遊子方言」(1770ごろ)に「動詞連用形+の」の例があることをご教示いただきました。
 見てみると、

[通者]これ色男、猪牙舟の乗(のり)やうから伝授しましやう 猪牙舟といふものは。あぐらをひッかき。うしろひぢかけ。首(くび)うなたれ。たばこ。ぱく\/とくらはせねば舟がこぎにくゐ まず船頭がうれしがる(『洒落本大成』4 p.350下)

 圓生どころじゃない、江戸語が完成されつつあったころに、すでに使われていたのですね。ほかにも

そこで。今夜そこの内へいつて新造(そんぞう)かいとして。夜ふけ人しづまつて。其女郎が所へ。しのびこみ。くどかずとも。じきに。そふいふ調子だによつて。直(じき)に出来る。(『洒落本大成』4 p.353上)

のように1回だけ使われる例もあります。また『莫切自根金生木(きるなのねからかねのなるき)』(1785)にも

福は外へまきちらし、鬼は内へ\/(日本古典文学大系『黄表紙 洒落本集』p.120)

とあります。
 日本古典文学大系の注によれば、「「まきちらしの」の「の」は、動詞の連用形につけて、「そして」「それから」等の意をあらわす。当時の通人などが好んで用いた語。」ということです。
 通人語だったのか。しかし、戦後には圓生も普通の落語で使っているわけだから、いつごろからか一般化していることは確かです。


関連文章=「再々「蹴りいの、たたきいの」

●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

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